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ということは、どうやらここ数日でものすごい量の幸せが消えてるみたいです・・・溜息、つきまくりです。舞台上で。勿論、本気でついてるというか、時間かせぎです。台詞が思いだせなくて、溜息をついてごまかしてる日々・・・。どうしても思い出せないと意味もなく溜息つきまくる。いいのか、自分。溜息つきながら、頭の中では必死に次の言葉を捜してたり・・・。Sえちゃん(姫)は、語尾に「さー」をつけて、時間を稼ぎます(笑)そんな姫はめちゃめちゃかわいい><「わたしはさぁー」とか、普段の姫からは想像つかない話言葉が可愛くて可愛くて><きゃっ微々たる時間だけど、必死です。本番まであと少し・・・本番で一体何回溜息つくか・・・怖い怖い。It's a mystery !(と口に出せば実現しないはずっ)
2004.09.28
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なんだか上手くチラシをアップすることが出来ないので、とりあえず告知させていただきます。 実験劇場本公演 「女中達」 作・ジャン・ジュネ日時:10月2日18時開演 3日13時開演 18時開演 (会場は開演の30分前です)場所:明治大学和泉校舎 第一校舎地下1階013教室 (京王線明大前駅下車 徒歩5分)公演時間:約一時間半料金:500円(ゆり杏の友達です、と言えばタダになるはず)今回、初めて実験劇場さんで役者をやらせていただきます。残り一週間、より良いものを作れるよう頑張りますので、お時間がございましたら是非お越しください。
2004.09.27
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心の叫びが歌になるってすごいなぁと思う。歌が心の叫びとして歌われた時、本当に心に染み渡る。あぁ、RENTが聴きたくなった。道端で転がって死んでいたユキモグラは、「絶望」だったのだろうか。家の中が全世界だと思っていた絶望は、世界がもっと広いことを知って、どうだったのだろう。どう思ったのだろう。世界はいつだって不確かだ。その中で生きていられるのは、必要とされていることを感じているからか、自分を信じているからか、不確かでもいい、すべて夢だとしてもいい、という諦めがあるからか。必要とされない私は何のために?生きる価値がないという。死ぬ価値のほうがないのかもしれない。もしかしたら死の方が神聖なのかもしれない。価値ってなんなのだろう。人間の。ちっぽけな自分。夥しい数の人間。その、一つ一つの価値。あるのか?そんなもの。価値をつけるのもちっぽけな一人の人間だから。妥協ってひどすぎない?人と人ってむずかしい。人と人との媒介をする言葉というものは、嘘もつけるから。気持ちなんて、言葉では表せない宇宙みたいなもんなのに、それを言葉にするなんて、ずれが生じるのは当然だ。ゆわなければよかった言葉なんていっぱいある。いくら正直に言った言葉でも、ゆわなければ事が上手くいった言葉たち。言葉以上に、正直そうだけれど偽ることのできる表情とゆうもの。笑顔なんていくらでも作れる。しんどいときに作る笑顔ほどしんどいものはない。でも作れてしまう。そのくせ、どこかで分かって欲しいとさけんでしまう。言葉に出さないと分からないことは沢山あるくせに、言葉だって嘘をつける。人間ってやっかいだ。
2004.09.26
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「東京JAZZ 2004」に行ってきました!!やばかったです。鳥肌たちまくりでした。松永君。なんだろう、あのすごさは。二つ年下なんて、嘘みたい。自分何やってるんだ、って思う。森山良子さんの歌声もステキだった。とくに「涙そうそう」のJAZZバージョンはステキすぎて涙が出そうだった。最後の歌姫の歌もすごかった。エネルギーが。周り知らない人ばっかだし、指定席だったから、周りはノリ悪かったけど、立ち見の人たちと一緒に歌ってしまった。くらい。でも、なによりも、なによりも、松永君に感動した。指が何本あるのか分からないような、弾き方。セッション相手とのアイコンタクトの仕方。他人の見せ場でのノリ方。すっごい無邪気に、遊ぶように弾きまくる。けど、艶のあるトコを弾くときは、すごく色っぽい。のが、心に残る。実は、昔いた劇団の同じクラスの男の子。自己紹介で、ジャズをやってるって言ってて、最初私はダンスの方のジャズだと思っていた。その頃からクラブで弾いてるって言っていた。ちょっとしてから、私が劇団やめてすぐくらいに、松永君が新聞に載ってたから、すごい覚えている。すごい人なんだ、とその時思ったけど、曲を聴くことはなくて、今回初めてで、すごい人、なんていえないくらい凄い人だと思った。劇団で、クラブで弾いたりするときトークを楽しくしたいから劇団に通ってる、と言っていた。LIVEでの松永君のトークはすごくたのしかった。「イエ~イ><」って始まって、すっごく可愛かった。ステージは、遠くて、おっきなすクリーンを通してでしか見れなかった。のが、すごく、遠い存在で、すごい人なんだなぁ、と思わされた。すごい。CDを買ってしまった。聴くと、松永君のLIVEの様子を思いだす。私は、音楽の巧拙は分からないけど、でも、感動はできる。音は記憶に直結してる。と、誰かが本に書いていた。巧拙の分からない私にとって、ある音楽が特別になるのは、直結した記憶だったり、直接関わるものだったりする。何千、何万、それ以上とある音楽の中で、浮かび上がるには、特別な理由があるのだ。松永君のJAZZは、私の持つ一本の線と交差して、すごく鮮やかに浮かび上がった一つの音楽なんだと思う。ステキだわっ。 (29日記す)
