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我が家の横の農園で栽培していたジャンボにんにくを収穫しました。ニンニクの大きさは大きいもので10cm程。銀杏の様な子供が沢山付いていました。普通のニンニクにはこれがありませんが、これって食べられるのでしょうか?
2011.06.30
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通勤用にリュック状態で背負える3WAYバッグを通販で購入しました。3WAYとは「背負う」「提げる(さげる)」「肩に掛ける」の3方法。「提げる」は縦横の2方法が可能なため正確には4WAYか。事務所が引っ越し駅から徒歩で15分ほど歩かねばならなくなったことも購入理由の一つであるが、何よりも両手をフリーにしておきたい為である。そして2ヶ月前に妻が転倒し手首を骨折したことも大きな理由であるのだ。早速通勤に使用。電車内では提げるようにしているがその他は背負っての通勤なのである。自分が使ってみると、背負っている人が多いことに気がついたのであった。バックパッカーに変身した還暦オジサンなのである。
2011.06.29
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この日の早朝、裏口のドアを開けるとブンブンと羽音が聞こえてきました。多くのミツバチが、前日ハチミツを絞った巣枠を納めてある巣箱の周囲で飛び回っていました。よく見ると巣箱の入り口が開いており、多くのミツバチが巣箱の中に入っていきました。このままの状態では、収拾がつかずご近所の方に迷惑がかかる可能性が有るため面布をかぶり、巣箱を家の横の我が農園まで移動しました。何処かの蜜蜂(ひょとして我が蜜蜂?)が分蜂して我が巣箱に飛んできたのではないかと思い、養蜂の師匠に問い合わせのメールをしました。出勤前のため、内検を行う時間がないため、とりあえずこの状態で1日様子を見ることとしました。前日の採蜜の折り、巣箱の底に蜜がかなり落ちていた事、そしてそれをそのままにしておいたことを想い出したのです。換気用の網の上にも多くの蜜蜂が。そして巣門の廻りで飛び交う蜜蜂。師匠の返信メールは、分蜂でなければ夕方には自分の巣に戻るはずと。そして夕方、妻からのメールで、蜜蜂が殆どいなくなり静かになったと。そして巣門を閉めてくれたと。つまり我が蜜蜂が自分たちの蜂蜜を奪い返しに!!みんなでやって来ていたのでした。またまた養蜂について学んだのでした。そして翌朝、この巣箱を我が養蜂場まで戻したのでした。
2011.06.28
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先週の日曜日に今年初めてのハチミツ絞りを行いました。蜂友のEさんが早朝より来園。内検を行った後、自宅でハチミツ絞りを行いました。前日から妻が容器の熱湯殺菌洗浄を行ってくれていました。採蜜用のプラスチック製の遠心分離器。中国製の様です。全面、白い蜜蓋で覆われた巣枠。妻が熱湯で温度を上げた包丁で巣蓋を削いでいます。妻の匠の技です。巣枠によって蜜の色が違うのです。菜の花蜜、レンゲ蜜、クリムソンクローバー蜜・・・・・・遠心分離器の出口栓を開けると琥珀色の蜂蜜が流れ出てきました。粗い網と細かい網のの2段濾過を試みましたが、今年の蜂蜜は濃く粘性が高いため細かい網をなかなか通過してくれません。よって1段濾過のみとし、後に妻が気長に精密濾過をしてくれることとなりました。プラスチックのバケツにも一杯の蜂蜜です。周囲には特有の甘い香りが漂っていました。約25kg程の大収穫でした。そして妻は使用容器の片付け、そして私は絞り終わった巣箱の片付けを行ったのですが・・・
2011.06.27
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千葉に住む知人が『富里スイカ』を送ってくれました。知人の友人が富里にてスイカ栽培を行っているのです。富里は海に囲まれた千葉県の中でも内陸に位置し、昼と夜の温度差が大きいとされているのです。実はこのことによってスイカの糖度が上がり、つまり甘いスイカができるのです。勿論、この梅雨の時期に出荷するためにはビニールハウス栽培が必須。富里では富里スイカロードレース大会も行われているのです。「給スイカ所』にはこの名物スイカを置きランナーが「給スイカ」しているとのこと。勿論 入賞賞品にこの「富里スイカ」がプレゼントされるのでしょう。 段ボールを開けてみると大きなサイズが2個入っていました。かなり大きめのスイカ。スイカに貼られていた「富里スイカ」の商標ラベル。そして生産者の名前入り。我が家は妻と二人暮らし。流石に食べきれないので、近所に住む兄姉に半分ずつを届けました。真に食べ頃の見事に真っ赤なスイカ。我が趣味の農園でも、今年も「でんすけスイカ」、「マダーボール」等を栽培しています。未だに大きなものでも私の握り拳大。我が農園の西洋ミツバチ達が受粉を手伝ってくれました。この時期には鳥が突くことがあるのでビニールキャップで保護しています。栽培中のスイカの食べ頃を判断するのは非常に難しいのです。1)叩いて音がポンポンと鈍い音になったっら2)スイカがついた同じ部分の茎の反対側に絡みズルといったツルがあるのですが、 このツルが全て茶色に枯れこんだら3)お尻の部分が黄色く変色し凹になったら3)受粉後の積算温度が1000℃程度になったら4)受粉後40日程度になったらとありますが、素人にはなかなか難しいのです。よって我が農園からスイカを収穫して持ち帰る方には、自己の責任で持ち帰るスイカを選んで頂いているのです。 千葉のHさん、ありがとうございました。思いがけず、盛夏の1ヶ月以上前にシャキシャキ感のある甘いスイカを楽しませていただきます。
2011.06.26
