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これは第1次安倍政権崩壊後に表された、グローバルな教養・情報・行動・歴史的視点を備えた藤原肇氏の論評です。アベの本質は現在も変わりません。 当ブログの「傀儡の調教(1/3)」&「同(2/3)」(2015.SEP.10 & 15)で、CFRトップの官邸訪問等、米トップの安倍調教の状況証拠(?)記録を参照されたい。藤原肇…………ふじわらはじめ1938年(昭和13年)、東京生まれ。グルノーブル(仏)大学理学部博士課程修了。構造地質学専攻、理学博士。多国籍石油会社で世界各地において仕事をした後、アメリカのカンザス州、テキサス州で石油開発会社を創設して経営。ペパーダイン大学総長顧問として、人材育成計画を担当したのを始め、世界を舞台にコンサルタントとして活躍。40代初期にビジネスから引退して、国際問題のコメンテーターとして幅広い視野で発言を続ける。現在はアメリカの資本主義崩壊を見届けたので、25年住んだアメリカを去り台湾に移り、「慧智研究センタこ」(RICW)の所長として、地球の環境問題と人材育成に取り組んでいる。主要著書に『石油危機と日本の運命』(サイマル出版会)、『日本不沈の条件』(時事通信社)、『日本脱藩のすすめ』(東京新聞出版局)、『アメリカから日本の本を読む』(文芸春秋)、『平成幕末のダイアグノシス』『オリンピアン幻想』『経世済民の新時代』『宇宙巡礼』(以上、東明社)、『間脳幻想』(東興書院)、『夜明け前の朝日』(鹿砦社)、『ジャパン・レボリューション』(共著・清流出版)、『藤原肇対談集―賢く生きる』(清流出版)、『賢者のネジ』(たまいらぼ出版)、『小泉純一郎と日本の病理』(光文社)他多数。「さらば暴政」(2009年8月刊)より引用安倍に取りついたネオコンという「モノモライ」 安倍のように爺さんの岸のすべてに惚れ込み、それを有難がるのは骨董趣味に過ぎないし、歴史感覚としてはアナクロニズムであり、この時代錯誤は保守主義と似ても似つかないものだ。その辺をわきまえて政治を考えない限り、アンブローズービアスが『悪魔の辞典』の中で冷笑して書いた、「現存する弊害を新たな弊害によって置き換えたいと願う自由主義者に対し、現存する弊害に魅せられている政治家」を通り越して、保守主義者は「葬られた過去の弊害や破綻を有難がる」ことになるし、価値の倒錯に酔うアナクロニズムで終わってしまうのである。時代錯誤に気づかない幼稚な安倍にとっては、アメリカで流行中のネオコンたちの思想が、軍国主義や愛国主義に彩られていたので、これは自分にピッタリの考えだと早合点して、自分もネオコンの一員だと思ったに違いない。だから、ウォルフォビッツに取り入ってその子分になることで、植民地の「東夷大将軍」の候補志願者として、ネオコンの砦のAEI(アメリカンーエンタープライズーインスティチュート)を訪れている。そして、そこで行った演説の時に安倍は胸を張り、「私を夕力派と言うなら、そう呼んでもいい」と宣言して、夕力派の一員として猛禽類の仲間入りを果たしたが、それが次の首相になるための布石になっていた。 そして、鳥インフルエンザの変種に感染したので、右目の周辺に「モノモライ」が出来たし、それに加えて慢性病のせいで目が歪み、左右の目の均衡が崩れてしまったのだが、その病理学的な検証は後の章で改めて行う。「モノモライ」は眼の縁に出来る腫れ物だが、柳田國男と折口信夫の民俗学によれば、物をもらって生き延びる人にとっては、物乞い行為の時に感染する疾患に属しているようである。 ウォルフォビッツはニューヨーク生まれのアシュケナジ(ユダヤ)で、農政で有名なコーネル大学で化学と数学を学んでおり、『アメリカの終焉』(みすず書房)の著者のアランーブルーム教授が、コーネル大からシカゴ大学に移ったのに伴い、『中東での淡水化について』というテーマを選び、シカゴ大学で政治学の学位を取っている。