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この数日、突然の雨に見舞われることが多い。それもかなりの豪雨である。 今日は午後から1時間半ほど出かけたが、その間に案の定雨に遭った。 出かける前は日が差していたのに、図書館で本を選んで出てきたらひどい雨。車には傘を置いてあるものの、ついつい持たずに出てしまうことが多い。 今日借りたのは、読み聞かせに関する本と大型絵本『もこ もこもこ』である。大型絵本は専用のバッグに入っているが、本を濡らさないようにするにはしばし待つしかなかった。 出かける前に洗濯物を取り入れておいてよかったと安堵する。 それにしても一体この不安定な気候はいつまで続くのだろうか。昨日は市内で床下浸水やら土砂崩れやらもあったらしい。 空梅雨だと思っていたら、今頃になってこんな大雨。全くどうなっているのだろう。 6月7月の異常な暑さといい、四季のめぐりが少し変化してきたように思う。平年並みとか平年より高いなどという言葉が時に空しく聞こえる。もっとも平年なんていっても平均的なものなのだから、一年一年を見たら、やっぱりそれぞれに異常だったりするのかもしれないが。
2011年07月31日
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昼間はぐったりしているクロは、夜も10時を過ぎたころから調子が出てくるらしい。確かに夜行性だから、以前から昼に寝て夜活動するということは珍しくなかったのであるが、それでも寒い頃などは人間様と同じように夜は寝ていてくれたものである。 大の方の排泄が夜になってしまっているのがもしかしたらいけないのかもしれない。 夜、9時10時ころおもむろに柔らかいのをする。その後は外に出せとばかりに玄関ドアの前で待っている。そこまではいいのであるが、それ以降は出たり入ったりしている。 不用心だから開けっ放しにするわけにもいかず、そのたびにドアやサッシを開けてやったり閉めたり。そして帰ってくる都度、何かを食べたがる。それもまとめて食べてくれればいいのだが、少し口を付けただけ。 外に出て行かないときでも、夜はおなかがすくらしい。 私も、夜ぐっすり眠れるたちではない。特に今頃は暑くて、そしてやたらのどが渇いて目を覚ますことが多い。そして私が目を覚ましたと気づくや、寝ていたはずのクロはしっかり餌を催促する。 気づけば、このところ毎日、ほとんど2時間か2時間半ごとぐらいに、クロの餌やりに起きている。いや、起こされている。 これではまるで授乳期と同じではないか。夫にそう言ったら、「かわいいじゃないの!」とのたまう。確かに、授乳のときだって男には関係なかったものね。あーあ。ゆっくり眠りたいよ。
2011年07月30日
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1週間の補習が終わった。1年生の国語は、漢文「矛盾」と「虎の威を借る狐」の読解である。 漢文の基礎については他の先生が期末考査後の授業でやっていたように聞いていたが、どうやらクラスによって進度に差があったようだ。 書き下し文が何かということから説明しなければならなかったのは、思いがけなくもしんどかった。 考えてみれば、このところ現代文を担当することが多かった。前任校では、2年生の漢文も担当していたが、入門期の漢文の授業は久しぶりかもしれない。 こんなことまで説明しなければならなかったのかと思うことが多く、汗だくになってしまった。「矛盾」は中学の教科書にも出ている。もちろん、書き下し文にしたものであるが生徒たちも内容はよく知っていた。 しかし、それを漢文で読むとなると至難のことらしい。1学期の古文の授業で助動詞の活用までみっちりやっているはずであるが、まだ身についているとは言い難い。 「不」が打消しの助動詞「ず」に相当すること、活用があることから説明する羽目になった。 やれやれである。生徒もしんどそうな顔をしていたが、教師もまた大変である。 「大丈夫、慣れてくればこんな楽しいものはないからね。テストで満点も夢じゃないからね。」と繰り返したけれど、生徒は大いに疑っていた。 頑張ろうね。 さて、私はこれで夏休みです。
