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「おせちを食べずに新年は始まりません」と年末のスーパーの店内放送。結構値が張る。12月31日に寝て1月1日に目覚めるという単純な行為に、特別な費用がかかる「年越し」という言葉の魔法。お金、家族、交通ラッシュ、「予定」。この休日は物入りだ。
伝統的な祝い方や愛する人々との時間を大切にできることは素晴らしい。でも、「正月はこう」という固定観念が他の誰かにとってのプレッシャーや孤独感のもとになる必要はない。
定休日も洗濯機もなく、必死で働いても質素な食事しかできなかった私たちの先祖が年に一度、身も心もリフレッシュできるのが正月だったなら、今はワンコインで牛丼の時代。しかもコロナ禍。おせちがなくても新年は始められる。元日にひとりコンビニ弁当だっていい。自分だけの幸せの源を心に持っていれば。大晦日も元日も昇る太陽は同じ。たとえ雲に隠れたとしても。健やかな一年を!
(文筆家)
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