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<医療機関は対応できるのか>手記を見る限り母親はAをそれほど特異な子どもであるととらえていなかったようだ。しかしそんな書き方をしているものの、一方ではAの特異な気質を心配に思っていたようで、母親は2度医師に相談をし、事件直前の登校拒否の時期には児童相談所を訪れている。せっかく医療機関にもかかっておきながら、適切な処置がなされなかったことも残念である。10年前はまだ発達障害について医療機関の理解が浅かった事もあるかもしれない。2度目に見てもらった医師(手記にはある病院の小児神経科と書かれている)は「注意散漫・多動症の疑いがある」と診断してはいるものの、Aに対して薬を処方したなど、何らかの処置をしたという情報もない。医師は「A君が提出物をあまり忘れるようなら、『持って行った?』という確認だけをしてあげ、あまりうるさく干渉しないで、見守ってあげて下さい」と母親にアドバイスをしている。母親はそれでずいぶん安心したようで、もしかするとこのアドバイスは両親を「放任」の方向へ導いたかもしれない。実際、母親は厳しいしつけ(虐待にあたるかどうかは情報不足で不明)をしていたといわれる幼少期に比べ、中学校時代のAに対してはなんとも頼りのない対応に変わってしまっている様子がうかがえる。実際はどうだったのだろう・・・。医者やカウンセラーとて、ひとりひとりのクライアントと存分に関わっていけるわけではない。クライアントや家族が現状(具体的症状や悩み)語る範囲のことしかわからないのだろうし、クライアントや家族が受け入れる範囲内での対処しかできない。家庭や学校の中でクライアントやその周辺で起こっていることを実際に目で見ることもできない。実際、クライアントが自分や周囲が生活していくにあたって何か著しい支障が出ているような状況がなければ、医療機関が特別な対処をすることはない。クライアントや家族の話を聞き、薬を処方するといった対処がせいぜいだろう。医者が十分に判断を下すだけの情報を持ちえない場合は、対処をするにも限界がある。医者が本腰を入れるのはもっと重篤な症状・行動が見られる場合であろう。事件を起こすまでのAの状況は重篤というレベルにはあてはまらなかったとだろうと思う。医者にはAを「重篤な症状」と判断するだけの情報がなかっただろう。危ない道路に信号機をつけて欲しいと地域住民が要請してもそう簡単に設置はされないそうである。人が死ぬほどの事故が起きてやっと設置されるというのが現状である。神戸市の児童相談所のカウンセラーにしても、動きにくかったのだと思う。彼らは逮捕の2日前にA宅を家庭訪問している。児童相談所にAが犯人であるとの噂は届いていたのではないかと私は思っている。カウンセラーはAの部屋を見せてもらい、そこで面接も行われた。だからと言って、それで何か特別にAの問題の中心への近づけたわけでもないだろう。児童相談所の対処がどうだったのかという議論もあるようだが、これもまた推論で話をせざるをえないので、深入りをしないことにする。友達に暴力事件を起こし、登校拒否をしている状態であっても、そう簡単に医療機関やカウンセラーが問題の中心へ踏み込んで強い指導ができるような状況を作り出すというようなことは難しかったのではないかと思う。実際、Aの行動そのものに立ち入り、心の奥にまで踏み込むことができたのは、逮捕され、一通りの事実が明らかになり、A処分が決まった後の、医療少年院の教官や精神科医たちにしかできなかった。「少年A矯正2500日全記録」(草薙厚子)でその様子を窺い知ることができる。草薙さんのやや強引な手法で取材が行われている様子が気にかかることを除けば、医療少年院の場面には心を打たれるものがある。関東医療少年院のスタッフはAに対する複雑な気持ちに苦悶し、Aの態度にとまどいながらも、スタッフが「疑似家族」という状態をAの周囲に作り出して、矯正に当たる。東北少年院への移送のため、関東医療少年院からAが退院する時の様子を引用してみる。--------------------------------会議室に連れてこられたAは、スタッフに迎えられた。担当教官は感極まったようにAの肩に手をかけ、こう言った。「頑張ってこいよ」教官から励ましのエールを送られると、Aは涙を流し始めた。