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ずーっと読んできた『ドラゴン桜』がとうとう最終巻。ええええっ、もう?と思ったけど、ほんとに終った。東大二次試験のあたりなんか読んでてどきどきした。結果はそれなりに納得のものだった。 ずいぶん前に新聞でいまちょっと話題の面白い漫画だという記事を読んで本屋に買いに行って、一巻だけ買ってきて読んでみたら、面白くって、そのあと本屋に何度も通って何巻も買い足して読んでいった。 そのあと、がががーっと世の中でも話題になって、テレビドラマにもなったし。原作の結末はドラマと違う。水野も矢島もきっちり最期まで勉強しきって、チャンと受験して、合否も出た。 最期に龍山高校の満開の桜をみて、物語は終る。 この漫画で今までもんもんとしていた学歴や受験勉強へのはっきりした答を読み取れたとも思うし、いろいろとわからなかった勉強のしかたの参考にもなったし、受験の迷いへの答もあった。長男もこの漫画を読んで、ずいぶんいろいろと勉強へのモチベーションをあげてもらったりもした。 夏休みの長い自宅学習の疲れのたまっているこの時期にとうとう最終巻を読んで今一度気持ちに渇がはいったろうか。 東大なんて簡単だ。という初期のテーマとともに最終巻ではやっぱり早いうちからまじめに黙々とやった方がいいし、受験のために自分のすべてのエネルギーを費やしてがんばるのもいいという、主人公二人の一年間の受験勉強を通しての答もいい。 いろいろと役に立って、ちょうどわが子の受験の時期ともかさなって、印象に残る漫画だった。 受験生はこれからが本番だけど、漫画の方は一足先に結末を迎えた。 感慨深い最終巻でした。
2007年08月31日
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麻布十番まつりに今年も行ってきました。今年はデジカメあるので画像つきです~。 去年より一週間ずれて、今年は24、25、26日でした。でも、暑い暑い暑い。昼は暑いから夕涼みがてらのおまつりなんて、今は昔の話ですね。最近は夜でも暑いから。花火見物なんてもう汗だくになるだけなので行くのもめんどう。 それでも、たいくつだから、猛暑の中行きましたけど。とにかくすんごい人だらけ。人人人。やっぱ東京だなあ。 まずは入り口。交差点の向こうが麻布十番。でもって、こっち側には国際コーナーが。 首都高速の下にある公園が国際屋台のコーナー。世界各国の屋台がタークサンあります。普段めったに食べられないものとかも。でも、大体串焼きとカレーが多いですね。日本の屋台は粉物が多いけど、外国の屋台はお肉が多い。 だいたいこんな感じ。 ドイツのソーセージ。一番人気でした。やっぱし味が違うかなあ。ついてるザワークラフトがそんなにすっぱくなくて、かかってるソースがおいしかった。どうやってつくるんだろう。日本のソーセージとちがうね。 これは二番人気。パエリアなんだけど、はいってるのは、お米じゃなさそうだった。もうおなかいっぱいでこれは食べませんでしたが。 タイのデザート。タピオカと寒天とあんこなんかがココナッツミルクの中に入ってます。 ココナッツケーキ。ココア味でした。 こっちがわは、日本の屋台ばかりです。お好み焼き、タコヤキ、焼きそば、金魚すくい、射的、サングリア、カキ氷、焼き饅頭、じゃがバタ、などなどです。 麻布十番の文字入りティーシャツ。私はおもしろそーと思ったけど、後ろにいた女の子がダサいーって言ってた。どっちだろーね。あー、金曜日に行ったのでとにかく行き帰りの道が混んでて混んでて、疲れましたのよ。お疲れ様でした。
2007年08月28日
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私も貼っちゃオーッと。ねこ鍋すごくおいしそう。ねこ好きにはたまりません。よだれがじゅるじゅる。でも、うちにはあんなにたくさん土鍋ないけど。
2007年08月26日
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今回の旅行記もこれでさいごです。今回は観光は極力削ったので、観光したのは『星の王子さまミュージーアム』と、『大涌谷』とそして、最後によった『富士屋ホテル』だけです。箱根にはずいぶん何回も行ったけど、ここに行ったのは初めて。いままで別世界だと思ってたし、小さい子連れて入るとこじゃないし。でも、今回は観光なしだし、帰りがけによって、ランチを食べてみようと思ったのでした。行ってみると、メインダイニングは既に予約でいっぱいで、無理だし、だいいち、高いしね。で、ちょっとお茶も30分くらいの順番待ち。なんと、観光客がロビーにうじゃうじゃ。