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よりによって、引っ越しの当日の未明に、交通事故にあった。引っ越しの作業が遅れていたので、手伝ってくれた友達を、家に送ろうとして、バイクの後席に乗せて、走り出し、五分も経たないうちのことだった。事故現場は、新大宮バイパスの側道との交差点で、信号待ちをし、十秒か十五秒ほど、停止線の前に止まっていたら、突然、前に突き出された。軽くフットブレーキを踏んでいたため、バイクは、数メートル前に進んで、停止した。後ろの友人は、動かないし、声も出ない。追突した車の運転手が出てこないので、私は、少し、ハンドルを右に切って、道路を塞ぐようにバイクを止め、追突した四輪駆動車の運転手に車を降りるように、指示をした。追突した車の運転手より先に、その後ろの車の運転手が降りてきて「怪我はなかったですか」と声をかけてくれた。後ろの友人は、ゆっくりとバイクを降り、歩道の安全な場所で、無言で、うずくまっている。状態がかからないので、110番通報をする。自分も動揺していたのか、現場住所の説明に困っていると、目撃者の方が、電話を替わってくれて、現場住所を説明してくれた。本当に親切な方だ。そして、警視庁は、救急隊に連絡を入れてくれるという。電話をして、5分ほどで、パトカーが到着し、追って、救急車が到着。友達を、担架に乗せ救急車へ搬送し、病院が決まったので、救急車が発車した。私は、友人のことが心配だったので、同乗して行きたかったが、近くの病院だったため、現地での調査に立ち会い、病院に行く事にした。ここで、事故係の警官から、追突した車の運転手から、アルコールが検出された事を告げられた。なんと、飲酒運転での事故だったのだ。私は、必要な事を事故係に告げ、警官にお礼を言い、病院に向かう。深夜の病院に行くと、待合室には、人気はほとんどなく、救急隊員がカウンターで書類を書いている。10分ほど待っていると、友達が、車いすに載せられて、レントゲン室から出てきて、そのまま、診察室に移された。2.3分して、ちょっと寝ぼけ眼の年老いた医者が診察室へ入った。診察が始まったようだ。誰もいない静かな待合室には、診察室の声がけっこう聞こえる。「骨にほとんど異常がない」という声が聞こえた。予断は許さないが、もしかして最小限の怪我で済んでいる可能性も。それにしても、奇跡的に最悪の事態は避けられた事故だった。あと、数メートル前に進んでいたら、横から来た車に轢かれるし、転倒していたら、道路で頭を強打したり、手足がバイクの下敷きになる事もあっただろう。ただ、問題がいろいろ残っている。友達をタクシーに乗せ、見送り、救急隊員に対してお礼をして、深夜の高島平警察へ行く。2階にある事故係へ行くと、すでに、追突した車の運転手の事情聴取が始まっていた。警官は、厳しい口調で、住所などを聞いている。しかし、運転手は、ショックなのか、酔っているのかわからないが、はっきり住所を言えない。どうも、おぼつかない感じだ。しかも、公職の身であることもわかった。飲酒運転での事故は、失職を招く事になりかねない。その一方、こちらの事情聴取は、わきあいあいとした雰囲気で進む。書類の手続きで時間がかかっている時は、なんか和ませようと、担当の警官と女性警官が、漫才師ばりのボケ・ツッコミをしたり、自分が作った短歌を見せてくれたりした。ただ、帰り際に、相手がアルコールを飲んでいたために、相手の保険が使えない可能性がある事を告げらた。完全にもらい事故なのに、保証がないというのだ。しかも、相手は、公務員なので、事故をきっかけに、失職する事になると、賠償金なりを請求しても、支払い能力が無くなる可能性を持っている。つまり、被害者は救済されない可能性を持っているというのだ。しかも、弁護士としては、おいしい仕事ではないので、動いてくれない可能性がある。もらい事故だというのに、法律と、保険契約の落とし穴に、はまったという感じだ。そして、夜明け前に、家に帰り、そのまま、引っ越しの最後のツメに入った。
2004.04.30