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西洋ミツバチの内検(巣内の検査)用の燻煙器を通販で購入しました。養蜂を始めた時は我が養蜂の師匠から、この燻煙器をプレゼントしていただき現在まで使用していましたが、使えなくなってしまったのです。燻煙器は、円筒部に燃料を入れてふいごで風を送り煙をミツバチにかけるのです。ミツバチをおとなしくさせて、点検や合同、採蜜作業が容易に出来るようになるのです。何故ミツバチが煙でおとなしくなるのかはいろいろな説があるようです。その一つにミツバチにとって煙は山火事のサイン。ミツバチは自然の本能で「やっ!緊急時」とばかりに巣の中の幼虫や蜜の保護本能的に行動を移すと。養蜂家はミツバチに刺されないよう、満腹でおっとりした状態にしてから巣箱をあけるのことができると。更に煙が激しくなると自分自身の保護のために行動すると。その為、この間は外部の敵に対して攻撃行動はとらなくなるのだと。ふいごの部分に穴が開きふいごとして使えなくなってしまったのです。そして新たに購入したもの。ピカピカのステンレス製。銅製のものもあるのですがこちらの方が安かったのです。養蜂以外にには使い道のない道具なのでしょうか。正面からの写真。丸い穴から煙を吹き出させるのです。内部の写真。多孔板のステンレス簀の子が入っています。ふいごの裏側下部に穴があり、ステンレス部分の下部にはノズルが付いていますが直接繋がってはいないのです。これは空気の量を少なくして内部のものが燃えずにくすぶり、多くの煙が出るようにする為なのでしょう。この上に新聞紙等を丸めて火を付け入れ込むのです。そして蓋をした後、ふいごで簀の子の下部から風を入れ、煙を出すのです。巣枠に煙をかけてみました。やはり嫌いな為巣枠の裏側まで逃げまくるのです。新旧交代式です。
2011.06.25
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ミツバチ防護服を通販で購入しました。防護服はミツバチの世話をするときに使い、刺されないようにするためのもの。普通に市販されているものは「面布」と呼ばれている袋状の網で、ツバの広い帽子をかぶり、その上から被って使うのです。この面布では肩の辺りに隙間が出来るので、どうしてもミツバチが中へ入ってしまいます。刺される非常に痛く、顔面等を刺されると大きく腫れるのです。今回購入したものは、JR 『Train Shop』で見つけたもの。面布が上着と一体構造になったもの。アメリカ製で前面ジッパーで頭部と一体になっているのです。以前は面布の下部に隙間が出来、ここからミツバチが侵入し刺されることが何回かあったのです。手首や胴の部分はゴム構造のため、これでミツバチの侵入を防いでくれるのです。本来は草取り時など、アウトドアの作業の虫対策用に販売されているものです。頭部の前面ジッパー部。このジッパーを確実に閉めておけば、隙間がなくなりミツバチの侵入の心配がなくなるのです。頭に麦わら帽子等をかぶり、この防御服を着れば顔面との空間が確保され、防御服の上から顔や頭を刺されることは少なくなるのです。 先日試しに購入した自動給餌器も液漏れせずきちんと機能しているようです。狭い隙間から砂糖液がしみ出してくるしかけ。ミツバチが砂糖液を吸うと自然にしみ出して来るのです。ミツバチの他に蟻も匂いを嗅ぎつけた模様。早朝から既に飛び出し始めていました。サンゴジュに訪花しているのでしょうか。我が4群のミツバチです。近い内に採蜜の予定です。
2011.06.24
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養蜂場のある我が農園の前の林の中にある珊瑚樹が白い花をたわわにつけています。珊瑚樹は、この時期、白花を咲かせ、花の終わる秋に真っ赤な光沢のある美しい果実をたわわに実らせるスイカズラ科の常緑樹。赤い果実が珊瑚のように見えることからこの名がつけられました。梅雨のこの時期、ミツバチには厳しい季節ですが、この珊瑚樹の花には、蜜が豊富にあるらしく、この樹木に近づいてみると、多くの我が蜜蜂達が訪花しブンブンと音が聞こえてくるのです。羽音が激しく異様な雰囲気を感じるほどなのです。花を訪れる我が蜜蜂の写真です。サンゴジュの花粉は白いので、白い花粉団子を後ろ足で丸めている蜜蜂も確認できました。そして体の大きなキイロスズメバチも早くも訪花していたのでした。 そして隣の義兄の畑の栗の木も満開状態。長さ10~20cmの黄白色の花穂が、毛虫のように垂れ下がっています。散った花も地面に群がるゲジゲジのようで、あまり美しいとは言い難いものです。何にもましてあの『独特』の臭いがある花なのです。しかし栗蜜は、個性的な蜂蜜。蜜の色が黒く、濃厚な甘みと、ほろ苦い風味は独特のものがあり、その為に好き嫌いが分れるとのこと。この日は我が蜜蜂達を、この栗の花には見つけることが出来ませんでした。
2011.06.23
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先日、奈良に出張した折、宿泊したのは橿原神宮前駅の近くのホテル。そしてこの日も早朝散歩。駅前の時計は5:45。駅から橿原神宮入り口まで徒歩で10分程。入り口の大鳥居。この大鳥居は木製。荘厳かつ暖かみを感じられたのです。これも吉野の山から切り出したものなのでしょうか。人の姿がない早朝の静かな空間。ここ橿原神宮は、大和三山のひとつ、畝傍山の東南ふもとの広大な神域。祭神は媛蹈鞴五十鈴媛命(ひめたたらいすずひめのみこと)で、初代天皇とされる神武天皇が橿原宮に即位したという『日本書紀』の記事にもとづき、明治23年(1890)に創建されたと。しかし、神武天皇は実在の人物ではない、とする見解が今日の学会の主流。 高い木々の間を抜けていくと拝殿への門にでた。門をくぐると拝殿前も大きな広場が。神官が早朝のおつとめ。砂利に美しく線がひかれていた。歴史が重ねられた朝の寡黙な作業。「外拝殿」の前には、巨大な絵馬が。 絵は今年の干支のウサギを描いたもので、日本芸術院会員で日本画家の上村淳之さんの作品とのこと。 高さ4.5メートル、幅5.4メートルで畳14枚分の大きな絵馬には、2匹のウサギが落ち着いた色彩で描かれていました。正面に見えるのが「内拝殿」。もうここは普段は立ち入れない場所。掃き清められた玉石が神々しい印象を与えてくれました。内拝殿の向こう側には、「幣殿」の千木が僅かに見えました。お参りをした後、深田池へ。奈良時代に造られたとされる溜め池。日本書紀に推古天皇の代に掖上池(わきがみのいけ)、畝傍池(うねびのいけ)、和珥池(わにのいけ)を造った・・・と。 この畝傍池が深田池のこととも云われていると。池のほとりの花菖蒲が咲き始めていました。水面に浮かび静かに羽を休めている白鳥。近くによってもあまり逃げない人に慣れた?白鳥。水面には睡蓮の花が所々に。池の周囲を散策。大きな樹木の上では多くの渡り鳥?が鳴いていました。そして6:30になると、近隣の住民が池の周りに集まりラジオ体操。私も仲間に入れてもらいました。約1時間の早朝散歩。重要文化財に指定されてる橿原神宮と神池らしい雰囲気が漂っている深田池の朝の風景をたのしんだのでした。