入院当初「喜怒哀楽が全くない人間」と評され、本の一年半前までは全くコミュニケー損がとれていなかったことを考えると、Aが涙を流しながら旅立っていく光景など、見守っていた教官たちの誰もが想像できなかった。今まで一緒に苦しみ、笑い、泣いたことをだれもが思いだしていた。--------------------------------Aが少年院である程度矯正された、立ち直ったという事実。(この医療少年院での矯正という措置(裁判所の判断)自体にかなり賛否両論が出ていたし、本当に矯正されているのかという意見もかなり出ていました。まあ、それについては書き出すととてつもなく長くなるので、置いておくことにして・・・。)もし家庭その他のAの生育環境がもっとまともであったなら、事件はどうなっていただろうか。Aの特殊性に周囲が対応すれば、もしかするとこれほど悲惨な結果になるような事件は起こらなかったのではないだろうか。暴走するAに周囲は誰も対処できなかったことに関しては本当に悔やまれるポイントであるように思えてくる。母親は医療機関にも足を運んだし、学校だって危機感を持って見ていた筈である。しかし、現実には、どうにもならなかった。医療少年院まで来なければ、つまり、殺人を犯さなければどうにもならなかったというのが現実であり、実に重たい結果である。事件を起こすまでのAに対して、医療少年院並みのケアを施すというようなことは医療機関にも教育的機関にも今のシステムでは、ほとんど期待できないというのが現実なのだろう。医療機関の「重篤な症状が出るまで、悲惨な状況に陥るまでは対応できない」といった実情が改革される必要がある。もっと積極的にクライアントの情報を集めて、クライアントに働き掛けていくようなシステムを作ってほしいと思う。医療機関のバックにある様々な学会等はそうとうな能力を持った組織である筈だ。「未病状態への対応」や「病気予防」といった分野にもっと労力を割いて、もっと広い目で社会の病理と向き合ってくれるようになることに期待したい。そして、極端な犯罪を犯す子供に向けた「未病状態への対応」や「病気予防」だけではなく、広く一般の子供たちとその背後にいる大人たちの「心の病」について、コミットしていってほしいと思う。何も医療機関が全てのことに対処せよという話ではない。対処には人的・時間的保証が必要なはずである。行政レベルでの援助や予算付けがなされなければならない。医療機関がリーダーシップをとって、他の組織と連携を図りながら、子供たちの不全への対処が可能な社会を作ることを目指していけないだろうか。医療機関の子育て・教育への積極的な働きかけを期待したい。
Feb 28, 2009
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<家庭の不全---家庭では自力で解決できない>このシリーズ、ここまでで文字数が25000を超した。最終で32000字ほどになる予定で、改行なしでも原稿用紙80枚分になる。私がこのように長々とAの家庭がずれていることを書き、知人の家庭まで引き合いに出して指摘してきたのは、家族の「どうにもならなさ」を明確にしたかったからである。やさしくまじめな知人の家庭でのしつけでさえどうにもならない現代家庭の子育て不全。ましてやAの家庭が当時の環境の中で、どうにかなったとは思えない。A本人にも、家族にも、どうにもならないままずるずるとあの事件へと引きずられていったのだろう。家庭という密室の中でどうにもならない子育て不全が広がっている。この「どうにもならなさ」を前提にすれば、(1) Aの家庭は密室化しており、ずれを自力で修正することは無理だっただろう。→→→「親が悪い、子が悪い」と言っていても、仕方がない。(2) Aの家庭と同様に、多くの家庭が密室化しており、ずれを自力で修正することが無理になってきている。→→→「親が悪い、子が悪い」と言っていても、仕方がない。という考えに至らざるを得ない。「親が悪い、子が悪い」と言って行き詰っていては、このまま家庭の不全が広がっていき、結局は社会全体が不全状態に陥っていく。不全に陥っている家庭を非難しているだけ、おかしな子供や家庭の排除を唱えているだけではどうにもならない。家庭の自助努力など期待していても仕方がない。家庭の不全という問題についての対策を考え、具現化していくこと。「だから、どうする?」を考えなければならない。