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8月15日を終戦記念日と言い、敗戦記念日とはあまり言わない。僕はなるべく敗戦と言う。なぜならば、昭和20(1945)年8月15日に戦争が終わったのだが、もう少し早く国が戦争をやめてくれたら、6日の広島、9日の長崎の原爆もなかったのではないか。3月10日の東京大空襲、そして全国各地へのアメリカ軍の大爆撃もなかったのではないかと、いつも思ってしまうからだ。
敗戦の時に小学校(国民学校)5年生だった僕は、もっと幼かったころから国や大人たちから教えられた神の国、戦争に負けない国、世界で一番強い国、を信じ、心も体も一色に染められ育てられてきた。だから国が発表する報道で日本軍は各地で負けていたのに勝っていると知らされたり、負けていることを国民には知らせないウソを、信じて疑わずにいたのだ。僕らは負けたなどと言わない国を疑うことはなく、いや、疑うことは悪いことと教えられて育ってきた。いま考えると、 このように教育をした人たちの罪は重いと思う。 だから僕は敗戦と言うようにしている。僕は国の言うこと、やること、それを伝えるメディアを疑うことを失ったら、民主主義は危険な状況になると思っている。(俳優・作家)
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