2011.06.22
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我が家の庭の色とりどりの百合の花が次々に開花しています。ユリの語源は、風に吹かれて花がゆらゆらすることから「ユリ(揺り)」とする説が有力とのこと。漢字の「百合」は葉や鱗茎が多数重なり合うことから。ヨーロッパでは百合は格別に好まれ、日本の百合を外国に紹介したのは江戸末期に来たシーボルトとのこと。フランス、リヒテンシュタインの国花。それにしても 華やか。薔薇より 花が大きいだけに存在感があるのです。中には、特有のユリの香りが強いものもあります。子供の頃は、近くの山や畑の畦道の横にヤマユリが自生していましたが最近では見かけなくなってしまいました。そしてヤマユリは我が県の県花。
2011.06.21
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東京電力さんから我が家の6月の太陽光発電(京セラ、5.76kw)の 『電気ご使用量のお知らせ』が届きました。期間:5月19日~6月15日(28日間)電気使用量 昼 : 23KWH 朝晩 :130KWH 夜 :264KWH--------- 合計 :417KWH 金額 :6,549円先月5月は504KWH、7,263円でしたので節電も進み、電気量で更に20%の削減、料金で10%の削減となりました。そして『余剰購入電力量のお知らせ』です。購入電力量 :362KWH購入予定金額 :17,376円の結果となりました。6月は梅雨入りが早まり、これが売電量に影響しました。太陽光発電開始以来の余剰電力の売電金額実績です。併せて「節電へのご協力のお願い」が添付されていました。福島第一原子力発電所の事故および放射性物質の放出のお詫びと事故の一日も早い収束に向けて、全力を挙げて懸命に取り組んでいることが書かれていました。『ご家庭のお客さまへ』で具体的な節電方法について1)エアコンの設定温度は高め2)冷蔵庫の設定温度を「強」→「中」3)必要な照明器具以外は消灯4)電気製品は省エネモードで、長時間使用しない電気製品は プラグ、コンセントを抜く併せて、ゴーヤや朝顔などのつる植物で緑のカーテンの日陰つくりなど、本格的な夏に向けての準備について書かれていました。我が社も、事務所部門は8時始業のサマータイムもどき?の導入、工場は木、金の休みと土、日の出勤が検討されています。8時出社のために、始発利用しても間に合わない長距離通勤車もいるようです。まずはJR、私鉄、バス等が率先してサマータイムもどきに向けてのダイヤ変更をすべきではと考えています。そして保育園等の受け入れ態勢の日時の変更も求められているのです。
2011.06.20
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近鉄線の踏切を再び渡り大極殿へ向かう。デジカメを構えても誰一人として被写体に入ってこない早朝の空間。朱雀門の真北約800mに堂々とそびえる「大極殿」。正面約44m、側面約20m、地面より高さ約27m。直径70cmの朱色の柱44本、屋根瓦約9万7000枚を使った平城宮最大の宮殿。雨に濡れた玉砂利を踏みしめ、大極殿正面に近づく。正面中央には、「大極殿」を記した扁額が掲げられていた。大きさは高さ約2.5メートル?色彩は「紺丹緑紫」を基本としているようであった。こちらの文字は、朱雀門と異なり歴史を感じる字体。この字体と文字が気になり、帰宅後インターネットで調べて見ると、扁額の3文字は,712年に,長屋王が大般若経600巻を書写させた「和銅経」の中から選び,コピーしたものとのこと。「極」の字が現在のものとは違っているが,追加となっている部首である「よつてん(れんが、れっか)」は大極殿の礎石と安寧、堅固な平城宮への願いを現しているかの如く「歴史」を語ってくれていると感じたのであった。大極殿の屋根の「大棟中央飾り」。そして屋根の左右にはこちらも黄金に輝く鴟尾が設置されていた。大極殿の横側に回る。高欄の宝珠飾り 赤・黄・白・黒・青と色が美しい。 当時は、きっと本物の宝石と金が使われていたのであろう。 大極殿の柱と軒。やりかんなで削られた太い柱の表面と軒の組み物が美しい。この太い柱も吉野の山から切り出してきたのであろうか。再びこの地をゆっくり訪れ、大極殿内部や歴史館、資料館で奈良の歴史を学びたいと思いながら、遠く若草山を眺めながらホテルへと戻ったのであった。
2011.06.19
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大阪・伊丹空港からリムジンバスに乗り事故により大渋滞の中漸く難波駅へ。難波駅から近鉄特急に乗り大和西大寺へ。この日はこの大和西大寺駅近くのビジネスホテルに宿泊。到着は22時過ぎ。 翌朝はいつもの早朝散歩。5:30にホテルを出る。目指すは徒歩15分ほどの平城宮跡。この日は朝から生憎の小雨。フロントで150円のビニール傘を購入しスタート。 文武天皇が若くして亡くなったあと、その母が即位して元明天皇となり、710年(和銅3年)に藤原京から奈良のここ平城宮に都を移したのである。平城宮は唐の長安にならって作られた都で約10万人の人が住んでいたと。朱雀門より北側の区画は天皇の住まいとして儀式や政治行事が行われていた平城宮で、いわゆる御所。平城宮御所内に近鉄線が横断している不思議な空間。早朝の為乗客の少ない電車が通過していった。まずは1998年に復元されたこの朱雀門へ踏切を渡り向かう。雨の為か散歩する人が殆どいない平城宮独り占めのこの朝。朱雀とは鳳凰(ほうおう)の事。高さ22m、間口約25m、奥行き10mあり荘厳。