では、だれがどうすればよかったのか。親にも子供にもどうすることができない場合には、どうすればいいのだろうか。まずとりあえずは、学校には何かができただろうか?医療機関には何かができただろうか?について考えてみたい。<学校は対応できるのか>私は教師という立場であるので、本来ならこの事件のことは学校側の対応がどうであったかということにもたくさんのページをさきたいところである。事件の舞台となった小中学校にはもちろん責任があるだろうし、学校教育全般にも責任があったと思う。もちろん、教育に携わる者として、私自身にも責任を感じている。しかし残念なことに、学校がどうであったのかは、情報が混乱しすぎており、実に書きにくい。事件発生からAの逮捕後しばらくの間、メディアは学校で体罰があったのではないかと考え、躍起になって体罰に関する情報を入手しようとしていた。Aが学校への恨みを持っていたことは間違いない。「schoolkill」と名乗った犯行声明文の中にも、供述の中にもそれが表れている。そのためメディアは中学校での体罰を確信した。メディアや評論家はそれぞれの「学校の体罰原因論」という持論に今回の事件を当てはめようとさらにヒートアップを見せる。友が丘中学校の岩田校長の態度についてもさんざんバッシングをしていたのを覚えている。ところが後に体罰がなかったことが確かめられ、「学校悪者論」はいっせいにトーンダウンする。マスコミの「期待」は裏切られてしまう形になった。そういった経緯もあり、多井畑小学校や友が丘中学校が実際どんな様子であったのかは非常にわかりにくい。学校として表に出てくるのは風変わりなところのある岩田校長ばかりで、子供や教師の様子については、伝聞情報として不確かすぎる言葉が漏れてくるばかりで、非常に判断しにくいというのが実情である。友が丘中学校と多井畑小学校の職員には箝口令がしかれていただろう。Aと学校がどうであったのかは、もう少し多くの確実な情報がない限り、推論で書くのを控えておこうと思う。推論の話を始めたり、教育全般を語っていたりすると、とんでもない長文になってしまう。今回のシリーズは家庭に話の中心を置きたいので、学校に関して長々と書くのは避けたい。というわけで、以下は控えめに学校サイドに関することを書いてみた。学校側は小学校時代からAの異常についての危機感を持っていたようである。色々な情報を総合して考えると、Aに対する伝説や風説は相当生徒や教師の間で小学校時代から話題になっていたようである。この事件の時も、メディアが当初から「中年の男」を追いかけていたのに対し、学校ではAが犯人であるという噂が絶えなかったようである。彩花さん殴打殺害事件の前に他の殴打被害者は友が丘中学に「殴打した犯人が友が丘中学校の制服を着ていたという被害者証言があるのでおたくの生徒の顔写真を調べさせてほしい」という訴えをしているのである(個人情報保護の理由で中学校側は拒否)。当然中学校は通り魔殺人の件についても相当な危機感を持ってAを観察していたに違いない。彩花さんと淳君の事件の間である4月の時点で、前述したように中学校の生徒指導担当がわざわざ次男の春の運動会を観覧中であった両親を訪ね、Aへの注意を促しているのである。生徒指導はその時の両親の反応の薄さにひどく落胆したらしい。そんな状況を想像していると、学校は、あるいは教師である自分は、この事件に対して何をできただろうかということを私はよく考えてしまう。生徒全体やAやAの家庭にどんなふうに関わればよかったのだろうか。自分もかなり難しい子供に関わったことがある。実際のところ、学校内でそんな子供に関われることには限界がある。それで、そんな時は家庭にも関わろうとするのだが、家庭というのは密室であり、第三者が介入することが難しい。というか、普通は第三者が介入できない。学校という立場では踏み込みづらい領域があり、歯がゆい思いをすることは少なくない。明らかに発達障害を持っているような子供を担任しても、親にカウンセラーや医療機関を勧めることさえままならないのが現場の実情である。担任も学校も孤立している。相当切羽つまった状況に陥った時点であっても、カウンセラーや医療機関を勧めることによって親が猛烈な拒否反応を示し、その後の対処をしていくことが困難になる恐れがあるからだ。教師にできるのは、本人や回り(クラス)の子供たちを学校の中で変えていくことから始めるのが精いっぱいというのが現実だろう。