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雨やら1週間の疲れやらで朝からどたばた。結局、最終回の親業訓練講座に遅刻してしまった。しかも、電車を乗り違えるしぃ。到着すると、3人グループでAとBとCに分かれて話す人、聞く人、傍観する人と役割分担。傍観する人は会話の流れ方だけでなく二人の表情も観察するように、と。これは、「能動的な聞き方」をするための練習とか。普段の日常と違い、子どもが悩みを持っているときの会話の仕方は、親が意見をしたり諭そうとするよりも、「ただ相手の気持ちを汲み取って聞く」それだけでいいのだとか。「うん、うん、そうだったんだね」うなずきながら、相手の言葉を繰り返したり、少し言い換えたり・・・。何だかこれは、心理カウンセラーの技法そのままだわ。と思いつつも、聞き役の順番が廻ってきたとき「ただただ聞く」ことが難しかった!ついつい、「何て助言してあげればいいんだろう」「今の状況を打開するためには!?」なーーんて、その人の話を聞くよりも、その先に答えるべき自分の言葉ばかりを探していたり・・。うわぁー。これって、自分が子ども時代に母親にされて嫌だったことじゃないかぁ。私「学校に行きたくない」母「何で行きたくないの?」相手の意見を聞こうとしてるようで、言葉の裏には「この子を学校に行かせなきゃ」という最終目標がギンギンと光っている。学校に行かないような悪い子でなくちゃんと通う良い子に変えなきゃ、という母親の手前勝手な思い。私の思いでなく母親の思い。それは、子どもの私にも伝わってきた。そんな母親に心が開けるはずもなく。本当の気持ちは明かされないまま。10年以上経った今も、「あんなんじゃ、話せるはずないよなぁ」と覚えているほど。それを、同じことしてるわけなのよね!?あぶない、あぶない。気付けてよかった。やっぱり、本を読むだけや話しを聞くだけでなくこうして、生で他の人と練習できたことで「体験」として身にしみました。ありがたいことです。娘は1才9ヶ月。きっと、これから様々な悩みを産んでいくでしょう。そのときにこそ、活用したい。負の世代連鎖は意識して終わらせなくてはいけない。そのためにも、今近くにいる大人とこの学びを活かさなくては・・。そうそう、友人との会話でもあった。迷っている友人が私の意見を素直に聞いてくれたとき、それは私がその人の迷いを素直に「うん、うん、そうだよね」そう聞いてたから。でも、パートナーとの会話で私は・・。いつも、「言い聞かせ」たっぷりな母親役を演じてない?うわぁ~、ごめんなさい~。
2003年11月29日
よく私の日常で起こる不思議な連鎖。それは、「ギリギリの電車に乗れて間に合うと思ったら、交通機関に支障が出て遅刻する」何だかよくあるのです。最近は、早め早めに行ってたのに、今朝は保育園の送りでどたばたして、何とかギリギリの電車に飛び乗れました。ところが、事故の影響で電車は30分の遅れ。何とか間に合ったと思ったのもつかの間、結構な遅刻となりました。半年前のとある日はもっとひどかった。朝、ギリギリで乗ったら事故。(乗客がドアに挟まった)「これは、行動を正せと言う教えよねぇ」と友人と話していた、その帰り道。反省の色もなく保育園のお迎えに「ギリギリ間に合う」電車に乗ったら、またまた朝と同じ路線が事故。(車が線路に進入)。何とかお迎えに行かなくては~と必死の思いでバスを2本乗り継いで帰った記憶が。(しかも電車は大方の予測をよそに、すぐに動き出していた)その次の朝は、さすがに早めに出たのでやはり事故があって遅れが出ていたのですが、影響を受けず到着しました。利用してるO急線が事故が多いのかもしれないけど。でも、早め早めの行動をしろとの教え。真摯に受け止めて行きます・・。
2003年11月28日