最近は、みんな、観光で来るんですねえ。こういうところ。 とまったグリーンプラザホテルの前庭。花がいっぱいで美しいです。 グリーンホテル正面。ばいばーい。 そして、いよいよあの『富士屋ホテル』なのだ。わくわく。 うちの息子がこれを見てまず、「湯屋じゃん。これ。」と、いいました。ほんとにほんとに。「千と千尋」の湯屋そっくり。これをモデルに書かれたのでしょうか。とにかく『富士屋ホテル』で、一番格式高く美しい『花御殿』なのです。こんなところにとまりたーい。で、うちの娘は「あたし、ココに泊まりたい。ココに将来就職したい!」と、言いました。高いんだよー。素泊まりで、一泊二人で25000円くらいみたいです。つまり食事は別。まさに西洋スタイルをまもってますね。日本のホテルは結局食事つきだし、館内浴衣オーケーがほとんどだもんね。 いやー。それにしても、美しい。すばらしい。ほれぼれ。このすばらしい建物を死守してるんですねえ。 看板です。花御殿の説明が書いてあるらしい。読んでません。面ドーで。 ホテルの正面に駐車。で、下車。あとで、ホテルの人が裏の駐車上に移動したみたい。車の鍵も、おあずかりなのです。しかも、駐車代もとられなかったし、中で食事したかとかの確認もまるでなし。なんか、すごいなーと思った。 前庭もすごい。 横の階段上って前庭を見て、ここから中にはいっちっゃたのです。 フロントもなんか、重厚な和風っぽいような洋風なような。格式高そうですね。でも、この前にあるロビーは、観光客がうじゃうじゃいたんですよ。滞在客がのんびりお茶って雰囲気じゃないですね。 で、メインダイニングはいっぱいだし、カフェもいっぱいだし、こっちなら、軽食ができるということで、地下のレストランにいきました。 軽食とはいえ、どうしてどうして。美しい内装。都内のフレンチレストランと負けてないし、お値段も結構しました。 私が食べたのは、冷製パスタ。カペリーニだったかなあ。これに、サラダとコーヒーがついて3000円。たかいっしょー。子供のたべたチキンカレーだって、二千円前後なんだもの。でも、観光しない分いいかなと思って。だってろくでもない観光用の美術館や博物館でも、入館料場馬鹿にならないお値段だからねえ。最近は。 ベビーリーフとプチトマトのサラダ。 でもってこれが富士屋ホテルのコーヒー。 ホテルのロゴ入りなのだ。 さらに贅沢して、デザートなんかもたべちゃったのだ。木苺のシャーベットでーす。 子供たちはプリン。正統派カスタードプリン。味は普通にカスタードプリンなのだ。クーラーも暑すぎず、寒すぎず。すごく快適でした。あの絶妙の温度管理はどうやるんだろう。こういうところはたいてい寒すぎたりするのにね。で、あとはかえるだけなので、あせる必要もなし。少し時間かかりますよといわれたけど、かまわないので、のんびりいただきました。おいしかった♪ ホテル内の階段。からして、これでもんね。寺社建築というんだそうです。 食後はホテルの裏庭をお散歩。でも、暑かった。お決まりの池と鯉があって。 そのほかには、温室とプール。25mの普通のプールが庭の奥のほうにありまして。しっかり見学してきちゃった。 ちょっと早いけど帰宅です。暑い中観光しても疲れるし。おいしいものもたべたし。帰りに見た東京タワーなのだ。ああ、東京だ、東京だ。あーあ。帰ってきちっゃたよ。がっかり。来年は何処に行こうかなあ。 スナフキン大好き。
2007年08月19日
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写真とったんだから、載せないと。ホテルの隣がロープウェイの姥子駅。歩いて、3分です。とりあえずチェックインして、お部屋でお茶飲んでちょっと休んでから、行きました。姥子駅から一駅で大涌谷駅。 たまたまうまく太陽光線が取れたのです。ロープウェイは今年リニューアルオープン。おっきくてきれいになった。昔はもう数人しか乗れなくて、結構スリリングだったからねえ。上から下までガラスばり。景色がよく見えるし、安定してて、安心して楽しく乗ることができました。 ついたよ。大涌谷に来たのはすんごいひさしぶり。小学生くらいの時に両親に連れてきてもらって以来かな。なつかしー。ダンナもすごいひさしぶりだそうだ。箱根は結婚してからも、何回も来たけど、大涌谷はなぜかこなかった。こんかい、ホテルからちょっとくるのに、ちょうど良かったので、ロープウェイ乗りがてら、来て見たの~。 大涌谷駅です。駅も建て直したみたい。きれいになってた。 駅からちょっくら歩きます。それも、山道。たいしたキョリじゃないんだけど、運動不足の私には結構つらいものが…。この程度でいきあがっちゃうなさけなさ。しくしく。大涌谷駅を眼下にみおろして。わーい。