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他所に記事を移しましたので、こちらの記事は削除させていただきました。免許更新制度に替えて何か新しい制度を考えているようですが、形だけのものにならない、実のある制度を創出してほしいと願っております。
Sep 14, 2009
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いくらたくさんの人とつながろうと、いつか個人は死んでしまい、死んでしまうと誰と口をきくこともできない。見ることもできなければ見られることもない。死後50年もすればよっぽどの有名人でなければ、誰も覚えていません。ひ孫でさえ、曾祖父母について覚えている事なんて少ないと思います。ひひ孫には完全に忘れられているでしょう。せっかくとった写真もビデオも、そんなものを取り出して見返す人はまずいない。昨今のお墓事情では、いつまでご先祖様のお墓参りをしてくれるかなど保証はどこにもない。厳然たる事実を考えていると、気がめいってきますね。40歳を過ぎて先の知れた平凡な人生を送るしかない私などは、黄昏れてしまいます(苦笑)。天文学的な数字を前にするまでもなく、百年先を考えただけでも何のために生きているのか、よくわからなくなってしまうことがあります。死に向き合った時が、生の本当の意味を考える機会となります。死を考えたとき、どうせ死ぬんだからと自分の今の事だけ考えて享楽的に生きるのが正しいと考える人もいるかもしれません。宗教に答えを教えてもらおうとする人もいるかもしれません。働くことで気を紛らわそうとする人もいるかもしれません。標準的な生き方を求めて「みんなと同じだから怖くない」と思おうとする人もいるかもしれません。とりあえず、子孫を残すことが大事だと悟る人もいるかもしれません。死や生に関する考え方は、人それぞれで、浅さ深さもずいぶん違うと思います。このブログを「死や生の意味」について延々と語る場にしようとは思いませんので、「答」はそれぞれが考えていただけばいいということにして・・・人それぞれだとしても、現代人がこの肝心な“生きていく上での大前提”=「なぜ生きているの?」「死とは何なの?」に対して、あまりにも考えることを避けてしまっているような気がしています。つまり、浅くなってしまっている。答えを見つけ出す以前の問題として、考えることを避けている、考える機会を失っているという状態だと思います。日本人は形式宗教あるいは無宗教の人が大多数を占めているようです。宗教にとって代わるような専制君主がいるわけでもありません。これだけ規模の大きな国でめいめいが好き好きにあまり生きる意味も考えずに生きているという状態は珍しいのではないでしょうか。おそらく国家単位で行われた超大規模社会実験と言っても過言ではない、歴史上類を見ない状態ではないかと思っています。まあ、日本人に「生きる意味大規模アンケート」をとったわけではないし、他国の宗教や統治システムに詳しいわけでもないですが、多分、かなり今の日本社会は特殊な状況ではないかと思っています。精神的支柱が、ない。外国人に信じる宗教がないことを話をすると、マジ顔で驚かれるという話はよくあります。少なくとも大抵の国には宗教的なバックボーンがあり、その上に生活基盤を置いている人が可成りを占めているようです。まあ、だからと言って安易に宗教に答えを教えてもらうことに頼ったり、独りよがりの安易な思想を構築すると、危険であるという気はします。オウムが、私たち1960年代生まれ世代を捉えたのは、精神的支柱のない心の空虚に「それらしい答え(=死とは?生とは?に対する答え)」を与えたからでしょう。ですから、宗教があればそれでいいとか、専制政治がモラルを押しつければいいとは思っていません。堅い宗教にも専制君主にも縛られない自由な生活は、確かに魅力的だし、私自信、縛られるのが大嫌いなのでこの自由を満喫してきたと思います。しかし、今までの社会を曲がりなりにも保持してきたそういう死生観のバックボーンを放り投げてしまっておいて、「さあ、皆さんの良心の赴くままご自由に考えて、生きていってください」というような感じに、今の社会はなんとなく、なってしまっているのではないでしょうか。そんな社会がうまくいくかというと、それはちょっと難しいのではないのかという気がしています。