この朱雀門から南に伸びる道が平城京のメインストリートの朱雀大路。幅74mあり大和郡山市にある羅城門跡まで約4kmまっすぐ伸びていたのである。現在はすぐ南の国道までしかないが、全体を公園として復元する計画があると。朱雀門の大屋根の先端に取り付けられた金色の風鐸。残念ながらこの朝は風が弱くカランコロンの古の音色は聞くことができなかった。朱に塗られた巨大な門。『青丹よし 奈良の都は 咲く花の 薫うがごとく いま盛りなり』の「青丹よし」は、奈良にかかる枕詞。そして、「丹」は通常、鮮やかな赤を意味する言葉。若々しく鮮やかな赤というこの朱の色が正しく『青丹よし』なのであろう。上部には朱雀門と書かれた扁額。残念ながらこの文字には歴史が感じられなかったのであるが・・・・・・。朱雀門の天井。それぞれの柱に上の屋根の重みが均等に伝わるように工夫された肘木(ひじき)や格子状の天井。朱雀門から遠く大極殿を望む。この門の前で、外国使節の送迎や天皇による新年のお祝いなどが催されていたのであろうか。高さ20mを超す壮大なスケールに色鮮やかな「朱雀門」の雄姿は、まさに内外への権威の誇示であったと事が想像できたのであった。しかし感慨に耽っていると近鉄特急が大極殿への視界を遮る不思議な空間。この線路の地下化への計画はないのであろうか。それともこの風景が車窓から見えることが近鉄さんのビジネスモデル!!朱雀門の横には復元された遣唐使船が屋外展示されていた。ここは平城京歴史館。もちろんこの時間には入館できない。全長約30m、マスト高約15m。当時の国際交流の象徴的存在である遣唐使船が原寸大に復原されていた。この船で粟田 真人、山上 憶良、阿倍仲麻呂、吉備真備・・が唐に向かったのである。何処かの校歌にもある『進取の精神』で渡航した先人たちの気概に触れることが出来たのであった。しかし奈良朝、平安朝の時代に遣唐使船は18回出港したが、無事任務を果たして帰って来たのはたったの8回とのこと。遣唐使は、894年に菅原道真の建議により中止されたと。907年には唐が滅亡し、遣唐使は再開されないままその歴史に幕を下ろしたのである。 この遣唐使の停止は、日本が鎖国に入ったことを意味し、以後日本独自の平仮名などの平安文化が発達することとなったと。そして次には再び近鉄線の踏切を渡り、大極殿に向かったのであった。あいかわらず糠雨が降り続いていたが。
2011.06.18
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この日は福岡大学の工学部の環境工学の権威の教授を訪ね、我が社の抱えている課題に対するご指導をいただいたのだ。そして空路、大阪伊丹空港へ。うとうとしながら眼下を眺めると、既に淡路島上空。明石海峡の狭さを実感。明石海峡は、瀬戸内海東端に位置する淡路島と兵庫県明石市の間にある海峡。しばらくすると我事業所のある関西国際空港が眼下に。一瞬、関西空港行きの飛行機に乗ってしまったのではと。大阪伊丹空港への飛行ルートが関西国際空港上空経由のルートであることが解ったのであった。関西国際空港連絡橋が眼下に、関西国際空港島を結ぶ、橋長3,750mの世界最長のトラス橋とのこと。そして、大阪府泉佐野市のりんくうタウン、しばらくすると大阪城公園が見えてきた。この直後着陸態勢に入り、撮影終了。
2011.06.17
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今週15日に、福岡出張の為、JR大船駅から羽田空港行きのリムジンバスに乗る。いつもは手前のJR駅から乗るのだが、この日は横浜駅ならバスを利用するつもりでJRで横浜に向かったいたが、人身事故により大船駅でSTOP。急遽、大船駅でバスに乗り換えたのであった。ギリギリで間に合い私が大船駅からの最後の乗客。たまたま最前列の座席が空いていたのでここを利用。バスは順調に進み、横浜ベイブリッジへ。横浜ベイブリッジは平成元年に開通した長さ860mの吊り橋。本牧埠頭と大黒埠頭とを結んでおり、上層部は首都高速湾岸線で、下層部は国道357号。車窓からの横浜みなとみらいの街並み。ベイブリッジをすぎると鶴見つばさ橋へ。首都高速湾岸線の大黒埠頭と扇島を結んでいる。横浜ベイブリッジと並び、横浜を代表する橋。逆Y形の主塔が美しい橋。そして羽田空港着。首都東京の空の玄関でもある羽田空港。空港第一ビルと第二ビルとの間にある真っ赤な羽田スカイアーチ。湾岸道路を挟むふたつのターミナルを結ぶ双子の連絡橋を吊るための役割を果たしている。昨年D滑走路オープンに併せて完成した新管制塔。海外出張や旅行で各国の空港の管制塔を見てきたが、この管制塔はかなり高いのである。そして従来の管制塔。今はどの様に使われているのであろうか?新管制塔のバックアップ用?そして空路、福岡空港へ。
2011.06.16
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我が菜園の『アイスプラント』が収穫期を迎えています。アイスプラントの名前の由来は表皮に塩を隔離するための細胞があるため、葉の表面が凍ったように見えることから。乾燥に耐えるとともに、耐塩性が高い塩生植物の一つであり、海水と同程度の塩化ナトリウム水溶液中でも水耕栽培が可能であると言う不思議な植物。日本では佐賀大学農学部が栽培化し、塩味のする新野菜として紹介したことをきっかけに、近年、全国各地でも栽培されはじめたとのこと。最初は土壌に含まれる塩化ナトリウムを吸収するアイスプラントの除塩機能を、有明海沿岸の塩害対策に役立てようと行われたことからアイスプラントの研究が始まったとのこと。我が家の近くのJA直産市場でも販売されていました。アイスプラントの葉の表面。葉をアップにすると、キラキラと氷が光っているように見えるのです。きらきらしたものは、プラッター細胞(塩嚢細胞)という、体内に侵入した塩類を隔離するための細胞。プラッター細胞の意味は「膀胱」。茹でたり炒めたり揚げたりと様々な料理にアレンジできますが、生でサラダで食べるとほんのり塩味やシャキシャキとした食感を楽しむことができるのです。このアイスプラントは「メタボ対策プラント」に期待されていると。現在問題になっているメタボリック症候群の診断基準になっている脂質異常と高血糖を防いでくれるとのこと。私が採らなければならない野菜なのです。今朝もこれから「愛する植物」アイスプラントを摘んで、朝食時にシャキシャキ、プチプチの食感を楽しみたいと思っている趣味の農園主なのです。
