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これまでも、おかしな日本語についていろいろ書いているので、「1」というのはおかしいが、とりあえず今後も2回以上書きそうなので、通しタイトルにする。最近、情報ワイド番組(放送局の中では「報道番組」というカテゴリーに位置し、純粋な報道番組の制作者がかかわっているらしい)の中で、耳について仕方がない言葉がある。芸能リポーター兼事件リポーターが発する言葉「~なんですが」である。「◯◯さん(リポーターの名前)、犯人とされる△△は何と供述しているんですか?」司会者が聞く。リポーターが答える。「はい、△△容疑者なんですが、徐々に具体的な話をし始めているようです」「なんですが」は必要だろうか。「は」で十分だ。この傾向は、ひたひたと報道及びワイドショー界に広がっている。耳について仕方がない。こんなむだな語彙を使う意味は何だろう。推測だが、“インターバル”が必要なのだろう。問いかけに即座に答えるのが不安で、「なんですが」を言う間にコメントを整えているのではないだろうか。つまり、頭の回転が遅くなっているということだろう。気に障る言葉がもう一つある。これは、若い女優・男優がよく使う。「~だったりだとか」である。「この映画への思いを一言で言うと?」レポーターが質問する。頭のよさそうなコメントを言いたい女優・男優が答える。「映像の美しさだったりだとか、どこかに郷愁を誘うサウンドだったりだとか、◯◯監督ならではのこだわりだったりだとか、といった点とかを見ていただけたらうれしいなと思います」一言ではないし、「思い」ではない。その点はまぁいい。が、「や」や「また」で置き換えても問題はない。「だったりだとか」と大仰に言う必要は何もない。なぜ、こんな言葉を使うのか。前述のように“頭をよく見せたい”のだ。日常使う言葉より、少し格上の言葉を使うことで、頭がいいと思わせたいということだろう。言葉の専門家から見ると、「だったりだとか」が日常語より格上だとは思えない。それを求めるなら、「ですとか」を使う方がしっくりいく。何にしても、勘違いの言葉遣いが次々に登場する。言葉は変化してもいいと思うが、間違った方向(進化ではなく後退していたり、誤用をしていたり)に進むのは避けたい。言葉は国民皆の共通語であるべきだ。いろいろな解釈があると、意思疎通がうまくいかなくなる。ぜひとも「正しい日本語」を理解した上で「進化した日本語」を生み出してほしい。そのために、特に、テレビやラジオといった影響力の強い、しかし新聞や週刊誌よりもバカばかりが集まっているマスコミの方々にご注意願いたい。
2007.11.30
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香川の祖母・姉妹失踪事件が一応の結末を迎えた。動機の不解明部分や共犯者の存在、祖母の携帯電話の行方など、まだまだ不明な点があるが、祖母の義理の弟が逮捕され、犯人(主犯)については解明した。しかし、理由が不可解だ。今年、ガンで亡くなった妻(祖母の妹)が、姉(祖母)のために借金をしていたことが死後発覚し、夫(犯人)が困っていたという。恨みもあっただろう。しかし、それが「殺害」に結びつくとは考えにくい。夫(犯人)が保証人になっていなかったら、金を借りた本人が死去した場合、夫や親兄弟であっても返済義務はないし、万が一、保証人になっていたとしても、姉(祖母)を殺したところでその責任から逃れられるものではない。何かの具合で、姉(祖母)に内緒で生命保険をかけていたというのなら話は別だが。それにしても、自分が姉を殺害などすれば、最も疑われる存在になってしまうし、無事、保険金を手にする確率は極めて低いと思われる。多分、亡くなった妻(妹)は、消費者金融で借りたのだと思う。保証人不要の消費者金融は幾らでもある。としたら、夫(犯人)の姉(祖母)の殺害動機とは、何なのだろう。恨みだけで人が殺せるだろうか。キレたのだ。理論的な解釈や、これまで積み上げてきた犯罪心理学の例にあてはまらないような、破滅的な犯罪だと言えるのではないだろうか。一つには、内向的で陰気な犯人の性格にあるだろう。ストレスや心の疲弊を発散する手段を持たない、ある意味「真面目」、ある意味異常なまでの「粘着性向」気質だったのだろう。もう一方で、「無知」があったのではないだろうか。犯行の内容が極めて残忍であるにもかかわらず、隠蔽工作が杜撰だ。祖母のものも含め、多量の血痕を残しておきながら、祖母が姉妹を殺害して逃走したと見せかけるための靴や自転車の持ち出し、中途半端なカーペットの切り取り、逮捕された後の遺体遺棄現場の供述の撤回など、稚拙なまでのやり方で犯行逃れをしようとしている。もしかしたら、借金の返済義務のことも、犯罪に対する刑罰についても、隠蔽工作についても、犯罪計画についても、無知であるがゆえの稚拙な解釈があったのではないだろうか。また、「妻の死」という突然の状況の変化が精神状態をおかしくしたという説もある。「妻の死」は病気が原因であるにもかかわらず、「姉が妻を苦しめ、そのために妻は死んだ」と思い込んだということだ。が、それなら前哨戦があるはずである。姉妹の両親に対してや、本人(祖母)に対して「言葉」や目に見える形での訴え、非難、要求というものがあってもいい。どう考えても、突然の殺人、ということにはならないだろう。いずれにしても哀れである。3人も殺害している。極刑になることは十分あり得る。61歳だ。世間一般なら、「第二の人生」として、新たに優雅な人生を歩み始める人も多い。極刑なら拘置所、その他の刑なら刑務所で余生を送ることになる。多分、生きて出てはこれないだろう。何にしても、悲惨な事件だ。
2007.11.29
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「JAL」の客室乗務員が集団で提訴した。相手は「JAL」という企業そのものと、一つの労働組合だ。“一つの”というのは、JAL内に八つもの労働組合があるからだ。もともと六つだったのだが、日本エアシステムと合併(事実上“吸収”か)したことで、JASS側に存在した二つの組合が加わった格好だ。提訴の内容は、スッチーの個人情報や評価を文書化して保管し、何らかの事態の際に閲覧や参考にしたことが考えられる事実から、「基本的人権の侵害がある」ということだ。それはそれで理解できる。目にするのも気分が悪くなるような言葉や評価が羅列されている。だれが毎月生理休暇を取るとか、酒癖が悪いとか、バツイチだとか、もっと美しい言葉を使いなさい、と突っ込みたくなるような、下品な言い回しが並んでいる。「こういう言葉で自分を形容してもらいたくない」ということは、心から理解できる。しかも、企業がそれをしたのではなく、社員がしたのだ。社員側の存在であるべき労働組合の組合員が。一体なぜ、そんなひどい言葉でスッチーを形容したのか……、目に余る所業があったのかもしれない。「女性の職場」ということで、「女性の権利」は高い精度で保証されていたに違いない。にもかかわらず、無体なことが多々あったということ。もちろん、想像の域を越えない。が、いつも職場の雰囲気を明るくしてくれる女性社員のことを、あんなにひどい言葉で形容するとは考えづらい。煮え湯を飲まされてきた男性社員がたくさんいるのではないだろうか。にしても、あれはひどい。もっと、正当な言葉を使えばそんなに問題にならないことも多かったはずだ。「バツイチ」を「離婚経験あり」とすれば、事実を述べている以上のことにはならない。「デブ」を「太りやすい体質」にすれば、“生活習慣病の予防的見地”からの情報記載と言うこともできる。情報の必然性をはっきりさせ、それを企業活動、仕事の円滑化、健全な職場環境の維持などの名目にあてはめて情報管理すれば、どこの企業でもやっている「社員管理」で済んだはずだ。やはり……、スッチーたち(もしくはスッチーの労働組合)に悪意を持っている人間が多かったことは確定的だろう。やった方、やられた方の話は想像でしかないし、こう言っては身も蓋もないが、“よくあること”という範疇でしかない。この話題を耳にしたとき、最も気になったのが、情報の流出ルートだ。これほどひどい内容の文書を、一体だれが、何の目的で外部に持ち出したのだろう。考えられるのは、『本当に偶然に労働組合以外の人物が目にし、正義感にかられて告発した』『当該の労働組合の組合員とスッチーが付き合っていて、スッチーに寝物語でポロッと話してしまった』『金銭目的(週刊誌に売る)で当該組合員が持ち出した』『組合員がデータを個人のパソコンに入れていたら、WINYで流出した』……。いずれにしても、ずさんな話だ。いまはまだ、「セクハラ」や「パワハラ」という言葉で女性は守られる立場にある。しかし、そのうちに逆転するだろう。女性は、力(権利、能力、体力)を持ったら責任も持たねばならない。わがままや愚痴を言うのは、弱い立場の人間に与えられた特権だから。「美しい」「清楚」「有能」「女性の鑑」という形容詞が頭にこびりついていたが、今回、「デブ」「悪党」「左思想」「だらしない」などと形容されたスッチーたちにたいしては認識を新たにした。「客室乗務員」……もはや女性の憧れの職業ではなくなったのか。 嗚呼
2007.11.27
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【レシピ1 パラパラチャーハン】「家庭のガスレンジの火力じゃ、中華料理は難しい」とよく言われます。しかり。野菜をパリッとジューシーに仕上げようと思えば、強い火力が不可欠。「うま煮」「八宝菜」などのちょっとした煮物料理になると、材料を入れてスープが沸騰するまでに野菜がくたっとしてしまうので、私は“スープを沸騰させておく”という工夫をしますが、プロの仕上がりにはなりません。「1人前ずつつくる」「調味料はあらかじめ合わせておく」「材料ごとに大きさを変え、火の通る時間を合わせる」といった努力はするものの、ある程度の妥協は必要かもしれません。中でも、「チャーハン」をパラパラに仕上げるのは大変難しいと言われます。そこで、だれでもできる「パラパラチャーハン」のつくり方をば。具材は、「焼豚」「タマネギ」「ニンジン」「青ネギ」だけと心得てください。水分の多い具材は禁物です。青ネギは小口切り、あとは粗い目のみじん切りです。粗い目といっても、5mm以上にならないように。分量は、タマネギ1/4個弱、ニンジン1/6本程度、焼豚と青ネギはお好みで。つくり方(1人前)1,ボウルに卵1個を割り入れ、腰を切るように混ぜ合わせます。白身を箸でつまむようにして持ち上げ、ドロッとした部分を分断するように。混ざったら、軽く塩・コショウをします。2.1にご飯1~1.5膳分を入れます。冷やご飯でも、炊きたてでもOK。ご飯と卵が混ざるようにざっくりと混ぜ合わせます。3.フライパンにサラダ油を入れて強火で熱し、うっすら煙が出てきたら、2を投入します。お玉の背で押しつけるようにしながらご飯をほぐし、すかさずフライパンをあおりながらご飯をほぐします(ご飯の状態によりますが、多分、50回くらいはあおります)。4.ご飯がパラパラになったら(必ずパラパラになります)、青ネギを除く具材を投入し、水分を飛ばすようにあおります。5.タマネギのエッジが透き通ってきたら、ごく少量の砂糖、塩・コショウ、うす口醤油少々で味を整え、ごま油と青ネギを振り入れたら、再び5~10回ほどあおって出来上がり。中華料理店はうま味調味料を入れますが、それはお好みで。鶏ガラスープの素も有効。ですが、焼豚がおいしければ、そこからうま味が出ますので、調味料は最小限で十分。この方法なら、ベタッとしたチャーハンになる心配はなし。ただし、2人前以内で。具材は、じゃこやごま、ピーマンなど水分の少ないものなら扱いやすいですが、生エビやイカといった魚介類は水分が出るので避けましょう。この方法なら、“フライパンがあおれない”という不具合以外は失敗しません。中華料理は「あおり」が基本ですから、まずはここから、ということでしょうか。「あおり」のコツは、“材料を上に上げようとしない”こと。フライパンを真っすぐ、若干向こうを低くして押すようにし、引くときに手首を返して平行にこちらに引きます。中華鍋なら手首の返しが重要ですが、フライパンならさほど手首を動かさなくても大丈夫。フライパンを五徳から余り離さないようにし(温度が下がります)、素早い動作であおりましょう。というわけで、ぜひお試しあれ。