死や生と向き合い、精神的な支柱を形作っていくことは、個人にとっても社会にとっても大切な作業だと思います。精神的支柱を見失い、浮足立っている今の状況は、意図せぬ大規模社会実験の結果だと思っています。精神的な支柱が何にもなしの状態で本当に人間が生きていけるのかと言われれば、それはかなり難しいのでしょう。この社会実験の結果の一つが、家族志向現象----この「家族 つながり 絆」シリーズで最初に書いた「家族」を最後の支柱にせざるを得ないという状況----が起きているのではないかと思います。そして、それさえも脆く崩れつつあるように思います。酒井法子がTOYOTAの車の宣伝に家族のアイコンとして使われていながらも、実際の彼女の家族が崩壊していたという状況はまさに象徴的です。酒井法子宅を捜査したところ、足の踏み場もないぐらいに家の中は散らかっていたという報道もあります(家庭生活の秩序がないという意味では我が家も危ういです)。生きることの意味、わが子の大切さを考えれば、到底夫婦で覚せい剤などという考えは起こらないと思います・・・社会も家庭も、荒んでしまっています。
Sep 5, 2009
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私は政治の知識に乏しいし、このブログでは教育関係の重い記事(苦笑)に特化しているので、政治に関することはあまり書かないつもりですが、せっかく政権交代があったので、番外編で書いてみます。----------------------------------------民主党の大勝直後、TVに出演して語るのは執行部ではなく、藤井最高顧問と40代中心の若手議員でした。執行部は公式会見以外はあまり多くを語っていません。多分、いろいろと慎重に進めざるを得ないのでしょう。TVasahi系、選挙ステーション2部での田原総一郎司会による各党議員の討論会では、各党若手から実直な意見が出されていて、実にうれしい気持ちになりました。民主も、負けた自民も腹を決めてやろうよという姿勢が感じられて、応援したい気持です。今回の選挙では、大物古参議員の多くが落選の憂き目にあいました。それが、古くからどうにもならないままになっていたしがらみを解き放ったという意味を持っていることは、大きいと思います。 今回の選挙を裏から支えた小沢氏に関しては様々な意見があると思います。田中派の流れをくむ彼にしがらみがないのかというと、それは違うのでしょう。けれども、少なくとも政権の中枢にいながら自民党を飛び出した彼が細川政権の中心課題として取組んだのは、小選挙区制を確立し、二大政党による政権交代可能なしくみを作ることでした。彼の打った布石はあれから15年余を経て、再び非自民政権の樹立の礎となりました。西松事件の疑惑がありながら、首の皮一枚つながったという感じで小沢氏がしぶとく生き残ったのもさすがと言わざるを得ません。彼が自民党を飛び出た経緯は、元はと言えば金丸氏の佐川急便疑惑に伴う経世会後継者争い問題がからんでいます。細川政権が失速したのも細川氏の佐川急便疑惑が絡んでいます。清濁あわせ飲みながら、政治のダークな部分を熟知してきた小沢氏。ダークな面に嫌気がさしていたのだろうなと思います。彼がこのチャンスに本気の改革を後ろ支えしてくれることに期待したいです。小沢氏側近の藤井氏が語るビジョンと、各党若手が語る戦略には期待ができるのではないかという気がしました。1990年代前半の政変(そういえば、小泉元郵政大臣の離反が宮沢内閣を倒して、細川政権を作る引き金になっていたんだ!)からの複雑な系譜(安部父、渡辺父、小渕父らも当時のキーパーソンだったのです)をいま改めて眺め直すと、今回の選挙結果は実に感慨深い地点にたどり着いたのだろうなと思えます。 藤井氏が「官僚の中にもこれではいけないと思っている人はたくさんいるんです」と力強く語っていたのが印象的でした。難しい面はかなりあるのでしょう。新しい日本と言っても、元々資源に恵まれず、「人材」(=教育とモラル)のみが資源であった筈のこの国を建て直すことはそう簡単ではないでしょう。なんとか生き残ったメンバーで、老若が手を組んで、互いの利害を超え、協力できるところは協力し合いながら、苦境を打開していってほしいと思います。
Sep 1, 2009
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