全4件 (4件中 1-4件目)
1
![]()
前巻発行から半年を経ての新刊発行。 読むまでに少し時間がかかってしまいましたが、読み始めると一気読み。 エンディングに向けて、お話も恋も大いに盛り上がっていきます。 そして、TVアニメも7月から放映開始です! ***王都へと向かう船上、慧月は玲琳を生かすため、気が枯渇したと嘘をつき、入れ替わり解消を先延ばしにしていた。そして、気の器を癒すには夜光草が必要とさらに嘘を重ねるが、玲琳はそれなら黄家の屋敷裏の黄山にあると言う。一行は黄家に立ち寄り大歓待を受けるが、慧月は玲琳が病弱になった時期を知ろうとその幼少時代について探る。玲琳の父・泰山や侍女たちに正体を見抜かれそうになると景彰に助けを求め、自身の彼への想いに気付くことに。慧月が玲琳の母・静秀が弔われている祠堂に行くと、そこにある文献庫で夜光草について調べていた玲琳と出会う。後殿には、静秀とその主治医で父・泰山の兄でもあった暉宏の位牌が並んでいたが、慧月はそこに怨念が凝っていると感じる。廂房では、皇后・絹秀が蒐集した呪具の中にあった血錆びた短刀、そして幼い頃の玲琳の手習いの紙が入った桐箱に目が留まる。その後、慧月が自室へと引き返し、狩りを終えた男たちが酒を酌み交わし始めると、玲琳は夜光草を求めて黄山に向かった。途中、辰宇に見つかり二人でかつての秘密基地まで辿り着くと、そこで夜光草を摘み、墓に手を合わし、辰宇に洞穴まで水を汲みに行ってもらう。玲琳が手記の入った桐箱を土中から掘り出した頃、にわかに雨が降り始め、辰宇は襲ってきた土砂に閉じ込められてしまうが、玲琳が救出に成功する。一方、玲琳の長時間不在を怪しんだ男たちは手分けして捜索を開始、尭明は客室へ、景行は黄山へ、景彰は祠堂へと向かう。景彰は、廂房で血錆びた短刀を探す慧月に遭遇、入れ替わり解消後に腕輪を渡したいと伝えると、慧月は事の真相を打ち明ける。その後、慧月は強烈な痛みに襲われるが、景彰に己の名を呼ばれると痛みは消失、これは黄玲琳の名にかけられた呪いだと気付く。そして、そこに皇后にして玲琳の伯母・黄絹秀が姿を現した。 ***今巻は、辰宇の生い立ちについても詳しく記されていますが、凡そ次のような感じ。辰宇は、皇帝・弦耀が周囲への当てつけに臘楚の奴隷・アイレナに産ませた子でしたが、皇后・秀絹が哀れんで、母子を玄領に逃します。しかし、結局、母に利用され、玄家でたらいまわしにされたあげく、初陣では養父・玄冰凌に裏切られるなど、苦難の日々を過ごします。その後、やっと義兄である尭明から鷲官長の座を与えられたのでした。そして、この辰宇の生い立ちに重ねて語られる、玲琳に関する次の記述が、今後の焦点となっていきそう。 なぜだか、辰宇から顔を背けたという人々の顔が、福英たち侍女のそれに重なった。 玲琳に優しい眼差しを注ぎながらも、けっして玲琳自身を求めているわけではない彼女たち。 いいや、彼女たちだけではない。目を閉じればすぐに思い浮かぶ、苔むした墓。 すると必ず思い出す人物。父と母、そして主治医。(p.271/350)やはり、カギを握っているのは皇后・絹秀のようですね。 ***さて、特典SS『下戸』の方は、下戸である冬雪が景行に、下戸である者のことをどう思っているのかと訊ねるお話。そして、付録小冊子の特別編『稽古を休んだ日の話』の方は、次のようなお話です。風邪を引いたのに父母が全く構ってくれなかった12歳の頃の自分の夢を見た慧月。目覚めると、やはり風邪を引いたようだったが、二胡の稽古に雛宮へと向かおうとする。しかし、朱駒宮を出てすぐ、景彰に呼び止められてしまい、強制送還&諸方面への伝達。その後、莉莉、冬雪、尭明、玲琳が、次々に慧月のもとに駆けつけたのだった。お話の本筋に深く絡むことはないエピソードですが、それにしても、辰宇、玲琳、慧月と、幼少期に寂しい体験をしたキャラばかりですね。
2026.05.10
コメント(0)
![]()