2007.11.25
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今年もあと1週間足らずで師走。年の瀬です。12月に入ると、驚くほど1日、1週間が短くなるので、注意が必要です。そう、歳暮、集金、大掃除、年賀状……。中でも、年賀状の投函期限が25日ということを忘れてはなりません。今年の年賀状配送は惨憺たるものでした。郵政省時代と違い、“2日も配送する”ということだったので、わずかながらでも期待したのです。悪い習慣ですが、私は宛名を手で書かないと気が済まないので、休暇を取ることのできる年末30日か31日に宛名を書き、31日ギリギリか元日に投函するというのがここ十数年の習慣で、これだといいところ1月3日の到着ということになってしまいます。3日より2日の方がいい。もっとも、私の宛先はほとんどが企業なので、初出の4日~遅くて7日くらいでよく、2日配送によって気が楽になるのは、友人知人のせいぜい30人程度ですが。それでも、随分気持ちが違いました。しかし……、フタを開けてみれば、早いところで3日、ひどいところになると10日過ぎの到着となってしまいました。大抵、年賀状を送った先はいつ到着したかなど教えてくれない。「投函が遅かったんだな」と勝手に解釈し、ややもすると「うちはそんな重要な発送先じゃないんだ」「うちをバカにしとる」と受け取られ、企業の信用をおとしめてしまう。私の場合、たまたま「年賀状、遅かったね」という連絡をネタに、食事に誘ってくれた社長がいたからわかったのです。このことは、全国共通の事象だったようです。配達員(エリア制)の個体差があるのかもしれませんが、基本的にこういうことを許す体制にあったということは想像に難くないところ。そして、郵便局は言います。「25日までに投函してくださいと告知してあったでしょう」と。郵政省のころなら、25日以降に投函しても、都市部なら1~2日で相手先に到着していたと記憶しています。すべては「サービス」の一環という暗黙の了解がありました。が、民間企業への歩みを始めた郵政公社には、上記のような言い訳が是とされるのでしょう。「25日以降に投函した年賀状を元日に届けるなら、割り増し料金をいただきます」などと言い兼ねません。今年も40億枚だかの年賀状が発売された(売れ残っているかもしれないが)そうです。国民一人あたり、40枚弱。企業発送分があるので、実際はもっと少ないでしょう。発売毎数は年々減っているようです。納得。景気のよかったころと比べると、うちの会社から発送する年賀状も1/3になりました。相手がいないのです。「倒産」「出向」「退職」「転職」など、昔の知り合いが軒並みいなくなっています。「夜逃げ」「失踪」「死亡」なんていうのも少なくないという現実。「年賀状は、贈り物だと思う」なんてタルいキャッチフレーズで年賀状が売れると思っている間抜けさも、現代風のお年玉に大改革しながら、何らシズル感を与えない当たり前さも、「年賀状」をきちんと見詰めずに、郵政省のころの延長線上に単に「郵便」という位置づけでとらえてるのも問題ですが、「配送」に力を入れない姿勢は最も信用なりません。気をつけてください。25日の投函を絶対としてください。そして、記録してください。何日、何時何分にどこのポストに投函したということを。普通郵便は、相手に到着しなかったとしても、弁償も謝罪も補償もされません。郵便局は、年賀状の発売を促進したいなら、変な代理店(天下のD通でしょうが)に依頼せず、私に言ってきなさい。きちんとしたSP戦略を立案・実行してあげます。もちろん、「プレミアム」「インセンティブ」といった、経済理論にかなった、儲かる方法で。ほほほほほ。 法螺
2007.11.25
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最近、子どもにモノを与え過ぎだと思う。親は、必要かどうかもわからないものを、子どもの要求や世間の潮流に迎合する形で与えているのではないだろうか。子どもは、何もないところにいると、面白いこと、楽しいことを見つけ、つくり出そうとする。私が子どものころは、「土」があるだけで、いろんな遊びができた。神社の境内などで、できるだけ細かな土を求めて尖った石などで掘り倒す。何とか見つけることができると、少量を手に取り、両手でギュッと固める。これを地面に当ててコロコロし、球体にする。これが核になる。家に持ち帰り、軒先で乾かす。次の日、また神社に出向き、地面を掘って、土を球体にまぶしては両手でコロコロして少しずつ大きくしていく。2週間くらいをかけるだろうか。何のため……「柔らかい土を硬い玉に変えるため」だ。出来上がった土の玉をコンクリートに投げつけ、壊れなければOKという、全く意味のない遊びだった。しかし、このことで、「土は乾かすと硬くなる」「正球体になるほど強い」「土の層を多くすると硬くし上がる」といった、自然の原理を身につけていく。こうした遊びは、体も頭脳も時間も使う。その中で人間は成長できる。草の実を取ってきて首飾りをつくったり、雪だるまをつくったり、ほおずきで笛をつくったり、昆虫を観察したり、畦道の用水路の変化を目撃したりと、季節ごとの遊びを楽しみ、想像力、創造力、発想力、遊びの構成力、構想力、体力など、さまざまな「力」を身につけていった。学生に「携帯電話」が必要だろうか。少なくとも、十数年前にはなかったが、不自由はしなかった。逆に言えば、あることで不自由をしていることの方が多いのではないだろうか。親から見えない交遊関係、危険なサイトへのアクセス、携帯電話を使った犯罪との接触、あるいは犯罪の当事者になる可能性、犯罪意識の希薄が招く悪事への無意識での加担……。「GPSが犯罪から子どもを守る」などと考えている親がいるかもしれないが、妄想だ。犯罪者側もアップグレードしている。人間が考えるシステムなど、人間に破れないわけがない。それを言うなら、わが子が犯罪に巻き込まれない教育をすること、自らが子どもを守ることだ。親の多くが関心を持てば、必ず犯罪は防げる。携帯電話などに頼る必要は皆無だ。インターネットも不必要だと思う。“知りたいこと”があって、“調べる”ためにインターネットを使うなどというのは愚の骨頂だ。少なくとも学生の間は。なぜなら、インターネット上にある情報に「正確」であるという保証は全くないからだ。それを取捨選択できるのは、ある程度知識を持ち、信憑性に疑問を持ったときに精査する能力を持つ大人だけだ。「情報」が「タダ」なわけがない。「タダ」の情報は「口コミ」と何ら変わりない。子どもの間は、「辞書」や「百科事典」といった、きちんとした情報ツールで検索するというプロセスが不可欠なのだ。検索する間に、違った言葉や事象との出会いがあり、好奇心や興味の発端になったりする。インターネットなど、厄介な情報の方が多い。大人の私でさえ、うっかりアクセスして驚くことがままある。子どもにとっては負の衝撃以外の何物でもない。最近、金融機関や学校で金融教育が盛んに行われているようだ。「株」「為替」といったことが中心になるだろうが、それより先にしないといけないことがある。両親の「会社」「仕事」「報酬」をきちんと知ることだ。「億」の単位が常識の金融の世界を先に教えてしまっては、親の収入や会社のことが理解できなくなってしまう。ややもすると、軽蔑の対象になるかもしれない。実際に仕事をさせることだろう。ということは、金融教育は、中学以上でいいということだ。「金があれば何でも買える」などという哲学のかけらもない言葉を吐ける若者をつくらないためにも、教育のあり方を見直してもらいたい。子どもに高級料理は必要ない。まずは、きちんと正しい「食材」「調味料」の味と香りを身につけさせることだ。日本の気候風土に合った日本料理を与え、四季の味覚、季節による味覚の違いがわかる舌を育てることが大切だ。人間の味覚は12歳までに完成すると言われる。子どものころに、カレー、ハンバーグ、オムライス、トンカツなどという強くて大味の料理ばかりを経験すると、舌は確実にバカになる。大人になっても「おふくろの味はハンバーグ」などと言ってはばからない味盲ばかりが生まれる。マクドナルドが「お誕生パーティー」の開催を積極的に呼びかけているのは、「おふくろの味はマクドナルド」人間をつくるためである。母親は心しなければならない。高級料理は味覚を高めてから。子どもにとっては、「おいしい」「馥郁」といった感覚より、「臭い」「苦い」「渋い」といった、マイナスの味覚の方が先に発達している。当然だ。体に悪いものをいち早く見分けて排除する必要があるからだ。何にしても、日本の子どもは無知で無作為な親のために不幸な人生を歩み始めてしまっている。とどのつまりが「親殺し」「暴行」「強盗殺人」といった、重要犯罪の当事者だ。いまの子どもの親がばかだから仕方ないのか。60歳以下の親を持つ親、その子どもは、特に要注意であると考えられる。親はぜひ自覚されたし。 南無
2007.11.24