2011.06.15
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先日の日曜日の夕方に、会社の先輩であり海外旅友のSさん宅に『梅』をいただきに車で向かいました。Sさんのご自宅の裏庭にある梅の樹にたわわに実った梅の実なのです。梅の樹をみせていただくと、まだまだ多くの実が収穫を待っていました。「桜伐(き)る馬鹿、梅伐らぬ馬鹿」と言う諺がありますが、梅の樹は剪定に強く、むしろかなり切り詰めないと徒枝が伸びて樹形が雑然となって台無しになるばかりでなく、実の付き方も悪くなってしまうのです。Sさんが毎年この手入れを綿密にされているため、この様に大きな実が数多く実を付けてくれるのでしょう。大小併せて5kg程の梅の実をいただき、自宅に戻りました。早速、梅酒造りにとりかかりました。スーパーで梅酒用ホワイトリカーを2本購入。今回はオーソドックスな梅酒としました。ブランデー、ウイスキー、ジン、ラム酒、本格焼酎、泡盛などの無味無臭ではない蒸留酒でも同じように作る事が出来ますが、この場合は、使用する酒の種類によって当然ながら異なった味わいになるのですが。併せて氷砂糖1kgのものを2袋購入。一般的に氷砂糖を使う理由は、蜂蜜、黒糖、果糖より溶解が比較的ゆるやかなものの方が美味しい梅酒になると亡き母から聞いた記憶があるのです。そして梅酒用瓶を1本購入。瓶のなかには、丁寧に梅酒の作り方が書いたパンフレットが入っていました。梅は計量した後、蔕(へた)を取り水洗いしました。これをキッチンペーパーで丁寧にふき、表面の水気を除いた後、妻のアドバイスでホークを実の表面に数カ所突き刺しました。漬ける梅に前もってホークなどで穴を空けておくと、梅はふっくらしたままだが、穴を空けないと浸透圧の関係でシワシワになるからとは 妻の言葉。シワシワが本能的に嫌いなようです?。最初に梅を入れ、その上に氷砂糖、そしてこれを2段としました。今回は甘みの多い梅酒としました。これにホワイトリカーを注ぎ込みきっちり蓋を閉め完成。2本の梅酒を造りました。台所の床下の収納庫に保存しました。今後は、時々、ビンをゆすって、糖分がよく混ざるようにするのです。2~3ヶ月たてば、飲めるようになりますが、時間をおくとその分、コクがうまれ、円熟味が増して、よりおいしくなるのです。梅酒の魅力は、なんといっても、すっきりとした爽やかな飲み口にあるのです。非常に飲みやすく、アルコールが苦手な人でも、「梅酒だけは大丈夫」という声がよく聞かれます。アルコール度数は決して低くないのですが、すんなり飲めてしまうところが不思議な魅力ではないでしょうか。そしてもう一つの魅力は、なんといっても自分で作れるということでは。材料さえ揃えば、簡単に自分だけの手造りの梅酒が味わえるのです。何年も寝かせておくと、コクのある円熟した梅酒も自分で作ることができるのです。Sさん ありがとうございました。来年も忘れずによろしくお願いいたします。もし必要ならば、秋にはご自宅に伺い『バカ』のお手伝いをいたしましょうか。 残りの梅は妻が、梅干し、梅シロップ、蜂蜜漬けに挑戦するとのこと。こちらも大いに楽しみなのです。
2011.06.14
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週末の土曜日は、終日雨の為我が蜜蜂の内検が出来なかったため、我が家で巣礎枠作りを行いました。昨年スムシの被害に遭った巣礎枠の巣を除去し、沸騰したお湯で綺麗にあらいました。大量のお湯が必要でしたので、大きなアルミ鍋を持ち出しカセットコンロで熱湯を作りました。発砲スチロールの箱にこの熱湯を注ぎ込み、ここに掃除する巣枠を浸し、巣蝋を柔らかくし除去したのです。綺麗なった巣枠です。この巣枠を我が部屋に持ち込み、『巣礎』の貼り付けです。巣礎とは蜂の巣になる基礎の板。この板に蜜蜂が巣を作るのです。つまり人間の新居の基礎コンクリート部分なのです。蝋で出来た板なのです。6角形のハニカムが薄くプリントしてあり、蜂が巣を盛りやすいようになっているのです。薄黄色から黄色で良い匂いがしていました。勿論これは通販で20枚を購入しました。巣枠の中に巣礎を支える台板を挿入し、その上に巣礎を載せ込みました。『埋線器』は市販のハンダゴテを利用しました。埋線器は巣礎を支持する細い針金を巣礎に埋め込んで固定する為のもの。先端には小さなゼミクリップを挟み込み、コテの熱で蝋を溶かしながら、この先端を線に押しつけゆっくりと埋め込んでいくのです。ハンダコテでは溶かしすぎると穴が開いたりして不具合が生じるので、注意が必要なのです。蝋の溶け具合を見ながら、ゆっくりとハンダゴテを手前に引いていきました。蝋が溶け、線が埋もれていることが解ります。やや埋め込みが甘いのですが、市販のハンダゴテを利用した自家製の『埋線器』ではこれが限界。これ以上押し込むと蝋が溶け、巣に穴が開いてしまうのです。完成した巣礎枠。この枠の中に蜜蜂が巣を作りるのです。この枠の中に蜂の巣を作らせると、枠を引き出したり、蜜を取ったりの作業が楽になるのです。巣礎枠を組み立てて完成後に、巣箱に入れ、蜂が巣を盛って、空巣脾(あきすひ)となるのです。これを光にかざすと、見事なハニカム状の巣の不思議さが解るのです。巣は表面と裏面にそれぞれ作るのです。手前の六角形が表面、その真ん中に集まっている線が裏面のハニカムの壁。つまり表と裏では巣の位置が、ハニカムの大きさの半分ずれているのです。言葉では解りにくいので下図を参照願います。これにより巣の底に小さな窪みを作ることが出来るのです。この神秘なハニカム構造を前もってプリントしてあるのが市販の巣礎なのです。12枚ほど新たな巣礎枠が完成しました。この手作りの巣礎枠に蜜蜂達が新居を造り、群勢を強めていって欲しいのです。
2011.06.13
