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数十年前のある農村での一個人の出来事の裏付けをとるというのはほとんど不可能です。こうした個人の体験の証言については、 さまざまな関連する史料や当時の人々の証言、その他の全体的な状況を総合し、それに照らし合わせて証言の信憑性を判断 しなければなりません。
右派メディアは「証言に矛盾がある」などと主張していますが、個々人の数十年前の記憶に矛盾や不整合があるのはほかの体験者でもごく普通のことです。細部の間違いや思い違いを取り上げて証言を否定することはできません。
河野洋平氏は「アジア女性基金」のインタビューで、「話を聞いてみると、それはもう明らかに厳しい目にあった人でなければできないような状況説明が次から次へと出てくる。その状況を考えれば、この話は信憑性がある、信頼するに十分足りるというふうに、いろんな角度から見てもそう言えるということがわかってきました」と語っていますが、その通りでしょう。
また河野談話は16人の証言だけで作成されたものではありません。ほかに軍人の証言もあれば、膨大な文書もあり、それらを含めて総合的に判断したものです。首相も事あるごとに「強制連行」だけを問題にし、 第一次安倍内閣の07年に「強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」と閣議決定 したことをくりかえし強調していますが、 これは明確に虚構の上に立ったものです。
◆「強制連行」の証拠はある
河野談話の作成時に内閣官房によって集められた資料の一つであるインドネシア・ジャカルタの「バタビア臨時軍法会議の記録」には、日本軍が拘留中のオランダ人女性を文字通り「強制連行」し、「慰安婦」になることを強制した事件が記録されています。同文書は河野談話の根拠の一つのはずです。
そもそも、女性たちの連行の方法だけが「慰安婦」問題の本質的な問題なのではありません。河野談話にあるように、「慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった」という事実こそが重要なのです。彼女たちは慰安所で外出の自由もなく、大半は「慰安婦」を辞めたくとも辞められず、さらには拒否したら暴力を振るわれるなど、そこで「性奴隷」状態に陥れられました。なのに、 「強制連行」でなかったから問題がないと言わんばかりの安倍首相の姿勢は、明らかに誤りです。
しかも当時の法律に照らしても、女性を騙して海外に連れて行くのは戦前の刑法第33章の『略取及び誘拐の罪』の第226条「国外移送目的略取罪」、「国外移送目的誘拐罪」、「国外移送目的人身売買罪」、「国外移送罪」という4つの犯罪に違反する行為でした。つまり暴力や脅迫によって(略取)、あるいは騙して(誘拐)、あるいは人身売買で、国外に連れて行こうとすれば、いずれも犯罪でした。
ちなみに北朝鮮による拉致について、暴力で連行したケースも「甘言」によって騙して連行目したケースも日本政府・社会はいずれも拉致事件と認定しています。それは当然の認識です。「慰安婦」については強制連行だけを問題にするのは、ダブルスタンダードでしかありません。たとえば誘拐事件の場合、暴力で連れて行こうが、騙して連れて行こうが、違いはありません。右派メディアや 安倍政権の理屈は、 誘拐犯が自分は 騙して連れて行っただけだから悪くないんだと言っているようなものです。
しかも河野談話が発表された1993年以降、「慰安婦」関連の資料が次々に発見され、河野談話を裏付け、さらにその不十分さを示すものになっています。一例を挙げると、日中戦争開始直後に陸軍大臣が改訂した「野戦酒保規程」(1937年)では、軍が後方施設として「慰安施設」を設置すると明記してあります。河野談話では「軍の関与」という表現がありますが、 「関与」どころか直接軍が設置・管理し、重大な人権侵害の主体であった ことが一層明らかにされてきています。
◆「慰安所」のもみ消し
また、今回新しく発見された資料の一つに法務省文書である『BC級(オランダ裁判関係)バタビア裁判・第25号事件』があります。
そこに含まれる海軍特別警察隊長(憲兵隊長)の証言によると「スラバヤから蘭軍下士官の妻君5人の外、現地人70人位をバリ島に連れて来た」、「この外にも、戦中の前後約4ケ年間に200人位の婦女を慰安婦として奥山部隊の命により、バリ島に連れ込んだ」と軍の命令によって女性を連行したことを認めています。
さらにこの特別警察隊長は、「終戦後、軍車両部、施設部に強硬談判して、約70万円を本件の工作費として貰い受け各村長を介して住民の懐柔工作に使った。これが完全に功を奏したと見え、一番心配した慰安所の件は一件も訴え出なかった」と語っています。実際、戦犯裁判では「組織的暴虐」行為で有罪判決を受けていますが、「慰安婦」強制の容疑では有罪を免れることができました。
この資料は法務省職員が聴取して記録したもので日本政府の公文書です。しかし河野談話作成時には、内閣官房に報告されておらず、「慰安婦」関係の文書とは政府は認めていません。ほかにも「慰安婦」強制を示す日本政府の文書が多数ありますが、いずれも日本政府はそうした文書を無視して、強制を示す文書はないという答弁をくりかえしているのです。
いま必要なのは、河野談話の見直しでもなければ「検証」でもありません。この20年間の調査研究の成果を政府は認め、河野談話の内容を継承、発展させ、被害者に対する償いを実行することが求められています。 (談)まとめ/成澤宗男・編集部
※ はやし ひろふみ・関東学院大学教授。「日本の戦争責任資料センター」研究事務局長。
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