2011年07月29日
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暑い日が続いて、クロは多少ダウン気味である。昼日中はほとんど寝てばかりいる。餌もあまり食べようとしない。すっかり痩せてしまった。 と、ここまでだけなら可哀想にということになるのだが。 寝ているようでも、人間様が食事を始めるとどこからともなく現れ、猫にはべた甘い夫のとなりに陣取る。狙いは、もちろん夫が食べているおいしい魚や肉である。バターやマーガリンのたっぷりついたパンも好きである。 魚にも好みがあるらしい。鮭や鰤、鯵は大好物である。塩鮭はしょっぱいからと夫をいさめるのだが、皮でさえもぺろりと平らげてしまう。 こんな調子であるから、当然キャットフードには見向きもしないことになる。 食欲がまんざらないではないというのは、餌を変えてみれば食べることからもよくわかる。 今はキャットフードも7歳以上用とか10歳以上用、13歳以上というように高齢猫用のものが数多く出ている。とうとう15歳以上用も種々出回るようになった。 それならと言うので、15歳以上用のキャットフードを買い与えてみるが、見事に食べようとしない。ドライフードだけではつまらないだろうからと、温情を出してレトルトのものやらを買い与えていたら、それもだんだん飽きてくるらしい。 去年くらいからかなり体重が落ちてしまっているので、こちらとしては何とかして食べさせたい。いや食べてもらいたい。 というわけで、いろいろなキャットフードを買い与えているうちにかなり贅沢なものとなってしまった。もっとも、年をとるとおいしいものや好きなものしか食べたくないというのは人間も同じであろうが。 ためしに、今我が家にあるクロの餌を集めてみたら写真のとおりである。このなかで一番値段の安いのは、黄色のパッケージのものであるが、これはもうどうやら飽きてしまったらしい。ドライの銀のスプーンが2種類、そのうち15歳以上用にはよっぽどのことがないかぎり口を付けない。 まったく贅沢なグルメ猫である。長生きをしてほしいとは願っているが、当面は何とか餌を食べてほしいというのが切なる願いである。なにしろ、全盛期に4.8kgあった体重が3.7kgほどしかないのである。クロよ。お前ね、贅沢言っている場合じゃないんだけどね。大丈夫かい?ほんとにね。
2011年07月28日
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大分前から左腕が痛い。もともと頸椎の椎間板ヘルニアがあるので、左腕を使いすぎるとすぐに痛くなるのであるが、どうも今までの痛みとも違うような気がする。 案の定、鍼灸師の先生に頸椎からくるものではないとの指摘。とりあえず、治療を受けながら様子をみることにしたのだが。 それから4、5日。左腕は後ろへ回したり上げたりするとすと痛みがはしるが、日常の動作にはあまり響かないようになった。スポーツクラブにも通っている。 今日は久しぶりにピラティスのエクササイズに参加した。激しい動きはないのだが、45分間、自分の身体と呼吸にだけ集中できるこの時間が好きである。 たまたま一緒に参加した人と更衣室で会話を交わした。割と親しい人なので、腕の痛みがあることを打ち明けると、意外や彼女も膝の調子が悪いという。 その彼女の話では、かなり頻繁にクラブに通い、激しい運動をしている人が実は整形外科に通って治療しているとのこと。整形に通いながらでも運動したいのかと彼女はあきれていたが、なんとなくわからないでもない。 私も、この2週間針灸の治療を受けながらクラブに通っているのである。無理な動きは避けているが、それでもまるで運動を休もうという気にはならない。 治療を受けているだけなんてつまらないこと甚だしい。それに痛いのは片腕だけだもの。脚は何ともないのだもの、運動ができないことはない。このクラブには脳こうそくのリハビリで来ている人も結構いるのだもの。 なんて、負け惜しみだろうか。ともあれ、早く痛みがなくなってほしいと願う。
2011年07月26日
