フリーページ
半田先生は「佐藤君に私がもっている琉球語の知識を伝えるのが、私の人生最後の仕事になると思います」ということをよく口にしておられた。毎回、私のために特別の教材を作ってくださった。半田先生は十数力国語に通暁していた。それだから、琉球語の教材であるにもかかわらず、筆者が理解するラテン語、古典ギリシャ語、ときにはロシア語も織り込んだ教材を作ってくださった。半田先生を通じ、言語は生き物で、言語の違いから思想が生まれてくるということを筆者は皮膚感覚で知った。
半田先生は、東京新聞の愛読者で、「昔はいろいろな新聞をとっていましたが、今は東京新聞だけを購読しています。私の考えにいちばんちかいんです」とおっしゃっていた。筆者の寄稿もいつも注意深く読んでくださっていた。半田先生は「『本書のコラム』を琉球語に翻訳する練習をしましょう。文字言語としての琉球語を生き返らせることが、佐藤君の歴史的使命です」とおっしゃっていた。半田一郎先生のご冥福を心からお祈り申し上げる。(作家・元外務省主任分析官)
ヤンキーは、どこにでも(14日の日記) 2016年07月14日
権力者への批判は知識人の役割(11日の… 2016年07月11日
放送の「中立・公正」を考える(15日の… 2016年06月15日
PR
キーワードサーチ
コメント新着