ここまで頑張って登ったのだ。 でもってこれが大涌谷なのだが。昔に比べると勢いがなくなったような気がする。那須塩原もそうだけど。昔ほど、イオウのにおいとかもすごくないし。煙も減ったような気がするし。観光地でいられるのもあと少しか? そうはいっても、大涌谷名物黒玉子は健在なのでした。六個いり一袋で500円也。化学的な説明はよくわからないのだ。 この四角いコンクリートのお風呂で一時間つかってると、黒玉子ができるそうです。しかし、こんな熱い所にどうやって、こんなの作ったんだろう。謎だ。 かんせーい。隣の黒玉子茶屋で売っているのだ。一個食べると寿命が7年のびるんだって。 黒玉子温泉なのだ。熱くては入れん。またまた、ロープウェイにのってホテルまで帰るのだ。快適。
2007年08月17日
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今回泊まったのが、ココ。なんと今回初めて楽天トラベルで予約しちゃったのだ。ネットだけで予約できて便利便利。グリーンプラザホテルでした。ちょっと写真が斜めで失敗してます。しくしく。ロビーの花とシャンデリアです。姥子温泉のあたりです。なんと、ロープウェイの姥子駅がすぐとなり。このあたり一帯、別荘地域なんですね。だから、すごい優雅ですごしやすいところ。高原なので、風が涼しくて気持ちいい。軽井沢のよう。別荘地になっているところってどこも、高地で、夏すずしくて、植生がヨーロッパのようで、エレガントでいいんだよね。そういうところをねらって高級ホテルなんかもあるんだけど。一度泊まってみたかったのです。高原のホテル。たかいところだから、涼しいし。もう下界に降りたくなくなります。向こうには富士山も見渡せて、露天風呂から富士が見られるのが、このホテルの売りらしいです。ホテルから見た富士山です。左の空中部分にうっすらと富士山が見えると思います。まるで空中にういているような幻想的な景色。こんな富士山も珍しい。ちょっとお高かったけれど、今夏は観光は削って、ホテル滞在をメインに、チェックインできる3時から、チェックアウトの11時までぎりぎりいて、ホテル滞在を楽しみました。観光目的だと、朝早くにおきて早々に出て行くお客さんもいるけど、今回は私たちだけでなく、三時前からホテルに来て、11時ぎりぎりまでいたお客さんが結構いて、みんんなのんびりのようでした。うちだけじゃないんだなーと。お夕飯は和食会席で、おいしかった♪ああ。でも、おなか減ってたのかばくばく食べてしまって、写真撮るの忘れちゃったよ。で、露天風呂には、お酒もあって、富士見酒です。おいしかった。食後は、ロビーでコンサートなんかもあって、音楽好きのダンナは二回あったコンサート両方聴いてました。ピアノとバイオリンと、歌。クラシックで、きちんと音楽学校で勉強した人たちみたいでした。三人とも女性で、白いドレス、赤いドレス、黒いドレスでの、演奏。素敵!曲目は、『千の風になって』とか、『夏の思い出』とか、いろいろとみんながよく知ってるポピュラーな曲。バイオリンのナマ演奏聴いたのは初めてかもしれない。バイオリンて、なんで、あれでチャンと曲になるように弾けるのかすごい不思議なんだけど。音楽苦手なんで。とても、いいホテルで、超高級じゃなかったけど、ゆったり楽しくすごせました。ただ、夜、「涼しいところでぐっすり寝たい」という目的とは裏腹に、暴走族が一晩中大きな音をたてて、箱根の山の中の道路を走っていて、その音が、がーきゅきゅきゅきゅきゅって、聞こえるんですね。おかげでぜんぜんゆっくり寝られなかった!もう、箱根には二度と泊まりたくないです。土曜日だったからなのか、お盆休みだったからなのか、本当に明け方の5時くらいまで、ずーっとなんだもの。ろくすっぽ寝られなかった。地元の人たちや、警察や観光協会のひとたちは何してるのかなー。ま、箱根の道路は車好きには格好のレーシングコースみたいだし。でも、あれが夜中箱根中に響いてるって知ってるのかな。なんで、取り締まらないのでしょうね。それとも、取り締まっても取り締まっても、だめなのか。何とかしてほしい。箱根は観光で食べてる所なのに。このままだとお客さんどんどんこなくなるんじゃないのかな。とにかく今後二度と箱根に泊まるのはやめようと思った夜なのでした。あのあと、帰ってきた自宅でぐっすりと寝て、ああ、東京は静かでいいなーと思ったのでした。何のための旅行??????なのでした。
2007年08月16日