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とうとう、昨日から東北3県を除いてすべてがデジタル化されたという。 我が家のテレビは一昨年買い替えたときにデジタル化された。うちのようにテレビが1台しかない家はそれで済むのだが、家族が多い場合、特に老人の場合はどうなのだろうか? 現に私の実家では、リビングのテレビは新しく買い替えたが、母用のテレビはまだ買い替えていないはずである。被災地は来年3月まで延長されたので、今のところ心配はないのだが。 デジタルテレビは確かに画像がきれいである。買い替えたばかりの頃の興味深いエピソードがある。 NHKの番組を見ていた時のこと、それまで眠っていたような猫が起き上がってテレビの方に顔を向けたかと思うと、やおら画面に向かって手をのばしたのである。ちょうど、どこやらの島の鳥が映し出されていた。 あわてて猫の手を抑えたが、もう少し遅ければ確実に画面をひっかいていたことだろう。それほどにデジタルの画像は鮮明である。 しかし、と思うのである。誰もが鮮明な画像や双方向の放送を望むわけではないだろう。特にお年寄りは、誰かの声が聞こえないとさびしいからという理由でテレビをつけている人も多いと思う。そういう人に、それならラジオで十分だろうと言うのは乱暴すぎる。 だが、このデジタル化にあたってテレビからラジオへ鞍替えする人もいるようだ。 本当にデジタル化は必要なのか。たとえ必要だとしても、それに伴ってアナログ放送を終了するというのは国の横暴ではないか。 もちろん今更そんなことを言っても遅いのはわかっている。だが、それについての国民的合意がなされていなかったのではないかと、今になって思うのである。
2011年07月25日
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紺野美沙子の朗読座の公演は、影絵とのコラボであった。この影絵の作者ジャック・リー・ランダルによると、『The Velveteen Rabbit』はアメリカ人なら誰でも知っているおはなしだとのこと。 日本でも絵本が出版されているし、私がやっている文庫にも所蔵している。でも、そんなに読まれている風ではない。「 へえー、そうなんだ!知らなかった。」でこれまでは済ませていたはずなのだが、私にはアメリカ人の甥(!)がいる。 フェイスブックで尋ねてみたら、姪を通してすぐに返事が返ってきた。それによると、彼らの世代(20代後半か?)まではみんな知っているけれど、今の若い人たちや子どもたちは知らないのではないかという話であった。彼自身も久しぶりにそのタイトルを聞いたという。 なるほど。ジャックは日本に来てもう10年ほどになる。そこいらへんの事情には疎いのかもしれない。 それにしても、なんと便利になったことよと思う。リアルタイムで、アメリカの人と話ができる。これはネットならではのことだろう。 よし、今度はスカイブなるものでアメリカにいる娘と話をしてみよう! アナログ人間だって、デジタルを使いこなさなくっちゃ
2011年07月23日
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紺野美沙子の朗読座「ベルベットのうさぎ」の公演。友だちから招待券をもらって出かけた。 朗読が中心かと思っていたが、第一部はDiVaの歌と演奏が中心。それに紺野美沙子の詩の朗読が加わるスタイル。 この音楽がとてもよかった。特にヴォーカルの女性の透明感のある声がすばらしい。音楽は朗読の彩(いろどり)程度かと思っていたが、素敵なコラボレーションになっていた。 DiVaのピアニストは谷川賢作。詩人谷川俊太郎の子息である。当然、身の回りどこにいても俊太郎の詩が溢れている。そして、いい詩に出会うとそれに曲をつけたくなるのだという。 谷川賢作の活動は親が詩人だからこそのもの、というように思っていたが、私の勝手な誤解だったようだ。 第二部の「ベルベットのうさぎ」の影絵の作者はアメリカ人、富山を拠点に活動しているという。そして「べるべっとのうさぎ」は、アメリカ人なら誰でも知っているおはなしだという。 そうなんだ!知らなかった! 知らないことやなんとなくという勝手な思い込みが多すぎるかもしれない。どちらかというと出不精の私だが、やっぱり出かけてみなければ。招待券をくれたSさん、ありがとう!