しかも、ネオコンの元祖レオーストラウス教授の薫陶を受けており、アランとレオの両巨頭の指南を受けたお陰で、イェール大学やジョンズーホプキンス大学で教壇に立つただけでなく、SAIS(国際問題研究所)を率いる生粋のネオコンに大成した。また、インドネシア大使として辣腕を発揮しているし、東アジア太平洋担当の国務次官補を歴任して、スハルトやマルコスの追い落としを実現しているが、彼は独裁者や渡り鳥の疫病には免疫力がある。 傑出した頭脳と輝かしい経歴を持つウォルフォビッツが、強烈なエリート意識を持つのは不思議ではないし、過度の思い上がりは脇慢というしかないが、選民意識によって武装した秀才帝国主義者に対し、温室育ちで軍国少年もどきの安倍晋三では、まともな形で相手がつとまるはずがない。だから、米国の国益の追求に使えると見込まれて、安倍は非力さを完璧に読まれたうえで手玉に取られたのだが、操り人形を首相にした国民こそが哀れである。安倍を首相に仕立てたジャパンーハンドラーの狙い 強がり屋で猪突猛進の安倍を首相にすれば、アメリカの国益に奉仕する操り人形として役に立つとウォルフォビッツは判断したに違いない。また、日本通として知られた国務省のアーミテージ国務副長官にとって、安倍は権勢欲と出世欲が人一倍強いので、甘やかされた世襲代議士の安倍の軽さを利用すれば、国際感覚が乏しいために扱いやすい相手だった。アーミテージぱ日本の政治を顎で動かす秘力の持主であり、強引なやり方を使って自民党政府を扱ってきたし、田中真紀子に嫌われドタキャンされた事件もあったが、海軍エリートの彼は心臓に毛が生えている猛者だった。 この二人の他にマイケルーグリーン大統領補佐官かおり、アーミテージの指令で安倍のプロモーションを担当して、日本の防衛問題に絶大な影響を及ぼした「アーミテージーレポート」の執筆では、中心的な役割を果たしたことで知られている。グリーンは東大で佐藤誠三郎教授に師事しており、日本の政治について研究した経歴が示すように、日本財団や中曽根の人脈と強い繋がりを持っているし、椎名素夫代議士の秘書だった体験も持つ。また、アメリカに戻ったグリーンはジョンズーホプキンス大学で、博士論文として通称「新ゼロ戦」計画と呼ばれた、「次期支援戦闘機(FSX)」の開発について扱って、その線で日本の安全保障の専門家に大成している。 椎名素夫代議上は原子力問題の専門家であり、シカゴのアルゴンヌ国立研究所で仕事をした関係で、英語力や外交能力において卓越した才覚を持ち、ワシントンの政界で尊敬されていた点では、日木の政治家として最高の存在だった。なにしろ、日本人に珍しい優れた国際感覚の持ち主であり、グリーンを秘書にして政治のイロハを仕込んだように、年末の外国留学生を集めたクリスマスーパーティで、私はよく彼と出会って人柄に感心したものだが、長期的にものを見る目と頭脳を持つ政治家だった。 だから、アーミテージも椎名代議上を敬服していたし、秘書になった若き口のグリーンも同様であり、椎名の人間性に感銘して防衛問題を学んだが、椎名と安倍ではアメリカ人の扱い方が段違いだった。当時の自民党には椎名素夫や宇都宮徳馬がいて、外国の要人たちがステーツマンとして尊敬したが、今の政治家は軽蔑されるのがオチであり、安倍内閣は困惑の視線の中で産声を上げたのである。日本の核武装をたきつけたネオコン 強烈な国家主義と北朝鮮への強硬姿勢だけが売り物で、主要大臣の経験もない政治的に未熟な安倍晋三が内閣を発足させた直後の十月九日のことだ。新首相が北京訪問を終え韓国のソウルに立ち寄った時に、北朝鮮が核実験をしたという情報が飛び交い、世界のメディアが大騒ぎして金正日が時の人になった。誰がこのプロットを仕掛けたかに関しては、9・11事件と同じで真相が分かるまでに、数十年の歳月が必要になっても不思議ではない。 