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土曜日は大雨のため,外仕事は何も出来ませんでしたが、今日は朝には薄日が差すほどに天気が回復したため、単独で内検を行いました。まずは人工分蜂に成功した4群。産卵が行われていることが蛹蓋で確認できました。元気な女王蜂が忙しく歩き回っていました。もう一つのこちらも人工分蜂群の3群も産卵が開始されていました。中央に白い幼虫が丸まって巣の中で成長しているのが確認できました。卵では無理ですが、この大きさに成長すると我が老眼でも判るのです。蜜もかなり溜まってきました。朝日に輝いていたのです。群勢の強い4段組の二つの群の内検にも挑戦しましたが、最上部の巣箱を一人で外し、下に降ろすのはかなりの力がいるのです。この重さは蜜がかなり溜まっている証拠なのです。単独内検を安全に行うためには、踏み台が必要と判断し最後の1群は内検を諦め、ホームセンターで踏み台を購入したのでした。
2011.06.12
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青森といえば夏の祭り『ねぶた』『ねぷた』。この祭りは、8月初旬頃に行われ、大勢の市民が「ヤーレ、ヤーレ、ヤーレヤ」「ラッセ、ラッセ」「ラッセラー」等の掛け声とともに、武者等を模った人型や武者絵の描かれた山車燈籠を引いて街を練り歩くのである。青森市の青森ねぶた、弘前市の弘前ねぷた、そしてこの日の訪問地、五所川原市の五所川原立佞武多などが有名。ホテルや食堂、青森空港などの場所にこのねぶた、ねぷたの武者絵の暖簾や凧等が飾られたり、土産物として売られていたので土産代わりに写真撮影の許可をもらいデジカメで撮影してきた。ホテルのロビーの壁に飾られていた五所川原立佞武多の写真。そして昼食のラーメン屋に飾られていた武者絵。空港の売店には各種の武者絵の暖簾が売られていた。カラーでない墨絵風のものも風情がある。我が五所川原事業所の所長によると、今年も8月4日から8月8日に開催されるとのこと。「青森のねぶた」と「弘前ねぷた」と並ぶ青森三大佞武多の一つで、高さが最大で20mを超える山車の壮大な運行が街中を練り歩くとのこと。 所長は現在単身赴任、よって宿泊場所は自分の住居を提供するので是非この間の来所を勧められたのであった。そして私の住む地元でも、今年も『湘南ねぷた』が開かれるのである。
2011.06.11
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青森・五所川原市のホテルに宿泊し、この日も早朝散歩。訪ねた場所はホテルから徒歩5分の『つがる克雪ドーム』。この津軽半島地域は、積雪寒冷地域に位置し、全国的にも有数の豪雪地域。冬期間の屋外での諸活動に大きな制約を受けるのです。また、本地域は人口の減少や若者の流出が続いている地域であり、定住・雇用の促進や地域産業の振興を図るための積極的な施策の展開が求められているのです。これらのことから、「つがる克雪ドーム」は年間を通じて利用可能なスポーツ・レクリエーション施設であり、また、産業立地環境整備の観点から多目的な機能を備えた克雪型・半島地域中核拠点施設であるとの 説明書。遠くには、未だ頂上付近に雪が残っている岩木山が。標高1,625m。円錐形の山容から津軽富士とも呼ばれているのです。津軽平野のどこからでも見ることができる独立峰で青森県の最高峰。我がデジカメの最大ズームで。山岳信仰の山であり、山頂には岩木山神社奥宮があるとのこと。山には津軽岩木スカイラインが通り、自動車で8合目まで行くことができると。つがる克雪ドームの正面。日光の透過性と軽量で雪が付着しにくく滑雪しやすいテフロン膜の採用で、昼間の自然光による明るさの確保と、屋根の重量の軽減を計っているのである。ドームの裏側からの見事な曲線美。厳酷の冬を耐えるだけでなく、暖かな春への期待感や四季を通じて、豊かな自然と融和できる施設づくりが、「つがる克雪ドーム」のコンセプトとのこと。楕円形を基本とした平面形態と優美な曲線は地吹雪や風対策を考慮した結果と。しかしながら、冬場の長期にわたる積雪の影響かかなりのサビが発生していた。天候の良い日には屋根を開放することで、すばらしい自然を享受しながら多くのスポーツができるとのこと。開閉用の車輪が通過するレール。設計会社のHPにはドーム屋根が開放された時の想像図が。『http://www.at-ph.co.jp/_ph/ph-3-keireki-frame.html』それにしても『克雪』とは私には新鮮な言葉。克雪(こくせつ)というのは「雪に克(か)つ」、つまり雪に負けないっていうこと。豪雪地帯の人々は、いろいろな工夫や努力をして、きびしい冬をのりこえていることが少しは理解できたのであった。
2011.06.10
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仕事で青森・五所川原まで行ってきました。前夜泊にて羽田空港から青森空港へ飛行機を利用しました。折しも羽田空港から見事な夕焼けを見ることが出来たのです。雲に太陽が隠れ周囲の空を真っ赤に染めていました。夕焼けの中を飛んできた飛行機。利用した飛行機の機体にも西日が。
2011.06.09
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我が家のタマネギが収穫の時期を迎えました、収獲は茎が倒伏した頃なのです。今年はニンニクと同様に球が大きく成長してくれました。昨冬の寒さが成長を促進させたのでしょうか。1個を引き抜いてみると10cm程度の大きなタマネギに成長していました。貯蔵性を良くするため、晴天の日に収穫作業を行う必要があります。わら、ビニールひもなどで結束し吊り貯蔵するのです。今週末の天気はどうなのでしょうか。早速このタマネギで「オニオンスープ」を作ってr見ました。ややピンボケの写真ですが・・・。甘みがあり我が料理としては満足しているのです。
2011.06.08