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きのうの冗談はさておいて、箱根にいってきました。これはまず東名高速からみえた富士山でーす。御殿場の近くで撮りました。上まですべてまるっとみえてる。すごい。富士山が上まで見えるのって珍しいんだよ。この日はものすごくいい天気で、雲がぜんぜんなかったんです。 でもって、今回いったのが、『星の王子さまミュージーアム』でした。作者のサン・テグジュペリのふるさと、南フランスの町並みを再現してあるのです。すごく素敵でした。もちろん本場にはかなわないけど、日本にいてちょっとフランスを味わえるのもわるくないです。特に南フランスがモチーフになっているのは珍しいんじゃないかな。てことで、つまりきのうの写真はその星の王子さまミュージーアムの中の景色のひとつなのでした。 わお。入り口からして素敵。中はどんなだろう。わくわく♪ でもって、有名な王子さまのいるちっちゃな星の絵を立体で作ってあるのですね。これ。でも、撮る角度を失敗してますね。しくしく。 入り口を入ると早速。こんな風。 どこかの写真クラブがモデルさんをやとって撮影会してました。 何処の大邸宅でろ~~~~?門が星のマークだわ~~。こってるね。 いっぱいとっちゃったので、どんどん行きます。 これも有名なものらしい。街頭に灯りをつけてるところ。 この中はサン・テグジュペリ博物館です。写真とか、いろいろ展示してありました。すずしかったし。 この右にカフェがあって、ちょっとお茶を一杯。休憩できます。 サン・テグジュペリのお部屋。です。 なかにあるレストラン。かなり本格的なようです。お値段もそこそこなかなか。私はここでは食べなかったですけどね。だってここで豪華に食べたら、ホテルの夕食がはいらなくなっちゃうもの~~~。 教会も。かわいい。 中も素敵。ステンドグラス。壁にも星の模様。以上『星の王子さまミュージーアム』でした
2007年08月14日
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ちょっと南フランスまで行ってきました。 プロヴァンスの町並みです。いいですよねー。しかし、どこにいっても日本人がいる…。
2007年08月13日
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今日明日で一泊旅行です。渋滞が怖い。いってきます。
2007年08月11日
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先日『トランスフォーマー』見に行ったのは、豊洲のララポートでした。映画みおわったら、程よくおひる。いつものことながら、食欲魔人のダンナがめしーとうるさいのでーす。ココが言いというダンなの希望にそって今回はスペイン料理のお店をセレクト。たぶんパエリアが食べたかったんだと思います。私が時々家でつくるので、本物に近いもの食べたかったんじゃないかなあ。 これが豊洲のララポートでーす。やっと実物をおみせできました♪ でもって、映画館の窓から見た景色。これは東京湾というより、運河の部分です。まさに、ウォーターフロント。ここのちょっと左の方に行くと、今話題の「キャナリーゼ」が住む東雲になります。ジャスコとかあります。 ララポートの中。ほとんど吹き抜けになってます。この日はみんな海やプールに行ってたんでしょうね。いつもより、すいてました。 で、ココが今回のスペイン料理のお店『バルデゲー』です。炎天下だというのに、一回外に出ないとココのお店にいきつけないのです。春秋なら、外でウォーターフロントを眺めつつ、優雅にお食事できますが。この暑さではちょっとね~。 今回食べたのがこの一番上にかいてあるランチです。1500円。まあまあのお値段でしょうか。 店内は、一面タイルの壁で、スペイン風の内装。いい雰囲気でした。 お待たせしました。ランチでーす。まずは、サラダとヴィシソワーズとパン。冷たくておいしかった♪ でもって、こちらが、アサリのミニパエリアと、お肉とお芋と野菜のトマトソース煮込み。カナッペと前菜。住みまーン。いつも一口食べてから、写真撮らなきゃーって思い出すので、既にかじった後が…。ごちそうさまー。おなか一杯になりましたでース。お味はまあまあ普通かな。でも、きれいに内装と、いろんな材料の入った手のかかったランチメニューで悪くなかった。これだけで30品目クリアだなきっと。
2007年08月09日