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フランスの一タイヤメーカーのドライブ促進のためのレストランガイドがえらい威力を持ってしまった。フランスでは、星の数を減らしたことで、自殺したシェフがいたというほど、料理人にとっては戦々恐々モノなのだろう。昨日、東京版が出版されたらしいが、星の数がすごいとか。一ツ星から三ツ星まで150店舗だかが選出されたそうだ。当たり前である。日本人は卑しい。おいしいものと聞くと、何でも受け入れる。完成度の高い、気候風土に合った日本料理に飽き足らず、おいしいわけがないアフリカ料理だら、ベトナム料理だらを上機嫌で食べている。マゾである。それらの料理においしさを見つけることはできるだろう。が、総合点で日本料理に勝つ訳がない。そんなものを悪食しては、日本料理に戻って安心している。贅沢な民族だ。石原東京都知事が論評していた。弟子の店が星を獲得したのに、師匠の店が星なしとなった名店を取り上げて「タバコのニオイをかぎながら食う気がしない」。げに。そういう部分も採点対象だったのだろう。幾度となく東京で食事をしているが、おいしい店に巡り会ったことがない。実に中途半端だ。「素材」「味」「調理法」「芸術性」……、料理や店を構成するあらゆる要素がいい加減で、しっくりこない。もっとも、そこそこの値段で食べられる店しか行ったことがない。きっと、星を獲得した店はいわゆる「名店」で、さぞお高いのだろう。庶民が行けるレベルの店で、「おいしさ」「快適」「ホスピタリティ」「居心地のよさ」を求めるのは無理だろうと感じた。大阪は、本物の料理人がウジャウジャいる。東京に行けばいいのに、と常々思っていたので、取材の機会などでそう言うと「食の本場は大阪です」と言う。「東京の方が儲かるでしょう」「東京に行ったら、腕が落ちます。大阪のお客さんの厳しい舌や言葉があるから、料理人も伸びていける」素晴らしい!これぞプロ!多分、大阪で8,000円くらいで食べられるコース料理(イタリアンやフレンチ)は、東京では20,000円~25,000円だろう。日本料理なら、30,000円以上するはずである。東京の有名な料理人(日本料理店店主)の月収を聞いてひっくり返った。500万円だそうだ。料理人を蔑視するわけではないが、人様に「食」を提供する人間の収入にしては、多過ぎないだろうか。大阪なら、それなりの料亭でも原価率を3割前後、季節料理なら5割になることを覚悟して食材を調達し、価格を設定しているそうだ。そんな設定なら、500万円の収入はあり得ない。ものすごいキャパの客席を、極めて少人数で回すことが条件になる。が、その店は、カウンターが10席程度、テーブル席や座敷やがあったとしても、50席を超えることはないように思った。1,000円の食材を調理すると、30,000円になってしまう世界なのだろう。が、東京の金持ちバカたちは、それで喜んでいる。その証拠に、ミシュランガイドに載った店の多くは、年内予約でいっぱいになったとか。東京ならではである。金がジャブジャブ余っているのだろう。ミシュランの文化は大阪に合わないように思う。「喫煙OK」としている店がランクインしないというのは歓迎なのだが。いつも行っている店が、一見に占拠されるのはうまくない。ランクインを機に、価格が上がったり、料理の質が変わってしまったりするのも気持ち悪い。ミシュランガイドさん、大阪には来ないでください。大阪は、本当においしいものを、安く、気持ちよく、おなかいっぱい食べたいのです。心地よい空間で。 不安
2007.11.23
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田辺製薬というと、大阪では老舗製薬企業だ。製薬会社の聖地・大阪市中央区道修町(「どしょうまち」と読む」)にある。代表的な製品は、「アスパラドリンク」などの精力剤シリーズ、「ユーナス」だったか、スキンケア系商品など少数の大衆薬(医薬部外品)を除いて、ほとんどが病院に配置する処方薬だったと思う。「だったと思う」というのは、若いころ田辺製薬の仕事をしていたので、記憶しているということだ。私がその仕事に携わるわずか2~3年前には、「スモン訴訟」というのを抱えていた。道修町本社の正面玄関前には、原告団が日夜押し掛けた。そのころ、正規の仕事で訪れた者は、裏の出入り口に誘導され、身を隠すようにして社屋内に入ったそうだ。玄関前でシュプレヒコールを挙げている人物は、必ずしも被害者ではないというようなことが往々にしてあったようだ。員数を整えれば、マスコミが取り上げてくれるからと、道行く人に、「◯◯円差し上げますから、行列に加わってください」というような依頼も多々あり、ブルーシーツ系の民は日銭稼ぎに参加するということがままあたったとか。このことが事実かどうかの検証はしていない。する術もなかった。果たして20数年後、時期悪く合併した企業の所業により、またしても本社前にシュプレヒコールを挙げる人々(薬害被害者)が集結した。「スモン」のころのことをよく知る人物は余りいないだろうと思う。が、知っている田辺社員にとっては堪え難い苦痛だろう。薬品メーカーの人間なら、だれも、人の人生や命を奪おうとは思っていないはずだ。命を救うための薬品をつくるのが使命なのだから。しかし、ほんのちょっと前までアカの他人といってもいい企業がやった所業が、自分が属する企業の所業になってしまっている。それは、理不尽だし、企業の存続を考えれば保身に回らざるを得ないだろう。20数年前と変わらぬ本社の外観をテレビ画面で見て、いい思い出のない(高慢な態度でいつも見下された)その企業に訪れた、二度目の大きな事件に、言い知れぬ感慨を覚えた。「なくなってしまえばいい」「老舗の底力を見せてほしい」「存続する価値はない」「運命」「薬業界を牽引してほしい」「反省しろ」「いまはひたすら耐える。いつか浮上できる」「自業自得」さまざまな思いを錯綜させながら……この企業の運命は、そろそろはっきりするのだろうと感じた。薬害を被った人々には、最大限の補償をすべし。それを怠れば、社員全員……。 南無阿弥陀仏
2007.11.22
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今月に入って早いうちから、全国各地の小中学校で学級閉鎖が相次いでいるようです。そこへきて、ここのところの寒波。北海道から東北にかけて大雪をもたらしたようですが、暖かかった近畿地方にも、突然冬がやってきました。時を同じくして、電車内で、街中で、エレベーター内で、会社内で、グシュグシュ、ゴホン、ゴホンン、ヘクションを頻繁に聞くようになりました。気になります。イライラします。「その鼻汁に、その咳に、そのクシャミに、恐ろしいウィルスや細菌がどれほど含まれているか知っているのか! 無造作にばらまくな! わざとインフルエンザや風邪を移せば、傷害罪だぞ! 慎め! 無知蒙昧で下賤な民め!」思わず心の中で叫んでしまいます。見ず知らずの人間からインフルエンザを移されるのはいやです。考えてみてください。インフルエンザほど劇症の病気は、珍しいのです。高熱、悪寒、関節痛、吐き気、下痢、胃痛、頭痛、咳、肺痛……、一つだけでも耐えられない症状が幾つも重なって出現するのです。何の利害関係もない、アカの他人から移される理由は何なんですか!昔は、「咳やクシャミをするときは、手で口を押さえて」と母親が言いました。私は、ハンカチを手に取るまで、咳やクシャミを我慢します。何としても。近頃、公共の場所で、私より年上、母親より年下のオバハンが、大口開けて咳やクシャミをします。これでは、若い女の子の無知蒙昧、厚顔無恥を非難できない。大阪のオバハンは、口うるさいし、態度は悪いし、独特のファッションがうっとうしいし、わがままですが、常識を語らせたら人一倍うるさい人種でした。私が見かけるオバハンは、どうも大阪のオバハンではないようです。「大阪なら、何をしてもOK」と勘違いしている府外出身のオバハンが、大きな顔をしているのではないでしょうか。「大阪のオバハン」のイメージを隠れ蓑にして。そうではなく、本物の大阪のオバハンが、そんな常識のないことをしているのなら、日本は終わりです。大阪のオバハンは日本最強です。日本の情勢を批判し、方向修正の指針を示してくれる存在でした。それが、常識を欠いてしまっているとしたら……、日本国民総非常識人間化に突っ走っているということでしょう。話が大きくなりました。風邪を引いた人、インフルエンザの疑いのある人は、ぜひとも家から出ないでください。「症状が軽いので、仕事をしたい」という人は、細菌やウィルスの拡散を防ぐマスクを着用してください。明らかに「公害」といえる行為を強行するのはあなたの勝手であり、世の中では歓迎するはずもないのですから。インフルエンザで死亡する人間のことを考えてください。毎年何千人かが死んでいます。多いときは1万人以上。人口減少の手助けをしているほどです。死者の多くは老人と乳幼児です。あなたの「ゴホン」が何人かのご老人を殺しているとしたら……、是非心を入れ替えて、外出や咳、クシャミを慎んでください。ここのところ(5年くらい)風邪を引いたことがない私は、風邪とインフルエンザの菌に冒されていないので(冒されたが、勝ったのかもしれない)、注意が必要と気を引き締めているます。にしても、細菌の日本人は自己中(広辞苑採用)で無遠慮です。 嗚呼
2007.11.20
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昨日iMacが到着し、基本的な設定を済ませました。intel MacでOSがLeopardということもあり、初期段階の作業として参考になればと、リポートします。(詳細はこちら)まずは形状から。モニターが薄い! 本体がない! 本体込みの画面の厚みが最薄部で20mmあるかないかという感じ。キーボードも薄くて小さい。従来のキーボードとキー間隔は余り変わりがないように思いますが、突起部を薄くすることと、キーそのものを小さくすることで、コンパクトにできたようです。モニター(本体)背面に起動ボタンからUSBを初めとしたポート類がずらりと並び、右側面にCD-ROM/DVDスロットがついています。スピーカーはモニター下面。デザイン性は最高でしょう。モニターの美しさも満足のいくもの。と、外観の感想はこのくらいにして。20インチのiMacはクロックスピードとハードディスクの容量などの違いで2種類あります。私は下レベルのものにし、メモリを増設しました。元々1Gですが、プラス1Gでも本来の定価より安かったので、これを購入(17日の頁参照)。残念ながら、Tigerが入っていたので、Leopardにアップグレードするという作業が加わりましたが、メモリの増設作業はあらかじめやってくれていたので、大した労力は不必要。まず、電源を入れると、Tigerが立ち上がり、各種ユーザー情報を入力しないと、次へ進めません。スキップもできないので、氏名、住所、メルアド等を入力し、「Mac(有償でMacのサーバーを利用できる)に入会するか」という質問に答え、ようやく使える画面が出現します。私の場合、OSを10.5にアップグレードする必要と、HDをパーティションする必要があったので(起動ディスクが何らかの原因で使えなくなったとき、予備のシステムを入れておけば何とかなる、というのと、外部のデータをStrageする場所をつくり、システムへのウィルスの弊害を削減するため)、LeopardのインストールディスクをCD-ROM/DVDスロットに滑り込ませ、画面に出現した「インストール」のアイコンをダブルクリック、すぐさま「C」のキーを丸い歯車のようなウェイティングサインが出るまで押し続けると、メニューバーに「パーティション」という項目が出現します。これから「ディスクをパーティション」を選び、容量やディスク名を自由に設定して、あとはインストール作業を続けるだけ。