2011年07月22日
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スイミング教室に通い始めて4カ月。やはり息継ぎが難しいが、水の中にいるのがなんだか楽になってきた。 先週は都合で休んだので、今日はちょっと不安だった。でも、キックがよくできたようで、すいすいと進むことができた。といっても、25mをビート板なしで泳げるわけではないのだが。 伏し浮きの姿勢ができてきたのと、足の甲でしっかり水を押さえることができているのがいいのだという。 不思議というか当然というか、姿勢ができていれば疲れも少ない。1時間が今日は短く感じた。 ようやくクロ―ルの形になってきたようである。ジム通いも生活習慣に根付いてきた。これまでの人生のうちで、こんなに運動したことはない。 もっと早く始めればよかったと思わないではないが、何事も時機というものがあるのだろう。私にとっては今がその時なのだと思う。 来週からは子どもたちの夏休みのスイミング教室が始まるので、大人のクラスは少し休みになる。8月はいろいろあって通いそびれるかもしれないが、運動する習慣と水の中の気持ちよさは忘れないようにしたい。
2011年07月21日
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1学期の授業が終了した。期末考査後はクラスによって3時間ないし4時間の授業で、短めの評論(鷲田清一の文章)を一つ読んだ。 生徒によって授業への取り組みはずいぶん違いがある。わかりやすく身近な内容なので、自分の問題としてちゃんと読み考える生徒がいる一方、全く興味を示さない生徒も少なくない。 通読しただけではなかなか内容がつかめない生徒が多いので、毎時間必ず音読させるようにしている。 今日は最後の段落、音読を指名した生徒はいずれも声が小さい。口の中でもごもご言ってるので、つい「もっと大きな声で」と注意してしまう。たかが音読と思うかもしれないが、声を出して読むことは大事である。 読めない漢字があると、「何だ?これ?」という独り言が入る。これは今年度になってから何度目かの経験である。 これまでは、「なんて読むんですか?」と尋ねるか、じっと黙っているか、もしくは間違っても自分流に読むかのいずれかであった。 「何だ?これ?」というのは、いったいどういう趣旨の発言なのだろうか。「わからないから教えてくれ」と言っているつもりなのだろうか。 おそらくは思ったことをそのまま口に出したに過ぎないのだろう。生徒が幼くなっていると感じるこれも一つの例である。これからは、ちゃんと尋ねるまで黙って待っていることにしようと思う。
2011年07月19日
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今朝も猫に起こされて5時起き。でも、今日はそのままテレビ観戦にちょうどよかった。女子ワールドカップの決勝戦は後半に入ったところだった。 0-0の前半の結果に「おっ」と力が入る。これはひょっとするとひょっとするぞと思ったら、アメリカゴール。 1点取られた後の方が動きがよかったのは、あれで緊張がほぐれたからであろう。見ている方も、あわよくば(考えてみれば失礼な言い方だが)という期待が膨らむ。 結果はあらためて記すまでもないが、私には澤選手のゴールが不思議でならない。どうしてあそこからあの角度であんなにきれいにゴールが決まるのだ! ゴールばかりでなく、なんといっても澤の動き・走りがすごかった。代表になって18年!どうしたらここまでがんばれるのだろう 次はオリンピックでメダルを取りたいとか。そうか。まだ澤選手の戦いは続くのか。心から応援したいと思う選手がまた一人現れた。なんて幸せ。
2011年07月18日
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昨日訪れたS保育所の子どもたちは、このごろでは珍しいと言いたくたるほどよくお話が聞ける子どもたちだった。 言葉だけで語られる昔話は、絵本とはまた違って子どもの想像力を大いにかきたててくれる。だが、なかなかお話に入っていけなかったり、言葉で語られるものが脳裏に描けなかったりすることも多い。 もちろんお話の選びかたや語り手の側の問題もあるが、この2、3年は子どもの聞く力が衰えているように思えてならなかった。お話も少しグレードを落として、短くてわかりやすいものを選ぶようにしていた。 その中で、毎年子どもたちがよく聞いてくれる昔話の1つが「うりひめ」である。「うり」の説明さえ初めにしておけば、むかしむかし、あるところに」という出だしからすぐにお話の世界に入ってくれる。 子どもたちが特に真剣に聞いてくれるのは、あまんじゃくとうりひめのやり取りのところである。昨日は、あまんじゃくが「頭の入るだけ開けてくれや」と言うところで、男の子の一人が、首を振りながら手で大きな×をつくってくれた。こんな反応があるとうれしくなる。 子どもの聞く力が衰えたと単純に言えるものではないのかもしれない。昔話の語りにくさはこれからも増していくかもしれないが、子どもの聞く力を信じて、昔話を届けていきたいと思う。
