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それについての文章を、本誌9月10日号に本誌の発行人である佐高信氏が、「風速計」に書かれた。
8月27日号のインタビュー記事の中で私の名前が上げられていたので、一言口を差し挟ませていただく。
佐高信氏の書かれた文章は近来稀に見る文章である。氏が書かれた50行の文章のうち、16行が、安川氏に対する根拠と論拠のない誹謗に使われている。一つの文章の3分の1近くを、そのような文章で占める例は他の雑誌・新聞では有り得るが『週刊金曜日』で目にするのは、創刊以来の定期購読者の私として初めてのことである。
佐高氏は、安川氏が述べた「福沢諭吉の論は『文明』誘導という名目で武力による侵略が合理化されている」「アジア蔑視・侵略扇動の福沢を丸山のように『民主主義の先駆者』として都合よく美化したり……」
などの点に反論するべきであった。
しかし、佐高氏は、三島由紀夫を持ちだして論点をずらしている。安川氏の議論の主要点を攻めないのでは議論にならない。さらに佐高氏の文章の中には、見逃せない過ちが有る。
(1)安川氏は丸山眞男の福沢諭吉に関する評価を批判しているが、「敵以上の激しい侮蔑の言葉を投げつけて」はいない。学問上の批判と侮蔑は別物である。丸山眞男も安川氏の批判を侮蔑と取るほど幼稚ではなかっただろう。
(2)福沢諭吉と金玉均の関係について佐高氏には事実関係の誤認が有る。
金玉均は宮廷内での権力を争う「開化派のリーダー」であり、朝鮮独立運動とは関係がない。金玉均と朴泳孝は、自分たちが権力を握るために起こしたクーデター、甲申の変に失敗して日本に逃げた。
この件に関しては福沢諭吉の弟子、井上角五郎が、次のように言っている。「金・朴の一挙については先生はただに、その筋書きの作者に止まらず、自ら進んで役者を選び役者を教え又道具立てその他万端を指図された事実が有る」
福沢諭吉は、金玉均に軍資金を与え、武器をそろえ、壮士という暴力団を助っ人として用意し、金玉均のクーデターを指図したのである。
福沢諭吉が『脱亜論』を書いたのは、金玉均のクーデターが失敗した後である。『脱亜論』には自分が手助けをしたクーデターの失敗が色濃く影響している。佐高氏には、金玉均という人間と、『脱亜論』が書かれた時期と事情に対して誤認が有る。『週刊金曜日』では、他人を非難する際には、確実な事実を基に、誠実に論を組立てて行ってほしい。インターネットで根拠のない誹謗が飛び交っている現在、『週刊金曜日』は言論の鑑なるべきだ。
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