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4月末が、今借りている住み処の契約更新なので、この機会に、引っ越すことにした。引っ越し先は、交通便のいいことろということで、新宿区の四谷と新宿の間のあたりだ。ところで、この新しい住み処だが、鍵を交換したのはいいが、その鍵を複製するのが、大変だった。一軒目の鍵屋では、最初は、固いから・・・・と言われたにもかかわらず、2つある鍵のうち、一つしか回らず、しかも途中までしか回らなかった。そして、クレームをつけて、削り直してもらっても、惨敗。ということで、一軒目の鍵屋さんは、キャンセル。二軒目の鍵屋は、鍵を見るなり「いま、うちの機械が調子悪くて・・・」なんて言って、断られてしまった。引っ越しの日も迫っているので、三軒目の鍵屋をあたった。しかも、夜9時をすぎている。そこで、夜10時まであいている鍵屋さんということで、かすかに記憶のあった、赤羽駅前のイトーヨーカドーに、バイクを走らせた。早速鍵を作ってもらい、鍵を見ると。出来上がった鍵が、もとの鍵と、なんとなく、形状が違うんです。不振に思って、一度店に戻って、形が違うのでは、と聞いてみた。すると「この鍵は、通常の鍵と違って、特殊な溝を基準にして作っているので、こうなるんです。もし、鍵穴に入らなかったら、持ってきて下さい。」と言われた。実は、既に、開かなかったりしたという話をすると。「この鍵は、特殊で、加工が難しいし、店によっては、嫌がるんですよね」という事を教えてくれた。まあ、鍵の形は、微妙に違うけど、試してみるかと思い、新居にバイクを走らせ、鍵穴に差し込むと、あら不思議。刺さるんですよね。そして、最初は固かったけど、ちゃんと回って、ロックが外れ、そして、鍵もかけられた。いやあ、鍵って奥が深いね。これで、安心して、引っ越しが出来る。
2004.04.29
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30日に引っ越しなのだが、その前に、隣に住んでいた学生さんが引っ越していった。いま、その部屋を大幅にリフォームしている。築25年の古い建物なのだが、畳の部屋が2部屋ある2DKだったのが、床の下から完全に作り直し、フローリング、クローゼット付のまるで新築の部屋に変わるのだ。そして、天井、床下には、きっちりとした、断熱材が使用され、冬場の暖房効率もよくなりそうだ。もちろん、ケーブルテレビも入っている。4年前、ここに引っ越してきたとき、お風呂がちゃんと、追い炊き付きになっていたり、快適なリフォームをして提供してくれる、大家さんだと思っていたが、今回は、さらに進化しているという感じだ。ちなみに、工事をしている棟梁に、私のいる部屋がどうなるかを聞いてみると、どうも、隣と同様な洋間になるだけでなく、電動式のベッドが付くという。外見は、普通の古いアパートなのに、おそるべしだ。東京23区内といっても、池袋から電車で15分で、近くに大学があるとなると、いい生活に慣れた学生には、このぐらいの設備でないと住んでくれないとのこと。商売とはいえ、ここの、大家さんがんばってるよね。そして、古い家を、リフォームして、住みやすくする。これも、今の時代に合っているよね。港区、渋谷区、世田谷区、目黒区という、土地に対する妙なブランド志向がないのなら、電車もそんなに混まない、東武東上線沿線も、なかなか捨てたものじゃない。新しく、住む人が早く決まればいいよね。
2004.04.28
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イラクの人質を巡る「自己責任」議論は、いくぶんかは、沈静化しましたが、福田さんの嫌みなコメントも、未だに出るなど、まだまだ覚めやらない感じです。さて、この「自己責任」論議なのだが、自己責任と言い放つなら、いつまでも、自己責任と言い続ける必要はないと思う。拉致された、本人たちが、一番自己責任を感じているはずなのだから、必要最低限のことをして、彼らに任せて、あとは、放っておくというか、見守ればいい。誹謗中傷の、いたずら、嫌がらせをするのは、言語道断だが。あまり、口出しすると、そのうち、口出しした人にも、責任の一端は発生してくるのだ。だけど、いざ、責任が発生した時、自己責任という理由で、逃げるという人が多い。残念な話だ。