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猫日記に始まったこのブログ、クロの最期まで書いたところで、やっぱりもう閉じようと思う。 なんというか、気力がなくなってしまった。 それに、わざわざ何を発信しようというのか、日記がわりにはなると思うし、考えをまとめたりするのにもいいとは思うが、ネットで不特定多数に読んでもらうほどのことはないように思えていたところでもある。 今まで読んでくださった方、今度こそ終わりです。ありがとうございました。
2011年10月23日
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夫は、「定命」という言葉を口にする。しかし、それにしては15歳のクロの死は急すぎる。 腎臓が悪いことは十分考えられたのに、そのことに全然気が付かなかった自分が責められてならない。 大分前から2階に行くこともせず、10月初めころからは、私が起きてもまだ寝ているような状態だったのに、年だからで片づけていた。 目に見えて弱ったのは10日の夕方、久しぶりの外出から戻ってきてからである。 11日はとうとう何も食べず、無理やり食べさせようとしてもダメだった。でも、死ぬほどだとは思いもせず、夕飯の後は夫と二人でたくさんの栗の皮を剥くことに専念していた。その夜は、いつもの布団に寝せてやっても、北の間や玄関に移動してうずくまっていた。「布団の上で寝ていればいいのに、何やってんのよ」と声をかけながら特に何も考えていなかった。 9時ごろ、クロが吐いたというのに、片づけを夫任せにして私は見てやりもしなかった。 私が布団に入る11時ころ、玄関の土間に横になっていた。抱き上げた時には、とても力がない状態で軽かった。 あの時もうすでに死はそこまで迫っていたのであろう。 私の脚のあたりの布団の上に乗せてやって1時間ほどのち、大きく吐いたのである。といっても、ほとんど何も食べていなかったので、白い粘液性のものだけであるが。 それから気になって無理やり水を飲ませたりしたが、ろくに飲まなかったようだ。ボールに入れた水の中に、クロの息がぶくぶくと泡をたてていたのを覚えている。 その間も目をずっと開けたままで、その目に光がなくてどんよりしているのを不思議に思いながら、それでもまだ死んでしまうなんて考えもしなかった。 隣に腕枕をするように横たえて、何度もしゃっくりのような感じで吐くのをふき取ってあげながら、それがとても臭いので、やっぱり何か悪いものを口にしたのかなと思っていた。 「朝になったらお医者さんに行こうね」と、自分に言い聞かせるように繰り返していた。 それなのに間もなく大きく痙攣して、それが最後だった。 えっと思いながら、そこで初めて夫を呼んだのである。 夫は見るなり「こりゃ、死んでるな。」と言う。目を見て、「やっぱり死んでる」と。 すぐに硬直が始まって、夫が目を閉じてあげようとしてもなかなか閉じなくて、でもいつの間にか眠っているかのような穏やかな表情になっていた。楽になれたのだろう。 それから初めは夫の言うようにバスタオルにくるんで、それから私の寝ていたまだ新しい白いシーツにくるみ直して、布団の横に寝かせたまま、まだ信じられない思いで朝を迎えたのである。 猫だけではなく、こんなふうに誰かの最期をみとったのは初めてだった。
2011年10月20日
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クロがなぜ死んだのか?実はよくわかっていない。 直前まで、まさか死んでしまうなどとは少しも思わなかった。10日の午後日向ぼっこをした後、2,3時間行方不明になっていた。クロを外に出すときは、必ず一緒に付いていくのがこの3年ほどの習慣であった。 あの日、「みゃあみゃあ」という鳴き声に、てっきり家に入りたいのだろうと思って放っておいたのである。この何日かは外へ出ることもなかったから、まさか家の敷地から外へ出るとは思わなかった。 夕方帰ってきたときに、ずいぶんよろよろしていた。夫は、何か毒でも食べてきたのではないかと疑っていたほどである。