なんとかそれができれば、親も少しは聞く耳を持ってくれるようになる。逆にそれができなければ家庭に踏み込んでいくことは非常に難しくなってしまう。多井畑小学校や友が丘中学校には、Aやまわりの子供たちを変えることができなかったのだろう。最悪の結果に陥ったことから考えれば、教師たちは力不足であったことになる。しかし、それぞれの教師にそれぞれの限界がある。学校に万全を期待しても、正直なところ力不足であるし、この巨大な組織が短期間で変化することは難しいというのが現状であろう。ただし、時間はかかるにしても、この学校という組織のレベルはもともとかなり低いので改善可能な点はたくさんある。組織として大きいだけに、学校をうまく改善ができれば、影響を及ぼす範囲も大きい筈である。そういう意味では期待が持てるかもしれない。
Feb 17, 2009
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「少年A」この子を生んで…<妙な確信と開き直り>子供たちの変化というものは、一つ一つ、少しずつのずれの集積がもたらしたものであると思う。Aの親はずれを意識していない部分もあるし、ずれを認識しながらも逃げている部分もあるように感じる。女の子をいじめる(少なくとも3度いじめにからんでいる)、弟たちをいじめる、図工の時間に粘土で赤い脳にカッターナイフを突き刺した作品を作る、淳君を殴る、小学校では学級崩壊、酒を飲む、たばこのにおいがする、万引きをする(かなり多かった様子。少なくとも2回発覚)、床下から猫の死体が出てくる、軒下から斧が出てくる、女の子をつけまわした上に靴を燃やす、刃物を所持する、奇妙な絵を描く・・・Aの親はずれを感じながらも、感性を鈍化させ、問題を先送りにしてしまっていたのだろう。「こんなもんだ」「なんとかなるだろう」といった「妙な確信と開き直り」を持っていたようにも読み取れた。根拠のない自信というか・・・。「うちの子に限って、そんなことはない筈」、「優しいところもある」「相手(友達・教師)にも問題があったんじゃあないですか。」。子供が非行をした時や異常な行動をした時に、多くの親がそう口にする。「妙な確信と開き直り」はAの母親のみならず、現代の保護者に通じる問題である。問題のある子どもの親の多くが、Aの母親の「Aへの愛情(溺愛に近い)と厳しさ(虐待に近い)のちぐはぐさ」と共通するものを持っている。間違えた子育てをしておきながら、確信があるかのような態度でいる。ある時には「この子は難しくて無理、ダメ」と開き直る。ある時には子育ての間違いを指摘されて逆切れし、食ってかかる。根拠のない確信と開き直りに基づいて甘やかし、溺愛し、放任し、虐待し、ペット化してしまう。「これで、いいのだ」と根拠のない確信と開き直りが、どんどんずれを生み出していく。どうにもならない親と、どうにもならない子。Aほどの凶悪犯罪に至らないまでも、毎月のように子供が起こす大きな事件が報道されている。至る所で進行していく学級崩壊も収束に向かう様子がない。特別な家庭、特別な子供でなくとも、今まで挙げてきたような家族内の日常的なずれは個人及び社会全般に蓄積されている。少年Aレベルではないにしても、かなり危うい子供達から少々危うい子供達まで、さまざまなレベルで危機的な状況が生まれ続けている。ニュースにはなりはしない程度の事件(万引き・いじめ・学級崩壊・etc)を含めて、至る所で起こる不全と不幸・・・。Aの家庭の話を例に挙げてきたので、どうしても話が極端に聞こえてしまう。ここで、別に「普通な家庭」がずれている様子を例に挙げてみたい。知人の家族なので例に挙げるのはやや気が引ける。以下は、かなりデフォルメした話である。----------------------------------------<マー君は王子様>後輩夫婦のお宅を訪問する機会があった。一人っ子の男の子がもう4歳になる(仮称:マー君)。ついこの間、出産されたばかりだと思っていたのに、早いものである。とっても温厚な若夫婦で、本当にいい人たちである。愛情を持って子供を大事に育てているのが、よくわかる。お二人とも真面目に働いており、子供は昨年の4月から保育園に預けているそうだ。父親の方は、帰りが遅いのにもかかわらず、時間の許す限り、ずっと子供の相手をしていると、自慢げに母親が言っていた。