1時間弱かかりますが、何なくアップグレードできます。次は、メニューバーの左端にある「アップルメニュー」から「システム環境設定」を選び、各種設定をしていきます。「ディスプレイ」「アピアランス」「マウス/キーボード」「ネットワーク設定」「省エネ設定」「デスクトップ/スクリーンセーバー」「サウンド」など、後でも一向に構いませんが、OSXに接するとっかかりとしてはちょうどいいので、ここでビジュアルの感覚や入力・反映の感覚を身につけます。次は、ネット環境の設定。うちはLANでつないでいるので、Mac自身がルーターに情報を見に行ってくれるので、問題なくインターネットにはつながりました。が、メールの環境は、自分で入力しないといけません。が、OS 9.xのときのように1から10まで入力する必要がなく、プロバイダーの情報とメルアド、パスワードを入力すると、勝手に認証作業をし、メール環境をつくってくれます。アカウントごとの設定はメールソフト側でする必要がありますが、基本的には何もしないでもいいという状態。サクサクッとメールが入ってきます。ここまでは基本的な作業なので、何なくできます。問題は、アプリケーションのインストール。多分、OS 10.4まで使えたものが、使えなくなっているはず。新規で購入すると、高額なものが多いので、戦々恐々です。CS3やフォント、HP制作ソフト、映像系、サウンド系など、仕事で必要なアプリケーションをどこまで調達できるか……。G4は、発売と同時に購入しました。ゆえに、不具合も多かった。今回は、Leopardが登場したと同時です。不具合とか、個体的な問題があると思います。でも、電子機器は、最先端のものを買わないと、どんどん進化してしまいます。購入に間違いはなかったと思いますが……。事件や事故、進展があった場合は、その都度リポートします。WindowsからMacに切り替えたい(多分少ないと思いますが)、Macでパソコンライフを始めたいという人、ぜひ参考にしてください。※私はここで購入しました。参考までに。
2007.11.18
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仕事柄、Macを使うのが必須条件になっている。元来、印刷業界で必要だったのだが、最近、HPの仕事が増え、パソコンの環境が相違する人間とのやり取りが欠かせなくなっている。構成・原稿作成に携わったHPのテストページをチェックする必要があり、送られてくるURLにアクセスすると、とんでもないことが起こる。フォームが崩れる、文字がフレームからはみ出る、プリントプレビューができない、きちんとプリントできない……。使っているのは、Mac G4/OS 9.2のデスクトップとPower Book。Macの名誉のために言うと、Mac G4もOS 9.2も優秀である。グラフィック系、サウンド系、事務系のアプリケーションもそれなりに使える。もちろん、G5やintel Macが登場した以上、そちらの方が多少なりとも高機能、高性能になっているのは確かだ。が、まだまだ現役で働ける。現段階で大問題なのは、ネット環境だ。つまり、OSの問題というより、ブラウザの問題ということ。OS 9.xに対応するブラウザのバージョンが古過ぎるのだ。先日、経費節減とセキュリティ強化のために、プロバイダーがサーバを変更した。その際、わがネット環境では、高度なセキュリティを施したポートには接続できないし、受けられるサービスも半減するということが判明した。ホームページの仕事ははずせないので、意を決して購入した。iMac。intel MacでOS 10.5。昔のMacと比較すると、格段に低価格だ。Power Bookは40万円もした。G4とて、15インチのモニターつきで20万を軽く超えた。遡って、Macが上陸したとき、画面は11インチだか12インチだかの本体一体型で40万円、アプリケーションを追加すると、標準で60万円、映像や音楽関係で使うとなると、100万超という世界だった。もっとも、その時代は、ワープロ(いまは存在価値のないものとなってしまった)でも30万円を超えた。時代は変わり、本体は安く買えた。問題は、アプリケーションだ。画像系(HP系含む)、映像系、フォント、セキュリティ、Microsoft系……。そっちの方が高くつく。ふぅ。 苦痛
2007.11.17
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その言葉を最初に聞いたのは、田中政権下で起こった「ロッキード事件」での証人喚問だった。こんなフレーズが通るのかと、子ども心ながらに疑問に思った。「覚えていない」などという、極めてグレーで芝居じみた回答がまかり通る世の中があるのか、と。しかしながら、戦後最大の汚職事件だっただけに、想像だにできなかった背景や政治と財界(外交的関係を含め)の構図があって、国民は国会で繰り広げられる証人喚問の光景を「劇場」と見間違い、煙に巻かれた格好になったに違いない(余りにも幼かったので、想像だが)。その後、リクルート事件や耐震偽装事件などの証人喚問で「記憶にない」という言葉を幾度となく聞いた。人や組織が複雑に絡み合う事件になると、「記憶にない」ということの意味が広がりもするし、深くもなる。記憶にあることを披露すると、多くの関係者が芋づる式に浮かび上がり、困ったり、進退窮まったりしたのだろう。では、今回はどうだろう。だれがだれと料亭に行ったとか、当該企業が外国企業と代理店契約を結んでいたことを知っていたか知らなかったとか、ものすごく短絡的な質問に対しても「記憶にない」が使われた。それで通ると思っているのだろうか。政治家、官僚、当該企業、当事者……。いまの時代に。メディアと民主党には、最大限活躍してもらいたい(民主党は無理かもしれない。時期が遡ると、関係してくる自民党系議員が党員になっている可能性があるから)。公務員のやり得は、そろそろ許されない世の中だと証明してほしい。政官民にもてあそばれているのは、国民の税金なのだ。「義務」と言われて納めているにもかかわらず、官僚の無駄遣いに対して意義を唱えることも許されず、「あなた方が使うなら我々国民は文句を言いません」と強制的に言わされている現状を何とかしないと、国民の閉塞感、不安感、被害者意識はどうにもならない。民主党に限らず、国会議員なら、国民のために働いてください。いまがそのときです。打倒自民党! が実現するチャンスです。 絶望
2007.11.15
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「あれ、これどういう意味だっけ?」と疑問に思いながら、調べるべき単語をすぐに忘れてしまって、結局“知る機会”を逃すことが多くなった。以前なら、きちんと覚えたいた。覚えている自信があったせいで、私はほとんどメモを取らない。この悪い癖ゆえに、新しい語彙を吸収するチャンスを逃し倒している。というわけで、電子辞書を購入することにした。いつでも傍らに置いておき、不明なワードが出現したときに、随時調べようという魂胆だ。余り調べることなく、タイトルの機種を購入した。価格とコンテンツ数、機能のバランスがいいと思ったからだ。カシオからも発売されているのは知っていたのだが、昭和60年代のワープロ競争で、確実に勝利したSHARP(当時からの愛用機種でもあったので)にした。当該の機種は、「書院」愛用者なら懐かしいような、ワープロの画面を彷彿とさせるモニターで、文字のエッジのイジイジも、変化がない。確か32ドットだったか。24ドットが主流だったワープロ界で、異例の美しさだったが、パソコン画面に慣れてしまった今となっては……。コンテンツ100、外国語の音声変換やはやりの脳トレもあり、MP3プレーヤーも搭載している。基本的には、●国語系辞書16コンテンツ●英語・英会話系14コンテンツ●旅行系9コンテンツ●ビジネス系10コンテンツ●脳トレ・暮らし関連系19コンテンツ●医療・健康系10コンテンツ●生活系21コンテンツとなっているが、仕事で使えるのは国語系の3~5コンテンツ、英語系3~5コンテンツ、ビジネス系1~3コンテンツ程度である。プライベートでは、脳トレや医療系、生活系も使えるが、余り実用的ではない。というか、時間に余裕のあるときに「調べてみようか」といったレベルで使うので、利用価値は低い。コンテンツの内容については、少々古い感じがする。「カタカナ語」とか「大辞林」は、解説が物足りない。深さも広さも足りない(大辞林は広辞苑にするべき)。より幅が広く、より浅いのが「マイ・ペディア」だ。ある程度、社会、経済、政治、教育などの仕組みがわかっているなら、補助的に使える。脳トレは、暇なときに遊べるので使っているが、何度トライしても脳年齢が下がらないのが腹立たしい! どうしても20歳代にならない! 悔しいので頑張る。コンテンツについては、随時「アップ・デート」できる仕組みが必要だと思う。「大辞林」などは数年に一度の改訂だろうが、パソコン用語やサプリメント辞典などは、1年に一度の改訂では追いつかないくらい新しいワードが出現する。ネットと連携できる機能を内蔵するか、アップデートソフト(SDカード)を定期的に提供(有償でもいい)するシステムを構築する必要があるだろう。また、追加コンテンツの価格が高過ぎるのも気になる。SDカードをメディアとして販売されているが、4,000円~13,000円程度と多彩。本体が2万円ちょっとということからすると、余りにも高い。カードとしてではなく、組み合わせると割安にダウンロードできるようにすると、需要があるはずだし、継続的にビジネスができる。いずれにしても、スタンドアローンというのは、情報器機にとっては古い形態だ。また、機能の弱点を言うと、「読みがわからない」ときに使いにくい。漢字がわかっているのに、読みがわからない場合「難読辞典」を呼び出し、付属のタッチペンで文字入力するのだが、窓が小さい上に、画数の多い文字は著しく認識率が低い。全く使えない。「漢字変換機能」は必要だろう。というか、この機能がない意味が理解できない。この機能が効力を発揮するのが「難読地名」だ。地域別にぜひ追加してもらいたい。また、コンテンツが総花的で使えないものが多いというのも気になる。使える項目として、「専門用語」というコーナーをつくってほしい。「ファッション用語」「コスメ用語」「お菓子用語」「料理用語」「釣り用語」「スポーツ用語」「住設用語」「ガーデニング用語」「宗教用語」といった具合に、「用語」を解説するだけのコーナーがあればいいと思う。「料理」にしても、「ガーデニング」にしても、中途半端なテクニックやレシピの解説をしているが、これは無駄だ。図解(画像)とともに文字がないと理解できないし、上辺だけの解説では利用価値はない。それから、単純な「計算機」「スケジュール帳」「メモ帳」「ボイスメモ」といった、携帯電話にもある機能を搭載していてもいいと思う。つまり、受容体としての役割を持たせることが必要だということだ。データを本体に収納できるならその方が便利だが、収納できないなら、カードに記録するという形でもいい。アドレス帳があればなおいい。