それにタイミングを合わせたような素早さで、翌日の『ニューヨークータイムズ』の「オピニオン欄」に、デービッド・フラムの「相互確約の破断」と題した記事が出た。 「日本は核拡散防止条約(NPT)から脱退して、独自の核防衛を築くのを奨励せよ]とか「日本の核武装は中国と北朝鮮への懲罰になるうえに、イランの核武装を断念させる狙いに合致する」という主張は暴論だし、牽強付会で非理性的な内容と言っていい。日本の核装備でイランや北朝鮮を牽制するという、目先の利害だけの戦術レベルのプラムの論旨には、文明を見据えた戦略的な発想が欠けていた。 二〇〇二年一月ニ十九日の「ユニオン年頭教書」でブッシュは、「イラン、イラク、北朝鮮を悪の枢軸」と糾弾したが、この演説のスピーチニフイターはフラムだった。感情的な「悪の枢軸」のレッテル貼りは余りにも乱暴で、外交感覚に乏しく世界から冷笑されたが、こんな人物が大統領のスピーチライターだったのは、米国の政治の荒廃と行き詰まりを示していた。だが、フラムの現職がタカ派のシンクタンクである、AEIの所員であるだけでなく、そこにネオコンが結集している事実を知れば、「ジャパンーカード」を切った可能性が非常に強かった。ネオコンのお眼鏡にかなった安倍の売り込み演説 二OO四年五月一日の『毎月新聞』はワシントン発で、「安倍幹事長、幸運なお披露目に」という見出しで、「訪米中の安倍晋三自民党幹事長と冬柴鉄三公明党幹事長は30日、主な滞在日程を終えた。安倍氏にとって幹事長として初の外国訪問だったが、パウエル国務長官ラムズフェルド国防長官、ライス大統領補佐官(国家安全保障担肖)ら米政府の主要メンバーが会談に応じるなど、ブッシュ政権の厚遇ぶりが目立った。……米政権の期待に応えるように、安倍氏は保守系のシンクタンクで行った講演(29日)で『集団的自衛権を行使できないという日本政府の解釈は限界に来ている』と明言。『サダム・フセインが大量破壊兵器を持っていたと疑うのは極めて合理的だ』とも語った。……」と報じた。 この保守系のシンクタンクがAEIであり、そこで講演した安倍は「日米同盟の双務性を高めるため、集団的自衛権の行使を認める憲法改正が必要だ」と主張し、[私を夕力派と言うなら、そう呼んでもいい]と断言。この発言がチェイニー副人統領、ラムズフェルド国防長官、ウォルフォビッツ国防副長官という、ブッシュ政権の戦争屋三羽烏に強い印象を与えて、この時点で安倍は「使える男」と評価されたのだと、ワシントンの事情通の間では言われていた。 特にポールーウォルフォビッツは卓越した経歴を誇っていて、シカゴ大学でネオコンの元祖のレオーストラウスに薫陶を受け、サイエンスの厚門知識で核兵器問題にも精通している。そしてネオコンの正統のプリンスとして輝くだけでなく、イラク侵略の仕掛け大として君臨していたから、安倍にとっては願ってもないパトロンである。 その後に世界銀行の総裁になったように、ウォルフォビッツは選良中のエリートだから、人によってはシナルキズムの帝王だとも言うが、彼に注目されたことが安倍の運命を変えた。それで安倍は「日本のネオコン」の代表権を与えられて、小泉に続く日本列島の総督に推挙されたのであるし、中国が最も嫌う日本の核装備を目指して、改憲という仕事を請け負ったという理解に結びつく。情報後進国「日本」混迷と脇の甘さ 二〇〇六年九月二十日に安倍が自民党総裁に選ばれ、ニ十六日に組閣して安倍内閣が発足する前後にかけて、日本の電網界のブログが異常な興奮に支配されたが、誰が最初に発信した記事かは分からないにしても、以下のようなタメにする記事のコピーが氾濫した。 「2005年10月25日、26日、ブッシュの支持基盤であるネオコン派の政治家、知識人が集まるワシントンの政策研究所AEI(アメリカンーエンタープライズーインスティチュート)が主催して、日本の国会議事堂畏のホテルキャピトル東急で、『政策研究集会』が開かれた。