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カインとアベル。海幸彦と山幸彦。 兄弟ゆえの確執はこんな神話や聖書の世界にすら描かれている。「兄弟は他人の始まり」なんて言葉があるのも、兄弟がいかに、難しい関係のものかよくしめしてるじゃないか。 親はよく「兄弟仲良く」というけれど、そういう親自身の行動がいかに兄弟仲を悪くさせるきっかけを作っていることか。長子である兄だけに遺産のほとんどを相続させようとしたり、兄弟のどちらかだけに大学進学をさせたり、常にそれぞれを比較したり、兄だから、我慢しろとか、弟だから兄の言うことを聞けとか、兄だから親の面倒を見るのは当然だとか。 私だって兄貴の存在や行動にドレほどむかついたことか知れないし。 で、この物語も兄稔(香川照之)と、弟猛(オダギリジョー)の確執の物語。なぜか兄弟というものは、こちらの持っていないものを相手が持っていて、こちら側のコンプレックスをみしみしと刺激してくれるんだよな。地味でまじめでいい年して未だに独身で、好きな女(智恵子)に告白も出来ず、田舎のガソリンスタンドで働く兄にすれば、東京で成功してプロのカメラマンになり、容易に智恵子との関係を作ってしまう弟は、嫌な存在以外の何者でもないはずで。弟さえ帰ってこなければ、投獄されることも智恵子が死ぬこともなかったはず。はっきり言って猛は疫病神以外の何者でもないよな。しかも、猛は帰ってくるなり、普段自分(稔)が感じているコンプレックスや、きずかないようにしている普段の自分の人生の暗さを親戚が集まる場で大声で暴露してしまう。これって、あまりにも配慮がないような。思いやりも何にもない。 けれど、弟にすれば、家業を当然のように兄に継がれて、故郷を去って何も知らない東京で自力で働き、頑張るしかなかっただろうし。かっこよく見えるプロカメラマンになるために弟はどれほどの努力と苦労をしたことか。けれど、故郷で親の元でぬくぬくと苦労なく、そのまま親の仕事を継げばよかった兄。まじめでしっかりものでにやさしい兄。 見えているようで見えていないお互いの心中。 そんなものが、つり橋からの智恵子の転落死をきっかけに、裁判所という公共の場であからさまにされる。 弟が何のこともなくさらりと渡ってしまったつり橋を、兄は怖くて渡ることも出来ない。猛を追いかけてつり橋を渡ろうとする智恵子を必死に押しとどめようとする稔。東京に出て働くという危なくて危険な橋をさらりとわたってようようと成功してみせる弟。その橋を猛を追いかけて渡ろうとする智恵子。なんでもないはずのつり橋が怖くて怖くてどうしても渡れない稔。 稔がつり橋嫌いなことは、前半で稔の口から語られていて、見ている観客にとっては当然の情報として伝えられていた事実に、ラスト近くでやっと、猛が気がつく。 つり橋が怖くて渡れない稔を、自分が手を引いて渡っていた昔。稔が東京に出て自分の人生をきり開くことができなかったのは、親のせいじゃなくて、稔自身が、つり橋を東京という世界への危なくて怖い橋を渡ることが出来ないほど臆病なだけだったことにやっと気がつく。だから、両親は稔に家業を継がせ、猛を東京に行かせた。稔が長男だったからじゃなかったのかもしれない。その証拠に彼らの父と叔父の場合は、兄である叔父が東京に出て弁護士になり、弟である父が家業を継いでいる。 臆病で地味でまじめで正直な稔は、冤罪でありながらも、智恵子への償いとして、その罰をその身に引き受ける。こんな崇高な人にはちょっとかなわないなあ。 見た目のかっこよさにとらわれて、智恵子は稔のもつ本当のよさが見えなかったのかもしれない。そんな兄の姿に、嫉妬した猛は、兄の無実を知りながら、偽証してしまう。自分にはかなわない。どんなにかっこよくしても、兄がほれてる女を横取りしてみても、東京で成功してみても、どうしてもかなわない。 もし、猛がこの時帰ってこなければ、あるいは二人は結婚していたかもしれないのに。惜しいねえ。 ラスト。猛は稔を追いかけて、和解しようとする。そのラストの締めがないまま物語は終る。果たして、二人は和解出来たのか。いかにも、そのあと和解したそうに思えるようなラストだし、観客は二人の和解を切望して、ラストを見終わる。けれど、実際には兄弟の確執というものはそんなに生易しいものじゃなくて、このあと仲直りしたとしても、たぶん二人の心のわだかまりや心の奥の確執は生涯消えることはない。と、思う。香川照之演技うますぎる。オダギリジョーはキャラ的にはまり役だからいいけど。日本の地方の景色がね。なんか旅行してるみたいで良かったね。 ゆれる@映画生活
2007年08月08日