もっと言いたいことはあるが、これ以上言うと本業に抵触するので、このくらいにして、最後の批評、取説について。分厚い取説に、「凡例」も付記されているが、これは分冊するべきだろう。モバイル的に使うなら、持ち歩く必要のあるものだ。「取説は見ない」という人も多いと思う。事実、私も取説を見ないでも使えたので、適当に見る機会があればそれでいいと思う。が、「凡例」は何かあると常に照会しないといけない。特に「アクセント」の解説を見たときはひっくり返った。アクセントの分類を数字で示していて、「凡例」を照会しない限り確認することはできない。そのことの解説は、画面には出ない。いっそのこと、「凡例」コーナーを本体に入れ込んでしまえばいい。さらに言えば、わからない「凡例記号」が出てきたとき、そこにカーソルを持っていき「ジャンプ」すれば「ポップアップ画面」が出るという仕組みにすれば、なおわかりやすい。いずれにしても、多次元機能を実現したパソコンを知った者が、この程度の二次元的な機器を使うと、物足りなさを感じることは否めない。「ジャンプ」「ポップアップ」「画面分割」「別ウインドゥ」といった、多次元的な機能を搭載することで、“物足りなさ”を解消する変革は必要だろう。【結論】1.ショートスパンでアップデートできる仕組みを構築すべき2.「古い」「浅い」感が否めないコンテンツの見直し3.変換機能を付加してほしい4.追加コンテンツが高額。また、SDカードをメディアにすることの是非を検討5.「難解用語」検索がしにくい。タッチペンが使いにくい6.「専門用語解説」の範囲の拡大7.受容体としての役割の付加8.「取説」と「凡例」の分冊化9.画面の多様化このほか、ビジュアライズした解説の多用も必須だろう。開発に時間をかけられないのかもしれないが、アップデートできない弱味を考えると、より完璧に近いものに仕上げておく必要があるだろう。それから、シャープのこだわりかもしれないが、「タッチペン」は微妙な存在だ。ワープロ時代から進化していない感度には、がっかりするばかりだ。新しい入力方法を考えるべきではないだろうか。いずれにしても、技術革新ができないワープロ事業部の、角度を変えた「ワープロの販売戦略」だと思えて仕方ない。いずれにしても、“使える”期間は激しく長いだろう。が、知りたいことは、何も知ることができない。というのも、アップデート不能という弱点を考えるなら、「古語」「ことわざ」「故事」といった普遍的なことについてはいつまでも調べられるけれど、「消費税」「住宅ローン」「薬品」「サプリメント」といった、頻繁に変化するものは、現時点でも調べることができないワードがあるほどだ。単純に100コンテンツ、1コンテンツ1500円と考えると、15万円なので、2万数千円で変えたことは得なのだが、100コンテンツすべてを使うはずもなく……。いい買い物をしたのかどうか……。※ネズタさん、全部のコンテンツを使ったわけではないので、その部分の追求は弱いです。それから、買って間もないので、電池の持ちとか、本体の材質の難点といった、モノそのものの評価ができません。いまのところ、こんな感じですが、もっと使い込んだら新たな気づきがあると思いますので、その都度ブログかネズタさんのBBSに書き込みます。
2007.11.14
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昨夜(日付上。23時くらいからずっと格闘していたので、日付が変わってしまった)、ブログを書いた。内容はいつものごとくグチ的世間の論評だ。が、アップロードできない! 何度やっても、エラー事由は「禁止ワードが含まれています」となる。何が禁止ワードなのかが一向にわからない。固有名詞的部分を修正し、時事ネタとして使われるワードを伏せ字にし、記号をなくして……、30回くらいトライしたが、アップロードできなかった。悔しい! 大したことは書いていない。下ネタも一切ない。が、エラーが出る。楽天ブログという場所に、何らかの利害関係があることはわかるが、「公開できない」ということは、「害」があるということだろう。「害」がある部分を持ちながらそれを明かさず、だれもが自由に書き込んでいい、という場を提供することは大変恐ろしいことだ。つまり、見えないところで確実に利害関係があるということ。「情報を取る」「情報を流布する」「情報を売る」「情報を利用する」「情報を統制する」……。明らかに公序良俗に反する言葉、放送禁止用語を用いているなら話は簡単だ。が、この場合は、権力や金のニオイがする。だれかが圧力をかけているように思えて仕方ない。いずれにしても、楽天ブログとの対峙の仕方を考える必要があると思えた。残念なことである。
2007.11.13
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最近、若い女性(高校生~30歳。若づくりしている人なら35歳くらいまで)の服装や生活態度が気になる。“気になる”といっても、“興味がある”“のぞいてみたい”といった好奇心とか変態的なものではない。将来が心配なのだ。我々の世代は、子どものころに骨太な生活をしていた。外でよく遊んでいたので、いつもおなかがすいていた。うちの場合、貧乏だったこともあって、どんな食材でも選り好みせず、何でもたくさん食べた。また、半端じゃない運動を経験している。小学中・高学年のころは、毎朝学校に着くと、体操服に着替えて(冬でも半袖半ズボン)グラウンドを走った。2km程度だが、毎日走ることは体力、忍耐力、精神力を高めることに役立ったと思う。意味はよくわからなかったが、癖になっていたので、春・夏・冬休みも勝手に走っていた。6年生になると、市の「連合運動会」というのがあって、4つの陸上競技の選手になった者は、倒れるほどの練習をした。私も幅跳びの選手だったので、半年間にわたって目の前が黄色くなるほどの訓練に耐えた。中学以上になると部活が始まる。より本格的、専門的なスポーツを体験する。スポーツ選手は「体を冷やす」ことが御法度になる。皮下脂肪が少ないので、すぐに風邪を引く。代謝がいいので体内が冷えることはないが、室温が低いとすぐに鼻がグスグスする。ゆえに、首、肩、腰、膝、足首を冷やすことはなかった。最近の女性は、腰や腹を出し、素足で歩いている。下着も満足に着けず、体は冷えまくりだ。一方で、「低血圧」「低体温」「貧血」が憧れなのだとか。不健康この上ない。タバコを吸う女性も多い。女性の肺はタバコの害毒に生涯耐えられるほど強くない。また、子どものころに満足な運動をしていないので、筋肉と、筋肉が支える関節が弱い。高い靴(ミュール含む)を膝を曲げて履き、大腰筋が弱いために前傾姿勢になっている。股関節、膝関節、足首、腰、背中、内臓に負担をかけ、「冷え性」「肩凝り」「便秘」「痔瘻」「生理痛」「生理不順」「不妊症」「腰痛」「消化不良」「不眠症」「肥満」「関節炎」「外反母趾」「股関節異常」「循環器疾患」「骨粗鬆症」「婦人病」「肺気腫」「肺ガン」……、果てしない体の不具合が起こってくる可能性がある。無謀ともいえるファッションを楽しむのはほんの10年くらいだ。が、さまざまな症状に苦しむのは、その後の50年、60年に及ぶ。一時の見てくれで、人生を棒に振らないようにしてほしい。女性の体はデリケートだ。“好きな人の子どもが生めない”“体調不良で満足に仕事ができない”などといった状況に陥らないために、体を大切にするべきだ。果ては、車椅子生活、寝た切り生活が待っている。あなたがおなかや腰を出したからといって、ほとんどの人は「カッコいいな」とは思っていないし、おなかや腰を隠したからといって、だれも「カッコ悪いな」とは思っていないのだから。人生、「知ること」が大切だ。だから勉強する。「知らない」でいることは、人生をフイにするような間違いを犯す。若い女性の皆さん、「無知」は損です。お勉強しましょう。そして、自分の体を大切に。 亜免
2007.11.11
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●JTの陰謀か──告知しない日本いま日本で、肺ガンによって死ぬ人は、年間6万人を超えるらしい。ガンが死因のトップで、しかもその中で最も死亡者数の多いのが肺ガンだということは、6割以上の日本人が知らないらしい。アメリカでは、タバコの箱に、肺ガン患者の悲惨な写真が載せられているし、一箱800円を超える価格にして買いにくくしている。日本ではどうだろう。「分煙」などというその場しのぎの対策がわずかに取られているだけで、対策など「皆無」と言っていいのではないだろうか。喫煙者は言う。「高い税金を払ってるではないか」「税金を納めている人間への扱いが悪い」と。たばこ税のことを言っているのだが、そんなものは微々たるものだ。喫煙者及び、周辺の家族が肺ガン及びその他の呼吸器系の疾患によって要する治療費は、健康保険で5~9割賄われるが、この額の方がはるかに巨額なのだ。ほかにも、街に設置してある灰皿、道路にポイ捨てされた吸い殻の清掃費にも公費が使われている。公共の交通機関が喫煙・禁煙対策に使う費用も莫大なものだ。喫煙者は、タバコを吸わない人間から税金をむしり取っていることを自覚すべきだろう。戦後50年で、肺ガンの死亡者数は50倍になったという。原因は、国家による税源確保と、病気に対する無策以外の何物でもない。が、だからといって、国民が漫然と喫煙していていいわけがない。特に女性は注意が必要だ。男性に比べて呼吸器が弱い。若いころから喫煙していた人は、高い確率で肺気腫になる。肺の中で酸素を保持することができず、四六時中酸素ボンベを抱えて生活しなければならない。発症したら最後、一生治ることはない。もっとも、肺気腫になると長生きはできないので、苦痛も短いが。自らの意志で吸っていたなら諦めもつくだろうが、ヘビースモーカーの夫を持った妻が肺ガンや肺気腫になるのはやるせない。喫煙者は緩やかに家族を殺害していると自覚すべし。小学低学年から教育の機会を持つべきだろう。親がスパスパやっていると、喫煙が当たり前になり、小学生から喫煙習慣がついてしまうこともある。中学生になると、反抗的になって、余計喫煙に走りそうなので、小さなときから「喫煙はダメ」と教えるのが有効だろう。●企業は「禁煙」ではなく、「排煙」を最近、歩きタバコをする輩が多くなった。企業やビルが「禁煙」になっているからだ。大阪でも、御堂筋が禁煙になったが、少し路地を入るとOKらしい。違反者への罰則も緩い(過料1,000円)し、監視員の数も限られているので、見られていないところでは吸っている。歩きタバコは危険だし、不特定多数の人に害を与えるので、ぜひやめてもらいたい。とはいえ、会社は禁煙だし、家では奥さんがうるさい、となると、喫煙者は可能な限り外で吸おうとする。企業に言いたい。社内を禁煙にして、臭い物を追っ払うのではなく、禁煙すらできない意志薄弱な人間を採用してしまった責任を感じて、禁煙外来にかかる費用を一部負担するとか、「3ヵ月以内に禁煙できた場合は報奨金」などという契約を結び、禁煙できるよう補助してほしい。もしくは、社内に空気清浄機能つきの喫煙スペースをつくって、どうしてもやめられない人物の駆け込み場所を確保してほしい。「そんな余裕があるか!」と怒っておられる経営者の皆様、喫煙者は採用しないことだ。「優秀なら、喫煙者でも致し方ない」と思った方もいるだろう。でも、喫煙者は優秀ではない! 結果が明白で、それが憂慮すべきことであってもやってしまう、ときには開き直ってしまう人物は、科学的でも論理的でもない。自らの欲望に打ち勝てない、下賎な民なのだ。マスメディアはもっとこのことを取り上げるべきだ。JTへの遠慮なのか、日本たばこ協会からの圧力なのか、報道番組以外で取り上げているのを見たことがない。「ガン」というテーマでも、「大腸ガン」「胃ガン」「乳ガン」は多いが、「肺ガン」は目にしたことがない。喫煙率が途上国並みの40%という、あり得ない先進国のニッポン、このままではいけない。 嗚呼
