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たとえば歴史上初のポピュリズム現象とされる19世紀末の米国における人民党の勃興。南北戦争後の米国では資本主義が急発達し、地方の農村の困窮などさまざまな問題が生じてきました。農民や労働者といった米国の歴史を担ってきた普通の人々が、腐敗した既成二大政党では代表されていないということで、改革運動として人民党が出てきた。 産業構造が大きく変化して人々の生活や考え方が変わる中で、旧態依然とした人々に政治権力が握られている、という感覚が、ポピュリズムという組織されざる人々の反エリート運動を生んだ のです。
ポピュリズムの出現は、時代や社会が転換期にあることを示す現象と言えるでしょう。デモクラシーと言いながら、実際には一部の特権層が利益をむさぼっており、一般の人々はないがしろにされている。 自分はその見捨てられた人々のために立ち上がるのだ、というフィクションをポピュリズム指導者は作り上げる。 米国中西部などのラストベルト(さびついた工業地帯)で支持を得たトランプ大統領や、仏北東部の古い工業地帯を票田にした、「国民戦線」のルペン党首らはその典型です。
対して 日本の場合、高度成長期から現在に至るまで地方への再配分が機能してきた。 一方、地方を重視する政権党への大都市住民の不満は大きい。だからそこに訴えかける形のポピュリズムは東京、名古屋、大阪のいずれでも支持を得ました。ただその不満は漠然としたもので、米ラストベルトの社会的、経済的に困窮した人々がトランプ氏を支持するような強さはない。
よって繁栄する大都市対没落した地方という、欧米と同じ構図のポピュリズムは当面起きないでしょう。しかし、正規社員対非正規といった別の軸での分断は広がっており、そこは今後ポピュリズムの起点になり得ると思います。
(談)
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