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車も電車も飛行機もロボットも男の子はみんな大好き。その大好きを合体してドレにでも変身できるおもちゃなんてあったら、こんなすごいことはない。それを実際に作って売り出したのが日本のおもちゃめーかータカラなんだって。日本で「トランスフォーマー」として、おもちゃとなり、ロボットアニメとなって、そしてアメリカにまで渡り、アメリカでも大ヒットしたらしい。 それに目を付けたのが、名監督スピルバーグだったわけで。 どんな機械にも変身できる意志を持った金属生命体。トランスフォーマー。 宇宙のはるか遠い星に住むトランスフォーマーたちが、超パワーキューブを求めて、地球にやってきた。 どんな機械にも変身できる機械生命体というのは、今まさにコンピューターグラフィックという技術を最大限に生かしておもしろい映画を作るには、うってつけの設定だと思う。 ロボットをいろいろと変身させるための設定に、映画としての違和感をなくさせる、金属生命体という設定は面白いと思う。金属に命がある。というのはなかなか、新しい発想だ。 いままでのSFには、地球人を猿系人類として、宇宙に出かけていったとき、トカゲ系人類なんかとか、出てきた。どちらも、有機生命体である。 地球人を有機生命体、炭素生命体とするなら、金属生命体トランスフォーマーは、無機生命体であるわけで、かなり新しい分類わけをするSFだと捉えることもできる。 有機と無機という分類が面白い。そして、対立する二つの生命体がであった時、どんな感覚、感情をもつのだろう。 普段、私たちは、命あるものが、死んだり傷ついたりするのを見れば胸が痛む。日常や物語の中での、登場人物の死、ペットの死、自分とかかわりあう人たちの死。けれど、機械が壊れても、それほどには心痛むことはない。 物語や映画の中で、人物や動物が死ねばかわいそうと思っても、戦争映画やアクション映画で、車や機械、飛行機が壊れたり、破壊されても、心痛まないどころか、痛快感を感じる。 そこには、命がないからだろうか。 機械は無機の物体であって、命を持たない。 けれど、映画『トランスフォーマー』において、命と意志と心をもった無機生命体、金属生命体、機械であるトランスフォーマーの死や怪我、体の破損を見ていると、かわいそうという感情があらわれる。ロボットの姿をしたトランスフォーマーたちは機械であるけれど、その顔には明らかに表情があって、時に悲しげに、時に痛々しく、時にはうれしそうな、やんちゃな、そんな意志と感情をもった生命体の姿なのだ。主人公サムの愛車であったはずのバンブルビーが政府組織につかまったときの扱いにサムが心を痛めて抗議するシーンや、人類のために自分の命を犠牲にしてもいいという将軍オプティマスプライムなど。それゆえにこの作品では、激しい戦闘シーンが多いにもかかわらず、人が死ぬシーンの描写が極力削られてすらいるのである。 意志、心、命を持った時、機械、金属、無機の物質といえども、私たちは有機生命体である自分たちと同じだと感じるのだ。 どんな姿であろうと、そこに命があれば大切な、ものなのだろうか。 ものを大切にも、命を大切にも、同じ言葉なんだろうか。本来有機生命体だけが持っているはずの命とは、いったい何なのだろう。 さて、単純に娯楽痛快アクシヨン大作映画なんでした。面白かったのでした。でも、あまりにも展開が速すぎて途中わけわかんなくなったりしたのでした。でも、よかったよー。なかなか。 彼らは見ただけで相手の姿を写し取って変身できるのだ。はっきりいってうらやましいぞ。私にもそれが出来れば通りがかりの美人さんやテレビにでてくる女優さんに変身したいよ。そしたらもうダイエットの苦労なんてのもないしさあ。 ところで彼らは、女がいなかったし、人類のように雌雄による出産で、子孫や仲間をふやすという方法ではないのかな。彼らはどうやって命を作り出しているのだろう。子供みたいで精神年齢低そうだったし。 見方側の「オプティマス・プライム」かっこよかったけど。どうして人類を滅ぼしちゃいけないのか。ちと、説得力が足らないですね。 トランスフォーマー@映画生活
2007年08月06日
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娘と喧嘩をしました。今朝その記事を書いたんだけど、うっかり>>>>>>>>消してしまいました。 もう一回同じ内容は書けないーーーーーー。 先週、娘と、映画を見に行ったり、学校説明会に行ったりした。ところがその後半でいつも私への非難のオンパレードになる。電車の中で一人でしゃべってるとか、脇をかいたりするから、うしろにいた女の子に「きもい」って言われたとか。覚えてないよそんなの。何でなんだかわかんない。反抗期なんでしょうかね。でもその帰りに、腹が立って、お金を持たない娘と喧嘩して私だけバスに乗って帰ってきてしまいました。「もう。貴方と一緒に出かけたくない。私はバスで帰るから、貴方は歩いて帰れば?」って言ったら、さっさと行ってしまいました。こっちは頭と足が痛いのに後追いかけられないのに、勝手に怒っていっちゃうんだもの。悲しくてぽろぽろ泣いてしまいました。 そしたら、一時間後くらいに帰ってきました。本当に炎天下歩いて帰ってきたようです。そのあとも私はもうすっかり嫌になって口を利きませんでした。