みをつくし料理帖の第5弾冒頭のお話では、種市が20年前を振り返ります。 14歳年下の絵師・錦吾と出来て家を出た元妻・お連が11年ぶりに現れると、 17歳の娘・おつるは、45歳の母の姿を見て、家を離れ一緒に暮らすことに。 5か月後、おつるは家に戻りたがりますが、種市は半年辛抱しろと追い返します。 ***迷い蟹-浅蜊の御神酒蒸しが、その半月後、おつるは錦吾の借財の形として金貸しに送られた末に自ら首を括った。あれから20年、錦吾が谷町の湯屋で働いてるので、敵を討ってほしいとお連が店を訪ねてくる。お連と澪のやりとりを聞いた種市は、後日湯屋で錦吾に襲い掛かろうとするが、澪とふきが阻止。そうと気付かぬ錦吾とその妻子が展開する光景を前に、種市も敵討ちを断念せざるを得なかった。夢宵桜-菜の花尽くし吉原の翁屋楼主・伝右衛門から花見の宴の料理を頼まれた澪は、小松原や源斉の助言を受け、菜の花尽くしの料理を用意、集まった人々は感嘆するが、一人苦言を呈し続ける僧侶・祥雲。遂には、あさひ太夫に出てこいと要求するが、遊女が現れ歌を一首詠むと、座り込んでしまう。宴を終えた後、澪は伝右衛門から吉原で料理屋をやらないかと声を掛けられたのだった。小夜しぐれ-寿ぎ膳父・伊勢屋久兵衛が決めた中番頭・爽輔との祝言を目前に、気持ちが沈む美緒を誘い、つる家の面々が店を休んで浅草へ出かけると、そこでお芳と澪は佐兵衛の姿を見かける。吉原で天満一兆庵を再建、成功させれば、佐兵衛の名誉を回復出来るのではと考えた澪から、指が元通り動くようになるか尋ねられた源斉は、深く頭を下げ謝罪の言葉を口にする。その様子を見ていた美緒は爽輔との婚姻を決意、自身の婚礼の膳を引き受けた澪に、「あなたを嫌いになれれば良いのに。心から憎めれば良いのに」と低い声を絞り出した。嘉祥-ひとくち宝珠直参旗本で33歳の御前奉行・小野寺数馬は、嘉祥という儀式に出す菓子を決めかねていた。妹・早帆の夫で竹馬の友でもある駒澤弥三郎は、小納戸役で食事担当の御膳番を務めている。町に出て見聞を広め、市中の料理屋を探るよう、駒澤家の湯島の別邸を貸したのも彼だった。数馬は弥三郎と語り合ううち、駒繋ぎに似た娘が発した「煎り豆」から「豆飴」に思い至る。 ***今巻最後の「嘉祥-ひとくち宝珠」は、シリーズで初めて、小野寺数馬視点のお話。これまで分からなかったことが、周辺の人物に至るまで続々と明らかになりました。母親も人物としては認めた澪と兄の仲を、妹までもが取り持とうとする展開には驚き。旗本の長男と親のない町人の娘、どうすれば結びつけることが可能なのでしょうか?
2026.05.09
コメント(0)
![]()
「言葉」というものについて、色々と考えさせられ、 新たな発見がとても多くあった一冊。 そして、俵万智という名前は知っていても、その人がどんな人なのか、 実は全然知らなかったということに気付かされた一冊。 *** 一夫多妻だったり、通い婚だったり、レイプまがいのことがまかりとおっていたり、 生まれながらに身分の差が歴然とあったり、今の世の中とはかなり様子が違う。 社会規範や常識の違いに驚きつつ、今の私たちもまた、 別の社会規範にとらわれているのではと考えることもできるだろう。 あるいは、こんなに時代が違っても、恋のときめきや失恋の辛さ、 嫉妬といった感情は変わらない。 ホッと共感すれば、遠い時代に同士を見つけたような気持ちになれる。 過去から現在を照らしたり、過去の人と何かを共有できたりすることは、 とても豊かな時間ではないかと思う。 自分は、たまたま今という時代に生きているにすぎないのだ。(p.132)これは、Questionaryという子ども向けのサイトで、子供たちからの質問に答えた際、『人間はどうして勉強しなきゃいけないの?』という質問に対して、俵さんが「世界を知るためだよ」と答えてあげたいと思い、『源氏物語』を通じて、本を手に取ることで体験は無限大になることを示そうとした一文。「今の私たちもまた、別の社会規範にとらわれているのでは」や「自分は、たまたま今という時代に生きているにすぎない」という言葉には心底共感。 「芸人でテレビとかに出ているから、こうして本も出してもらえる。 ワシより、もっと努力して、出版にふさわしいものを書いている人もおるはず」 と謙虚なヒコロヒーさん。(中略) 芸人とか関係なく、スゴイ書き手がここにおる! というのが私の偽らざる思いだ。(p.150)ヒコロヒーさんの言葉の中の「ワシ」とか「おるはず」はまだしも、俵さんが主語である文中の「ここにおる」には「えっ?」となってしまいました。調べてみると、ヒコロヒーさんは愛媛県出身で、近畿大学中退、松竹芸能大阪養成所卒業。まぁ、これは私の中では想定内の事柄で、関西弁や伊予弁が出てくるのは当然のことかと。一方、俵さんの方は、大阪府北河内郡門真町(現:門真市)の生まれで、四條畷市で幼少期を過ごし、中学生のときに福井県武生市(現:越前市)に移住されていました。何と、私が生誕後最初の記憶が残っている時期に住んでいた町で、俵さんは生まれ、私が3年間通った高校のある町で、幼少期を過ごされていたと知り本当にビックリでした。 人と話すとき、SNSに何かを書き込むとき、 何を言うかと同じくらい、何を言わないかを考える。 