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ハンギョレの指摘は妥当だが、日本は朴政権を同じく批判できるだろうか。1944年冬から翌春にかけ、日本占領下のベトナム北部で大飢饉(ききん)が発生した。天候不順だけでなく、鉄道が連合国軍に爆撃され、コメを南部メコンデルタから運べなかったこと、コメの代わりに軍需用作物を植えさせたことなどが原因で、ベトナムでは「餓死者200万人」と言われている。
ベトナムは仏、米や中国などからも侵略されてきた。しかし現政権は「過去にふたをして未来に向かおう」というスローガンを掲げ、どの国にも「歴史」を持ち出さない。実は日本も、その「恩恵」にあずかっている。
過去を問わないのは、国民が「歴史」を共有できないからだ。旧南ベトナム政権側だった人たちは、現政権と「輝かしい戦いの勝利の歴史」を共有できず、全国民を包摂するナショナリズムの中核に「歴史」を置けない。国家は「経済発展」こそが代わりになるとし、いたずらに「過去」を持ち出して対外関係を悪化させ、経済援助を減らしてはならないと考えている。
その陰で、国内では戦争被害を語ることが抑圧される現象も起きている。私は、こうした点を現地で調べ、国や地方、被害者本人のレベルから被害への対応を論じた「戦争記憶の政治学」(平凡社)を著した。そこでは韓国NGOの和解のための活動も紹介した。
それに比べ日本では歴史を学ばず、歴史認識を批判され、反発する動きだけが目立つ。多少なりとも過去に真摯(しんし)に向き合おうとした「慰安婦」をめぐる「河野談話」や侵略、植民地支配を反省した「村山談話」さえ風前のともしびだ。スローガンは、どこの国でも「過去にふたをせず、過去をふまえて未来へ向かおう」であるはずなのに。 (いとうまさこ 京都大学大学院准教授〈ベトナム史〉)
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