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2010年12月21日
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カテゴリ: 政治問題
 本年5月に鳩山前政権が、普天間飛行場の県外移設を断念したことは、アメリカに対する第二の敗戦であるとする政治学者、篠原一氏の意見を、11月26日の朝日新聞夕刊が次のように紹介している;




 ベテラン政治学者の篠原一氏(85)は、雑誌「世界」11月号に寄せた論考「トランジション 第二幕へ」でこう述べた。

 「私はあの5月末の(日米)合意は、日本の第二の敗戦だったと思っています」

 鳩山前政権が今年5月、米軍普天間飛行場(沖縄県)の国外・県外移設を断念する決定をしたことへの感想だった。

 敗戦-第2次世界大戦の記憶を、今なぜ呼び起こすのか。雑誌で語られなかった答えを求めて取材をした。進歩派として知られる篠原氏は、次のように語った。

米国による占領とも言える現状を脱するには最低限、自国内にある米軍基地を「動かす」必要がある。 その意味で今回、国家の最高責任者が「最低でも県外」と初めて本格移設を掲げ、海兵隊が沖縄にいる意味にも疑問を投げかけた。 だが国民は既成事実に追従 し、首相も結局は……。

 戦後体制の根幹にかかわる改正をめぐって 政府も国民も屈服した、 との認識だろう。

 「第二の敗戦」という表現は1990年代後半に注目された。多くの論者が語ったが、篠原氏のように安全保障の文脈で使った人は実は少なかった。経済の失速や不況を背景に、主に経済敗戦の意味で語られてきたのだ。

 安全保障の視点を含めて「敗戦」と断じた少数例として知られるのは、文芸評論家の江藤淳氏が生前、文芸春秋の98年1月号に寄せた「日本 第二の敗戦」だろう。

 保守派の論客だった江藤氏は、 97年の日米新ガイドライン合意 を取り上げ、 全国の自治体や民間機関が米軍に協力させられていく流れ を憂えた。それは「 もう一度日本が軍事的な空間として、全面的にアメリカの空間に取り込まれる 」ことを意味するのだ、と。

 氏はその際、沖縄にも触れていた。 日米の「停戦ライン」は戦後、沖縄に置かれてきた。 だが新ガイドラインにより停戦ラインは「本土、更には北海道にまで移動させられた」-との表現で。

 12年の年月と保守/進歩の立場を超えて共振する二つの「敗戦」。そこからは「占領と独立の問題に直面させられているのは沖縄だけではない」との示唆も読みとれるように思う。沖縄/本土という二項対立的な言説が存在感を増しつつある中で、国家の自立性という原点への注意を促す現象に見えた。      (塩倉裕)


2010年11月26日 朝日新聞夕刊 4版 13ページ「共振する『第二の敗戦』」から引用

 篠原一と江藤淳では正反対の立場にある人たちのように思われるが、両者とも「第二の敗戦」という同じ表現を使うということは、やはり日本国内に米軍基地が存在するのは異常な事態であるという意味であろう。
 鳩山前首相の「最低限県外」との発言が、そのような異常事態を改善するのだという重大な意味を含んでいたのであれば、鳩山氏はもっと慎重に、事前の準備を行い根回しをして、国会の内外で十分に議論を尽くして、全国民を味方につけてアメリカに対峙するべきであった。それが、実際は鳩山氏一人が「県外移設」を言うばかりで、外相も防衛相も異なる発言をし、メディアは高見の見物をするだけというのでは、アメリカに「敗戦」するのは当たり前だ。
 そんなに重大な「闘い」だったら、国民はもっと強力にサポートしたはずだったのに、終わってしまってから「あれは第二の敗戦だった」などと言われても、今さらどうにもならないが、沖縄県は今回「県外移設」を主張する知事を選出したのであるから、政府も地元の民意を尊重して「県外移設」のために努力するべきだ。









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最終更新日  2010年12月21日 19時06分25秒


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