おじいちゃんやおばあちゃんの認知症が進んでくると、自分が財布をどこに置いたのかを忘れてしまう。
自分がどこに置いたのかを忘れたのではなく、自分の息子や嫁が自分の財布を盗んだと思い込んでしまう。そのことを家族や近所の人に、息子や嫁が泥棒をしていると言いふらす。
息子や嫁は腹が立って仕方がない。嫁の場合、夫が自分の味方になってくれないと居場所がなくなる。
こういう出来事が発生すると、息子や嫁は必死になって財布を探す。
だいたい置き忘れているだけだから、居間や寝室などからすぐ見つかる。
なかなか見つからない場合でも、引き出しの中やたんすの中に置いているケースが多い。
見つけると、 「ここに置いているじゃないか。人を泥棒扱いするのもいい加減にしろ」と言って認知症のおじいちゃんやおばあちゃんを叱りつける。
自分たちを犯人扱いにした認知症のおじいちゃんおばあちゃんが許せないのである。
憤懣やるかたない不快感を払拭するためには、そうする気持ちもわからないではない。
でも、そんなことをすると認知症のおじいちゃんおばあちゃんは立場がなくなる。
ますますおじいちゃんやおばあちゃんとの人間関係は悪化してくる。
認知症の対応マニュアルを見ると、そのような対応は最悪であると説明されている。
ではどうすればよいのか。
たとえば、本人より先にタンスの引き出しから財布を見つけた場合、見て見ぬふりをして、 「おじいちゃん(あるいはおばあちゃん)、私は居間の方を探すから、タンスの方を探してもらえますか」と声をかける。
そして運良く認知症のおじいちゃんおばあちゃんが探し出すと、 「あっ 、そんなところにあったんだ。見つかってよかったね」と言って一緒に喜んであげる。
そうすると自分たちが財布を盗んだ犯人と間違われることもなく、認知症のおじいちゃんやおばあちゃんも傷つくことがない。
実はこれは、集談会の体験交流でも応用ができることである。
というよりも、こういう姿勢で体験交流に臨む必要がある。
例えば、対人恐怖症の人で、会社の中での人間関係で悩んでいる人がいるとする。
まず最初は、具体的にどのような人間関係で悩んでおられるのかを聞いていく。
傾聴、共感と受容の態度で聴いていく。問題はその後である。
普通は森田理論では、その症状は横に置いて、もっと仕事のほうに集中した方がいいなどとアドバイスをする場合がある。これが森田だというような話である。
これ自体は森田理論に照らし合わせて見ても間違いのないことである。
しかしこれは、認知症のおじいちゃんおばあちゃんに、 「あなたは記憶障害を起こして、財布がないといって大騒ぎをしている 」その事実を指摘して、あなたの態度を改めなさい、と言っているのとほとんどかわりがない。本人にしてみれば、どうしてこのような窮地に立たされているのか皆目見当がつかないのである。それを指摘してみたところで、認知症やお互いの人間関係が改善される事はほとんど期待できない。
対人恐怖症の人の場合、人の思惑ばかりに注意や意識を集中していて、神経症の深みにはまってしまった。それよりは不安、恐怖、不快感、違和感などはそのままにして、目の前の家事、仕事、勉強に取り組んだ方がいい。それが森田理論の目指す道だ。そんな話をしてあげたくなる。
でも、森田理論を頼って初めて集談会に参加したような人に、最初からそのような話をしても効果が上がったためしがない。それよりは次回も参加してもらえるような話をしたほうがよい。
だから、アドバイスしたいのはやまやまだができるだけ相手の話を聞くことばかりにする。
あるいは会の説明や発見誌はどうすれば送られてくるのかなどの話をしてあげる。
とにかく、ここは自分の話をよく聞いて居心地のよいところだなという感じを持ってもらうことだ。
集談会に参加している人たちも、かっては神経症で悩んでいた仲間であることを伝える。
しかし、アドバイスを封印することは大変難しいハードルである。でも諦めてはいけないと思う。
短絡的に「森田理論によるとこうすればいいのです」などと簡単に答えを先に言ってはならない。
その道筋を相手にすぐに喋ってしまえば、相手が自分で答えを見つけるという楽しみを結果的には奪ってしまっているのである。
そのようなアドバイスをしても相手には届かず、自己満足に終わってしまう。
仮にアドバイスを求められた場合でも、最小限の話をする程度でよいのかもしれない。
そういう気持ちを持って対応することが大切なのだ。
そして何回か参加して、本格的に森田理論を学習し始めたときがアドバイスの好機が訪れた時である。
その時は、森田理論を整然と分かりやすく説明してあげなければならないと思う。
現状を見ていると、信頼関係を構築するべき時に、過剰に森田理論の説明をしている。
また信頼関係ができ、詳しく理路整然と森田理論の説明をしなければならないのに、尻切れトンボの説明しかできていないようだ。順序は全く逆になっているのではなかろうか。
森田理論に「砕啄同時」という言葉があるが、相手のことをよく観察して、機が熟すまでじっと待ってあげるという態度が大切である。
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