学校通信DX
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どうすればいいのだろう。酒鬼薔薇事件のような極端な事件のみならず、少年犯罪を引き起こす要因にしばしば挙げられる「いじめ」や「学級崩壊」という現象が頻発する状況もおさまる気配はない。前回・前々回のエントリーで書いたように、学校にも医療機関にも、あまり期待はできそうにない。法律を厳しくすればそれで済むのだろうか。Aは「自分は死刑になる」と思いつつ殺人に走っている。厳罰化であの事件を未然に防ぐことは難しいだろう。マスコミがスケープゴートにする「誰か」のせいにして、マスコミの示す物語に沿って怒り、納得し、いつのまにか忘れてしまっていればいいのだろうか。誰かを排除したり、排除を願っていたりすることだけで世の中が良くなっていくだろうか。だからと言って、「誰か」のせいにするのをやめて、子供の学級会のように「みんなでがんばる、みんなで気をつける」というお粗末な結論に納得しているのも歯がゆい。このブログで少年Aとその家族のことを書き始めてすでに3万4千字を超えている。原稿用紙にして85枚分以上、改行を入れれば100枚を超すだろう。これだけしつこく書きながら、「だから、どうする?」と、ずっと自問してきたのに、それほど冴えた答えは思い浮かばなかった。間抜けな自分が情けないし、腹が立つ。家庭の問題にどうやって外部が関わっていけばいいのか。どういう外部機関があればいいのか。生活や子供との関係性に修正が必要な子供、親、教師を早期に発見し、対処する具体的な手立てを講じ、手立ての成果を見届け、再修正を図ることができる・・・そんなシステムを私たちはどうやったら生み出すことができるのだろう??しがらみを切ってしまい、信心(宗教)を放り投げ、モラルを壊し、個人主義や快楽や物欲に走った結果、家庭という単位は実にもろく、社会から隔絶されて密室化してしまったように思う。しがらみや信心やモラルにとって代わるもののことは何も考えずに、家庭が密室化しているという事実を軽視し続ければ、その「つけ」は必ずどこかに回ってくるだろう。ならば、具体的にどんなシステムをだれがどうやって作っていくのか。だから、どうする?何から手をつければいいのか。教育論議は実に長々と、だらだらと続けられてきている。素人から専門家までがあちらこちらで議論をしてひねり出した提言も、決定打と呼ぶにはいささか頼りない。あるいは現実味がない。2007年に教育再生会議が子育て指南として提言した「授乳中はテレビをつけない。」といった文言も、まともなことを言っているだけにかえって寒々しい気分になってしまう。決め手のない議論をしたり、決め手のないことに嘆いたりしている間にも、現実はどんどん進行している。手をこまねいているわけにもいかないだろう。少年Aだって、もう少年ではなく、人の親になってもおかしくない年齢になっている筈だ。だから、どうする? 1. 学校教育を立て直す当たり前のことである。学校教育を何とかしなくてはならない。学校教育の立て直しについては、課題も改善点も多岐にわたっている。書き出すと非常に長くなるので割愛するが、前にも書いたように、この学校という組織のレベルはもともとかなり低いので改善可能な点はたくさんある。組織として大きいだけに、学校をうまく改善ができれば、影響を及ぼす範囲も大きい筈。ここを何とかすれば影響は広く、大きい筈である。2. 家庭を聖域にしない確かに、わざわざ教育再生会議という首相の諮問機関が「授乳中はテレビをつけない。」と提言することは寒々しい。だからと言って、現在の家庭が密室化している状況を放置してはおけない。虐待があろうと、溺愛があろうと、延々とずれを繰り返そうと、密室化してしまって外部からの関わりが遮断されたままになっている家庭という密室がまるで聖域のようになってしまっているのには問題がある。この聖域に、私たちはなんとかして働きかける術を考えないといけないと思う。