2004.09.19
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久々に本当にいい、と心から言える芝居を観た。普段の「二時間」と、圧倒的にその「二時間」の重みが違う。楽しさ、の、すごさ。下手な旅行一週間分の満足度を勇に越える満足な二時間だった。娯楽のすごさ。時間の面白さ。時間って不思議だ。最近、よく考える。いつか書こう。とにかく、いい芝居をみたのです。娯楽ってすごい。すごい。すごすぎる。時間の幸せ指数を増やしてくれるもの。芝居ってなんだ?考えることって大事だ。考えよう。まっすぐ。
2004.09.14
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変化って嫌だ。怖い。人間が変化することは分かってるし、人はそれぞれ、各々に人生があることは分かってる。でも、久々に会ったら、その人はその人で人生があるから、私と交わっていなかった時期にも生きているのだから、変化があるのは当然なのに、変わっていると、すごく、怖い。し、嫌だ。芯が変わってなければ全然いい。芯が変わっていない人ってゆぅのは、どんなに長いこと会っていなくても、そんな感じがしない。以前の調子で、接することができる。まるで、以前との延長線上のように。相手と交わっていない分の線は、異次元のように感じる。家に帰ると、東京での生活が異次元のように感じるのはそのせいだろう。高校時代の友だち、Yいちゃんとかもそうだ。Yいちゃんは、持っている芯、そして、色がある。それが変わらない。だから、ほっとする。会うたびに。あぁ、いていいんだな、と、思える。久々に会って、芯に触れ、それが違和感を覚える時、どきりとする。色が変わっていると、どうしたらいいか、分からなくなる。交わっていなかった部分の相手の人生に対して、色んな感情を抱いてしまう。悔しかったり、腹が立ったり。いい意味で芯が進化していたら、(私の中では芯はその人の絶対的なものであって、他人の芯と較べて良いとか悪いとかはないので、その人自信の前の芯と較べての進化)、立派になってしまったことにたいして、どう接していいかとまどったり、怖い面もありながらも、やっぱ、嬉しい。いい意味で、交わってない線に対して、悔しさ、羨ましさを持つ。でも、予想もしなかった方向に変わっていた場合、どうしようもない。思わず、え、こんな子だっけ、と思って、怯えてしまう。元が人見知りだから、芯が変わってしまうと、その人ともう一度出会いなおし、ということで怖いのも一因だと思う。あと、変化と同じで、思っていた芯と全然違う芯の持主だったら、やっぱり戸惑う。今まで信じていたその子がいなくなって、人間不信になる。今まで尊敬していたその人の芯が、想像していたのと違いすぎて、すごく信じられなくなる。はぁ。人って自分と接していない部分でも、生きてるんだから変化するのは当たり前だよなぁーそう考えると、人との出会いってすごい。一人一人自分の線を持っている。交わるのは奇跡。こんなに沢山の人がいる中で交われるのは奇跡。今交わっている人だって、これからどうなるかわからない。人と人と人と人と人と人と人と人と人と人と人と人と・・・(チョウさん、すごい息長かったなぁ・・・)その間では感情とか、色んなものが生まれる。これ、「うた咲き、」で、思ってることと同じようなものか。こないだ、バイトの飲みに行った。帰り、飲みの時は全然喋らなかったTさんと方面が一緒だったので、帰った。Tさんは、私が入った時、すごい人見知りで全然話さない私に、よく話しかけてくださった変な人でした。バイトを辞められたので、その時が最後でした。なんか、よく覚えてないけど、最後にはふさわしくないことをだらだらと喋って、別れた。Tさんは、本来だったら絶対知り合ったりしないような人だけど、たまたまバイトでお会いできた人で、本当に偶然点が重なった人だ。そして、もう、一生重なることがないんだなぁ、と思うと、すごく不思議な感じだった。人とのめぐり合わせって、一度目は偶然、二度目は必然、っていう。でも、必然的に会おうと思わない人ってのは一生会わないんだろうな。一生点が交わらないのだろうな。それどころか、思い出すことも、無いに等しいんだな。人と人と人と人と人と人と人と人と人と人と・・・・・最近いやのことが多い。この日は、買物をした。買物を行く時間がなくて、トイレットペーパーもティッシュもなくなりそうという、生活力のなさをものがたることになっていたから。
2004.09.13
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大切な人を失うことの切なさ。人間の死について。黙祷です。 15日記す
2004.09.11
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