2011年07月16日
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今日はS保育所のおはなし会。 新人のYさんが「お月さまのはなし」をした後で、先日の保育所でのおはなし会と同じように「こすずめのぼうけん」と「うりひめ」の2つの話を語った。 この頃は「うり」を見たことのない子どもたちが多いので、話をする前に必ず「うり」の説明をするのだが、今日の保育所は農村地帯にあるからか、「知っている!」という子どもが多かった。 ところが、「こすずめってわかる」と聞いたらみんな首を振る。そこで「子どものすずめだよ」と説明した。 というのも、先日訪問した保育所の所長さんが「もしかしたらこすずめというのがわからないのかも」と言われたからである。こすずめがわからなかったら、いくら「こすずめのぼうけん」を一生懸命話しても、何にもイメージできないだろう。まさかと思ったが、実際に聞いてみたら、確かに「すずめ」は知っていても「こすずめ」はわからないという。 話は、「そのこすずめはお母さんすずめと一緒に、きづたのつるの中にできた巣の中に住んでいました。」と続くのだから、ちょっと考えればわかりそうなものである。 だが、所長先生曰く「ちょっと前の子どもたちだったら、すずめから想像したでしょうが、今の子どもたちは、それができないようです。」と。 想像して考えることができないというのは、私も日ごろ高校生たちを相手に痛感していることであるが、こんな身近な言葉でもそうだったとは! 子どもたちにおける言葉の危機的状況をあらためて確認した思いである。 そうでなくても、日本人の生活がこんなにも変わってしまった現代にあっては絵を見せずに昔話を語るスト―リーテリングの難しさを年々感じていた。いろりはおろか、障子も襖も、畳も知らない子どもたちがほとんどである。大人はまさかと思うかもしれないが、子どもたちの身の回りから消えているのだから、わかるわけがない。 でも、「すずめ」から「こすずめ」を推測して思い描くことができないなんて! いやいや、そんなことは説明すれば済むことなのだからあまり深刻に考えなくてもいいのかも。現に、今日の子どもたちは驚くほどよく話が聞ける子どもたちだったのだから。
2011年07月15日
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連日33度前後の暑さが続いている。 高校の教室には(もちろん職員室にも)当然のごとくクーラーが入っている。設定温度は28度。これがなかなかの問題である。 何が問題なのかと言えば、ちょっと暑い感じはするが、暑すぎるというわけでもなく、かといって寒くもなく、生徒にとっては眠るのにちょうどいい室温らしい。定期考査も終わったからしょうがないとも言えるのかもしれないが、授業中に寝る生徒が目につくようになった。 26度くらいに設定していた時は、クーラーの直撃を受ける生徒が必ず「寒い」と言って青い顔をしていた。それがない。一生懸命授業をしていると汗ばむくらいであるから、28度の設定というのは妥当なところなのだろう。 そういえば、クーラーが教室に入ったばかりの頃、生徒に「どう?」って聞いたら「よく眠れます」という返事が返ってきたっけ。 それでも、あの頃はこんなに暑くはなかった。「子供のくせに、贅沢な!クーラーがなくったって勉強できるだろう!」と先生方が悪態をついていたくらいである。 私が家でクーラーをつけずにいられなくなったのは、昨年からである。そして熱中症という言葉がこんなに人の口の端に上るようになったのも、やはり昨年からであろう。 温暖化はもう止めようもない。日本は温帯気候から亜熱帯気候になってしまったのだと実感している。
2011年07月13日