2007.11.10
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会計検査院が、昨年の省庁の無駄遣いについて政府に報告した。20余りの省庁がやらかした無駄遣いの金額は、合計310億円らしい。最も多いのが厚生労働省だとか。何億も無駄遣いをする知恵があるなら、薬害エイズや薬害C型肝炎の被害者への賠償(補償)に当てろ! ということだ。カラ残業で支給されたのが中心のようだが、それは、証拠を押さえることができたというだけのことだろう。職員全員が帰った後、施錠されたにもかかわらず、残業を申告する者があるとしたら、それは「不正」となる。明らかに。ということだ。つまり、明らかな証拠のある不正が310億円だったというだけで、証明のできない無駄遣いは、不問に伏しているのだ。ここにも、OB職員への報酬(労働の対価ではないので、「お小遣い」と言うべきか)が見られるという。「天下り問題」の一端だ。省庁による無駄遣いは一体どれくらいあるのだろうか。すべては税金だ。いやそれより、日本の最高学府・東京大学を卒業した人間がトップにいることがほとんどであるはずだ。税金で学費を賄ってもらい、最高の教育を受け、理想の職業に就いたはずの人間が、日本に巣食う害虫になる……。税金を食い物にできると知って、役人になったのか。日本の「公務員」というのは、全く信じられない存在だ。「盗人」と考えて、監視する必要があるのは、明白ではないだろうか。身内に公務員がいるので、そうは思いたくないけれど、甘々の日常の中、周囲がそれを是とする状況のただ中にあると、事の善悪を判断する思考能力が激しく低下するのだと思う。それは、あまねく人間の性だろう。としても、是正するシステムがないというのは致命的だ。会計検査院などというのも、どこまで正しいのか、信頼し切れないのが虚しい。所詮、公務員だ。ものすごい税金を取られ(本来なら納めるというべきだろうが、使われ方を見ると、取られた感覚になる)、どんどん負担が高くなる医療費や年金や保険料に不満を感じつつ、公務員はジャブジャブと無駄遣いをしているというこの国の構図は……。国民の体は、ストレスのための精神疾患、内臓疾患、ガン、循環器系の異常を引き起こし、医療費を増大させる悪循環に陥ること必至である。公務員の皆さんが覚悟しなければならない法律が必要だ。民主党の皆さん、正義感にあふれている、まだ青いこの時期に法案をきちんとつくってください。政権政党になったら、決してできないことですから。公務員制度改革がうまくできたなら、あなたたちは厳然と「自民党とは違う!」というスローガンを打ち出せます。ま、自民党の「顔」だったような党首に慰留を申し出たようなバカな政党に、そんなことはできないと思いますが。前原さん、動くのは、いまですよ。 祈願
2007.11.09
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このブログでは、南森町のカレーの名店「ハチ」について、幾度となく書いているので〈2〉というは変なのだが、前回(11/6日)の書き込みの続きなので、こうした。3連チャンである。きのうのことだ。先週金曜、今週月曜と水曜。おかげさまで、体調がよくなってきた。胃腸、腎臓、肝臓がへたっていたのだが、かなり蘇った。へたっていた理由は、夏バテを引きずっていたのと、仕事がイマイチの状況なのと、家族や友人にいろいろ問題があり、腐心したり、動いたりすることの連続だったのと、“ガンかもしれない”事件の発生で、精神的・肉体的にまいっていた(「ガン」の件は、それとは違った検査が必要になったが、一応何とか回避できた)。「ハチ」には2ヵ月近く、行けていなかった。仕事をやり繰りして、何としても行こう! と思ってからは、何とかなるもので、何と3営業日連続の訪問がかなった。きのうは、多分広告代理店の人間だと思うが、新人か入社2年目くらいの若い連中が4人連れでやってきた。しかも、一見だった。まことに迷惑な話だ。たまたま、時間が早かったせいで皆が入れたが、こういう連中は、仲間が食べ終わるまで席を立たない。ダベッたり、携帯メールをしたりして時間をつぶす。並んでいる人間がいるのに、である。最初に口を開いた男性が「ボク、ビーフカレー大盛りで」と言った。するとママは「大盛りはないの。うちは大盛りできないの」とピシャリ。以前は大盛りがあった。というか、大盛りを食べている人物はかなりの常連で、ママが希望を承知していて、オーダーせずともたくさん盛っていたのかもしれない。あるいは、「大盛り」をオーダーできたのかもしれない。しかし、前回も触れたように、おかしな男の子が増えていて、わけのわからないオーダーをしてくるから、いっそのこと、イレギュラーはない、ということにしたのかもしれない。あるいは、一見には「あんたはそんなオーダーできる身分ではないのよ」とママが言い放っているということなのかもしれない。いずれにしても、大盛りをオーダーした男性は、ある意味で自信があったのだろう。しかし……、私が見ていた範囲では、その男性のスプーンの動きは激しく遅かった。他のメンバーも、無言で食べていたが、決しておいしそうな表情ではなかった。しばらくして、その中の一人の携帯電話が鳴った。会話が長く続いた。ママがちらりと視線を送る。本人は気づかない。外には10人ほどの行列ができている。……、一見はこれだからいやだ。ママの視線を感じて、素早く処理してほしい。ママの機嫌が悪くなると、ほかの常連さんがヒヤヒヤする。どのブログにも、「尋常じゃない辛さ」「失神寸前」「意識不明」「関西一の辛さ」「魔女のようなおばちゃん」「おばちゃんが恐い」「異様な雰囲気」などなどの、普通ではないキーワードが並んでいるはずだ。事前に読んでいるだろうことは間違いない。なのに、普通にやってくるのはやめてもらいたい。いずれにしても、私の体調はほぼ回復した。あしたは……、行くか……、行かぬか……。
2007.11.08
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おかしな人々その6【ブチ切れおやじの弱味】同居人はキレやすい。目線が合うと威嚇する。目が悪いので、どうしても目つきが悪くなり、相手が威嚇してくることもしばしばだ。が、同居人は顔が恐い。常人じゃない気配がする。単に目が悪いからなのだが、それを知らない人は、激しく威嚇されたように勘違いする。ある日の23時ころ、同居人と私は帰途につくため電車に乗っていた。降車駅の2つ手前で急行電車から普通電車に乗り換えねばならない。ドアに近い私は早々に降り、各駅停車に乗り換えた。電車の中から同居人がなかなか来ないなぁと思って車外を見ていると、後ろから蹴られ、つんのめっている同居人が見えた。「いけない!!!」私は急いで電車を降りた。キレやすい同居人は、空手の経験があるからか、酔うとあちこち殴る癖がある。蹴った人間を殴ったりすると、厄介な事件になりかねないので、とめるつもりで駆け寄った。幸いなことに、ホームにいた若い男性(年のころは30代半ば。体育会系で筋肉質)が、同居人をとめてくれている。「やめなさい! けがをさせたら損ですよ!」冷静な人だ。とりあえず同居人を任せて、蹴った当事者を見た。意外にもおやじだ。60近い(と見た)が、身なりはきちんとしている。社会的な地位もありそうだ。「何をしてはるんですか!」私は押し殺した声で言いながら、おやじに駆け寄った。「手を出したら、負けですよ」おやじの腕を、ガッツとつかんだ。おやじは驚きの目を向けて言った。「な、何もしませんよ」私は間髪を入れずに言った。「どんないきさつがあったかは知りませんが、手を出したのは、あなたですよ。あんな、チンピラのような男でも、ケガをさせたらどうなるか……、社会的な地位も、会社での立場もあるのでしょう?」「あいつが悪い! あいつがにらんだから、おれは腹が立った!!」「あなたはバカですか! “にらんだ”“腹が立った”という証拠のない状況が、あなたを有利にするわけがない。いい年をして、そういうことを言うから、世の中が緩むんです!」おやじの余りにも子どもじみた言いように驚くと同時に、猛烈に腹が立ったので、思わずツバキを飛ばした。「あんたは、あいつの知り合いか!?」まだホームにいる同居人をチラリと見ながら、親父が察知して怒号を飛ばす。私は、ものすごく低いトーンで返す。「知り合いだったら、あなたを駅員に突き出してますよ。にらまれたぐらいで、暴力に出るような大人は、世の中の害です」おやじは黙る。「あなたがやったことは、チンピラのようなあの男がやったことよりもとることです」おやじは黙ったままだ。電車が来た。同居人と間隔を保ったまま電車に乗り込む。聞くと、おやじは我々が降りる駅よりも2駅先で降りるとのことだった。果たして同居人は当該駅で降り、私はおやじと一緒に電車に乗り続けた。「あなたは、どこまでですか?」おやじが聞く。一か八か、その電車の終着駅を告げると、「あ、そうですか。私は◯◯(2つ先)です」とのんきにのたまう。ほっとする。おやじが降りる駅まで、私は20分近くにわたって、説教をし倒した。「あなたのような人間が、暴力を振るうのを厭わない若者をつくった」「説得や主張は、文明国なら、言葉を使うべし」「団塊の世代は、いまの憂うべき日本の状況を改善するために働くべき」「若い人間に暴力を振るうと、魂はそれ以下になる」「社会的地位を大切にしろ」「地位を投げ打つ覚悟があるなら、ありのままを警察に訴えろ」などなど、究極の言葉を20分間にわたって浴びせかけた。おやじは、最初はエキサイトしていたが、私がネクタイやカッターの襟元を直して上げると上機嫌になり、「そうですね」「わかります」「そのとおり」と、従順になっていった。そして、彼が降りる駅に到着するころには、私に握手を求め、「ありがとう! きょうは、あなたに遭えてよかった。ありがとう、ありがとう」と言い残しながら、車内の私に、見えなくなるまで手を振っていた。実に軟弱である。女に弱い世代(本能が強い世代?)のおやじは、10歳以上年下なら、何も言えなくなってしまうようだ。というような、一種「修羅場」とも言えるような場面で私を放り出して家に帰ってしまった同居人はどうしていたかというと……、私のことを一切気にすることなく、ゲームをしていました。 最低!