餌も何を上げても食べようとしなかった。クロが餌を食べたのは、その10日の朝が最後である。 そして、11日も朝から何も食べずに寝てばかりいた。排尿も朝ほんの少ししたばかり。 昨日そんな話をしていたら、やはり猫を飼っている司書のYさんが腎臓が悪かったのではないかと言う。 腎臓?雄猫は尿管が狭いので、おしっこが出なくなり、あっというまに新でしまうという。 そう言われれば、思い当たることがやまほどある。クロの好物はまず海苔、それから魚は鮭や鯵、もちろん煮干しも好きである。朝ご飯のときなど、必ず夫が少しだけれども食べさせていた。 夫だけではない。私もクロが餌をあまり食べようとしないときなどについつい煮干しをやってしまったりしていた。「人間の食べ物は猫にはしょっぱすぎるんだよ」と言いながら。 この夏、以前にもましてよく水を飲むなあと思うことがたびたびあった。私たちの気づかないうちに、クロの小さな腎臓はやられていたのであろう。 可愛がっていたのは嘘ではない。しかし、もしかしたら間違った可愛がり方、飼い方をしていたのかもしれない。そう思うと、クロは私たちのエゴによって死んでしまったということになるのであろうか。今さら悔いてもどうしようもないのだけれど・・・
2011年10月19日
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クロの写真はアルバム2冊ほどにもなる。 10月10日午後1時23分。久しぶりに駐車場で日向ぼっこをしている写真が最後になってしまった。 そんなことになるとはつゆ知らず、カメラに収めたのである。 いかにもおじいさんという感じではあるが、2日も経たないうちに死んでしまうような猫だとはだれが思うだろうか。
2011年10月18日
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クロを埋葬したのは、10月14日金曜日。 4時ごろ到着。すぐに義父が「どこに埋める?」と聞いてきた。「畑というよりもできれば庭に。家に近いところ」というのが私の希望である。 結局義父の意見に従って、家のすぐ横の柿の木と梅の木の間に埋葬することにした。西側は広いブドウ畑である。 夫と二人でクロを十分横たえることができるように、広く深い穴を掘る。 西方浄土をのぞむことができるように、西側を向かせて寝せてやる。「寝ているときとおんなじ顔をして」と夫が言う。 爪とぎと夫が途中で買ってきた6Pチーズを2つばかり一緒に入れてやった。 「こんなに手厚く葬ってもらって、幸せな猫だ」という義父に頼んで般若心経を上げてもらった。義父は在家僧侶である。迷わずにあちらの世界に行けることだろう。 義父が見つけてきた石をたてて夫が積んできた花を供え、お線香をあげるとすっかり墓らしくなった。 これならいつ子どもたちが来てもお参りすることができるだろう。 クロは、あのまま今もこれからもずっとあそこに眠っている。そう思うことが心の慰めである。
2011年10月17日
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もうこのブログは止めようと思っていたのだが、クロのこと、クロにまつわることを書き記しておこうと思う。 「さて、どうする?」 クロの死を確認した直後に夫が真っ先に口にしたのは、クロの遺骸をどうするかということであったらしい。 私は動転していたので、はたして夫が何のことを言っているのかすぐには判然としなかった。 長野の畑に埋めるーそれは先から決まっていたことのようだ。夫は、重大な決断をするにあたって、人に相談するということをしない。口に出したときには、もうすでに決定しているのである。 だから、「どうする?」というのは、いつ長野に行けるか、それまでどうするかということであった。クロが死んだのは、火曜日から水曜日に日が変わって間もなく。夫が休みをとれるのは、早くて金曜日。それまでの2,3日、クロの遺骸をどうするかということであった。 クロが死んだのは私の布団の上。とりあえずバスタオルにくるんでから、シーツを替えようとして、その白いまだ新しいシーツにくるむ方がいいような気がして、折りたたんだシーツにクロを包んだ。 