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しかしながら沖縄における昨年の総選挙での鳩山民主党の大勝と、続く1月の名護市長選挙の勝利は、民主的なうねりが盛り上がってきたのを示す徴候として受け止められる。普天間基地のどのような「県内移設」にも反対する世論は、ほぼ全県民的なものとなった。名護市長選挙後、大浦湾に迫る危険は(ジュゴンやサンゴ、ウミガメも含めて)劇的に減りつつあるようだ。14年間にわたり、期限付きの沖合ポンツーン方式の『ヘリポート』が徐々に巨大となり、海を埋め立てて、2本の滑走路を備え、軍港もある06年の計画に変貌していくウソとごまかし、策略を目撃し、さらに基地提供の見返りとされた経済的繁栄の約束が当てにならないのを経験した沖縄県民は、今日、再び簡単に騙されはしない。
2つの選挙は県民に勇気をもたらす一方、「同盟」関係を揺るがすものであった。辺野古基地建設は、鳩山がかつてのソビエトのように、戒厳令のような反民主的手段をとった場合には、実行に移されるに違いない。しかし「日米同盟」誕生50年を祝うための方法としては、かなり変わっている。
ヒラリー・クリントンはこの1月、ホノルルで、「安保条約は、東アジア、とりわけ日本の安全と繁栄にとって不可欠である」と強調した。これこそまさに、クリントン政権の国防次官補だったジョセフ・ナイが、1995年に冷戦後も日米安保を継続させるため「再定義」した際の核心的ポイントである。だが、こうした考えは正しいのだろうか。 東アジアの平和と安全が沖縄の海兵隊の駐留に依存しているなどというのは、奇妙に歪められた考えだ。冷戦期に想定されたどこかの軍隊が日本を攻撃するような可能性は、現在ほとんどゼロに等しい。
そして いずれにせよ海兵隊は 遠征する「攻撃」部隊であって、地上部隊として敵国領土に侵攻する即応態勢が用意されているが、 日米安保条約第4条で明記されているような沖縄や日本の防衛のために駐留しているのではない。 1990年以来、海兵隊は日本の基地から湾岸戦争、アフガニスタン戦争、イラク戦争に参戦するため出撃していった。
加えて、辺野古の基地計画に関する日本の大騒ぎは、大変な無理解の上に成り立っている。宜野湾市の伊波洋一市長が繰り返し示しているように(注4)、米国防総省は06年から、普天間の主力海兵隊部隊をグアムに移転することに決定し、それによってグアムを、東アジア全域と西太平洋をカバーする軍事的要塞・戦略的拠点に強化しようと進めてきた(それによって沖縄の新基地のあらゆる戦略的重要性も削がれる)。伊波市長の分析は、少なくとも部分的には防衛省の高官(柳沢協二・防衛研究所特別客員研究員。『朝日』1月28日付朝刊参照)によっても裏づけられている。それによれば、沖縄の第3海兵師団は「いつでも、日本以外の世界のどこへでも出動する任務を持つ。特定地域の防衛のためではない」と説明されている。要するにグアム協定とは普天間の代替基地ではなく、海兵隊がタダで受け取り、他国の領土を攻撃できる前進基地として使用する、新しく増強され、複数の機能を備えた基地の建設にこそ関連している。
米軍の恐ろしい本質
ほぼ例外なく、米国政府高官や識者、評論家はグアム協定方式を支持し、日本の民主主義や沖縄の市民社会に理解や好意を示したりなどしない。そして概して日本の識者、評論家も、これに「奴顔」(植民地状況に慣れきった顔つき。寺島実郎が使っている)で呼応している。『沖縄タイムス』の1月19目付は、制定50年を迎え、「沖縄からは従属関係にしか見えない日米安保を検証するチャンスである」と指摘している。真撃に「検証する」のなら、日本の政治家と官僚から「奴顔」を一掃することが求められよう。
鳩山が5月までに普天間基地の移設先に関する重大決定を延期すると発表した際、国防総省の広報官はこの決定を「認めない」と公言した。ワシントンの匿名の高官は、鳩山を「信用していない」と語ったと伝えられている。ナイは日本の民主党について「経験不足でバラバラで、選挙公約にいまだ捕らわれている」と述べているが、それは明らかにグアム協定を再交渉しようとする試みは許されないということを意味している。
5月までに、鳩山は重大な外交的危機をおかしても米国の要求を拒否するか、それとも遺憾ながら辺野古の「V字型滑走路」基地にとって代わる「現実的な選択肢」がないと表明して米国に屈するかどちらかを選ばねばならないが、後者は国内の政治危機を招く。
安保条約50年の公式的記念行事では、ナイがかつて述べたような米軍が日本と東アジアにとっての平和と安全を保障する「酸素」の根源として讃えられようが、それは日本の市民社会にとって、この「酸素」が世界各地では毒なのだという事実が指摘される機会ともなる。
米軍こそ、次々と各国に破局をもたらす元凶なのであって、朝鮮戦争(1950年から始まり、法的にはまだ終わっていない)、民主的に選出された政府を倒したイランのクーデター(1953年)、グアテマラの社会改革を潰すための政府転覆工作(1954年)、チリの左派政権打倒クーデター(1973年)、ベトナム戦争(1960年代から70年代にかけて)、アフガニスタン戦争(2001年以降)、イラク戦争(2003年以降)などが有名だ。そして今では、パキスタン、ソマリア、イエメン、そして(再び)イランを脅かしている。
そこでは不正で違法な武力干渉により、米軍が「酸素」をまき散らすにつれて数百万人が死亡、あるいは国外亡命を余儀なくされ、国全体が破壊される。米国の同盟諸国がどこまでこうした犯罪の責任を負っているかと、オランダ(イラク戦争は実際に非合法で侵略的であったと最近調査委員会が結論づけた)と英国(イラク戦争を検証するチルコット調査委員会)で真剣に討議されている。日本政府の責任も同様に、調査されてしかるべきだ。
安保条約50年を記念する今年は、 「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」とする日本憲法 を持ちながら、 よりにもよって戦争と戦争の威嚇を重要な国策遂行の手段とする国と一蓮托生の同盟関係を結ぶことになったのはどうしてか 、そして そのような国を今後も絶対的に支持し、気前良く財政援助を続けるのかどうか 、じっくりと考える機会としなければならない。その第一歩として、今こそ過去50年の不平等な条約や秘密外交、ウソ、そしてごまかしを市民がオープンに論議し始めなければならない。
(注4)本誌1月15日号「普天間移設と辺野古新基地は関係ない」
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