2007.11.07
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「ハチ」に行った。もちろん、カレーを食べに。「ハチ」というのはご存じのとおり、大阪・南森町のカレーの名店。ブログ用に写真を撮りたいのだけれど、どうしても撮る勇気が出ない。常連になると、一見よりママの目が恐い。隣に座った若い男性は、携帯でパシャリとやっていた。ブロガーだろう。行ったのはきのう。前営業日の金曜日にも行ったので、連チャンということになる。胃腸の調子が悪かったので、連チャンにした。「えー、香辛料って、胃腸に悪いんじゃ?」という向きもあると思う。が、ハチのカレーがすごいのは、ここにある。激辛以上の辛さなのに、胃腸にいい。二日酔いにも効くらしいから、肝臓にもいいのだと思う。香辛料は、中国に行けばすべて漢方薬だ。調合(配合)の具合によっては、体に効く食べ物になる。というわけで、ママの絶妙の調合感覚によって、ハチカレーは胃腸に効く食べ物になっている。おかげさまで、胃腸の調子が戻った。でも、明日も行こうかと思っている。しばらく通って、もっと元気になりたい。体も心も。前回は、久々に金曜日に出向いた。なぜ久々かというと、金曜日は異様に一見さんが多く、店の前にできる行列の長さが尋常じゃないので、行かないことに決めていた。現に、一番乗りで行ったにもかかわらず、一巡目の客(8人)のうち、4人は一見だった。常連の顔を覚えているわけではないが、入店の仕方、オーダーの仕方、目線の配り方、食べ方、お代の支払い方……、すべてに暗黙の了解的規律があって、それに準じていないのは、すべて一見、という解釈になる。一見さんはうっとうしい。食べるのが遅い。ルールを知らないので、ママに要らぬ作業をさせる。ママを「おばちゃん」などと呼び、雰囲気を悪くする。行列ができているのに、飽くまでもマイペース。食べ残す。お代を払いタイミングが悪く、ママが怒る……。ママによると、おかしなことを言う若い男の子が増えたそうだ。ブログなどを予備知識としてやってきているのだろうが、知識が中途半端だ。「ハチ」はルーはかけ放題(継ぎ足し用ポットを置いてくれる)だが、ご飯は最初に「大盛り」と言わないと継ぎ足してはくれないし、ルーと別になっている肉もしかりだ(こちらは「大盛り」という人はない。「少なめに」というのがほとんど。というほどたくさん盛ってくれる)。ところが、一見さんの若い男の子は「肉おかわり」というのがいるそうだ。ママは、ご飯の「大盛り」すら足りない常連さんが、「おかわり」と言うと、「並び直して」という御仁である。ママに「どうして?」と聞くと、「2杯目になると、確実にペースが落ちるから。並んでいる人に迷惑でしょう」と言う。これはもう、商売人ではない。仙人にも似たひとかどの人物だ。「ハチ」に行く予定の一見さん、次の項目に注意してください。1.行列は、ドアの前(外)にあるイーゼルに乗せてある手書きの指示書に従う2.座席は、左奥が3人掛け、中央が3人掛け、ドア正面奥が一人掛け2席の計8席。身を小さくして座るべし3.オーダーは必要なし。座ればママが作業を始める。「ご飯少なめ」「肉少なめ」は、すぐに言うべし(遅れると、確実に叱られる)4.継ぎ足し自由のルーポットを前に置いてくれるが、計3個しかない。3人ずつで使うように5.カレーを食べている間は水を飲むべからず。水は、テーブルに置いてあるポットから自分で注ぐべし。ママに頼むべからず(叱られる)6.タマゴをオーダーしたら、カレーの真ん中にくぼみをつくって待つべし7.つけあわせの福神漬けはなし。代りにニンジンの酢漬けが出される。取り放題だが、大量使用は慎むように(ママが見ている)。カレーポット同様、3人で使うべし8.残すべからず9.お代の支払いは、ママの手がすいているときに10.ママを「おばちゃん」と呼ぶべからず(「帰って!」と怒鳴られる)11.肉を「すじ肉」と言うべからず(「食べなくていい!」と怒鳴られる)ママはとにかく常識に厳しい人。気をつけて出向くようにしてほしい。本人が気分を悪くするのは致し方ないが、周囲で食べている人間がヒヤヒヤするのは極力避けたい。やっぱり、あした、行こう。 撃沈
2007.11.06
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朝から、民主党の雑魚議員がテレビに出演しては、「大連立はあり得ない」「党に持ち帰らずに、断ってほしかった」「せっかくここまでやってきたのに、逆戻りだ」などと口を揃えて批判している。もちろん、小沢代表のことだ。タレント議員(タレントだったときのことを知っている人は少なくなってしまっただろうが)蓮舫議員に至っては、福田首相の「これからのことは、これから考えないと。小連立? いろんな方向を考えなくてはね」という言葉に対して「何でも数、数の理論で物を考える、あの自民的理論には心にざらっとしたものを感じました」と言っていた。こちらの心がざらつく。民主党こそ「数の論理」で集まってきた、寄り合い所帯ではないか。さまざまな思想信条があって、ときには党の役員連中と正反対のことを主張する若手議員や、出身政党の違う議員がいて、党としての方針を決められずにいる。参議院選で小沢代表は少々無理をし過ぎた。その上、大勝利してしまったからいけない。方向転換できず、にっちもさっちもいかなくなっていた。自民党も、法案が通らず、国際貢献も断念するしかないというどん詰まり状態だった。主張が違い過ぎて「話し合い」すらできなかった。民主党と自民党が大連立すれば、「話し合い」の必要がない。折り合いをつけながら党としての方針を出せばいい。「国民の方向を向いた政策」という決め文句をつければ、そしてそれが、日本と日本国民に有益な法案なら、国民とて拒否はしないだろう。政治評論家という肩書きの人物の多くが「小沢さんの真意がわからない」と首をかしげる。当たり前だ。あの、ブラックホールのような政治家の真意が、そこらへんの政治評論家にわかるはずがない。ゆえに、私にもわからないが、一つ、会見の中に本心を言った部分を見つけた。「民主党は政権政党として力量が足りない」というようなことを言った。これは本心だろうと思う。きょう、テレビでいろんなコメントをほざいている民主党の議員を見て、確信した。執行部が慰留を申し出ている最中に、自分の所属政党の代表の批判をするなどというのは、愚の骨頂である。ことほどさように、民主党の議員の多くは、まだ議員と言えるほどの代物ではない。金権腐敗政治を直に見て、体感してきた小沢さんである。「政権を握る」ということの意味を知り尽くしているのだ。金の集め方、金を集めた後のインセンティブの内容と与え方、役人や財界への力の示し方、貢献の仕方、頼られ方……。あり得ないが、よしんば、総選挙で議席数を伸ばし、政権を取ったとしよう。既に、党内で担当大臣を決めているようなので、人事はスムーズにいくだろう。法案もさくさく通る。が! が! である。役人が動かない。財界が献金しない。実力のある自民党の議員が必ず裏から役所や役人を操作する。自民党でさえ、きちんと動かせないのが日本の役所と役人である。民主党の議員ごときに何とかなるわけがない。外交も、防衛も、対外農業政策も、環境問題も、何もかもうまくいかず、諸外国からの信頼を失い、円の価値は下がり、株価は暴落する……。やはり、小沢さんのやり方は正しかった。自民党との連立によって、役所から情報を得やすくなり、政策立案も容易になる。裏の世界とのパイプ役といった汚れ役は、しばらくは自民党議員に任せ、やり方と窓口の人物、組織の内情を探り、ノウハウにする。あるとき、連立関係を解消して、自民党、民主党の中から有力(有能)な政治家を取捨選択して新しい党を立ち上げ、政権を取る……。小沢さんがそう考えていたとは思わないが、あり得るシナリオだと思っている。厄介なのは、小沢さんは総理大臣になりたいと思っていないことだ。じゃ、何をしたいのか。総理大臣という表舞台に立ってしまうとできないことが多くなる。影のフィクサーとして、政界に君臨するのが理想だし、自分に合っていると思っているのではないだろうか。民主党は、小沢さんの仕返しに注意が必要だ。ひとりぼっちだった小沢さんだが、20人くらいひっこ抜いて党を離脱し、新党を立ち上げる、くらいのことはできる人物だ。そうすれば、参議院の第一党としての地位を失う。あるいは、福田さんと何らかの裏取り引きがあったのかもしれない。代表を辞任することで得られるインセンティブが大きければ、駆け引きするかもしれない。いずれにしても、希代の政治家である(きのうと同じ)。
2007.11.05
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福田首相と二人っきりの会談を2回行った後、いきなり民主党・小沢代表が代表を辞すると発表し、会見した。会談の内容は、小沢代表のテロ対策特措法についての主張を福田首相が一定の理解をし、恒久法の立法を視野に入れた方向で調整することが約束された。代りに民主と自民の大連立を提案した。これを党に持ち帰った小沢代表は、幹事長や副代表を初めとした6人の役員に総スカンを食らい、小沢代表がキレた。党は明日、慰留を要請する方針らしいが、小沢代表はその動きを振り切って会見までしてしまった。多分、独断の行動だろう。小沢代表も、福田首相も、衆参のネジレによって、法案成立が困難な状態になっていることを憂慮していたということはわかる。そして、解散総選挙となったとき、民主党が自公を抑え、第1党になれるほどの見込みがないと判断したのかもしれない。弱っているとはいえ、小選挙区制では自民党は強い。地方では、「自民党」に票を入れるのではなく、“おじいさんの代からお世話になっている「◯◯さん」のぼっちゃんに入れよう”となる。理論やマニフェストが効いてくる世界ではない。また、法案が1本も通らないという状況(参議院で民主党の法案が1本だけ可決されたが、衆院では否決されるだろう)では、世界における日本の価値は下がり、株価や対外交渉に大きな影響を与える。そうした、「政治」全体を見渡した上での判断かもしれないし、党内の不和や役員の力量のなさ、党として強く打ち出す政策がなかなかつくれないといった、党内事情があるのかもしれない。はたまた、小沢さんはひとりぼっちだったのかもしれない。起死回生の一手に打って出たのに、党から完全拒否されたことに、政治家として許し難い屈辱を感じたのかもしれない。大連立構想は、そもそも小沢さんの考えの中にあったはずだ。福田首相はそれを知って、そこを切り口にしようと考えたのではないだろうか。ネタは何でもよかったのだ。「現状打開」は両者共通の懸案だったのだ。理由として、もう一つ考えられるのが、「山田洋行」問題だ。小沢さんと山田洋行はかなり強いつながりがあるようだ。小沢さんほどの旧型の大物政治家になると、「天下り」「官製談合」「贈収賄」「口利き」など、さまざまな後ろ暗いシーンに登場してきたはずである。力のあるところに金も悪事も集まってくる。近く、地検特捜部の手が伸びるという情報が入っているのかもしれない。自民と民主の裏取り引きで、肩透かしに終わった守屋尋問も、小沢代表が絡んでいたからなのかもしれない。自分に特捜の手が伸びるまでに、小沢さんは「政権政党」という立場を民主党に与えたかったのではないだろうか。年末か年始かと言われている解散総選挙まで待てない事情があったのだろう。立件・起訴されようが、不起訴になろうが、そういう問題で特捜の取り調べを野党第一党の党首が受けたとなると、民主党には大打撃である。果たして、小沢代表は民主党を政権政党にすることを断念し、代表を辞任した。党への打撃を最小限に抑えるために。ま、あくまでも推測の域を脱しないが。この一件で、いかに小沢さんは党内で孤独だったか、ということがわかった。役員の中に、小沢さんの真意を理解するものは誰一人としていなかった。逆に、福田首相は情報をつかんでいたのかもしれない。「大連立」を自分から言い出したこと、として政権政党になる道筋をつくろうとしたのではないだろうか。少なくとも、政権の中心にいた小沢さんにとって、有象無象の民主党の面々より、福田さんの方が信用できただろう。かくして民主党の党首・小沢一郎は、代表を辞任した。少なくともいまの段階では。明日、どうなるだろう。突拍子もない新事実が暴露されるかもしれないし、小沢さんならではの手法で大どんでん返しを演じてくれるかもしれない。それにしても、希代の政治家であることは間違いない。