私がどんなヨガを教えるか。それは、私がやっていて「いいな」と思えるヨガ。「終わってからスッキリする」とか「瞑想で気付きがある」とか「身体が鍛えられる・柔らかくなる」とか。総じて、「心も身体も成長する」ことが主です。今日は生徒さんの一人に、「普段、忙しくて緊張しがちだからリラックスがうまくできるようになりたい。でも、先生のクラスはリラックスの回数が少ない」と言われました。その方は、10年前に受けたヨガのクラスと私のクラスを比較しているのです。ねじるとき、前屈のとき、筋肉使うとき、全てのポーズでしっかり行えば、それを解放したときに小さなリラックスを味わえます。そこに気付かないのかシャバアーサナの数にこだわるのです。その方が帰ってから別の生徒Tさんが「あの人はヨガの先生でもやってるの?えらそうに。嫌なら辞めればいいのよ。先生はヨガやってるから怒らないのだろうけど私はダメ。エヘ。では、さようなら」と私の代わり(?)に悪態をついて帰ってくれました。お陰様、私も特に気にせず帰れました。とまあ、それ以外にも私には自分が教えるヨガは「これでいいのだ」と言う自信が確固としてあるからです。変えてもいい部分と変えたくない部分、それは私の中で線引きされます。その線は相手の顔色を伺ってでなく、私が気持ちよくやることで相手もより気持ちよくヨガができる位置にあるはずです。生徒は先生の教え方で教室を選んで来ます。指導者も対象を意識することで生徒を選べます。私の対象とする生徒は、やはり身体の支障が多い方より少し健康レベルは高いけど、ヨガで精神レベルも鍛えたい方です。そして、私のクラスに参加して目を輝かし始める人も精神レベルでの自己成長ができ始めた人です。もう何人も、現われています。それが、わたしにとっての自信となっています。だって、何より大切なのは私が「ヨガって素晴らしい」。そう、習い始めたときに感じた感動。それを人に伝えることだけなのですから。その内容が私の場合は筋肉の成長や柔軟性のUP、呼吸による心の解放、そこから得られるひらめきの素晴らしさなどなど・・。それを更に伝えるためのご意見・ご提案なら喜んでやり方を変えるのです。そして、今日のSさんは、その言動が周囲に与える影響や、その思考癖などなど、色々と私に学ばせてくれました。本当にありがたいことです。
2003年11月20日
ヨガの実習に行きました。少しちまちまと考えるところがあり、大人しくしていたところ、先生から「今日は元気がないですね」と。いつもと少し違うのを感じてか声をかけてくれました。家に帰りながら、「気を使わせてしまった」と少し反省。自分の性格の中で、わざと人の気を引くために自分のテンションを下げている時がある。そんなことを感じてきました。注意を引くために。結果として、人に気を使わせている自分。何か子どもっぽいな。小さいとき、そんなことして親の気を引こうとしていた思い出が少し甦ります。でも、うちの親は余り応えてくれないんですよね。子どもの無言の訴えに反応の少ない親もって可哀想な私みたいな自己憐憫。そうやって浸ってた私も2年前の話し。今は親の責任でなく自分で自分の性格を創り上げたのだと考えも変化しています。ただ、感情から来る行動癖が抜けきらない。もっと、背筋伸ばして呼吸しよう。一つ気付けたことに感謝して。そして、素敵なオーラを発しよう。
2003年11月18日
