フリーページ
1955年の日米原子力研究協定仮調印後、原子力イコール原爆のイメージ払しょくのため、米国の意向を受けて全国で「原子力平和利用博覧会」が開催された。5番目の開催地は広島の平和記念資料館。「核兵器の惨状を伝えるべき通常の展示物を、別の場所に移して」まで平和利用をうたい「原爆ドームも、本体を電球で飾り立てられて、平和利用の夢を彩る”展示品”の一つにされた」という。
無神経さに言葉を失う。55年といえば、広島・長崎からまだ10年。その前の年には米国の水爆実験でマクロ漁船「第五福竜丸」が被ばくし、乗組員が死亡した。
原爆投下が戦争の終結を早めたという投下正当論が根強い米国では、戦後50年を機に国立スミソニアン航空宇宙博物館で企画された原爆展が、退役軍人らの反発で中止されたことがある。昨年も、原爆が開発されたニューメキシコ州ロスアラモスで計画されていた原爆展が「住民に受け入れられないのでは」という理由で中止されている(2018年3月30日夕刊8面)。
人道的視点に立った原爆の展示すら拒まれる、戦勝国と敗戦国の覆しがたい現実。それでも人類は核兵器と共存できないというメッセージを世界にどう発信し続けるのか。
* * *
もう一つは、経団連の中西宏明会長のインタビュー記事(1月5日朝刊1、7面)。日立製作所会長でもある中西氏は原発について「全員が反対するものを(中略)無理やりつくるということは、民主国家ではない。国民が反対するものをつくるにはどうしたらいいのか。真剣に一般公開の討論をするべきだと思う」と語った。
今更何を言っているのか、無責任さに唖然とする。 多くの国民は福島第一原発事故以降、原発が安全かつ低コストでクリーンなエネルギーという神話は嘘だったことを見抜き、脱原発を求めてきた。にもかかわらず、 政府の原発輸出の片棒を担いできたのは当の経団連ではなかったか。
日立製作所は昨年末、英国で建設予定だった原発の事業費が膨れ上がり、計画の凍結は避けられないとの認識を示していた(18年12月18日朝刊2面)。 輸出に失敗したとたん「国民が反対するものはつくれない」と開き直るのか。 まずは、責任を持って方針転換を示すのが筋だろう。
平成を振り返り、新元号の時代を語る報道は、昭和からの積み残しの検証を伴うものでなければならない。
(中央大総合政策学部教授)
「残念」で済ませるのか?(8日の日記) 2026年09月08日
米国民主党、OS更新が進むのか(7日の… 2026年09月07日
理念と血税のAI選び(6日の日記) 2026年09月06日
PR
キーワードサーチ
コメント新着