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国立能楽堂の特別企画公演は「夢」にまつわる新作狂言「夢てふものは」と復曲能「実方」。昨日12日と連日公演。 狂言の方は昨日観て「あっ、もういいや」と思ったこともあり、勿論物理的な仕事が終わらないと職場を出られないという環境でもあり、今日は能「実方」だけを鑑賞。 東北で没した実方の塚を西行が訪れたという設定で、実方の霊(前場は老人)が登場し、美貌を誇った実方が舞いの途中で自身の老残に気付くというように展開する。霊として登場する後ジテは、かつての美しい貴公子として舞を舞い始めるが、やがて老いさらばえた自身に気付き、消えていく。 まず何が嬉しいって連日のチケットを取っておいたこと。昨日のははっきり言ってつまらなかったが、今日の「実方」はまったく別物であった。昨日ので「こんなものか」と思わずに済んだことが一番の収穫であった。 貴人もので落涙することの多い佐藤は、本日ラストの序ノ舞で号泣。昨日は、おシテさんのプクプクした手を見ながら「あぁ、あの斜め後ろの方の手と交換してくれたら……」などと思ってばかりいた(もちろん、そういう危惧を回避するために取った席位置。某氏鑑賞用席)。若き貴公子の霊が老醜の霊へと変化しなければならないのに、大儀そうに胸の辺りの装束が波打ったり、尉面とのバランスの悪い体格など、ぐったりすることしばし。 それに対して、今日のおシテさんは、後ジテ実方の霊で[中将]の面を使い、若い貴人の顔立ちに白髪をつけた姿で登場。1つの空間で若い貴公子(の霊)がたちどころに老いていくという変化をはっきりと提示した。わりと背のあるおシテさんなのだが、急に萎んでいくように変化していくのが巧み。 自分のように自己修正力のない者には昨日の舞台では何も想像できなかったが、今日の舞台は昨日と同じ作品とさえ思えないできだった。「実方」って面白いと思えたのが、今日の最大の収穫であった。 新作狂言のほうは50分という長丁場であったが、最初の15分ぶんは、通常の狂言の名告リであっという間に済ませることができる質のもの。登場人物が誰一人として常座で名告ルこともなく、狂言らしい展開がない。古典作品に題材を取った新作劇。ただし演じるのは現代劇の役者ではなく、狂言師の方々、という実にチグハグなものであった。新作狂言で時折あることで、古典作品に題を取ってお笑い要素を加えればそれでいいのか、という部分が目立つ。古典作品に題を採りながら、現代劇の役者が現代としての解釈で提示するというわけでもなく、すべてが中途半端。 なんといっても、最大の欠陥は大臣になった吉備真備が、商人(その昔、真備が仕えた人の零落した姿)に怒ったりして、徳の高いはずの真備が安っぽいキャラクタとして造型されている。夢違えで入手した幸運を最大限に活かして、本人の努力もあって大臣に上りつめたという設定と矛盾する短気な性格、あれはかなりまずいだろう。他にも矛盾と感じられる部分があった。 それはさておき、“実方”といえば、佐藤の指導学生で『実方集』に取り組んだ者がいた。自分自身が好きな歌人でもあり、その学生も非常に熱心に作品研究に取り組んだ。まだ勤務先に国文科のあった時代のことで、短大の卒業論文なのに「私家集大成」本文に加えて、「冷泉家時雨亭叢書」を自分で買い、本文の差異を調べる一方で、周辺人物を洗い出すという大作をものした学生だ。4年制大学に編入、そのまま修士へ進んだが、結婚・出産で研究から手を引いた学生であった。あぁ、こういう学生が自分のゼミには毎年いたなぁ……と思うと、わずか数年前のことながら懐古せずにはいられない。
2007.12.13
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火曜日は相模原で非常勤講師。夏頃には暑苦しいだけの昼休みの賛美歌(←罰当たり)も、この時期だとシミジミと聞き入ってしまう。 授業の方は、宗尊親王の和歌の解釈と茂山家の狂言鑑賞という、無茶なことをやってきた。授業はあと1回で、その次が試験なので、なんとか予定の範囲まで終わらせようと必死。 この地は母校であって母校でないキャンパス(厚木世代なもので)だが、こんな飾りがあった。この画像を撮り終えたところ、ちょうど大学時代の友人からテニスの誘いのメールが来たので、返事にこの写真も付けた。早速「あぁ、場所が違うのにノリがおんなじ~」という返信が来た。“そうそう、君がボディコン着てた頃だね”なんて、もう20年(ひゃあ~)も前の情景が目に浮かんできた。厚木も青山も、そして相模原も、場所は異なれども、こういう景色が共通認識として残っていくっていうのは、ちょっとスゴイことだと思った。
2007.12.11
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まことに不勉強で恥ずかしいのだが、毎日新聞11月17日の記事で、火山について研究している方の研究成果よって、長門本の成立が1235年をあまり下らない時期とする発表があったらしい。となるとそれに先行する原『平家物語』は当然それ以前ということになる。 ……というような問い合わせを受けた。某地方新聞社の文化部の方からであった。多分、私の研究室の隣人さんは席を外していたのだろう。見つけていたらそっちに回したのに。 『平家物語』としては長門本独自本文になる性空上人の霧島山噴火に関する記事(平安時代のエピソード)が、実際に霧島山の噴火を目にした者でなければ書けないリアルさだそうで、それに該当する噴火は1235年の出来事だという。 こういう他分野の研究成果が文芸の研究に活かされるのはとても興味深いし、これまでにも日本文学の研究領域はそうした成果の恩恵を受けている。ただし、『平家物語』、狭めて言えば長門本と称される伝本群の元締め的改作者が、長門本すべての独自本文について、完全に本人の創作とするのは無理というもので、たとえ霧島山の噴火が1235年と確定したとしても、長門本がそれに近い時期に成立したと結論づけるのは無茶というものだ。 この話題は後日改めてここで紹介したいと思うが、何がショックって「あのぉ、私の専門は日記文芸なのですが……」「えっ、そうなんですか?」という短い会話が(絶句)。
2007.12.10
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