お金にとらわれない生き方お金はとかく「口にしないもの」「人の人生を歪めるもの」と思われています。私も親からの教育で「労働せずにお金を稼ごうとするな」と教えられました。今、私は娘にそのような教えを授けたくありません。家の手伝いをしたからお小遣い。それは、自分の娘を将来的に時間と身柄を拘束させればお金が入る。という、安易な金稼ぎに走らせかねないからです。正に身を粉にして働いても得られる額はタカが知れています。身体を使うのはラクです。頭を使うのが大変なのです。人間は肉体的ストレスには強く、精神的ストレスには弱いです。つまり、辛い労働には耐えられるからその現状に麻痺しやすい。しかし、新しいことへ立ち向かっていく努力には精神的ストレスを伴いやすい。それで、「今のままでいいや」と、現状維持を選択してしまいやすいです。大切なのは幾つになっても勉強すること。頭を使うことでより素晴らしい人生になるのです。私は会社を辞め、独立した。すると、経営面なども自己管理下になります。会社などで働けば会社が赤字であっても行ってるだけで最低賃金は出てきます(語弊は否めませんが)。それが自営だと利益を上げなくては何も入ってきません。だから、どうしたら利益が出るか勉強する必要があります。そんなことを言ったら、A子は「何でそんなにお金稼ごうとするの?」と不思議そうに言いました。「私は結婚したらパートとかして暮らしていければいい」と。A子のお金稼ぎに走りたくない。ゆったりと暮らしたい。そういう気持ちは分かるが、実はそういうA子の方が私よりお金にとらわれていないでしょうか。同じ日の話題・・A子「結婚したいのだけどお金がなくて披露宴ができないかも」 私 「身内だけとかお金のかからない方法もあるよ」A子「披露宴は大きくやりたいの。でも、そうすると何百万とかかかるんでしょ?」 「貯まるのに何年かかるかなぁ」 私 「私達もお金はなかったけど、やろうと思ってやったらできたよ」A子「でもねぇ・・」私の学生時代からの友人はお嬢様(と思われる)学校を出てそれなりの大学に行った人が多い。その中にある共通項があります。「先の心配」「失敗を恐れる」将来のことを考えることは頭がいいように見えます。ところが、結婚式費用もそうですが、子どもを産んだら一人にいくらかかる。大変な額なんだよ、とか。多くはその行動に歯止めをかけることにばかり頭が使われています。行動に拍車をかけることには使われていません。失敗を恐れるばかりに、やりたいこともできないのです。A子を見ていて思います。数年前の私も同じことを考えていたなぁ。同じ波動だから引き寄せあったんだ。しかし、私は変わり、そして、このときA子は私のところにきました。それは、何を意味するか。私の波動を彼女に伝えるために違いない!お金の話ではありませんよ。人生を楽しく生きるには・・って、話しです。「失敗したくない」という思いに駆られて楽しくもない学科を取得して苦しんで資格を取って、取ったら今度は「こんなもののために自分は一生懸命になってたんだ」「こんな紙切れ一枚の差で他人に権威をひけらかすんだ」と喪失感にさいなまれてしまった彼女。もっと自分に素直になれば、ずっと楽しく生きれるんだよ。そういう話をして本を貸して。彼女は目を輝かして帰っていきました。ほっ。私も勉強になりました。お金への嫌悪感。気をつけましょう。「お金はよくない」そんな風に思っている人は逆にお金に縛られて身動きできていなかったりしませんか?友人の結婚式に、親の誕生日に、プレゼントのお金を低く制限していたりしませんか?楽しくもない仕事をお金のためにしながら、金持ちを見て「金稼ぐヤツはあくどい」なんてつぶやいたり?そうです。あくどいのはあなたです。ちょっと、一呼吸して。お金は人々の間を潤滑につないでくれる大切なもの。そう、思って見ませんか?ヨガの動きと同じ、拒絶しても傷つきあうだけです。受け入れてみるのです。ずっと、楽にお金から解放されますよ。本当にお金のことや楽しく生きることを話すと、日記じゃ足りない・・・ので、先ずは簡単に。
2003年11月12日