そして、もう、こんなことなら、娘の高校は本人の嫌がってる私立に単願推薦にしようとか、本人の希望する都立のその下くらいの学校に私が勝手に願書出しちゃおうかなとか。志望校のパンフレットひっちゃぶいてやろうかなとか。 体を壊すと困るので夕飯だけは用意したけど、朝と昼はしらんぷりでした。だって口聞きたくないんだもの。それに女の子だから、勝手に食べるだろうし。 すごーくはらがたって、憎たらしくなってきました。かわいさ余って憎さ百倍ってやつ? シンデレラの継母の気持ちとか、「氷点」のお母さんの気持ちとか、共感できちゃいました。ご飯食べさせないとか、給食費出さないとか、学校行かせないとか。意地悪っていくらでもできそうだな。生殺与奪が出来るんだね。親って。子供は働くことも出来ないし、お金を稼ぐこともできないし。もっとも最近は中学生でもホステスできるからなあ。 実の親子の方がなおさら愛憎も深い。 「おはよう」も「いってらっしゃい」も言わないで、家の中で顔を合わせてもしらんふり。 でもねー。なんか楽なの。 いままで、無理して挨拶してたんだなと。 だってこっちが挨拶してもろくに返事が返って来ないんだよね。そういう半分無視のような状況で親のこっちばかリが必死に挨拶してたわけで。親のほうが気を使ってて馬鹿みたい。 もう少し厳しくしつけようかなあ。 向こうが謝ってくるまで知らんふりしてようかなあと思ったけど、でも、そのまんまぐれて、不良になったらどうしようとか、女の子は一度おちたら、もうどうにもなんないよなーとか。いろいろ考えた。 でも、三日くらいして、さすがにめんどくさくなってきて、口を利くようになりましたが。 こんな喧嘩をしたのは始めて。 私の母とは口を利かないというような喧嘩はしたことなかったな。てか、あの人、口を利かないなんていう喧嘩は性格的に出来ないもの。そのかわり、ぐさぐさとひどいことはいっぱい言われたし。喧嘩もずいぶんしたかも。 母と娘って血がつながってる同姓だから、な。 ところで、このことに関してうちのダンナは「フーン」しか言わなかった。 でもって、息子は全然きずかないで、私としゃべったり、娘とじゃれたりしてました。うーむ。わるいのはどっちなんだろう。
2007年08月04日
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『女子校、共学、男子校』の記事にいろいろとコメントをもらっていると、ようするに、学校時代、成長期から男女は一緒にいて、異性に慣れることは大切だという趣旨が共通しているなあと思います。 それはもうずっと学生時代無意識に認識させられ続けてきたことなんだけど。一緒にいないと異性って理解できるようにならないものなのかな。 一緒にいても理解できずに別れちゃう夫婦っていっぱいいますよね。 小学校のクラスでも、男子と女子が対立してたり、ってのもよくあったし。対立しながら学ぶ部分もあったのでしょうね。 ところで、私は、子供のころ、男の子が大きらいで、すごくつらい思いをしました。幼稚園まではなんでもなかったのに、小学校にはいってから、ずいぶん男の子にいじめられました。なぜか、当時の小学校というところは、男女が仲良くすることを執拗に強制されていたような気がします。 当時は、二人机だったのですね。今は机はみんなシングルで、一人ひとり座るものですが、その当時は木の机で、二人で座るものでした。そして、かならず、男子と女子を一つの机に座らせていたのです。そのほかにも、遠足とか、列をなして歩いて移動する時など、かならが男の子と女の子が並んで手をつないで歩くことが強制されていたのですね。 いきなり、友達でもない仲良くもない相手と肉体的接触を強制されていたわけで。今考えるとずいぶんだなあと思いますが、その当時は子供だったので、よくわかりませんでした。しかも、たまたま私と組む相手の男の子がとても意地悪な子で、私と手を組むのをいやがったり、机ですわっていても、意地悪してきたり。 そんなことをクラスの中で授業中なんかにもやられていたわけで、当時の先生はなぜきずかなかったのだろうと思います。親に言ったら、一度だけ、学校に来て相手の子にいってくれたこともありました。先生は保護者が教室まで来たことに恐縮して、母には謝罪してくれたそうですが、それ以降も状況は変わりませんでした。というか、その先生からも意地悪な物言いをされたことすらありました。 私自身なにか、相手のそういった行動を誘う部分があったのかどうなのか。いまになってもわからない。 けれど、そんなことの続く中で、私が男の子をきらいになり、こわくて、そばによるのも、口をきくのも、嫌で、しょうがなかった。 今の時代は、いじめは同姓同士の中でおきているようですが、当時いじめの相手は異性でした。 