テーマは『日本と中国を、どのようにして戦争に突入させるか、そのプラン作り』である。参加者はAEI所長クリストファーこアムス、次期総理・安倍晋三、鶴岡公二(外務省、総合外交政策局審議官・・・ブログ注;2015年TPP交渉担当官に、その後ご褒美で英大使に)、山口昇(防衛斤、防衛研究所副所長、陸将補)、民主党・前党首・前原誠司、その他自民、民主の複数の議員。テーマは『有事、戦争にどう対処するか』ではなく、『中国と日本をどのようにして戦争に持って行くか』である。以上は裏付けが取れた正確な情報である。以下は裏付けの取れていない未確認情報である。今後2年前後に、日本海側の都巾に、『米軍の』ミサイルを着弾させ死傷者を出させ、それが北朝鮮からのものである、とマスコミ報道を行い、一気に日本国内の世論を戦争賛成、治安維持体制に持って行く、また京都、大阪付近で新幹線の爆破テロを起こし世論を戒厳令体制、戦争賛成方向に誘導する。……(後略)」 これがいい加減な情報であるのは一目瞭然なのに、この記事が百以上のブログで取り上げられた理由は、「中国と日本を戦争させる」という記述のせいだ。国際電話で私に知らせてくれた人まで現れたが、こんな粗雑な記事が次々にコピーされて、攬乱情報に操られて慌てふためくというのは、デマに弱い日本の現状を見事に示していた。 というのは、AEIが「日米同盟の変遷」と題してゼミを行うことは、元ニューヨークータイムズ記者の上杉隆が「週刊東京脱力」というサイトで、前年の十月二十六日に出席名簿と共にレポートしていたし、AEI自体が五○〇頁ちかい議事録を出していたのに、電網界は「裏付けのある」という虚報に踊って大騒ぎしたのである。 ことによると、日本人の政治感覚のお粗末さを嘲笑する目的で、日本語のできる近所の国の誰かがいたずらして、安倍内閣の発足を記念して一杯食わせを狙ったのか、慌て者の日本人が早とちりしたのだろう。あるいは、核武装やミサイル防衛(MD)に熱中するよりも、情報感覚を研ぎ澄ましてソフトに習熟すれば、安全保障の力は格段に高まるから、それを考えろという大の啓示だったかもしれない。 実は、AEIのゼミの実態はミサイル防衛が主体で、見え透いた兵器の売り込み工作だっただけでなく、「ジャパン・カード」を切る予行演習にもなっていた。そんな刷り込み作業の集会だったのに、ネオコンのフランチャイズを貰った安倍だけでなく、野党の代表や国会議員が集団でゾロゾロと出席して、洗脳工作を受けた事実がより問題であった。幼稚な安倍内閣に失望したアメリカ アメリカの覇権の維持をすべてに優先させて、それに挑む相手を敵だと考える米国のネオコンは、敵を「予防攻撃」で撃破することで、永久征服による優位を保つ戦略を持っている。相于が手ごわい時にはソフトな形で運用して、ことを荒立てないで頭脳戦として試み、「イニシアチブ」という先制攻略を発動する。だが、それほど手ごわくない相手には、軍事力をストレートに使う「予防攻撃」を採用して、紛争の形で予防戦争として侵略を実行している。 先制攻略の使用は日本とソ連に対してであり、米国はイニシアチブを異なった名前で使い分け、日本人は「日米構造協議」という名前で、ロシア人は「スター・ウォーズ」の名の下に受け止め、その対応に力を使い果たしている。そして、日ソは共に金融と経済の基盤が崩壊したことによって、国家の制御中枢を狂わせてしまい、米国の覇権に対抗する立場を失ったのであり、その結果アメリカは単独支配を確立したが、それは『日本の病理(KZP)』の第四章に詳細な論証をしたので省く。 軍事的な超大国だったソ連の崩壊によって、米国は突出した超大国の地位を確保したが、その覇権に挑むのは中国の軍服膨張路線であり、ブッシュ政権は「敵対的ライバル」と位置づけ、中国に対してのイニシアチブを発動している。そこに使われているのが「日本カード」であり、一見「北朝鮮カード」のように見えるが、切り札に活用するのは「日本カード」に決まっているのに、その違いに気づいている日本人は少ない。 