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chiko619 @ Re:新参者(09/22) 「新参者」読みました。 東野圭吾さんは、…
kimiki0593 @ 相互リンク 初めまして、人気サイトランキングです。 …
Twist @ こんにちは! 遅ればせながらあけましておめでとうござ…
Twist @ こんにちは! 遅ればせながらあけましておめでとうござ…
Twist @ はじめまして^^ 先ほどこのロングインタビューを読み終え…
2014.11.11
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 最も明解かつ詳細に記された一冊であり、関係者必読の名著。
 著者は、DSM-III(1980年出版)DSM-III-R(1987年出版)の作成に手を貸し、
 DSM-IV(1994年出版)では、編集委員長を務めたアレン・フランセス。

 DSM-IVは、DSM-IIIにごくわずかな変更しか加えなかったが、
 結局、自閉症やADHD、成人の双極性障害の見せかけの流行を引き起こすと共に、
 製薬会社が煽ったいくつかの障害についても、過剰診断を防げなかったと悔いる。
 監修は、著者を恩師と仰ぎ、DSM-IV作製にも関わった 大野先生



  生物学的検査が欠如していることは、精神医学のきわめて大きな弱点である。
  どんな診断も、どうしても誤りがちで二転三転しやすい
  主観的な判断に基づくことになるからだ。
  それは、いろいろな種類の肺炎を引き起こすウイルスや細菌についての検査をせずに、
  肺炎を診断するのに近い。(p.44)

この例えは分かりやすい。
そして、精神医学における診断の土台の脆弱さを、強く物語っている。
それ故に、診断基準は、より重要なものとなるのだ。
しかし、それを設定することは、想像以上の努力を要したのである。

  われわれは、どれだけの人々が異常なのかという疑問に答えてくれる
  単純な基準などないということを受け入れなければならない。

  どこまでが正常でどこからが異常かは教えてくれない。
  精神病状態のために大声で叫んでいる人なら、
  全くの素人でも精神疾患だとわかるくらい平均値から離れているが、
  日々の不安や悲しみはどれくらい深刻なら精神疾患と見なせるのか。(p.39)

基準を設けることの難しさを、端的に示してくれている。

その線引きを、誰が決めることが出来るのか?
そもそも、精神疾患とは、何なのか?

  私は精神疾患の定義を何十も調べたが(しかもひとつは自分でDSM-IVに書いたが)、
  どういう状況だと精神疾患とみなすべきかを決めるのに、
  まただれが病気なのかを決めるのに、
  少しでも役立つものは何ひとつないと思っている。
  精神疾患の有用な定義がないことは、
  精神医学における分類の中心に大きな穴をうがち、
  答えのないふたつの難問をもたらしている。
  診断のマニュアルにおさめる疾患をどうやって決め、
  ある人物が精神疾患かどうかをどうやって決めるのか、の二問だ。(p.51)

DSMを作った本人に、こう言われてしまうと、もうお手上げである。
どうすればいいのだ?
それでも、基準は作られた。
そして、それをもとに、医師が診断を下した……

  レッテルの意味するものと意味しないものとを
  - 子どもたちが変わったのではなく、診断のされ方が変わっただけであることを -
  人々やメディアに教えるという事前指導を講じるべきだった。(p.235)

著者は、DSM-IVによるアスペルガー障害の過剰診断の激増を、予見出来なかった。
著者は、このことをたいへん後悔している。
基準作りは難しかったが、
それ以上に、それを用いる医師の能力が、大いに問題だったのだ。

  1988年から2008年にかけて、向精神病薬への支出は三倍になり、
  抗うつ薬の消費量はほぼ四倍になった。
  そして、不適格な医師が薬をばらまいている。
  処方箋の80パーセントは、適切な使用法をろくに教わっていないかかりつけ医が書いている。
  彼らは製薬企業の営業員と偽情報に踊らされた患者から強烈なプレッシャーを受け、
  7分間の診察を慌ただしくおこなっただけで処方箋を書いており、
  きちんとした審査も受けていない。(p.21)

これは、アメリカにおける状況を述べたもの。
日本ではどうなのだろう?
患者が増え、薬剤の消費量が増え、医師が7分で診察を済ませているのは同じだろうが、
処方箋を書いているのは、日本ではどんな医師なのか?

  私のいう「<正常>を救い出す」とは、
  精神医学による診断や治療の価値を否定するものではない。
  むしろ、精神医学がいまおこっていることを、
  適切な範囲内でこれからもおこなわせるのをめざしている。
  どちらの方向だろうと、極端に走るのは同じくらい危険だ-
  正常を抹殺してしまうほど精神疾患の概念を拡大するのも、
  精神疾患を抹殺してしまうほど正常の概念を拡大するのも。(p.54)

「中庸」である。
しかし、これはそれほど簡単なことではない。
「言うは易く、行うは難し」である。
全体像が把握できていない者に、バランスを保つことは出来ない。

  現在や未来の愚かな流行に呑みこまれないようにする最善の方法は、
  かつての流行が及ぼした害を認識しておくことである。
  歴史がそっくりそのままくり返すことはけっしてない。
  その複雑な相互作用には、無数の確率の組み合わせがあるからだ。
  だが、歴史が韻を踏むのはたしかである。
  たとえ見た目は流転していても、歴史を形作るおおもとの力はかなり安定しているからだ。
  過去の韻をよく知るほどに、未来にそれを分別なく繰り返すことは少なくなる。(p.191)

「温故知新」である。
対象の全体像を把握するため、先人の業績を念頭に置くことは、必須であろう。
それにしても「歴史が韻を踏む」とは、けだし名言である。
こういう見方が出来れば、物事を見つめる視野も大いに広がる。

  正確な診断は人命を救いうるし、不正確な診断は人命を奪いうる。
  多くの人々にとって、最初に診断を受ける日は、先行きに大きな影響を及ぼす転換点になる。
  診断が正しくおこなわれて有効な治療につながれば、それはすばらしい一日となる。
  しかし、診断が軽率、無神経におこなわれれば、
  それは長期の治療という悪夢の引き金になりうる。(p.363)

私が、現在、患者にとって、最も重要だと思い、その方法が分からないでいること。
それは、どうすれば、正しい診断、正しい治療に辿り着くことが出来るのかということ。
誰が自分にとって、最良の医師であり、どこに行けばその医師に会えるのかということ。
精神医療においては、それは、もう運に頼るしかないことなのか。

『中村勘三郎最期の131日』 等を読むと、そうとしか思えなくなる。
それでも、 『岐路に立つ精神医学』 に示されたように、
様々な困難を克服して精神疾患が解明され、
診断と治療法が確立される日が来ることを、強く望む。





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Last updated  2014.11.11 13:35:45
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