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詐欺まがいのメールは今も届いている。バシャというそのサイトは悪質なことで知られているらしいが、だまされた人も大勢いるようだ。 私の場合は特に被害がない。ただ、メールアドレスを教えてしまったので、頻繁に変なメールが届く。今日も朝からもう4本も入っていた。 そのメールが笑ってしまう。悩める芸能人の名前も初めは、「二宮潤」と名乗っていたが、この2,3日は「甘栗旬」を名乗っている。 これでだませると思っているのだろうか。あまりにもあほらしくて笑ってしまう。 最初にフェイスブックを通して連絡してきたのはTという人。フェイスブックは本名が原則だが、Tも本名なのだろうか。実際に詐欺にかかわっているか、それとも、名前を貸しただけだろうか? 本名だとしたら、本人はきっと軽い気持ちで名前を貸したのだろう。安易な小遣い稼ぎか。どうせ、本人に連絡がいくわけじゃないと言い聞かせて、「こんなことやめなさい」とおせっかいをしたくなる気持ちを抑えている。
2011年07月12日
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月曜日は、朝から小学校の読み聞かせ活動がある。今日は1学期の読み聞かせ最後の日。 1学期の反省に加えて、2学期のローテーションを組み、絵本を選ぶ。2学期には2年生でも読み聞かせを行うことになる。メンバーも一人増えて、絵本選びも錯綜している。 終わったのは、10時半を過ぎていた。ぐったり疲れた感じだが、2学期が待ち遠しくもある。特に2年生の教室が楽しみなことこのうえない。 子どもに本を届けようというのは私の生涯のテーマである。本は子どもにとって何よりの友だちになってくれると思うから。 本好きを増やすには読み聞かせが最も有効な手段である。読んでもらって初めて絵本の面白さがわかる。 この4月から地元の小学校で読み聞かせができるようになったのは全く思いがけなかった。校長先生はじめ学校側からの要望で始まったものである。 ボランティアは、現在6人。なるべく長く、いい形で続けられるように願っている。 そうそう、1学期に私が読んだ本で一番反応のよかったのは『キャベツくん』よりも『もけらもけら』だったかもしれない。「意味わかんねぇ!」と言う子どもたちに、「おばちゃんもわかんない!」と返したら、びっくりしたような顔になっていたっけ。そんな本もあっていいのよとひとりごちる。
2011年07月11日
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フェイスブックに登録したのがもとで、変なメールに悩まされることになった。 もとはと言えば、「どうしても個人的におはなししたいことがあるので、メールをください」というのに、安易に返信してしまった私がいけないのだろうが。 バシャというSNSのサイトを利用した詐欺まがいのものらしい。詳しく記すのは面倒なのでやめるが、メールで悩める芸能人の相談に乗ってほしいというのである。 そのサイトに入るにはもちろん有料。変だなと思ってクリックしなかったので、今のところは実質的な損害はないが、メールはしつこい。 今日も朝から4本も入っている。即消去することにしている。アドレスを変えてしまえばいいのかもしれないが、それも二の足を踏んでいる。 というのも、携帯を持っていらいもう10年以上もアドレスはそのままだからである。昔の同僚などで、今はほとんど連絡を取り合っていない何人かもいる。アドレス変更をどのくらいの付き合いの人にまで伝えるか、なかなか決められまい。 今は、とりあえずいやがらせ&脅しのようなメールをひたすら消去するだけである。これが詐欺まがいだとはっきりわかったのは、やはりネットのおかげである。 私に送られてきたのと同じ文面のメールを受け取って、サイトにアクセスしたばかりにいくらかをだまし取られた人たちの詳細な報告を集めたサイトがあった。それまでは、変だと思いながら悩める芸能人とやらを見捨ててしまっていいのかという後ろめたさもあったのだから。 だまされやすくなったのもネットのせい、危うく踏みとどまれたのもネットのせい。やれやれおかしな世の中になったものだと思う。
2011年07月10日