小泉政権の時代は[北朝鮮カード]が目立ったし、日本のメディアはそれに攬乱されたが、誕生した安倍内閣が余りにも無能だったので、ワシントンは期待はずれの安倍を見限り、そのせいで北朝鮮は「カード」から「手駒」へと役割が変わった。哀れなのは使い捨ての「カード」に成り果てた日本の運命で、こんな状態が続き日本は没落するだけだった。 なにしろ、安倍首相には眼識力や指導性が欠け、第一次安倍内閣の閣僚たちの質の貧弱さは、アメリカにとって期待はすれであり、まともなパートナーとして扱えない代物と判定していた。続出した閣僚の失言や暴言は三流政治の典型で、日本でも「お友達内閣」や「幼稚園内閣」と呼ばれて、そのお粗末さに国民はうんざりしていた。 しかも、郵政改革に反対投票して小泉に追放されていた、造反議員を迎え入れた節操のなさをはじめ、公聴会でやらせ質問を仕掛けたのが安倍だったので、この情報はワシントンの不信感を生んでいた。米国の変化に対応できない鈍感な安倍内閣は、慰安婦問題や戦争責任の否定などを繰り返すだけで、世界の世論から反発を集めていたのに、その深刻さに気づく能力も持ち合わせなかったのである。ミサイル防衛計画から核装備への重点の移動 小泉内閣にアメリカから与えられた任務は、日本の金融界を国際資本に開放することであり、中心は四〇〇兆円ちかい郵便貯金と簡易保険のカネで、それが郵政民営化という名のプロジェクトの狙いだった。同時に弾道ミサイル防衛計両(MD)があったが、陸上に配置するPACー3(パトリオット・ミサイル)は短距離用なので、イージス艦に射程一五〇〇キロのSM-3(スタンダード・ミサイル)を装備して、横須賀と新潟に配置する計画であるが、二〇〇四年から二〇〇九年までの会計年度で必要とする費用は、装備費だけで五兆円を超えていたのである。 しかも、撃墜の効果については疑問視されており、無駄な買い物に終わる可能性が高いうえに、米国の兵器産業を活性化するだけに過ぎず、防衛には役にをたないという専門家が多い。 それに加えて、このシステムにとって最も重要である、人工衛星によるGPS(地上位置測定システム)は米国が押さえていたから、自衛隊は命令に従い発射ボタンを押すだけであり、米軍が頭脳部を支配する装備の配置のために、費用を日本人が税金で負担する仕組みであった。 まともな常識と判断力を持つ人にとっては、北朝鮮のミサイル攻撃という特殊な有事に備えて、莫大な費用をかけてMDを配備しても、それが視野狭窄の強迫精神に由来する、実に愚劣な国防路線であるのは一目瞭然だ。なぜなら、中国は米国に届く大陸問弾道弾を装備していて、有人衛星を打ち上げる能力や核も持っており、北朝鮮のテポドンに苛立つのは幼稚だし、次の戦争がミサイル戦だと考えるのは、想像力の欠如に基づく発想にはかならないからだ。 昔から「将軍たちは過去の戦闘を参考にして、将来の戦争を準備する」と言うが、歴史から過去の教訓を学ぶことは貴重であり、大局を見据えて構想することが肝心である。しかも、技術的発達の著しい未来戦争の決め手は、在来の兵器ではなく、情報革命の成果を取り込む未来技術として、ウイルスを使う情報兵器の可能性が大きい。 だから、中国や北朝鮮の核兵器の保有を恐れる前に、日本海に洽って並んだ原子力発電所自体が、核兵器以上の破壊力を秘めていると気づき、愚かなエネルギー政策を遂行する路線を改め、国策の優先順位を作り直すことも肝要だ。ミサイルを使わなくても地震の破壊力によって、原子力発電所は原爆の何十発分の威力で、日本と国民に悲惨な被害を与えるのであり、幸運にも柏崎の地震は規模が小さかったが、危機管理の点では全くのお粗末さを露呈してしまった。 MDは小泉内閣時代に閣議決定したもので、費用対効果が疑問のシステムを買ってしまったが、安倍内閣の誕生とともに日本の核装備問題が、安倍首相のブレーンと米国のネオコンにより、賑やかに論じられてマスコミが取り上げた。