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2025.01.17
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カテゴリ: I think
「哀しき清貧一家の哄笑な日々」でも触れているが
(フリーページにまとめあり)、
虫けらが生まれた家は貧乏だった。

昭和の時代にはありがちだった貧乏一家の中でも、
下(げ)のランクだった。

虫けらは3人兄弟の末っ子で、
女、男、女という、最後の女は「不要」という構成だったため、
ひどい扱いを受けて育った。

そういう物理的環境に加え、

虫けらに障害が出ると医師から言われ、
堕胎される予定だったのだが、
母方の祖母の必死の抵抗で生まれてしまったという
如何ともし難い事情のために
虫けらの居場所は家の中になかったのだ。

こういう下の下の貧乏一家には珍しく、
姉も兄も虫けらも学校では
皆、学級代表や生徒会の役員を務めるような
目立つ存在だった
(虫けらは目立つ存在ではなかったと思う)。

成績は、姉が最もよかった、


が、結果的には虫けらが最もよかった。


中学時代までは平凡な成績だった。
進学したのは大阪では有名な進学校だったが、
上位での合格ではなく、100〜120番をウロウロする感じ。
600人以上の中なので、1/5に入っているなんて、


しかし、2年に進級し、
担任が成績順に席を並べる(前が下位、後ろが上位)
教師だったので、せめて一番後ろの列に入りたいと
思ってしまった虫けらは、
アルバイト(学校は禁止していたが、
アルバイトしないと学校生活を続けられない)で
忙しい日常と、忍耐力がない性質をうまくカバーする
勉強法を編み出し、試験の1週間前からスタートし、
1日に4時間程度しか机に向かわないという
怠惰でコンパクトな勉強法ながら、
すぐに(2年の2学期)全体で一桁の席次に加わることができた。

進学校(しかも私学)なので、虫けら以外は
家庭教師をつけているような、
勉強熱心なメンツばかりだったが、
虫けらは独自の勉強法を貫き、
卒業するまで、一桁台は守り続けた。

が、大学には進学しなかった。

父親の猛烈な反対に遭って、随分抵抗したが、
結局、大学進学は諦めた。

その頃、女子学生の就職率が悪かったのも、
諦める理由となった。

四大卒→26% 短大卒→51%

だったと思う。

当然のことながら、高卒の方が就職率が高かった。
中でもうちの高校は、就職率100%だった
(就職を希望する学生のクラスがあり、
銀行、建設、メーカーなど、有名企業への就職が
可能だった。何と、日銀に必ず1名就職するという
大変な就職校でもあった)。

しかし、高校から即就職、というのは嫌だった。

その頃の虫けらは「文屋」になりたかった。

今となっては、そっちの道に行かなかったことを
「よかった」と思うのだが、
若い虫けらにとって、ペンの力で何かをする
ということは、夢のような世界だった。

新聞記者になるためには、大学を出ていなければならない。
しかし、女性を公に募集してはいない。
縁故で就職する人はいたのだが、
虫けらに縁故はないので、
正規の方法では就職できない。

そこで考えた奇策があった。

それは、「速記士」として就職することだった。


to be continued……





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Last updated  2025.01.17 20:30:42
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