そのまま隣に横たえた私を見て、「いいのか?」と夫。「いいよ」と答えて、朝まで隣に寝かせておいた。 段々体が硬く冷たくなっていく。夫が閉じてあげようとしてもなかなか閉じなかった瞼もいつの間にか閉ざされて、まるで眠っているかのような穏やかな表情になっていた。 翌朝、シーツにくるんだまま段ボールに入れ、保冷剤をつめて床の間の前に安置した。小さな仏様を据え、灯明をつけ、御供物を上げると、祭壇らしくなった。 夫が般若心経を唱える後ろで、手を合わせる。 「ありがとう。」 「ごめんね」。 本当に、弱っていたのは十分知っていたはずなのに、まさかこんなに早く死んでしまうとは、どうして少しも思わなかったのだろう。 それから水曜日と木曜日の2日間は、灯明をつけ、御線香をあげ、保冷剤を取り換えながら一人でクロの通夜をした。 「いいのか?」とまた夫がいぶかるのが、私には変に思われた。 埋葬が済んだ今、もうこの家のどこにもクロがいないのがさびしくてならない。
2011年10月16日
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10月12日午前1時 愛猫のクロが死亡しました。 享年15 心の準備ができていませんでした。 このブログもまた何か綴ることができるでしょうか。 今はわかりません。
2011年10月12日
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夫が実家の長野から秋の味覚を車のトランクいっぱいに積み込んできた。 リンゴ、巨峰、栗・・・どれも義父の丹精したもの、見事なものである。 畑でとれたじゃがいも、なす、ミニトマト、いんげん、大根、かぶetc・・・ そして、どういうわけか直販所で買ったらしいピーマン、きゅうり、長芋、えのきetc・・・どれもみんな、スーパーにはないような大袋入り。 冷蔵庫にはもちろん入りきらない。夫婦二人の胃袋にも多すぎる。半分くらいはご近所に配って食べてもらうことになる。 どうやら義母には、息子がまだ18、19の食べ盛りの頃と変わらないように思えるらしい。決して惚けているわけではないのだが。 向こうの冷蔵庫の中をさらってきたのではないかというような食品まである。 ありがたいやら、戸惑うやら・・・トホホ こんなことを書いている私は、罰当たりな嫁ということになるのでしょうね。
2011年10月10日
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久しぶりに自転車で街へ出かけた。といっても、行先はいつもの図書館、いつものデパートであるが、車で行くときとはルートが違う。 なんだかとても新鮮だった。工事中の現場の前を通ったとき、係りの人が「自転車が通ります!」と大きな声で工事関係者に知らせていたのが、変に楽しい気分である。 「自転車が通ります!」と自分でも言いながら走っていったら、後ろの方で笑い声が聞こえた。 予約していた本を1冊借りて、大竹しのぶが主演する「ピアフ」のチケットを手に入れて、とってもルンルン気分でデパートへ。 秋物のジャケットやワンピースがいろいろ出ていて目移りがする。好きなお店に、ちょうど好みのジャケットが出ていた。2万9000円也。「いけない、いけない。この秋はジャケットはあるので間に合わせよう。」と自分に言い聞かせて6階へ。 「靴とバッグのフェア」をやっている。バッグもこの前衝動買いしてしまったから、今日は用がない。靴も昨年おしゃれ用のうんと素敵なのを買ったばかりだが、今日の目的は普段ばきの歩きやすくかつ値段も安いウオーキングシューズ。 私の靴のサイズは22cm。デザインはあまり選びようがない。それでも何とか4,5種類がそろっていた。デザインには目をつぶって、ひたすら足に合って歩きやすいのを選ぶ。 それ以外無駄遣いをしなかった自分をほめて、帰りには宝くじを買ってしまった! それで帰ればよかったのだけれど、なんか宝くじが当たりそうな気がして、前祝(?)にいつも行くお店で2万円のジャケットを買ってしまった! これってどうなんだろう??!