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この日はにんにく(大蒜)の収獲。漢字の『大蒜』の本来の読みは「おおひる」。『蒜』は「ニンニク」、「ネギ」、「ノビル」など、ユリ科の多年草で食用となるものの古名とのこと。古くは「蒜」は「葫」と書かれ、にんにくの意味として用いられたと。にんにくは、タマネギやラッキョウと同じユリ科の植物。秋に植えつけてしまえば、特に手入れも必要なく、雑草の除去程度で簡単に育てることができるのです。ただし春先から葉が茶色になるサビ病が発生する可能性があるため、殺菌剤の散布を行いました。昨冬は寒かった為か、比較的大きな球となってくれました。にんにくの産地は青森・田子等が有名ですが、昼夜の寒暖差が激しい土地で栽培されているのです。ほうれん草など葉物野菜と同様に、生物の細胞は0℃以下の低温にされされると、凍るまいとして自己防御反応で糖度を高めアミノ酸やアスパラギン酸が増加し更に身が引き締まり、甘味やまろやかさなどの奥深い味わいとなり熟成が進むとのこと。種にんにくは昨年収獲したものを保存しておき、皮をむき、一片一片に分けて植えつけたのです。白い皮のものが殆どでしたが、中に皮が紫のものも収獲出来ました。品種が違うものが混じっていたのでしょうか。収穫後は、タマネギと同様、葉先と根を切り取って、風通しのよいところに吊るしておくのが一般的ですが、この方法は水分がどんどん逃げてしまうので理想的な保存方法ではないとのこと。長期間保存するには、結球を傷つけないように、鱗茎をバラバラにし、ラップに包んで冷蔵庫などに保管すると良いと。こうしておけば、水分を逃がさずに保管できるとは隣の畑の農園主の話。スーパーでは中国産が安くて多量に出回っていますが、自ら栽培した純国産?のものが最高なのです。
2011.06.07
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先週末は熱帯低気圧による雨天のためにミツバチの内検が出来なかったため、2週間ぶりの内検となりました。早朝から蜂友のEさんが手伝いに来園してくれました。人工分蜂に挑戦した2群は両方とも交尾済みの女王蜂が確認でき、大成功。 巣を増築中の蜜蜂達。若い体型の細長い一群が頑張っていました。そして見事なハニカム形状。蜜も太陽の光に輝いていました。この蜜も蜜蜂達により更に濃縮され完成すると、白い蜜蓋で覆われるのです。既に巣枠全面が蜜蓋に覆われたものもありました。巣枠の下は除去したムダ巣。最初の2群は益々群勢を強めています。女王蜂が産卵を継続し巣枠全体が蛹蓋で覆われています。この巣枠からの新しい働き蜂の誕生も間近いのです。元気な女王蜂も確認できました。そして花粉を両脚に付けた働き蜂。何の花粉なのでしょうか。巣箱の上に溢れ出てくる蜜蜂達。最初の2群は4段積としました。分蜂の2群は1段。分蜂の2群も女王蜂が産卵を始める日が近いことを願っています。群勢を高めた場合、継箱が不足してしまうので通販で購入しなければならない贅沢な悩み。そして。そろそろ採蜜したほうが良さそうなのです。
2011.06.06
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豊橋駅の新幹線改札入り口手前にある『とよはし情報フプラザ』で土産に豊橋名物の『ヤマサ ちくわ』を購入してきた。ヤマサちくわは、創業180年余の歴史を持つ、練り物の老舗とのこと。一つは、豆ちくわと生姜豆の2種類が10個ずつ入っているもの。早速帰宅後、ビールのつまみで。素材も製法もこだわった一品。一口サイズで食べやすく、おつまみ用の味付け。楊枝や薬味代わりの「わさび漬け(ミニパック)」までついているのが嬉しい。茶色の焦げ目が光り輝いて、食欲をそそるのであった。わさび漬けをトッピングすると、更に格別。もう1種類にもTRY。こちらは『生姜豆』。生姜とねぎがほのかに香り、生姜の辛味が食欲をそそったのだ。子供の頃、祖母から、しょうがを食べると身体が温まり、かぜのひき始めに「しょうが湯」という言うものを飲まされたことを想い出す。ちくわ、かまぼこ、さつまあげ、はんぺん・・・等は総称して練り製品といい、日本独特の特産物なのであろう。いろいろ海外旅行をしているが町の魚市場でこのような練り製品が置かれているのを見た記憶がないのである。そしてもう一品購入したもの。焼きちくわ2本入りが3袋入っているようだ。古風な包み紙のデザイン。「創業 文政10年」と。文政10年は1827年。第11代将軍徳川家斉の時代からなのである。久しぶりの「生ちくわ」。生と言えば非熱処理?蒸気で蒸したり、火で焼いたりして必ず熱を加えるちくわがなぜ「生」なのか?調べて見ると【保存の際、冷凍される焼き竹輪は冷凍焼き竹輪と呼ばれ、冷凍しないものは生ちくわと呼ばれる】と。なるほど!!。 それにしても焼き目がシャキッと香ばしく、身はシコシコとした弾力を味わうことが出来たのであった。今日も勿論、農作業後のビールとつまみに。
2011.06.05
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飯田線の『長山』駅まで仕事で行ってきた。飯田線は愛知県豊橋市の豊橋駅と長野県上伊那郡辰野町の辰野駅を結ぶJR東海路線。天竜川の険しい渓谷を縫うように走る車窓風景や、いわゆる秘境駅の存在から、鉄道ファンや旅行者に人気のある路線。 帰路、新幹線の待ち時間に豊橋駅の中央通路を散策。豊橋しょうぶ祭りの案内展示。豊橋市のマスコット『トヨッキー(TOYOCKY)』が花菖蒲に囲まれていた。豊橋市の「豊」の字をモチーフに、ロボット風にアレンジしてデザインされているとのこと。『とよはし情報フプラザ』。豊橋を訪れる観光客に、東三河の総合インフォメーションとして、この地域の様々な情報を案内していた。待ち合わせや出発までの時間を有効に使えるスペースが嬉しい。東海キヨスクのマスコットキャラクターである「キヨ子」・「キヨ美」が出迎えてくれた。我が農園の『案山子』としてこの様なマネキンが欲しいのであった。ここ豊橋は『手筒花火発祥の地』。手筒花火(てづつはなび)は、最大1メートルほどの竹筒に火薬を詰め、それを人が抱えながら行う花火。手筒花火は、打ち上げ式ではなく吹き上げ式の花火で、その火柱は大きいものだと10数メートルにもなると。 愛知県豊橋市の吉田神社が手筒花火の発祥の地とされ、三河地方、静岡県の遠州地方で特に盛んであるとのこと。先程のTOYOCKYも手筒花火を抱えていたのだ。伝統工芸品『豊橋筆』。豊橋筆(とよはしふで)は、豊橋市近郊などで生産されている筆。主として書道用の筆で、産地名をつけ豊橋筆と呼んでいる。生産量では広島県の熊野町の熊野筆についで全国第2位とのこと。久しく筆で字を書いた記憶がない。字の下手な私であるが、『頭の回転の早さに手先が追いつかない為』が勝手な持論。巨大な筆も。穂は,ヤギ,ウマ,タヌキ,イタチ,シカ,ネコ,ムササビ,リス若しくはテンの毛等の獣毛とのこと。赤鬼と天狗面。豊橋の安久美神戸神明社(あくみかんべしんめいしゃ)で行われる鬼祭に使用される面とのこと。この天下の奇祭鬼祭は国指定の重要無形民俗文化財とのこと。しばしの豊橋観光?を楽しんだ後、キヨスクで土産を買い込み、こだまで小田原に向かったのであった。
