フリーページ
巻き添えにされた大杉の甥(おい)・橘宗一(むねかず)の墓前祭が、名古屋市千種区の日泰寺で行われた。宗一は妹あやめが結婚した、在米の橘惣三郎の長男で、惣三郎がひそかにこの寺の墓地に「犬共二虐殺サル」と掘った墓石を建てた。
わたしは今年も参加したのだが、墓前にたつと、なんの罪状もなく、裁判もなく、大杉夫妻をなぶり殺した日本陸軍の暴虐と6歳の少年まで巻き添えにした蛮行に、憤りをあらたにさせられる。
そのあとの集会で、大杉の甥で、『日録・大杉栄伝』の著者である大杉豊さんが発言した。甘粕正彦大尉、森慶次郎曹長、鴨志田安五郎上等兵など、五人の特高課チームの犯行であり、軍法会議で「司令官から命令があった」との証言が引きだされたが、それから先は明らかになっていない、と残念そうだった。
懲役10年の判決だった甘粕は3年で出所、フランスへ留学させられ、やがて満映(満州映画協会)理事長になる。懲役3年の森は1年半で出所していた。甘粕が陸軍の大罪を出世と引き換えに、きわめて軽い罰で引き受けたこの事件は、 いまでも、非合理な軍隊の存在のありようを示している。 (ルポライター)
アベノミクスは、隠れ蓑!?(30日の日… 2016年07月30日
大橋巨泉の遺言(29日の日記) 2016年07月29日
憲法と違う回路で進む恐ろしさ(23日の… 2016年07月23日
PR
キーワードサーチ
コメント新着