そして、政治家が追従して核武装が話題になったが、その背景には「日本カード」が関係していた。日本の核武装は中国にとって悪夢だから、北京にとって脅威である日本の核を種にして、両国を軍事対決させて「漁夫の利」を得る、一石二鳥の高等戦術を演出したのである。 首相になった安倍は最初の首脳会談として、ワシントンではなく北京を訪問しているが、中国政府がそれを巧妙に外交宣伝に使ったので、安倍の表敬訪問において後回しにされたアメリカは、メンツを潰されたという気分を抱いていた。また、中国はあくまでも米国の[敵対的ライバル]だし、アメリカにとって日本政府は傀儡だから、日本が中国によって対米カードとして使われたので、ワシントンは腹立たしい気分に包まれていた。 国際政治には宮廷外交の感覚が残っていて、宮中での席次の順序が大きな意味を持つように、訪問序列が微妙な影響を与えるものだが、経験不足の安倍にはそれが分からなかった。幼稚園ではすべてが楽しいお遊戯であり、礼儀や儀典については誰も意識しないが、ウォルフォビッツに目をかけられたからと増長して、アメリカ人は開放的でお人好しだと油断すれば、驕りの気分には落とし穴が待ち構えている。それが所信表明演説後の突然の首相辞任になり、総司令官の敵前逃亡に等しいものとして、日本の憲政史に汚点として永遠に残ったのである。 以上。
October 29, 2016
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志ある方、以下の断片から自ら考え、想像し、調べてみてください。教科書では教えられない事柄に関心のある方に・・・・本当のところをしりたいという方に・・・繰り返しますが、平壌には英大使館が存在します。 尚、英駐日大使館の場所をご存知の方は日本に何人おられることか・・・それは皇居(半蔵門側)のお濠を隔てた直ぐ対面にある。明治政府が無償で英に提供したものであるといわれる。かなり広大な土地である・・・あたかも天皇家を監視しているかのような位置とも思われないでもない・・・明治政府は英に対して何か御恩でもあったのであろうか・・・。 もしも、日本政府が、中国に対してその大使館敷地を無償で提供していたとしたら、日本国民・メデイアはいつまでも黙っているのだろうか、などと考えてみるのも、無駄では無いように思われる、何か思わぬ裏の話が出てくるかも・・・ 以下は、1951年(昭和26年)の出来事です。 (1950年6月20日、米国務長官顧問ジョン・フォスター・ダレスが38度線を視察、その後李承晩大統領と会談、21日日本へ戻り、吉田首相に再軍備を要求・・・ 25日4時過ぎ、北朝鮮軍が38度線を越えて南侵開始・・・ソ連製T-34戦車150台を先頭に・・・ ) 1951年1月3日 国連軍、ソウル放棄・後退。→3.15 韓国軍、ソウル再奪還。 1月 ジョン・フォスター・ダレス大統領特使(ジョン・D・ロックフェラー3世が同行)、日本に、「再軍備」と「米軍駐留」を要求。→ その後、フイリピン・オーストラリアへ発つ…英・仏等対日講和の根回しへ。 ○ 日銀の一万田総裁がGHQの派遣で、秘密任務を帯びて渡米。・・・・・1951年4月11日、日本時間午後3時。突如、GHQ最高司令官マッカーサー元帥、トゥルーマン大統領の指令により解任を命ぜられる。http://cgi2.nhk.or.jp/postwar/news/movie.cgi?das_id=D0012300075_00000 5月3日 マッカーサー、米上院軍事外交委員会で証言、「日本が太平洋戦争に突入したのは、大部分は安全保障上の必要によるものだった」 7月10日 朝鮮軍事会談(休戦交渉)開始。 → 「朝鮮は祝福であった。この地か、或いは世界のどこかで、朝鮮がなければならなかったのだ」(米朝鮮前線司令官ヴァン・フリート将軍) 1951年9月4日 サンフランシスコ講和会議(8日、「講和条約」調印。