よい父親、母親に育てられ子供はどうかというと・・・これが、ちょっと、気にかかるのである。この日は私ともう2人(仮称:客A・客B)、3人で訪問した。AもBも「いい人」である。手土産にケーキを6つ買っていった。お菓子大好きなマー君は、大喜び。大人たちの話がひと段落ついたあたりで、お母さんが「それじゃあ、ケーキをいただきましょうか」と、切り出し、箱を開け始めると、待ってましたとばかりにマー君がキッチンの方に飛んでいく。マー君にとって、食べたいものばかりだったようだが、ひとつ欲しいものを選んだ。お母さんが、それをお皿に乗せてあげると、マー君は真っ先に食べ始めた。「ハハハ、マー君、ずっと食べたかったんだな」と、客A。すると、調子に乗ったマー君は、得意気に言う。「みんなにも、ケーキ、あげるよ!」一同、爆笑。みんなのケーキとコーヒーが用意されたころには、マー君は自分のケーキを食べ終わっていた。お父さんは、ものほしそうにするマー君に、自分のケーキを半分、分けてあげていた。客Bも、「私、あまり甘いもの好きでないから」と、マー君にケーキを譲る。「もー、マー君、食いしん坊!」と、母親がたしなめたが、マー君は得意げにパクつく。優しい大人たちに囲まれて、マー君は、父親・A・Bから半分ずつケーキを分けてもらって合計2.5個も平らげた。けっこう高いケーキなので、約1000円分である。私はあげない。母親は手をつけなかった。客Aが私と同年齢、あとはみな人生の後輩であった。私はこのまじめで優しい4人の大人たちを苦々しい思いで見ていた。以下のことが気になった。指摘しようかとも思いつつ、こんなところでまで教師根性を出したくなかったので、黙っておくことにした。1. 客が持ってきたケーキであっても、子供が先に食べはじめるのは、いかがなものだろう。「お先に失礼」ぐらいは、言わせればどうなのか。少なくとも、お先が失礼ということを認識させてから、たべさせるべきではなかったか。2. 母親はマー君に好きなケーキを選ばせたが、客・両親を含めて、だれがどのケーキを選ぶのかを、まず、伺う必要があったのではないか。3. 1000円分のケーキを一度に与えてしまってよいものだろうか。4. 「いただきます」と「ごちそうさま」を子供に言わせるべきだろう。(両親は、とても丁寧に感謝を述べられていた。マー君は、最初に箱を渡したときに「ありがとう」を言っただけ)5. お父さんは、もの欲しそうなマー君にすぐに自分のケーキをマー君に分けてあげた。自分のケーキは自分で食べるべきなのではないか。少なくともマー君が「どうしても欲しいのでお願いします」と頭を下げるまではあげる必要がない。ケーキの場面だけではない。礼儀知らずの私でさえ、首をひねってしまうような場面が他にもいろいろとあった。いろいろ気になる中で、ケーキの場面だけを取り上げてみた。1~5で指摘したことに対しては、人によれば、「マー君は大人たちの話が終わるのを待っていたんだから、ケーキを先に食べてしまうのは仕方がない」「子供は少々無遠慮なほうがかわいい」とマー君や両親を弁護するかもしれない。確かに、上記のひとつひとつは、それほどたいした問題ではないように思える。しかし、一事が万事である。見過ごしてしまいそうな小さなことではあるけれど、両親のマー君への対応のひとつひとつが少しずつ間違っているように感じる。マー君は、万事においてわがままであった。愛情があり、真面目な夫婦に育てられているので、度を越さない程度であり、なんとかギリギリの線で規範意識は育っているようにも見える。しかし、間違いなく、わがままである。ケーキの場面以外でもわがままな振る舞いをするマー君を、両親や客A・Bは時に茶化し、(例:もー、マー君ったらかっこ悪い)(例:もー、マー君不良!)(例:マー君だめだめ!)(例:コラーーーーッ!)と、笑いを含ませつつ、ゆるくしかる。ますますマー君はちゃらけつつ、王子様化していく。---------------------------------------- <王子様はプチモンスター>これを見ながら、私は思った。真面目で才覚にあふれた両親の、せっかくの優良なはずの遺伝子が、教育の失敗によってプチモンスターに育ってしまっている。こういった子供が、将来、小学校に上がって、場合によっては身を持ち崩すのだ。こんな調子で育てられてきた子供は、たとえ一人一人はプチモンスター程度であっても、集団となるとやっかいさに拍車がかかり、学級崩壊を引き起こすのだ。