私のそういう軽い異性恐怖症が直って、普通に男性と接して口が利けるようになったのは、社会に出てからだったのではないかと思います。 とにかく、中学までの男の子はきらいだった。しかも、私をいじめた一番きらいな子とはそのあと、高校も同じで、しかも、一度はクラスもおなじになり、授業の研究グループまでいっしょになり、最悪だった。 その間一切口を利くことはなかった。 それでも、高校生くらいになると、いじめたり、いじわるしたり、怖い雰囲気を感じさせることはだんだんなくなって、私もほっとしたものですが。そして、社会に出てからやっと、普通に男の人とかかわれるようになりました。もっとも、その時勤めていた会社は男ばっかりで、女は私と私の上司の二人だけという。唯一の女の子ということでやさしくしてもらったし、その前にいた会社も大人の男の人であれば、ちゃんと優しいのですよね。 でも、子供時代の男の子ってどうしてあんなに意地悪なんでしょうねえ。引っ込み思案でおとなしくて、ほとんどしゃべらない女の子だったので、うっとおしかったのかもしれません。 もっとも今、私の娘は普通に男の子と接しているみたいだし、他の普通の女の子は普通に接していたのですから、ここまで男の子嫌いなんて言うのは、たぶん私だけなんだろうけれど。 それにしても、公立の学校で小学校から高校まで、民主主義や、男女平等の価値観の下に男女仲良くをやたら、強制された、学生時代って、なんなんでしょう。そのあと、入った会社や、実際の社会では、それまでとは、見事に対照的に男女差別ばりばりの世界。いままで、習ってきた、男女平等ってなんだったのだろうと、思ったものです。 女の子はお茶くみ、コピーとり、男性の補助の仕事。しかも、25、6歳で結婚して退社するのが常識。 男女雇用均等法やそのほかいろいろの世論によって改革されはじめたのは、そのずっと後のことでした。 お茶くみが女の仕事だったのは、ただのOLだったからかと思えばそうでもなくて、なんと、国会議員でさえ、女性議員は男性議員のためにお茶をいれるという記事をどこかで読んでびっくりしました。ほかにも、実力勝負の医者の世界でも、女医さんにはなかなかいい仕事は回ってこないらしい。重要なオペはほとんど男性の医者が担当してしまい、女医さんには、簡単なオペしか来ないということを何かで読んで、社会全体が男性の社会何だなあと感じました。 にもかかわらず、公立の学校の中だけが男女仲良くを強制してるんだよねえ。 社会全体にそれを望むからこそ、政府はそういう方針をとってはいるんだろうけれど。 そういいながら、やっぱり、大人になっても、女は女の世界の中で、男は男の世界の中ですごす時間のほうが長い。共学でも、女は女同士で友達になるし、男は男同士で友達になる。男女まざった仲良しグループもあるけど、それはごく一部。 幼稚園まではなんでもなかった異性の存在がやけにうっとおしくなるのが小学校から、中学くらいまでなら、七歳以降男女をわけた昔の考え方もそれはそれでありなんじゃないのかと。それはやはり思春期以降体が成長してきて、倫理観とは別のところで、体が心に影響して、異性に対して拒否感や、違和感を感じ始める時期で、高校生や、大人になれば、なんでもなく接することのできる男女が、みょーにけんか腰で反発を感じたり、その存在自体がうっとおしかったりするようなそんな時期でもあるんじゃないかと。 恋愛感情を感じる相手以外の異性は、うっとおしいだけであったりするような。そんな時期にあえて、一緒にしておくことが逆に将来の違和感を内在させてしまうことになってたりしないのかなと。 私にとっては、小中の共学は苦痛以外のなにものでもなかったかなあと。 相手の嫌な部分を観て知っておいた方がいいのか、それとも、欠点はきずかないままのほうがいいのか。 兄弟が絶対に恋愛関係にならないのは、やはり、相手の嫌な部分や、子供のころからのすべてを見て知ってしまっているからで。 大人になってから出会うからこそ、好きになることも出来るのかもしれないと。今の配偶者をもし、子供のころから逐一見て知ってしまっていたら、それでも、伴侶に選ぶことが出来たかどうか。相手に自分の子供のころの未熟な姿なんて見せたくないしなあ。成長過程で修正して、ほどほどにまともな人間に仕上た自分を見せるのが精一杯です。私には。 私にとっては、小中の共学苦痛以外のなにものでもなかったなーとちょっと思い出してしまいました。 でもまあ、共学も別学もそれぞれにそれぞれのよさ悪さがあるんだろうと思います。そして、男女は仲良くしても、やっぱり別物でもあるんだよねえ。
2007年08月01日
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