2007.11.04
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「この、素人臭いタレントはだれだ?」テレビドラマを見ていて(本編はほとんど見ないが、番宣だけはチェックする)、演技がうまいわけではなく、モデル出身タレントのように容姿がいいわけでもなく、はたまた、存在感があるわけでもない若手タレントがふと気になって調べてみると、大抵ジャニーズ事務所所属だ。ジャニーズのタレントが主演の場合は後輩が脇を固め、売り出し中のジャニーズタレントが重要なキャストをGETする。グループ化した(タレントデビューした)メンバーには、きちんと露出の場が与えられ、いきなり冠番組を持ったりする(深夜のバラエティーだったりするが)。ファンもすごい。タレントデビューする前から目をつけ、しつこいくらいに応援する。そのほとんどが年上(かなり、の場合も)女性だ。テレビの生コマーシャルの仕事で毎週テレビ局に通っていたとき、朝6時前から“入り待ち”のファンがいたのに驚いた。山の上の、かなり寒いテレビ局で、雪が降るようなシーズンだった。そのとき出演していたタレントは、まだ無名の「TOKIO」だった。山口君がテレビドラマにちょこっと出演していたか、これから出演するかという程度の、まだ注目されていないタレントだったのに、“入り待ち”“出待ち”がいた。車で傍らを通過すると、挨拶された。「TOKIOをよろしくお願いします!」とでも言っているかのようだった。それにしても、テレビ局はどうしてこんなにジャニーズ事務所のタレントを使うのだろう。使う際には、最大限の注意をしているそうだ。「ジャニーズ食い」と言われた工藤静香と共演させないとか、写真誌がスッパ抜いたゴシップネタには触れないとか、ジャニーズタレントが起こした事件や事故、不祥事についての扱いには最新の注意を払うとか、「容疑者」と言うべきところを「メンバー」などと訳のわからぬ名称で呼んだりと、スポンサーへの配慮以上のものだ。理由の一つは「数字が取れる」ということだろう。二つ目は、「メインを張れるタレントが少ない」……いや、それは違う。番組企画の時点で、ジャニーズタレントをメインに据えることがマストになっているのだ。テレビ局がジャニーズに頼り切っているということだ。三つ目は、ジャニーズ事務所の権力の肥大化だ。テレビ局の体たらくが、中尾ミエのバックダンサーだったような大したことのないタレントが開いた事務所の権限を強大にしてしまった。そして四つ目は、新興宗教的組織が背後に出来上がっているのだと思う。民族主義的なことかもしれないし、宗教的な要素もあるのかもしれない。はたまた、一般人が知り得ない、地下組織が形成されているのかもしれない(妄想)。いずれにしても、ジャニーズ至上主義的テレビ界の傾向は、しばらく続くと思われる。渡哲也や、古谷一行や、渡辺謙や、萩原健一や、沢田研二や、そしてもちろん佐山先生(タレントではない!)が大好きな私にとっては、必要最低限の学問や社会のしくみや社会的常識を認識していない、チャラチャラした、若い、存在意義のよくわからないタレントが跳梁跋扈するのは、片腹痛し、である。が、この傾向は今後も続くであろう。テレビ局がタレントに頼っている限り。青島幸男、大橋巨泉、往年のテリー伊藤といった、気骨のあるテレビ人がいなくなったということだ。「数字」ばかり、スポンサーの「顔色」ばかりに汲々とし、国民に与えるべき情報、犯罪の減少や道徳観の向上に役立つ情報、国民の発想や人生観を豊かにする情報を流布するという本来の使命を果たす気など毛頭ないということだ。仕方ない。一般企業の人間が考える「給与」の域を超える、法外とも言えるほどの局員の賃金を稼ぎ出さないといけないのだ。スポンサー様様であるし、「スポンサード料-局員(制作会社スタッフ)への報酬」という費用の中で、効率よく数字を取れる企画やキャスティングを考えるなら、ジャニーズタレントを使うのは致し方なしなのだろう。が、視聴者は考えるべきだ。子どものころから、ダンスや楽器演奏や歌など芸能活動に専念し、勉強にきちんと対峙していないタレントが多いのは確かだ。言葉遣いがおかしいのも多い。誤った情報を発し、テレビ局が修正しきれない例も多数ある。「テレビで言ってるから、すべて正しい」と思わないことが大前提だ。最近、ニュース番組に出演するタレントが出現するなど、この点を強化する姿勢が見られるのは確かだが。いずれにしても、メディアのレベルが急速に下がっていることは確かなようだ。 絶句
2007.11.03
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魂が下賤というか、血が卑しいというか、貧乏人が金を持つとろくなことに使わない。真っ赤なカーペット、ドレープの下品な自動昇降装置のついたカーテン、バーカウンター、意味のわからない茶室、趣味の悪い柄の布団とピンクのカバーの枕のダブルベッドに、バスルーム……、寒気さえする。金を持ったことのない人間が突然大枚を得てしまうと、使い方がわからずに、こういう過ちを犯してしまう。幾ら成長企業の経営者でも、2億の役員報酬というのは尋常ではない。しかも、部屋の家賃はその報酬から出ているのではなく、会社の経費になっていたという。どこまでもこざかしい発想だ。食品偽装事件を起こした当事者である経営者たちも、皆一様にこうした発想で暴利を貪っていたのだろう。そして、趣味の悪い家を建て、味もわからないくせに高級料理を食し、楽しみ方も知らないくせにクルーザーや別荘を購入し、他国の文化や歴史に対する認識も全くないまま、居心地の悪い思いで海外旅行をしたに違いない。一歩進むと、女だ。男は若い女を囲い、女は高級ホストクラブにはまる。さらに進むと、官僚や政治家とつるむ。金に飽かせて度を過ぎた、時に卑猥な、時に無謀な接待をし、利益確保のルートを揺るぎないものにする。そして、得る金を増やし、ますます下品な使い方をし、傲慢で下劣な顔になっていく。金の価値は、生まれた環境によって基準が決まる。貧乏人にとっての1円と、金持ちにとっての1円の価値は違う。大人になって貧乏人が金を得たからと言って、にわかに金持ちになるわけがない。貧乏人は、死ぬまで貧乏人だ。金持ちは、根本的に考えていることが違う。「増やす」などということは考えていない。「減らす」ことへの対応に躍起になっている。天敵は「税金」だ。先祖代々受け継いできた財産をいかに減らさないか、を日夜考え、手を尽くしている。もちろん、自分の代で稼ぐ金も膨大だ。先祖からの財産が稼いでくれる。放っておいても金が入る。が、怠惰ではない。きちんと仕事をしているし、その仕事でも利益を得ている。基礎が盤石なのだ。「金」が入る構造がきちんとできている。ゆえに将来設計ができ、刹那的に金を使うことがない。そうした、本当の「金持ち」は日本にどれくらいいるのだろう。六本木ヒルズ族や不動産成金、トレーディング長者などは間違いなく「真性金持ち」ではない。「貧乏人成金」だ。「貧乏人成金」とて、日本には必要だ。有力な大消費者なのだ。が、こいつらは、アホなので、海外ブランドばかりを買いあさる。日本にこそ、伝統と歴史に裏打ちされた、価値あるものがあるのに、何でも海外のものがいいと思う、まさに愚かな発想でものを買う。皇室を見習え! 皇室は、基本的に国産のものしか買わない。日本の産業に貢献しているのだ。まぁ、貧乏人の遠吠えでしかない。翻って、私が潤沢な資金を得ることができたらどうするか、と言われれば……、身の丈に合った器と身の回りの道具類を得ることはするだろうが、真っ赤な社長室や豪邸は持たないだろう。親や、兄弟や、親戚に常識的に必要な金銭を分けたら、生涯の生活に必要な貯蓄を確保した後、あちこちに投資する。教育や、文化振興や、中小企業支援の企画を自ら立案し、それに資金提供する。金は、使ったときにしか価値を発揮しない。ため込んでいても、社会的には何の意味も持たない。本人にとっては「安心」「喜び」なのかもしれないが。しかし、使い方によって、人間の価値が決まると思う。金の使い方は、人間性を映す。……何を言っても、遠吠えか。 絶句
2007.11.02
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全国各地で食品にまつわる事件が発生している。「賞味期限改ざん」「産地偽装」「ブランド偽装」「原材料不正表示」……。手法も内容もさまざまだが、JAS法か食品衛生法に抵触する行為が公然と、しかも何十年にもわたって行われてきたようだ。古くは、「ダスキン」の「肉まん」だった。日本で認可されていない防腐剤を使った肉まんを中国から仕入れ、そのことがわかっていたのに経営陣が隠蔽して販売を続けた。株主代表訴訟で、経営陣に罰金命令が出されたと思う(大阪地裁)。次が雪印食品。会社は解散した。腑に落ちないのは、告発した西宮冷蔵が倒産したことだ。多分、いまならそんなことにはならなかっただろう。当時は「告発」自体が得意先を「裏切る」行為以外の何者でもなかった。が、いまは違う。「告発」は「社会への貢献」の一つの形だろう。「FUJIYA」「ミートホープ」「白い恋人(商品名)」「赤福」「お福餅」「比内鶏(ブランド名)」「サンライズ(ドッグフード)」再び「ダスキン」……。毎日のように不正が発覚する。そのほとんどが内部告発だそうだ。これまで、年間100件ほどだった「タレコミ」が、今年は300件を超えているという。まだまだ潜んでいることだろう。「赤福」は「つくったものはその日のうちに提供」と言っていたそうだが、それは、冷蔵庫のない江戸時代の話だから価値があるのであって、防腐剤も冷蔵庫もある現代で、最優先に打ち出すものではない。いや、打ち出すのはいいが、そのことに対するリスクは大変なものだ。「いつも店頭に並んでいる」などという状況をつくり出そうとすると、廃棄率は少なくとも30%前後になるのではないだろうか。そんな、どだい無理なコンセプトを受け継ぐのではなく、電子レンジや冷蔵庫をうまく使った保存法、賞味法を教えた方が、エコロジーの観点からもよかった。いずれにしても、原因は、「商業主義」と「企業モラルの低下」そして、「社会貢献意識の欠如」「利己主義」だろう。「食品」だけではない。「住宅メーカー」も、「宅地開発者」も、「原発」も、「浄水場」も、「病院」も、「製薬会社」も、「アパレルメーカー」も、ありとあらゆる不正をしている。チェック機関を設けるとしても、税金やそれに準ずる費用を消費者が負担することになる。頼るは、企業や担当者の「モラル」と「良心」ということになるが……、いまの日本では期待できない。「倫理」「道徳」教育をおろそかにしたツケが30年ほどかけてジワジワやってきている。さらに、「権利」や「個性」を声高に言い、社会との強調や社会貢献の大切さ、必要性を「国粋主義」と混同させて、満足に教えてこなかった、いわゆる共産主義の顔を持つ教師連中の禍いだと思う(国旗掲揚、国家斉唱に従えないような、片輪〈差別用語ではありません。侮蔑用語です〉の教師は、即刻教員免許を返上すべき。教師以外の立場で煽動活動をしてください。あなたたちは、確実に国の害毒です)。まさに、日本は「憂国」である。 嗚呼
2007.11.01
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