ダレス全権大使、吉田茂主席全権・一万田尚澄日銀総裁・池田勇人他、白洲次郎 全権団顧問)。 日本は北海道以北の千島列島を放棄し、それがロシア領土となる事を受け入れる。 この千島列島に、択捉・国後・歯舞・色丹の北方領土が含まれているのか、どうかという問題がある。日本政府は、千島列島には歴史的にも択捉・国後・歯舞・色丹は含まれていない=ロシアは日本に北方領土を返還すべきである、という立場を取っている。 一方、ロシア政府は、「放棄された」千島列島に択捉・国後・歯舞・色丹が含まれていないという明文が存在しない等の理由によって、北方領土はロシアに領有権がある、としている。 → 9月8日、「サンフランシスコ講和条約」調印後の午後、 米陸軍第六司令部にて「日米安全保障条約」調印 → アチソン国務長官Vs吉田茂単独にて調印 →米軍の日本駐留が決定。 → 再軍備の密約。 → 米兵器産業から日本政府への武器売却継続・・・2016年 現在に至る・・・オスプレイ購入・・・米軍横田基地等から、CIA他米政府関係者は全く日本政府のチェックを経ず全く自由に入出国出来る取り決めがあるし、実際無制限にそれは行われている。(対米主権は全く存在しない日本国・・・属領地日本・・・)→ ここには日本国のアメリカに対する「主権」は全く無いのである。→ 「属国」ではなく「属領」「日本」・・・→ 哀しいかなこれが2016年の日本の真の姿・・・・ 当ブロガーは、7年前まで六本木7丁目のビルで仕事をしていたことがあるが、ベランダに出て喫煙をしているとき、西北(新宿?)の方から突然爆音が近づき、超低空の米軍用ヘリの不気味な機体が青山墓地の東端付近の米軍関係敷地に着陸して行くのをたびたび見かけたものである。横田基地から来たことは容易に察せられた。 当時、こんな思いで米軍ヘリ来飛をながめていたのは、東京あまたの人の中でも私くらいだったのではなかろうか・・・ 現在のミッドタウンは防衛庁があった場所であり、外苑東通りを隔てたほぼ正面には現在も、「稲川会」の本部が佇まっている。かっての石井会長、小泉元首相の御尊父の元防衛大臣は、上記の自衛隊の武器調達ルートにおいて、要のポイントにあらましたことを後に知り、この軍用ヘリの爆音をバックグラウンドmusicに思い浮かべながら、現実に流れる時間の重さを実感した思いがしたものである。 この軍用ヘリの着陸場所から(伊藤博文の私邸のあった場所の)米大使館までは、車で10分程の距離である。 米大使館の目の前には、ホテル大倉が。 この米大使館から、徒歩5分程度で首相官邸があり、おそらく初代首相伊藤は、官邸の極近くに私邸を建てたのであろうと思われます。 20世紀、アメリカは、極東の島国の政府を日常的に監視・controlするに最良の場所にその大使館を置いたのであろう・・・→ ダレスが対日講和条件を詰めるために、各連合国を飛び回っている頃に発せられた、 『在日本英大使館 発 英外務省 宛 極秘電報』が30年後の1981年に公開された。 『千島列島の戦略的価値:来るサンフランシスコ講和条約では、連合国は日本に千島列島を放棄させることとなる。その際には千島の範囲を出来るだけ曖昧にさせておくのが望ましい。そうすれば日本とソ連は島をめぐり喧嘩し続けることとなる。この状況は我々に望ましい』(英国公文書資料館) 10月19日 ソ連、原爆投下実験。(カザフスタンにて) 以上 以下補足記事です。赤字の部分に注意を。まさに1951年に駐日英大使が 英外務省へ送った極秘電報の意志が、65年後の現在も米英中枢によって貫かれていることを・・・。 「中日新聞」(東京新聞)2016年10月19日より 1956年に日本と当時のソ連が国交を回復した日ソ共同宣言の調印から、19日で60年を迎える。