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やっと針灸の治療に行くことができた。完全予約制ではあるが、そんない予約がとれないということでもない。自分の予定を確認してから予約するのだが、これがなかなかうまくいかない。 昨日も予約はしたものの、結局その前の講演会が30分も延びて急きょことわらざるを得なくなった。 針灸は即効性はないが、いつの間にか痛みが治まってくるのが特徴。そして今日は、治療後一時間ほど経つが、大分楽になってきた。 美智子さまも、頸椎の痛みに苦しんでいらっしゃるようだ。頸椎症性神経根症とやら、なんだか神経性の痛みのようだが、手にしびれがあるというから、私の症状とよく似ている。 自分で体験するまでは頸椎の痛みがこんなにもひどいものだとは思わなかった。いわゆるむち打ち症もその一つであるが、あれは命名が悪かったとしか思えない。 むち打ちなどというのでは、そんな重大な怪我には思えなくてもしかたがいのではあるまいか。 私の場合、ひどいときにはお茶碗も持てなかった。体を起こすだけで痛いのである。ちょっとよくなってからも、マニュアル車のギアをチェンジするたびに悲鳴を上げていた。 もう4年にもなるが、まだどうかすると痛い。低気圧が近づいてきたときに特にひどいようだ。それから力仕事もできない。 根を詰めて書き物をしたりするのもダメ。今回症状が悪化したのは、採点やら娘の引っ越しやらがあって忙しかったうえに、梅雨時の気候がよくなかったもののようだ。 こうしてキーボードを打つのも結構負担になる。というわけで、ブログも少し控えたほうがよいかも。
2011年07月08日
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娘がアメリカに旅立って10日あまり。向こうに着いてすぐに長ーいメールがきたきりでどうしているやらと気がかりだったが、彼女のブログで生活ぶりがわかることが判明。 向こうで借りたアパートの部屋の様子や出かけた先で食べたものやらの写真が出ている。ブログはまめに更新しているらしい。 なーーんだ!ブログを見ればよかったのか! しかし、なんだか変な気分である。確かに便利なことこの上ない。郵便料も電話代もかからない。 時差はあるけれど、ほとんどリアルタイムで彼女の行動も考えていることも、明日の予定もわかる。しかも写真付きで! 変な気分は直接顔を合わせたり声を聞いたりしていないところからきているのだろうか。それとも、わが娘の近況を、本人からではなく世間様にも開かれたいわばオープンな場から得ているからだろうか。 言いすぎかもしれないが、なんだか盗み見しているような気さえする。 夫はといえば、私が何を言っても「ふうーん」でおしまい。逐一知らなくてもいいということなのだろう。 もう結婚もした娘である。私も、何を見ても知っても、夫のように「ふーん」と思っているようにしようか。
2011年07月07日
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昨日までの期末考査が終わった。私のテストは2日目だったので、採点もほぼ済んだところである。 3年生の古典講読のテストでは、中間考査と同じようにちょっとした感想を書いてもらった。今回の試験範囲となっているのは、『伊勢物語』の「狩りの使ひ」の段(斎宮との禁断の恋)、『大和物語』の「安積山(山の井)」の段(略奪婚の話)、そして漢文の『説苑』から曽子の「受人者畏人」の逸話である。 以上の3つの話の登場人物の中から「最も共感できる人」あるいは「共感できない人」を1人取り上げてその理由を明らかにして感想を書けという課題を出した。 面白かったのは、漢文の曽子以外は、同じ人物に対して「共感できる」か「共感できない」かが真っ二つに割れたことである。特に「安積山」の主人公である内舎人に対しては、好きになった大納言の娘を略奪したという行為に対して、非難する声が圧倒的に多かったのは予想できたが、「一途で純粋である」「行動的である」として共感者も意外に多かった。 さらに大納言の娘についても、容色の衰えたことについて「プライドが許さなかったのだろう」と共感する声や「、内舎人の変わらぬ愛を感じたら死ぬことはなかったはず」と非難する声があった。文章には表現されていないところまでそれぞれに想像して感想を書いてくれたようだ。 高校生と接していると、ふとした時に彼らの真面目さ、向上心、道義的な精神に驚くことが多い。 そんな彼らにとって、禁断の恋も略奪婚も刺激の強すぎる話だったようだ。しかし、恋や結婚に悩んだり無茶をしたりという登場人物への共感や反感を通して、単なる教材としてではなく、古文を身近なものとして読んでくれたようなのがうれしい。 本文から一歩も出ていない感想が多かった中間考査の時と比べても、今回はより深く内容に入り込み、受け止めてくれた生徒が多かったように思う。 受験に古文・漢文が必要だという生徒はあまりおらず、彼らが古文・漢文と接するのはこの1年限りかもしれない。退屈な科目というのではなく、血の通った人間の心や1000年も昔の人の考え方や今と変わらない人の心を物語の中に感じ取ってほしいと思う。