2011年10月09日
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今朝、携帯に着信があった。見ると実家の母である。何事か!と驚いて受話器をとった。 別段変わったこともないのであるが、家の電話にかけたけれど誰も出なかったから携帯にかけてみたとのこと。 母が私の携帯にかけてきたのはもしかしたら初めてではないかと思う。 そして、気が付いた。一番身近にいるのに一度も私の携帯にかけてきたことのない人間がいる。 夫である。私が携帯を持ってからもう13年になるが、見事に一度もかけてきたことがない。 その夫は、携帯初心者。一年ばかり前に初めて携帯電話なるものを持った。 勤務先には専用の電話があるし、あちらこちらに出かける人ではないから携帯はほとんど必要なかった。それが持つ気になったのは、長野の実家の生き返りに「あわや!」と思うようなことがあったかららしい。 ただ夫の場合は持っていれば安心という状態で、ほとんど使用しないのではないかと思う。私からのメールに2日以上経ってから気が付くしまつである。 この前は、「着信があったらしいが誰からのものかを見るのはどうすればいいのか」と尋ねてくる。あきれながら、「説明書をみなさいよ」と嫌味を言ってしまった。 でも、それくらいでいいのかもしれない。スーパーで買い物をしながら、携帯で家族に何がいいか聞いたりしている人をたまに見かけるが、あんなふうにだけはなりたくないと思うのである。
2011年10月08日
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朝夕クロと散歩するのがここ何年かの私の日課だったが、このところとんと暇になった。 理由は、クロの老化? ともかく寝てばかりいる。 夏の間は朝5時にはうるさく起こされていたのだが、今朝などは私が布団から出てもまだ寝ていた。 あんなに外に出たがっていたのに、この頃はドアを開けてやっても見向きもしない。 最後に日向ぼっこをしたのは、いつだったろうか?この3、4日は雨模様だから当然として、こんなに外に出ないなんてことは今までにはなかった。 食欲もあまりない。キャットフードの好き嫌いが激しくて、安いのは匂いを嗅いだだけではなっから食べようとはしない。これなら食べるのかと思っても、ちょっと同じものが続くとまた食べなくなるという状態が続いている。 贅沢なとは思うけれども、やせて骨が手に触るような状態なので、何とか食べさせたいといろいろ試している。 本当にお腹がすけばどんなのでも食べるのだろうと夫はいうけれども、それでは少なすぎて心配なのである。 何とか長生きしてほしい。今はそれだけを念じている。
2011年10月07日
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スポーツクラブ主催の紅葉狩り。行先は白山スーパー林道。 予想通り紅葉狩りにはちょっと早かった。1300m付近で、ようやく紅葉がちらほら見られた程度。それでも、午前中は雨もたいしたことはなかったので、まあまあのバスハイクであった。 昨年は上高地行き。スポーツクラブの旅行らしく、バスの中での体操や散策というよりはウォーキングが楽しかった。今年もと期待したのであったが、ひたすらバスの中。山菜釜飯の昼食と海浜温泉はまあまあ良かったが、ちょっと物足りないバス旅行であった。 ところで、昨日のバスは観光バスではなく、なんとスポーツクラブの黄色いスクールバス。その目立つこと!駐車場で迷わなかったのはいいけれど、ちょっとね。来年は参加も考え物かも。
2011年10月06日
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ここ2,3日の好天を生かして夏物を片付け秋冬ものに入れ替えた。こうして衣替えをしながらたびたび自己反省することになる。 今年一度も袖を通すことのなかったTシャツやブラウス、スーツが何枚かある。そしてまた、あるのをすっかり忘れていたようなものもちらほら。 「3年続けて着なかったものは処分すべし!」と自分に言い聞かせたりしているが、そうもいかない。ひところはせっせとリサイクルショップに持っていったりしているが、高値とまではいかなくても何百円かで買い取ってもらえることも少なく、それもなんだかわびしいような気がする。いっそ思い切って処分した方がいいのではないかとこのころは思っている。 要するに買いすぎるのである。見ればほしくなるので、なるべく衣料品店には近づかないようにしている。