2011.06.04
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私が利用する私鉄駅からの昨日の見事な夕焼けです。高速シャッターモードで撮影。赤が見事。遠く丹沢山塊が見える。赤く染まった雲がたなびいていた。通常Autoモードに切り替え。民家の屋根の向こうに富士山が見えた。まるで屋根の陰の如く。
2011.06.03
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我が家の5月の太陽光発電(京セラ、5.76kw)の 実績報告です。 発電量 : 628kw消費量 : 670kw自給率 93% と言う稼働実績となりました。5月は上旬と下旬に晴天の日が少なかったため伸び悩みの結果となりました。発電開始以来の月別発電量実績です。緑が本年2011年の実績です。今年は1月から月別の過去最高を更新中でしたが今年の5月は過去3年間で最低の結果となってしまいました。今年は梅雨入りが早かったことも原因の一つです。5月の最高発電量の5月15日の発電実績です。日間発電量は過去2番目の35kwh/日となりました。(最高は36kwh/日)発電(緑で表示)した電気の殆どを朝から連続して売電( 黄色で表示)していることが解ります。この日の売電量は77%の27kwh/日でした。我が家の太陽光発電は南東向きですので、午前中が勝負となります。5月29日の実績です。この日は台風2号から変わった低気圧と活発な前線の影響で、発電量は僅か3kwh/日という結果でした。売電量は1kwh/日。昨日のニュース記事に下記の如き夢のような太陽光発電構想。『月太陽発電 LUNA RING(ルナリング)』と呼ばれる構想は、遠隔操作のロボットを人員として使い、地球上で消費されるエネルギーの全てを月に設置したソーラーパネルで収集し供給するというもの。【http://rocketnews24.com/?p=99599】月を巨大なミラーボールにして太陽光発電月を巨大なミラーボールにして得た太陽エネルギーを地球で利用するという、まるでサイエンス・フィクション映画のような計画が、なんと日本の企業から発表されていた。日本の清水建設の研究者らによって実現に一歩近づいた『月太陽発電 LUNA RING(ルナリング)』と呼ばれる構想は、遠隔操作のロボットを人員として使い、地球上で消費されるエネルギーの全てを月に設置したソーラーパネルで収集し供給するというものである。ソーラーパネル帯は、月の赤道を1周する形で設置する計画で、幅は400キロメートル、長さは1万1000キロメートルにもなる。太陽エネルギーは、月でマイクロ波レーザー光に変換し伝送、そして地球上で受信されたエネルギーは電力に変換され送電網へと流れる。この壮大な計画が現実となれば、年間220テラワットものエネルギーが地球の受信施設に伝送されることとなる。この220テラワットという数字は、原子力発電所約1万3000基分に相当する。この計画の大きな利点は、24時間連続発電ができること、風力や波力、地球上での太陽光発電などと違って天候の影響を受けないこと、そして何よりもクリーンエネルギーだということだ。実現化には、まずはクレーターだらけの月の表面を平にすることから始めなければならない。しかし、地球から水素さえ持ち込めば、計画に必要となる水、酸素、さらにはコンクリート、セラミックといった材料も、月の資源を利用して作れるそうだ。この計画にはまた、資材を運ぶための鉄道システムの設置も含まれているらしい。実現するとなると、歴史上最大の公共インフラ設備となるが、スケジュールなどは発表されていないということだ。福島第一原子力発電所の事故以来、全世界からの注目が集まるエネルギー問題。今だからこそ、もっともっと先のことを考え、できるだけ地球にやさしい代替エネルギーを進んで採用すればいいのではないか。「いつまでもこの美しい地球と人類が共存していくために...」。清水建設のホームページで印象に残った文章だ。(記者:Kanako Otomo)参照元:清水建設、dailymail.co.uk(英文)実現はいつの日か?100年先?残念ならこの技術の恩恵を受けることは出来ないのだ。
2011.06.02
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新しい事務所へ移り、帰路に同僚と良い飲み屋がないか探しました。会社から歩いて数分の場所に小綺麗な店を発見。『秋田料理 いな穂』普段なかなか秋田の郷土料理にTRYする機会がないので、女将さんに説明してもらいながらつまみを頼んだ。何はともあれ、まずは聞いたことのない何か分からないものを頼む。『ほんな』。ほろ苦さとシャキシャキ感のあるおひたし。ほうれん草の『山菜』版。 『しどけ』。独特のくせがあり、この美味しさがわかる人は「山菜通」だと女将の説明。茎の中が空洞で葉の形がもみじに似ていることから、「もみじがさ」とも言うとのこと。女将が『ほんな』と『しどけ』の違いが分かるように名前を書いてくれました。独特の香りとほろ苦さから山菜であることを実感。そして『氷下魚(こまい)の一夜干し』。氷下魚は、タラ科の魚。通販のHPによると氷下魚の名前の由来は、アイヌ語で「小さな音の出る魚」の意味で、氷の張った低水温で産卵する為、漁獲方法も北海道では 氷の下に網を入れて行う事から「氷下魚」と漢字で書かれたようです。この日はビールと焼酎の水割りを楽しむ。隣の席では秋田の地酒を一升瓶で頼み、コップ酒を楽しむ年配のサラリーマン軍団が。次回は秋田の酒をTRYしたいのであった。
2011.06.01
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