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ベテラン政治学者の篠原一氏(85)は、雑誌「世界」11月号に寄せた論考「トランジション 第二幕へ」でこう述べた。
「私はあの5月末の(日米)合意は、日本の第二の敗戦だったと思っています」
鳩山前政権が今年5月、米軍普天間飛行場(沖縄県)の国外・県外移設を断念する決定をしたことへの感想だった。
敗戦-第2次世界大戦の記憶を、今なぜ呼び起こすのか。雑誌で語られなかった答えを求めて取材をした。進歩派として知られる篠原氏は、次のように語った。
米国による占領とも言える現状を脱するには最低限、自国内にある米軍基地を「動かす」必要がある。 その意味で今回、国家の最高責任者が「最低でも県外」と初めて本格移設を掲げ、海兵隊が沖縄にいる意味にも疑問を投げかけた。 だが国民は既成事実に追従 し、首相も結局は……。
戦後体制の根幹にかかわる改正をめぐって 政府も国民も屈服した、 との認識だろう。
「第二の敗戦」という表現は1990年代後半に注目された。多くの論者が語ったが、篠原氏のように安全保障の文脈で使った人は実は少なかった。経済の失速や不況を背景に、主に経済敗戦の意味で語られてきたのだ。
安全保障の視点を含めて「敗戦」と断じた少数例として知られるのは、文芸評論家の江藤淳氏が生前、文芸春秋の98年1月号に寄せた「日本 第二の敗戦」だろう。
保守派の論客だった江藤氏は、 97年の日米新ガイドライン合意 を取り上げ、 全国の自治体や民間機関が米軍に協力させられていく流れ を憂えた。それは「 もう一度日本が軍事的な空間として、全面的にアメリカの空間に取り込まれる 」ことを意味するのだ、と。
氏はその際、沖縄にも触れていた。 日米の「停戦ライン」は戦後、沖縄に置かれてきた。 だが新ガイドラインにより停戦ラインは「本土、更には北海道にまで移動させられた」-との表現で。
12年の年月と保守/進歩の立場を超えて共振する二つの「敗戦」。そこからは「占領と独立の問題に直面させられているのは沖縄だけではない」との示唆も読みとれるように思う。沖縄/本土という二項対立的な言説が存在感を増しつつある中で、国家の自立性という原点への注意を促す現象に見えた。 (塩倉裕)
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