同宣言が先送りした北方領土問題の解決に向け、安倍晋三首相は12月に山口県長門市でロシアのプーチン大統領と会談する。日本側は経済協力をテコに前進を狙うが、課題は多い。 (大杉はるか)領土問題進展へ多難 日本は五一年のサンフランシスコ平和条約で千島列島の権利を放棄した。当時は、千島列島に国後・択捉両島が含まれるとの趣旨の外務省幹部の国会答弁もある。 だが、共同宣言締結交渉以降、政府は歯舞群島や色丹島を含む「四島は固有の領土」と主張してきた。 共同宣言では平和条約締結後に歯舞・色丹を日本に引き渡すことが明記されたが、国後・択捉は抜け落ちた。二〇一三年の安倍・プーチン会談で「双方受け入れ可能な解決策」に向け交渉を加速することで合意。安倍政権は十二月の首脳会談で前進を目指す。 しかし、交渉が進んでも日口の国境線を四島のどこに引くかや、主権をどう確定させるか、難しい判断を迫られる。 ロシア国内では、北方四島の交渉を巡る世論が盛り上かっていないとの指摘もある。 十七日に在日ロシア大使館で開かれた日ソ共同宣言六十周年の記念フォーラムで、口シア側研究者が、ロシア人の七割前後が歯舞・色丹の引き渡しに反対しているとの世論調査の数字を挙げて「妥協はあり得ないというのがロシアの世論だ」と指摘した。 パノフ元駐日ロシア大使は「過去の負の遺産の克服が求められている」と意欲を示したが、世論の冷え込みはロシア側の重荷になりかねない。 共同宣言締結時は、米国(ダレスの恫喝)が歯舞・色丹の二島返還での決着に強く反対し、自民党内でも日米関係を重視する議員が締結阻止に動いたとされる。 今回も「米国の関心は強い」(外務省幹部)ため、安倍首相は九月にバイテン副大統領に直接、日本側の考えを説明したという。米国の意向に配慮せざるを得ない事情は六十年前と変わっていない。 [北方領土交渉の主な動き]1945年終戦。ソ連が北方四島を占領 51年サンフランシスコ平和条約。干 島列島の権利放棄 56年日ソ共同宣言。平和条約締結後 にソ連は歯舞群島・色丹島を引 き渡すと規定 91年日ソ共同声明。領土問題の存在 を初めて文書で確認 93年東京宣言。四島の帰属問題を解 決し、平和条約の早期締結に向 けた交渉継続で合意2001年イルクーツク声明。日ソ共同宣言 が交渉プロセスの出発点と確認13年日口首脳会談。平和条約問題の 双方受け入れ可能な解決策を作 成する交渉加速化で合意16年日口首脳会談。北方領土問題解決 に向け「新しいアプローチ」共有 日ソ共同宣言:平和条約に代えて、戦争状態の終国了、外交関係の回復などを定め、1956年に署名。歯舞、色丹両島を平和条約の締結後、日本に引き渡すことで合意した。日本は4島全ての返還を要求。ロシアは 「正当に獲得した領土」などとして応じていない。 以上、引用おわり。 英米中枢の二枚舌外交に対抗しうる二枚腰外交を成し得る日本人は果たしてでてくるのであろうか・・・ フイリピンのデウテルテ大統領のような「国民の利益」を基準に行動するだけの信念を持った政治家が現れるには、国民から直接的に選ばれる大統領制というものがなければならないのかもしれない。さもなくば傀儡化の誘惑・圧力に抗するだけのバックボーンが成り立ちえないであろう。 彼は元検事であり、米がスペインからフイリピンを強奪し、米軍・米資本が傀儡を育成しつつ略奪・搾取をつづけてきた歴史を熟知した上での言動であることに留意しなければならない。 また、国民の1割(1千万人)が外国へ出稼ぎにいかざるを得ず、各国の厳しい現実状況を肌で知った国民が、本当に自分たちの利益を考えてくれる政治家を見分ける視点を身に付け、かつ選挙行動でしめすことが出来たからこそ、世界を支配する天使の仮面を被った悪魔たちにも対抗しうるかに見えるデウテルテを選出できたのかもしれないと思われます。
October 1, 2016
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