この2週間近く体調がすぐれない。10月に新しいことが立て続けに始まったため、その間は気を張り詰めていた。それが、月末から「ガタッ」とシフトダウン。身体は私に休めと言っているらしい。ちょうど、子育てワハハのメルマガでも「『気が抜けると風邪を引く』のはなぜ?」と届いたばかり。そうです、私ですと思いながら読んでいた。無理をしない程度に早く寝たりしていたが、中途半端な休め方でなかなか完治しない。今日は、午前中は家でデスクワーク。午後から京橋へヨガに行った。雨も降ってるし、仕事終わらないし、家で寝ていようかと思ったくらいダルかったけど、1週間に1度は先生のところで指導を受けることにしているので出かけた。メインのポーズは「ワシ」。普段は軽く身体ならしに使っている定番のポーズだが今日は違った。相当、じっく~り時間をかけながら「集中」を意識して行った。今週のテーマは「アシュタンガ・ヨガ」。と言っても、あのパワーヨガの呼び名でなく、その由来ともなっているヨガの教えを8つにまとめた「八支則(アシュタンガ)」のこと。Yama・・・禁戒Niyama・・・勧戒Asana・・・坐法Pranayama・・・呼吸法Pratyahara・・・感覚制御Dharana・・・意識の集中Dhyana・・・瞑想Samadhi・・・三昧「意識の集中」これは、大事ですね。辛い姿勢、それを「受け止める」とは向き合うこと。決して、他の楽しいことを空想して現実の辛さから逃避することではない。辛さを辛いと感じつつも、深くゆったりとした呼吸をしていく。それにより、落ち着いた冷静さで受け止められるようになります。筋肉は負荷をかけることで鍛えられます。心も同じ。身体の辛さを受け止めていると心の辛さが聞けるようになります。人間、自分より上のことを始めると辛い問題は起きてきます。乗り越えるべき壁だからです。それを、辛いからとすぐ他の楽なことに切り替えては成長できないので、いつまでたっても同じレベルのまま。現われる壁も同じまま。進歩ない人生を送りたいですか?・・・では、辛さを感じ取りつつ、意識を集中して深く呼吸して今の自分を見つめてみましょう。それが、成長するためのコツです。ダルい中、ワシのポーズをじっくり味わったら一気に熱が上がりました。かーーっと。あぁ、もうダメだ。なんて、少し弱気になりながらも残り1時間を誘導のままにこなして帰りました。まだ、帰り際はダルかったけど夜には不思議にスッキリ。気分良く笑顔で、ひろぽんを迎えてあげられました。「行こうか止めようか」ちょっとした小さな心の壁だったけど、乗り越えてよかった。とても、良いものを収穫できました。
2003年11月11日
サンバハウス10月4回目が休日の関係で今日に。4回目のベビマ後はバランスボールの紹介です。軽く弾み、最後に横たわってバランスボールを使ったヨガもしてみました。上に乗るだけでなく足を使って…、ちょいと筋肉使っておきました。最後、みんなの感想が終わってから、助産士飯島先生のお話。「経産婦さんばかりだった今回は上の子に対して『ダメ』という言葉が多く聞かれました。下の子がもう少し(6,7ヶ月~9ヶ月)大きくなったら動き回り、危険なこともし始めます。でも、ダメという言葉で言うのでなく親が分からせてあげること。子どもは分かりません。危ないならどうして危ないか体感させてあげましょう。湯飲みを置いて、火傷しない程度の温度で触らせてみるとか…」などなど。そう、そう、子どもが動き始めるとゴミ箱も移動。可愛い置物も高いところへ、焼き物のいい皿も出なくなり…。生活が少し変わるんですよね。そのとき、こちらが準備してなかったり片付けてないと子どもに対して「ダメ!」「ダメ!」って叫んじゃう。でも、それって親の都合。世の中に出てきて間もない子どもが怒られる筋合いはないのです。そして、「アブナイ」も言葉だけにならないようにしたいです。「熱くて火傷するから」「落ちると怪我するから」など、必ず理由を言うようにしましょう。そして、子どもに少し体感させてあげる。熱さを感じるまで手を近づけてみるとか。落ちる恐怖感を少し味わわせるとか。口だけの警告は子どもの柔軟な頭を硬くします。自分の頭を使わなくなります。飯島さんの話しは私がベビマで伝えたかったことと反対の意味で同じ。