なんて、そんなことは一月も続けばいい方かも。しばらく洋服を買っていないと、次の機会には2,3枚まとめ買いしてしまったりするから、結局は同じことかも。 思えば、子どもの頃私が一番好きだった遊びは着せ替え人形である。リカちゃん人形はまだなかったし、あったとしてもそんなものは買ってもらえなかっただろう。だから、私の着せ替え人形は紙製である。紙で作った八頭身美人に、やはり紙でつくったオリジナルデザインの洋服を着せ替えて飽きることがなかった。 あいにく容姿端麗とはいかずまたお金もないので、大した洋服を持っているわけではないが、それでも新しい洋服を買ったり、手持ちのものと組み合わせておしゃれを考えたりするのは楽しい。 この秋は衝動買いだけはすまいと言い聞かせながら、明日のバスハイクには何を着ていこうかなと思案中である。 もしもスタイルのいい美人に生まれていたら、女優かモデルにでもなっていたかもしれない。
2011年10月04日
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一昨日の日曜日、珍しく夫と二人で出かけた。行先は近代美術館。先月からやっている企画展「東山魁夷 杉山寧 高山辰雄 日本画の巨匠三山展」が目的である。 夫の観方はとてもはっきりしている。興味のあるのはじっくりと、それほどでもないのはサーッと一瞥をくれるだけ。 なるほどね。 私の場合は、好きなものは丁寧に観るけれど、せっかくだから全部ちゃんと観ようなどと思ってしまう。 そのせいかどうか、すっかり疲れてしまった。名画にあてられたというのだろうか。時間にすればたかだか1時間半くらいのことなのだが、生も根も尽き果てたという感じ。 美術館では時々こういうことがある。まともに鑑賞しすぎるのかもしれない。 家電ショップにも行くはずだったのだけれど、その元気もなくて帰ってきてしまった。 ところで、3画伯ともとても長生きである。70歳以降も海外まで取材旅行に行ったり、旺盛な創作ぶりがうかがわれる。夫は「ものの見方が成熟してくるからいい作品が多いんだろう」と言う。 いい作品かどうかという前に、私は3人の健康の秘訣が気になる。創作意欲が旺盛だからだろうか。
2011年10月03日
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10月になったとたん、もう寒いとしか言いようがない。 今日は、とうとう炬燵を出してしまった。クロがさっそく入ろうとするのがおかしい。 本当に猫って寒がり屋。昨晩はほとんど私の布団の中だった。 炬燵を出すと8畳の部屋が狭くなっていけないけれど、夫婦二人になってからは年のうちの半分は炬燵ライフになってしまっている。 これではまるで年寄夫婦!と言いながら背に腹は代えられない。というほどのものでもないか? 入れ替えのように扇風機をしまう。やれやれ、ついこの前まで夏のような気候だったのに、なんてあわただしいこと。 季節によって暮らし方を変える、季節に合わせて生きる。それはとても大切なこと。扇風機や夏服を出しっぱなしにしておくなどということはしたくないと思う。 こんなとき、クーニーの『にぐるまひいて』(ほるぷ出版)を思い出す。スロー・ライフの原点のような本。「暮らすって、こんなにシンプルでいいんだ!」と感動さえ覚える。 でも、とても無理とため息をつく自分がいるのも本当なのだけれど。
2011年10月02日
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玄関前の金木犀がいいにおいを放っている。花が咲きだすより先にその香りが主張する。 この家を買ったのは16年前の秋である。夫と一緒に初めて家を見に来たとき、金木犀が満開だった。 もう少し時期がずれていたら、つまり金木犀の花の時期でなかったならば、もしかしたらこの家を買うことはなかったかもしれない。 家を見つけたのは私。家さがしなど、どうすればよいかもわからないでいた。住むならこの辺がいいなあと思いながら自転車で走っていて、たまたま「売家」の看板を見つけたのである。業者に連絡してともかく一度中を見せてもらおうと夫と訪れた 大きな買い物ほど迷わない夫であるが、まさか見に来たその日に即決するとは思わなかった。業者も驚いていたように思う。 何が決め手だったのかはいまもってわからない。だが、たぶん金木犀の香りにつられたのではないかとひそかに思っている。
2011年10月01日
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