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2014年04月26日
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カテゴリ: 政治問題
 政府の見解を児童生徒の教科書に書き込むことを画策している安倍政権は、日ごろの修正主義に都合の良いことばかりを書き込むつもりで、自分たちの主張と一致しない村山談話や河野談話は教科書に書いてはならないはずだった。しかし、そのつもりでいたにも関わらず、野党議員の質問に対して下村文科相が「村山談話は政府の統一見解ではない」と虚偽の答弁をしたことが、一市民の抗議の電話で発覚し、今月の委員会の冒頭で謝罪する羽目になった。ことの顛末を、琉球大学名助教授の高嶋伸欣氏が18日の「週刊金曜日」に次のように報告しいてる;




 しかし、村山談話は1995年8月15日に、正式に閣議で議決され、全閣僚の署名がされたものだ。このことは、当時の新開でくわしく報道されているし、ネットで検索すれば、容易に確認できる。

 しかも、当時の事情は政治的緊迫感のあるものだった。直前には国会での「戦後50年決議」が自民党などによって骨抜きにされた。その決議に異を唱える動きの中心にいた島村宜伸(しまむらよしのぷ)文部大臣(当時)が、記者会見で「いちいち謝罪していくやり方は、果たしていかがなものか」と発言。近隣諸国がいっせいに反発し、村山首相(当時)は大臣を罷免(ひめん)すべきではないか、という声も高まっていた。そうした状況下で、植民地支配と侵略の事実を認め、反省と謝罪の談話の発表を村山首相は決意したのだった。その意味づけを明確にするために、首相は閣議での議決を計画したが、自民党員の大臣が多数を占める閣議の場では紛糾が予想された。そうした混乱を避けるために首相と官房長官などが用意周到に事を進め、異論は一言も出されずに満場一致で、同談話は閣議決定されたのだった。

 その様子は同年8月16日付の『朝日新聞』朝刊社会面でくわしく報じられている。こうしたほぼ20年前のできごとについて、若手の官僚たちが通じていなくてもやむを得ない。しかしベテラン政治家で、アジア侵略の事実に触れることを「自虐史観」として歴史教育から排除すべきだと、声高に主張しているのが下村大臣だ。その下村氏が村山談話が閣議決定であることに気付いていなかったとは思えない。もし本当に気付かずにいて、官僚の用意した答弁原稿をそのまま読み上げて2度も誤認発言を繰り返していたのであれば、 大臣どころか、政治家としての資質を問われて当然だ ろう。しょせん、安倍内閣の閣僚のレベルはこの程度ということか。

 それにしても、不思議なのはこの答弁の誤りを、3月31日の時点で文科省に一市民から抗議の電話があるまで、関係者が気付いていなかったことだ。質問した野党議員もそうだが、報道関係者も、怠慢のきわみだ。ましてや冒頭の訂正謝罪発言についても、『産経新問』と『読売新聞』はまったく報道していない。両紙の報道姿勢がよくわかる事例だ。

(たかしま のぶよし・琉球大学名誉教授)


2014年4月18日「週刊金曜日」988号 59ページ「大臣の事実誤認発言を2度も見逃した記者の怠慢はなぜ?」から引用

 下村大臣の間違った答弁を、質問した議員もそれを報道したマスコミも誤りであると言わないで、一市民がクレームの電話をするまで誰も何も言わなかったのは社会的な失態であった。こんな調子で他にも、誰も気付かない間違いが横行しているのではないかと疑いたくなる。それにしても、安倍政権は尖閣諸島の領有を教科書に書かせたくて「政府見解を教科書に反映」などと言ってるが、その建前で通そうとすれば村山談話や河野談話も政府見解に間違いないことは、今回の一件で明らかになったわけで、尖閣の領有だけを書いて村山談話に触れない教科書は「偏向」であるとして検定不合格にしなければならなくなった。反知性主義の安倍政権の性格が表れた出来事であった。






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最終更新日  2014年04月27日 10時25分48秒


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