我慢ができず、欲望が抑えきれない、人の事よりも自分を優先することばかりを考える習慣が身に染み付いてしまった子供。無礼で無遠慮な子供。人の忠告を簡単に聞き流す子供。想像力が欠如して思いやりのない子供。努力をせず、すぐに楽な状況に流れる子供。見かけ上は、極端な欠陥が見当たらなくとも、内面にある価値観がまともには育っていない。目に見えないところで、子供達の劣化が進む。少しずつずれ落ちながら、ラインが、いつの間にか、下がっていく。とんでもない事件に驚かされる一方で、あちらこちらで、人間の劣化が確実に進んでいる。Aほどではない、Aの家族ほどではないにしても。
Feb 10, 2009
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少年A矯正2500日全記録<マザコン>Aは母親への憎しみを語る一方では、精神鑑定の時などに、「僕はマザコンだった時期がある」「母を必要以上に愛していたというか、僕のすべてでした」「母以外の家族は、それほど大事ではない」とも話している。これも「ずれ」なのである。母子とも、お互いを愛していながら、コミュニケーションはどこかでずれていて、サイン(言葉のみではなく、行動も含めて気持ちは伝わる)を伝えるということにも受け取るということにも失敗をしてしまっている。少年院では、母親を「かわいいブタ、死ね」というように表現したことがあるそうだ。これをA自身が「"かわいい"っていうのはその通りなんですよ、ほんとに可愛らしい感じの母なんですよ。"豚"というのは、母の体格そのものを示してるんです。だから僕ね、ちょっと冗談なんですけど、母が作業やってるとき、後ろから隙を窺っていきなり思いきりケツを叩くんですよ、バチーンと。それで思いっきり逃げるんですよ。"死ね"っていうのは愛憎で、憎しみという部分だと思うんですけど、その部分についてやっぱりほんとに""っていうイメージしかない・・・」と説明している(「少年A矯正2500日全記録」より)。母親に対しては愛憎が混じり合った複雑な感情があり、Aは自分のそんな感情に戸惑っていたのだと思う。<上滑りする愛情>Aが母親を愛していなかったわけではなかったのと同じように、父も母も、Aへの愛情はちゃんとあったのだと思う。父は幼いころのAをよくあやしていたようだ。仕事漬けになるなどして家族との関わりを一切持たないというタイプではない。ところが、子供たちの成長とともに、家庭の中で影が薄くなり、家族との交流がなんとなく置き忘れたままにしてしまっていたような感じがある。こんな父親は特に珍しくはない。母親も、育児放棄をして遊び歩くというようなタイプではない。主婦としての役割をきちんと果たそうという努力をしていたのではないかと思う。ただ、子育てにおいて、「こうすりゃいいだろう」「こんなもんだろう」といった思い込みがあったのではないかと感じる。根拠のない自信とも言えるかもしれない。子供のためということをかんがえながらも、どこかやっていることが自分本位であったり、自己満足的であったりしたのだろう。「こんなもんなんだろう」と、体罰を加え、「うまくいっている」と自己満足してしまう。子供をペットのように「自分のためにある存在」と思って関わってしまうと、本当は子供に対する愛情があったとしても、愛情を受け取る子供側にしてみれば安っぽい愛情に見えてしまうこともあるだろう。愛情はなかったわけではないのに、上滑りしたままになってしまった。その上、母と子の互いがコミュニケーションをうまくとることができない気質であったがために、母親は、AのSOSをキャッチできなかったのだろうし、それに応えることも下手であったのだと思う。Aにしても、そんな「母親の下手な愛情の在り方」を見透かすことはできていても、自分なりに解釈を加え咀嚼していく心の余裕・環境的な余裕がなかったのだろうと思う。「透明な存在」と自分を表したように、Aは深い絶望にあったのだろう。周囲と違う自分、自分を抑えられない自分、人とのつながり方がわからない自分・・・・自分に戸惑い、母に戸惑い。次第にどんどんと自分も、家族も、学校も、社会も、特異な気質を持つAを支えることができなくなってしまったのだろう。
Feb 1, 2009
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