それは、「楽しさを体感させること」。ベビマやベビーヨガを通して子どもがお母さんとの身体を使ったやり取りを楽しいと感じる。お母さんも足裏マッサージやヨガやボールで自分の身体と向き合い、癒されたり、今の身体の状態に気付いたり。そして、赤ちゃんとの遊び方を覚えたり。「体感」。子どもに楽しさを体感させていきたい。身体を動かすことの楽しさ。音楽に合わせる楽しさ。人と一緒に遊ぶ楽しさ。「楽しむ」ことがエネルギーとなるように導きたい。勉強だって同じ。「勉強しなさい」と口で押し付けるのでなく、学ぶ楽しさを親が教えてあげる。子どもに体感させることが大事。子どもを楽しませてあげること。上手にそれを生かせれば、よい教育ができるだろう。楽しさを知っていれば、辛いことも乗り越えられる。乗り越えればもう一段上の楽しさが待ってると教えてあげたい。大事なのは、実生活での実践。1才8ヶ月の娘と向き合いながら身につけていくぞ、と。
2003年11月10日
午前中、ひろぽん、さらぽんと3人で車に乗り出発。行って来ました。横浜市旭区のサンクリニック。保育園での牛乳摂取を止めるための診断書。理解のある医師が近くにいないか調べてもらって本当によかったです。真弓先生のいる吉祥寺は遠いいなあと思っていたら、ひろぽんの実家から車で5分のところに相澤先生と言う方がいらっしゃいました。こちらの意志や保育園側の意志を伝えてから、先生がさらぽんのアレルギー症状を確認していきました。さらぽんは風邪でなくても咳き込んだり、虫刺されが治りにくく悪化したり、オムツかぶれが通園開始後に始まったり。色々、例が挙げられました。魚卵からアレルギー反応が出たこともあったし。牛乳だけでなく卵も避けたほうがいい、と出ました。診察終了後も質問したことに色々と答えてくれました。医者とは、こうやって患者との信頼関係を作っていくものなのでしょうね。こちらも気持ちがスッキリします。これからも通おうと思いました。「牛乳をなぜ常飲したくないか」についてお知りになりたい方は下記のサイトなどをご参照ください。http://www.mom-jp.org/i-milk1.htmhttp://www.a-erg.co.jp/mental/doc/gyunyu1.htmhttp://sleekhana.hp.infoseek.co.jp/biyoutokenkou.htm私は栄養補給として飲むのでなく、嗜好品として捉えていこうと思っています。
2003年11月08日
早くもカウントダウン状態な私。一年で12月が一番好きかもしれない。クリスマスと正月。ダブルで大きなイベント続き。といっても、妊娠してからの年末はとてもシンプル。お酒は頭痛くなるからチョビっとだし…。あぁ、でも酵母の生きた美味しいビールは飲みたいなぁ。そうでなく・・来年の元旦はヨガで清々しく迎えたい。そう夢に描いています。婚約してからこの数年は年明けを山中湖で迎えるのが恒例になっています。はっきり言って、冬の青い空に聳え立つ白い富士はスゴイスゴすぎる!朝のドライブしようものなら、ステアリングを握る手もうっかり離しちゃうくらい美しすぎる!!そして、寒い。道も凍る。そんな山中湖で元旦の朝にヨガをしよう♪素敵な瞑想ができそう☆
2003年11月07日
身体がかたいと言う人は多いです。今日のクラスも昨日のクラスも一昨日のクラスも。「身体がかたくて・・・」とつぶやく人がいた。まあ、そんなこと気にしないでください。本当にこれは他人との比較の問題であって、それに向き合うのが辛くてヨガをしなかったら、もったいない話しなのです。極論を申し上げれば、身体が硬いほうがヨガの効果も得やすいのです。簡単なポーズでも効いてくるからです。身体が柔らかすぎるともっともっと、難解なポーズをしなければ、効果を得られません。