誰に向けての言葉なのかを意識する。 発してしまう前に、一呼吸おいて確認したい。(p.184)この部分を読んだ時に、まず頭に浮かんだのは、「何を語るかが知性、何を語らずにいるかが品性、と申します」という言葉。『ふつつかな悪女ではございますが 8』の中で、主人公の玲琳が発した言葉ですが、相通ずるものがあるのではないでしょうか。 額面通りに受けとって腹を立てるか、背景を感じとって労わるかで、 人と人との関係は変化してゆく。 そういうことの積み重ねが、日々の暮らしなのだ。(p.229)これも、とても深く考えさせられ、反省させられたところ。表面面だけでなく、そこに潜む思いをきちんと推し量れる人でありたいものです。そして、本著の中で最も印象に残ったのは、『説明できないわからない気落ちがあるのはなんで?』の質問に対する次の答えでした。 身もふたもないことを言うと、実は言葉で100パーセント気持ちを説明するのは不可能だ。 でも、それは言葉が無力だということではない(中略) 基本、言葉は、世界と1対1で対応しているのではなくて、 ざっくりとした目印だと知っておくといいと思う(中略) モノの名前を表す名詞でさえこうなのだから、 まして人の心という目に見えないものを表す言葉が、 すべてを言い尽くせないのは当然のことだろう(中略) 説明できないってことをわかったうえで、いくつかの目印を集めて、 だいたいこんな感じなんですと伝える努力をすることが、 コミュニケーションだし表現ということなのだ。(p.128)
2026.05.06
コメント(0)
![]()
みをつくし料理帖の第4弾。 冒頭では、大奥への奉公に備える美緒に、澪が包丁使いを教えることに。 さらに、身分の高い武家が縁組前の聞き合わせをしているような動きもあって、 源斉に心を寄せる美緒は、とても心穏やかではいられませんでしたが…… ***花嫁御寮-ははきぎ飯小松原が店に落としていったのは、地膚子というほうき草(ははきぎ)の実を乾燥させた薬種。澪は、それを料理に使おうと丹念に洗っていると、江戸紫の頭巾を被った女性に声を掛けられる。日を置いて現れた女性は、自身とその実との関りについて語り、小松原は息子だと打ち明ける。後日、小松原が店に姿を現した際、澪は「お持ち帰りになって、お母上に」とその実を差し出す。友待つ雪-里の白雪清右衛門があさひ太夫を題材に戯作を書こうと吉原を探り、翁屋に売飛ばした女衒を突き止める。清右衛門と女衒・卯吉のやり取りを聞きつけた又次は、清右衛門を殴り倒し、卯吉の悪行を暴露。澪は、旨い蕪料理を考えれば褒美をくれるという清右衛門の言葉を思い出し、執筆を断念させる。清右衛門は、天満一兆庵を再建し、身請け銭・4千両を用意して吉原から出してやれと助言する。寒紅-ひょっとこ温寿司おりょうは、夫・伊佐三が新宿に詰め始めて以来お牧という茶屋娘に入れあげてると聞かされる。それから伊佐三は一度姿を見せたが、その後お牧が現れおりょうに伊佐三と別れてくれと言う。さらに、お牧は太一を誘拐、おりょうは離婚を決意するが、伊佐三はやっと真相を明かす。太一の声が元に戻るようにと、伊佐三は誰にも知られぬよう帝釈天に百日詣の願を掛けていた。今朝の春-寒鰆の昆布締め版元の聖観堂が、登龍楼とつる屋に料理対決を提案、その結果で年内に料理番付を出すことに。競い合う食材は「寒鰆」、大坂では春が旬の魚を様々な調理方法で堪能するが、冬は勝手が違う。小松原のことが色々と気になる澪は、出刃包丁で左手人差し指と中指を傷つけ縫うことに。それでも、澪は寒鰆の昆布締めに辿り着くが、大関位を得ることは出来なかった。 *** 「日本橋伊勢屋の娘ならまだしも、何の後ろ盾もない、それも女料理人では話にならぬ。 そなたの気持ちは知らぬが、私は母として、さような縁組を許すわけにはいかぬのです。 どうあっても、許すわけには」 「武家の格式とはそうしたもの。なれど……」 「精進を厭わぬ心ばえ、決めたことをやり通す芯の強さ、加えて心根の温かさ。 そうそう居る娘ではない。 あれのひとを見る目の確かさを、今度ほど誇りに思うたことはない」(p.62)澪はすっかり諦めモードですが、小松原の母親の言葉からは、僅かながらも一筋の光明が……でも、実際のところは、天満一兆庵の再建以上に、相当難しいところではありましょう。それでも、髙田さんなら、きっと良い収め方をしてくれるはず。それを信じて、この先の展開を楽しんで読み進めていきたいと思います。
2026.05.02
コメント(0)
全4件 (4件中 1-4件目)
1