2011年07月06日
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今日は保育所のおはなし会。なんといっても今日のびっくりは、ろうそくがアッというまになくなってしまったこと! 始める前は10cmくらいはあった蜜蝋が、おはなし会が終わる30分後、見事になくなってしまった。去年も同じ蜜蝋をつかっていたのだが、去年は2月まで々ろうそくを使っていた。暑さのせいで溶けてしまったのだろう。 私はおはなし会の途中でろうそくに目をやることはほとんどないのだが、どうりで今日は子どもたちがろうそくを気にするこどもがいつになく多かったわけだ。 ろうそくをあまり気にしないようにと言ってしまったが、これは気にしない方がおかしいだろう。おはなしなどよりも、ろうそくがみるみるうちに小さくなっていく方が子どもにとっては驚異だったのだろう。 そこに気付かなかった私が余裕がなさ過ぎたのだと思う。やれやれ。ほんとに人間ができていないなあと思う。 ちなみに今日のプログラムは、 おはなし「こすずめのぼうけん」「うりひめ」、手遊び「さんまのしっぽ」 絵本『たなばた』『ままですすきですすてきです』 『ままですすきですすてきです』はタイガー立石の絵が秀逸である。
2011年07月04日
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現任校のK先生は大の韓国通。差の挨拶は「アニハセヨ!」 週に3回、韓国語を習いに行っているらしい。そして、今日あたりはたぶん韓国旅行中のはず。 そのK先生に薦められて、最高視聴率43.2%を記録したという韓国ドラマ「19歳の純情」のDVDを借りている。 1枚のDVDに6話ずつ入っている。NO.2まで観たところで、これはいったいどれだけ続くのだろうと思ったが、K先生は知らぬふり。そして、さりげなく次のDVDを持ってきてくれる。 他の人に聞いてなんとDVD29枚にわたることが判明した。初めからそんなに長いと知っていたら、観なかったのに・・・と思っても後の祭り。 先の展開が気になって早回しをしているうちにすっかりそれが癖になってしまった。せっかちな性格の私には、早回しくらいでちょうどいいかもしれない。もっとも、自分が早回しで観ていることを忘れて、時々このドラマの人たちはみんな早口だななんて思っていたりするんだけれど。 ロマンチックコメディのようでもあり、ホームドラマでもあり。確かにこれなら視聴率も高かろうと納得。幅広い世代の人が楽しめるのではないだろうか。 現在、NO.11までを視聴したところである。いよいよ主人公の恋の行方が見えてきたが、まだ全体の3分の1ほど。 先の長さにため息が出そうになるけれど、きっと全部観てしまうんだろうな。全くどうしてくれよう! ところで、
2011年07月03日
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昨日は勤務校の飲み会だった。一応「一学期の反省会」と銘打ってはいるけれど、反省というよりは慰労会というところだろう。 歓迎会や送別会は出来る限り出席するようにしているけれど、こんなふうな肩肘はらない会にはあまり出ることはない。 学校はちょうど期末試験の最中であるが、土日をはさむのでちょっと一息というにはぴったりの日である。 お酒を飲むのもとっても久しぶりのことだった。生ビールがないのはちょっと残念だったけれど。 ところで、期末考査が終わってから普通の授業があることを一般の人はご存じだろうか。ちょっと前までは補習が行われていた。期末考査後も、終業式までは普通授業を行うようになったのは、何年か前の世界史未履修問題(富山が発端だった!)が公になってからのことである。 もう何年にもなるはずなのに、今年はついうっかりして授業のある日に保育所でのおはなし会を引き受けてしまっていた。失敗、失敗。授業変更をしてもらわなければ。 昨年度は結局声がかからなかった終業式後の補習も頼まれている。仕事があるのはうれしいのだけれど、夏休みが短いぞと思ってしまう私である。
2011年07月02日
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