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誰彼を天皇に「する」「したい」という傲慢な願望が、どれほど危険な政治思想であるか は、歴史をひもとけば分かる。
女性・女系天皇を認める国策は16年前、既に決まっている。 当時の小泉純一郎首相が諮問した「皇室典範に関する有識者会議」が約1年、17回の議論で結論付けた。2006年1月の国会冒頭、小泉氏は施政方針演説で「象徴天皇制度は国民の間に定着しており、皇位が将来にわたり安定的に継承されるよう有識者会議の報告に沿って皇室典範改正案を提出する」と公約。法案は準備されていた。 世論は当時も今も賛成8割。これを国論が二分とは言わない。
1週間後、小泉氏は首相公邸で有識者たちをねぎらう招宴を開いた。左隣に座った安倍晋三官房長官を見ずに、こうあいさつしている。 「これからは(担当閣僚である)安倍さんの国会答弁が重要だな」
皆が一斉に安倍氏を見た。「顔は青ざめ、こわ張っていた」そうだ。反対に有識者たちは「最大の心配は女性・女系反対の安倍氏だったから胸をなで下ろした」。会食後、安倍氏は黙って公邸を出た。
2月、秋篠宮妃ご懐妊発表。静かな環境への配慮から法案の国会提出は延ばされたが、国策が白紙に戻ったわけではない。有識者報告書はあらかじめ結びで「今後、皇室に男子がご誕生にな」つても皇位の危機は変わらず「女性天皇・女系天皇への途(みち)を開くことが不可欠」と記していた。
9月、悠仁さまご誕生。直後に小泉内閣退陣。以後6代の首相が短期で交代し、安倍長期政権になった。女性・女系天皇は政治の都合で棚上げされてきた。 決まった国策をないかのように扱うのは政略である。
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眞子さんの「皇室脱出」は、皇室の消滅が時間の問題かもしれないと容易に推測させる。愛子さまも佳子さまも遠からず皇室を離れるであろう。 皇室に入った女性の辛苦は、一時声を失った上皇后美智子さま、心身不調が続く皇后雅子さまを見れば分かる。 悠仁さまが健やかに成長しても、祝福される結婚相手と出会うのは至難だ。「妃(きさき)になりたい」女性が現れたら、要らぬ勘繰りの餌食になるのは避けられまい。しかも男子出産が絶対の使命とは。
宮内庁幹部は「悠仁さまは姉の身に起きたことをよく分かっている。我が身についても思い巡らしているはずだ」と眉を曇らせる。 男系男子継承に固執する限り、悠仁さまが最後の天皇になる可能性はある。
因果応報との見方がある。昨年12月は日米開戦80年の検証報道が相次いだ。昭和天皇の戦後の弁明を初代宮内庁長官が記録した「拝謁記」の刊行も始まった。 近代天皇制の罪を考えれば昭和天皇は退位すべきだった が、終身在位した。1世紀後に皇統が絶えるなら、それが「歴史の裁断」なのか。苦い宿命論である。
天皇のいない日本を想像してみよう。対外的に国を代表するのは首相でよいか。歴代の顔ぶれを思い浮かべたら、反対論が多いに違いない。とすれば、議院内閣制と元首大統領が併存する半大統領制か。国民直接選挙なら、 選ばれるのは例えば石原慎太郎氏、橋下徹氏(旧おおさか維新の会は首相公選制を唱えた)、安倍氏・・・。 自分たちの投票にこれほど自信が持てないとは情けない。
それは世界的流行でもある。民主主義が縮小し、権威主義化する国は年々増えている。上からの強制ではない。民主主義に疲れた民衆は政治の権威にすがる。 民主主義は自由と人権だけで行えるものか。民主政治の権威は憲法と主権委譲と権力分立だけで達成できるのか。
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象徴天皇制は、平成の天皇、皇后両陛下(上皇ご夫妻)の在位30年余で革新された。お二人は、国民統合の象徴がどうしたら実現されるかを平穏な確固たる行為で表した。
東日本大震災で国民に語りかけたビデオ放送、生前退位の立法化は、その実績の上に行われた。厳密には政治行為に踏み込んでいるとの批判もあるが、民主主義を損なうどころか、その機能不全を補完した。
近代天皇制の原罪たる戦争責任に皇室がなお意識的であるなら、象徴天皇制の無二な権威をみすみす失うのは愚かしい。 政治には手も足も出ない中国、韓国との安全保障さえ、敵基地攻撃や経済制裁より皇室外交の方が有効かもしれない。
男系男子論は「ほとんどずっとそうだった」以外に根拠がない。一夫多妻と不可分なのに、そこは口をつぐむ。もはや天皇は男か女かの閻題ではない。象徴天皇制をやめるか続けるか、国のかたちを変えるのか。そこを問われている。
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