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2014年01月18日
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カテゴリ: 歴史認識
 年末のどさくさに紛れて靖国神社を参拝した安倍首相を、痛烈に批判する投書が10日の東京新聞に掲載された;


これは日本国民のみならず、全世界に見せ付ける行為にはかならない。この行為は憲法20条の政教分離の規定に明らかに違反するものだ。

 国の最高機関の首相参拝は、宗教法人である靖国神社を援助、助長する行為である。首相は談話で「・・・尊い命を犠牲にされた御英霊に対して、哀悼の誠を捧(ささ)げるとともに、尊崇の念を表し・・・」と述べている。 そもそも戦没者を「英霊」と呼ぶことは国や靖国神社が戦争を進めるために戦死者につけた尊称であり、靖国の教義を代弁していることになる。

 メディアは中国や韓国の反発を問題にするが、私たちはまず、国内問題であることを認識すべきである。また、A級戦犯が合祀(ごうし)されていることが一番の問題ともいわれるが、これは問題の本質ではない。 私たちは靖国神社が戦没者の追悼にふさわしい場でないことを理解しなければならない。

 日清戦争当時、福沢諭吉は「天皇・国が戦死者の過悼儀式を大々的にやって遺族を敵撫しなければ今後の戦争を続けられない」と言った。 まさに靖国神社が戦争神社である ことの本質を表している。

 この神社に参拝した首相が「不戦の誓いを堅持していく決意を、新たにしてまいりました」と言うのは全く場違いな詭弁(きべん)で、その行為とは懸け離れている。それほどまで戦没者を追悼したいのであれば、別の場で一人ひっそりとすればよいことである。


2014年1月10日 東京新聞朝刊 11版S 5ページ「ミラー-靖国参拝の説明詭弁」から引用

 国の最高機関を代表する首相が、特定の宗教を宣伝するような行為をすることは、この投書が指摘するとおり、憲法に違反している。首相であっても個人として信教は自由だというのであれば、闇夜に紛れて深夜に一人で参拝すればいいのであるが、これ見よがしに関係各方面に連絡を入れて参拝するのは、信仰心と言うよりは独りよがりの自己顕示欲というほかない。そんな浅ましい言動で国際問題を引き起こすというのは、国政のトップにあるまじき不祥事というものだ。首相にこのような愚行を許す背景には、国民世論の靖国神社に対する曖昧な認識がある。靖国神社は、この投書が指摘するように、福沢諭吉が戦争遂行のためにその必要性を主張して作られたもので、遺族でもない者がそこに参拝するのは、これからも戦争をやるという意思表示をするようなものであり、国際問題になるのは当たり前だ。私たちは靖国神社が戦没者追悼に相応しい場ではないことを理解する必要がある。






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最終更新日  2014年01月19日 09時59分02秒


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