これについてはまた後ほど詳しく述べていきたいと思う。3. 発達障害や子育て不全への対処発達障害の子供に右往左往している家庭や教育現場の実態を認識してほしいと思う。発達障害がなくても、明らかに子育て不全に陥っている家庭もある。そういった家庭に、第三者が介入してほしいと思う。◎歳児検診、就学時健診で発達障害や子育て不全(特に虐待など)を見極める。→早期発見、早期支援(決して早期排除ではない)はかなり有効なはずである。視力検査や歯科検診と同じと思えばいい。視力が悪い子供には、眼鏡を与えるのと同じで、発達障害がある子どもには適切な対応をしてあげればいい。視力が0.01なのに眼鏡を与えなければ学力が下がるし、イライラも募るだろう。それと同じで発達障害があるのに周囲がそれを認識することさえせず、何の対処をせずに育てるというのは、その子供にとっては実に可哀そうな状況である。(※発達障害の子供が犯罪的行為に走る率が高いというデータはないということは確認しておきたい。発達障害を取り上げるとそういう誤解を招きやすいので、誤解をされないように、断わっておきたい。)4. 少なくとも、現存するスクールカウンセラーの機能を強める。スクールカウンセラーは現在、多くの学校に派遣されている。ところがスクールカウンセラーは思ったほどに効力を発揮できていない。私の勤める学校に関わってくださっているカウンセラーさんも、制度的な「動きにくさ」があり十分な対処ができず、非常に残念な気持ちになるとおっしゃられていた。せっかくかなりの予算がつぎ込まれているのだから、制度的な見直しをして、この有効な人的資源を活用できるようにしたい。5. 学級崩壊や発達障害の認知学級崩壊や発達障害を持つ児童の指導に当たったことがなければ、教師でさえ、それがどういうものなのかわからない。ましてやお役人にはもっとわからないだろう。文科省の役人や学校に関わる機関の職員には学校現場で研修をするべきだと思う。(教育)大学の教員もピントが外れた人が多い。中学校教師免許など、すぐにとれるのだから、現場研修を義務付けて、ぜひ、荒れた学級に発達障害児童がいる状況での担任をしてみてほしい。6. 小学校教師と中学校教師にも他校種・他地域・異職業の経験を義務付ける。凝り固まりがちになる私たち教師の頭脳を少しでも柔らかくするために、人事交流をしっかりとやっていくべきだと思う。採用4年目と20年目あたりで、他校種か他地域か異職業を経験することを義務付けてはどうだろうか。「○○市の小学校でもう30年やっています」といった狭い世界に棲む教師に、刺激を与える必要がある。7. 社会への広報活動発達障害や子育て不全の実態を 学校の外にいる人にとって、学校で何が起こっているかということは実に見えにくい。近年退職した校長が、「外に出てしまうと学校なんて別世界、気にかける気がなければ何の接点もない」と話されていた。本当に、中にいる者でなければこの危機は実感できないと思う。学校が振り回されている実態を、動画ででも見てほしい。学園ドラマではなく、しっかりとしたドキュメンタリーで「現代子育て事情」を見てほしいと思う。・・・・と、この酒鬼薔薇シリーズを書きながら頭の中を巡っていた改善案を挙げてみた。どれも、決定打とは言えないだろうが、3・4あたりは実現可能な案だと思う。実は今、ある学級の崩壊を目の当たりにしている。自信をなくして戸惑うばかりの若い担任も気の毒に思うが、子供たちが「損なわれていく」様子は本当につらい。いじめ・不登校・人間不信・溺愛・虐待・学力崩壊・差別意識・・・そういった要素の中から酒鬼薔薇的なもの、プチ酒鬼薔薇は浮上してくる。人を殺さないまでも、子供たちは人を(そして自分を)損ねることに鈍感になってしまっている。「だから、どうする?」当分、この重い問いを引きずっていかないといけないのだろうな・・・
Mar 15, 2009
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