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2009年01月02日
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カテゴリ: 政治問題
 昨日の日記に引用した山田氏の論文では、天皇の戦争責任否定論が根拠とする
(1)大日本帝国憲法の規定
(2)天皇制政府の実態
のうち、「(1)大日本帝国憲法の規定」を詳しく検討すると天皇の戦争責任を否定する根拠にはならないことを論じたが、「(2)天皇制政府の実態」を見た場合はどうか。同論文は次のように述べている;


天皇は一種のロボットで、政策決定や戦争遂行に主体的に関与しなかった とか、 天皇は戦況を知らされていなかった 、といった類の議論である。

近年の歴史学的な諸研究の蓄積・進展によって、天皇の「実態」からする<戦争責任>否定論は、すくなくとも学説レベルでは、かなり克服されたといってよい。 昭和天皇は、国家意思形成、とりわけ軍事戦略・作戦の決定に際して、しばしば重大な役割を果たしてきた。 昭和天皇は、陸海軍から量・質ともに当時としては最高レベルの軍事情報を毎日「戦況上奏」として提供されていた し、その情報が意味することを理解し、軍がとるべき手段について 独自に検討する軍事的知識と能力を有していた 。国家意思の発動、とりわけ軍の機関意思の発動としての戦略・作戦の決定に天皇は、随所で様々なレベルの影響をあたえていたのである。

昭和天皇は、十五年戦争の期間に、大元帥としての自覚と能力をしだいに高めつつ、軍部が提供する軍事情報とみずからの戦略判断を基礎に、国家指導層への「御下問」「御言葉」を通じて国家意思形成(戦争指導・作戦指導)に深くかかわった。 天皇は戦略や作戦について、統帥部の方針や具体化の方法をかならずしも無条件で認めていたわけではない。

 十五年戦争における戦略・作戦の決定という問題に限定しても、様々な場面において、昭和天皇が国家意思の形成に具体的な影響を与えている。

 また、二・二六事件や1945年8月9-10日・14日の御前会議(いわゆる「終戦の聖断」)などの事例に見られるように、通常の国家意思決定システムが不完全にしか機能しない時に、天皇という機関が国家意思の最終決定システムとしての役割を果たした。これは、明治憲法体制のもとで、天皇という機関こそが、究極の危機管理システムであったことも示している。


歴史科学協議会-編 木村茂光・山田朗-監修「天皇・天皇制をよむ」東京大学出版会刊 251ページ「『大元帥』の実態を無視した『天皇ロボット』論」から引用

 敗戦直後に多くの政府資料が意図的に焼失したとは言え、残された史料も多く、御前会議での天皇の発言なども検討すると、とても軍部や政府のロボットだったとは言えないわけで、戦争責任は明白である。










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最終更新日  2009年01月02日 15時20分33秒


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