そして、指導者の誘導に従って、しっかりと呼吸をしながらヨガを行えば必ず自分の身体が力ずくでなく「呼吸によって柔らかくなる」のを体感できます。いくらゆったり呼吸しても伸びない。そんなときは、まだ無理をしすぎ。少し、元に戻るとか緩めてあげればいいのです。そういう「さじ加減」が意外と大事。無理をしても体を壊すだけなのに、頑張り屋さんは限界を超えて倒れてから「頑張りすぎちゃった」と後悔しがち。私もそんなパターンが多いです。頑張ってるなと感じたら、スケジュール調整を少しでも緩めて過ごします。倒れてからでは遅いので。かといって、逆に楽すぎても成長がないです。せっかくヨガに来ても楽なところでストップしたまま、「ゆったり呼吸できてる」→「OK」な~んて時間がもったいないです。少し負荷をかける。それが、成長へとつながるんです。筋肉は負荷をかけてあげると強くなります。心も同じ。何かを始めると必ず壁にぶつかります。そこで、「あぁ、ダメだ」と諦めては元の私のまま。壁は今の自分が成長するために必要だからこそ現われるのです。諦めても何かする度に同じ問題が現われるだけです。解決すると一歩成長。次のステージへと進めます。そして、その喜びが幸せな充実感です。筋肉が弱いと関節で体重を受け止めたりするので、もっと辛いことになります。今は何とかなっても老後に足腰が弱り歩けなくなったら・・大変ですね。心の強さも同じです。今から強くすることでこの先何十年の人生がどれだけ楽しく過ごせるかが変わってくるのですから。まずは硬くても自分の今の身体と向き合ってみましょう。じっくりとほぐしましょう。身体検査ではありません。身体と一緒に心がほぐれる。その効果を得てもらいたいだけなのです。
2003年11月06日
曙橋で親業訓練講座に参加。インストラクター森口さんのお話。3歳の声変わり。子でなく母の声変わり。優しく高い声から、鋭く低い声に・・。(私ももうすぐなりそう・・)その後、参加者同士が歩き回りながら、目と目で挨拶。その後、近くの人と2人組になり、1分間でお互い自己紹介。それを、2回。次に、住んでる場所、子どもの年齢などでグループに別れ、自己紹介。最後に、あらかじめ渡されていたアルファベット別にグループとなり、「親の役割」について、話し合う。その結果を白板に書き出す。最後に、疑問・感想を挙手して発言。そんな流れだった。初回の今日は主に参加者同士が話をしやすい雰囲気を作ることに時間が割かれた感じ。宿題(笑)は・・子どもの悩みのサインを見つける人は悩んだときに必ずサインを出す。赤ちゃん→泣く。子ども→もう少し複雑。ドアをバタンと閉める?押し黙っている?サインかどうか分からなくても、大事なのは「いつもと違うな」と感じられる言動への注意。そして、サインか分からなくても、必ず原因があるはずと考えてみることが必要。そういう、繰り返しが親を育てる。(サイン出してても気付いてもらえないときって悲しかったなぁ)(でも、自分も同じことしちゃってるのよね)子育ては事業をするのと同じ。知識がなければ、勉強しなくてはいけない。(大抵の親が産んでから知識が無いことに気付く)「親業で大切なこと」1能動的に話を聞くこと2わたしメッセージ3勝負なし前列に座っていた女性が、「結婚式のために通った教会のクラスで 神父様が言ったこと同じです。」そこから、今日1回目の結論が出た。親と子の関係は、人と人との関係における基本。親業を学ぶことで人と人とのコミュニケーションを円滑にすることができる。つまり、子どもだけでなくパートナーとの関係にも友人との関係にも・・全ての人間関係に活かせる!!これは、当たり前のようだけれど、自分達で講座を通して、このことに改めて気付けたことが大事なのだと思う。頭で理解するのでなく、体感する。それが、一番大事なのだから。
2003年11月01日
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