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2007.01.07
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カテゴリ: I write
(三)幸いに潜む不幸

救急車が来た。男は、自分以外にもけが人がいると
思っていたが、発車直後で余りスピードが出ていなかった
からか、皆、出勤することに必死なのか、男のほかに
救急車を要請した者はいないようだった。
「けが人の方はどちらですか?」
救急隊員の呼びかけと、それに呼応して周囲の人間が
一斉に注目した。男はたじろいだ。
『まずいな……、もう大丈夫と言おうか……。しかし、

会社に出るわけにはいかないし……』
どうしようか迷っている男の傍らにいた駅員が大声を上げた。
「こちらです。この方です」
周囲の目が男に注がれた。
「歩けますか? ストレッチャーを要請しますか?」
駅員に問われ、男はまた迷った。
『この状況で立って歩くと、救急車を要請するほどのことか
って、みんなに思われないだろうか。しかし、ストレッチャー
にのっけてもらうほどのけがじゃないことは、病院に行けば
ばれてしまう……、どうしよう』
迷っている男の元に救急隊員がやってきた。

「あ……、いえ、あっ、ええ。首のあたりが……」
言った後、男は後悔した。“気分が悪い”と言えばよかった
と思った。痛みなどない上に、首、と場所を限定すると、
うそだとばれてしまう確率が高くなる。
「むちうちの可能性がありますね。歩けますか?」

救急隊員に付き添われて、男は救急車まで歩いた。
ほんの20mくらいの距離だったが、男にとっては、
何倍もの距離があるように感じた。
『あの程度のブレーキでけがするわけないさ』
と周囲の人々が思っているように思えて仕方がなかった。

やっとの思いで、男は救急車に乗り込んだ。さっきの
駅員も乗り込んできた。
「症状を詳しく教えてください」
救急隊員に言われて、男は思わず口走った。
「痛みというより、気分が悪い方が……」
「痛みがなく、気分が悪い? それとも、気分は悪いが
痛みもあるような気がする? どちらですか?」
「痛みは……、あるような、ないような」
「それ以外の症状は?」
「いまのところ、ないと思います」
「わかりました」
そう言うと、救急隊員は病院と交信し始めた。
男はほっとした。とりあえず病院まで行けば、何とか
なると思った。

「ご気分がお悪いところ、申し訳ございませんが、
2、3質問させていただきます」
付き添いの駅員が言った。
「は、はぁ」
「お客様は、何両目にお乗りになっていましたか?」
「えっと……」
男は迷った。車両によって、受ける影響が違うだろう
ことは予想できたが、どこに乗っていたと言ったら
いいのかわからなかったし、嘘を言ってバレると、
そちらの方が厄介だと思った。
「ホームに入ってきた電車に飛び乗ったので、何両目
かは……」
男は我ながらうまく言い逃れができたと思った。
「乗車駅はどちらですか?」
「角間市です」
「階段のすぐそばにとまった車両にお乗りになった?」
「え、あ、まぁ」
「前寄りの階段ですか? 後ろ寄りですか?」
「う、後ろです」
「では、5両目ですね」
駅員は、ボードに挟んだ調書とおぼしき用紙に何やら
書き込んでいく。
「お立ちになっていたんですね」
「そ、そうです」
「どんな状況だったかお教えください」
男はまた迷った。本当のことを言うと、けがなどする
はずないとわかってしまう。少し誇張した表現を
しなければいけない。が、どう誇張したらいいのか、
回らぬ思考で懸命に考えた。
「えっと……、つり革につかまって、考え事をして
いました。きょうは、部長への社内プレゼンがあって、
そのことを考えていると、急に電車がとまって……」
「転んだり、どこかに体をぶつけたりしましたか?」
「え……、それはありませんが、つり革がひっくり返った
ので、体を強くひねりました」
「腰ですか?」
「え……、首、背中、足も……」
男はかすかに感じていた。駅員が自分のことを多少なりとも
疑っているということを。事務的に質問しているようだが、
『うそをつけ!』と心の中でなじりながら言葉を発して
いるということを。
「あなたは、私の言うことが嘘だと言うんですか?」
男の口から、男自身が意図しない言葉が飛び出した。
最も驚いたのは男だった。駅員はゆっくり目線を上げて男を
見た。鋭い目線をにわかに温和な表情に変えて言った。
「とんでもありません。私は社への報告書をつくるのが
仕事ですから、必要なことだけをお聞きしているのです」
「私は、気分が悪いと言っているんです。救急車の中で
そんな矢継ぎ早の質問に答える義務があると、あなたは
言うんですか?」
「大変失礼いたしました。あとの質問は診断が終わってから
にします。配慮いたしませず、申し訳ございません。ただ、
保障等の手続きに必要なことですので、ご協力いただきたい
と思います」
「あ、……わ、わかりました」
駅員の冷静な言葉に、男は『しまった!』と思った。
自分から『嘘をついています』と言っているような行為だった
と自戒したが、もう遅かった。
男の発した言葉が、嘘のスパイラルにはまっていくきっかけに
なることに、男は気づいていなかった。

一つの嘘のために100の嘘をつく必要があることを、さらに、
それには特殊な才能が要ることに、男が気づくことになるのは
休息と現実逃避を夢見ていた病院でのことだった。

                       〈つづく〉





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Last updated  2007.01.07 11:10:15
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