それにしても、嫌がらせをする人にしろ、いろいろ口出しする人にしろ、見守る事の出来ない人、見守るべき所がわからない人が多い。過去に「孤独力」について、いろいろ書きましたが。※参考ページ http://plaza.rakuten.co.jp/ideaeast/5002おそらく、孤独力が、かけているのかもしれない。世話焼きおばさんの行動に、腹が立った覚えがあると思う。自分の意志で行動することにより自分の存在を表現する事から考えると、おせっかいな行動は、その人の行動や人格を否定していたり、自分を発揮するチャンスを奪っているからこそ、腹が立つという感情に表れるのである。また、子供のことを何でもしてあげる親の元で、子供が自立しない。必要以上に、口出しするとか、さらに歪んだ方法として、嫌がらせをするのは、相手を人としてきっちりと扱っていないということである。また、口出ししている人たちには、別の理由があるように思う。たとえば、自己正当化である。たとえば、いろんなメディアの「だからいわんこっちゃない」的な論調は、もしかすると、出版やメディアの不況により十分な記事の書けない日本のメディアの状況があるのかもしれない。これは、きっちり調べてみる必要があるが、叩いているマスコミって、もしかすると、イラクに、記者を派遣していない可能性が高いように思う。今は、出版不況なので、Webページの転載、安易なニュースリリースの転載での記事構成、ネットでのアンケート、電話取材で終わらせて、コンテンツにお金をかけない傾向がある。合理的な取材はそれはそれでいいのだが。そういうやり方に、慣れてしまって、イラクなど、リスクとお金のかかる所へ、取材をかけらるのは、財政を圧迫しかねない取材は、縮小しているように感じている。世界中にジャーナリストを送り込んでいる所であ、イギリスのロイターなんだけど、あそこのジャーナリストって、よく事件に巻き込まれたり、死んだりしてるのよね。それだけのリスクを持って仕事をしている。それだけに、いいニュースが、入ってくる。しかし、今の日本の多くのメディアは、そこまで、リスクを負えない。今のマスコミは、情報を取りやすい所から取り、それを流すというのが、一般的になっている。それが、画一的な記事に繋がっている原因の一つである。だからこそ、情報を集めるのにリスクのあるところに、正規にジャーナリストを送り込まなかった事を正当化するために、捕まったジャーナリストを叩いたのではないかと思う。つまり、言い訳が欲しかったのだ。また、政府としても、情報の統制をする事を考えると、ジャーナリストにうろうろしてもらいたくないから、その人の性格もあるんだろうけど、福田さんがずっと自己責任と、ブツブツ言い放って、ジャーナリストや、ボランティアなどに、現地に行かないように言っている。都合が悪いのだ。つまり、本当の理由は別にあるにもかかわらず、自己責任と言っている。だからこそ、いつまでも、自己責任、自己責任と言っているのだ。しかも、今回は、一部のマスコミと政府の利益が一致したために、同調し、妙に盛り上がったように感じている。自己責任というものを理解している人こそ、自己責任についてのコメントは、最小限に止めているように思う。いつまでも、自己責任論を言い続けるおせっかいな人たちは、自己責任を理解していないのか、それとも、別の理由があって、その目的を達成するために、自己責任と言い続けているように思う。いずれにしろ、自己責任、自己責任と、言い続けている所に関しては、注意深く見てみる必要があるように思う。
2004.04.25
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この3月末で、学校の教師を辞めた、大学の後輩が、東京に遊びに来た。四ツ谷駅で、待ち合わせていると、国立競技場で、女子サッカーが、アテネオリンピックの出場を決めたのか、女子高生が、制服のまま、JFAと書かれた、大きな青い紙を、前かごに入れた自転車に乗り、信号待ちをしている。「アテネに、試合見に行きたいね」なんて話している。そんなこんなして、駅に着いて、しばらくしたら、後輩が改札口から出てきた。ホテルにチェックインをし、そのまま、飲み屋に行き、しばらく会っていなかったこともあり、四方山話に花が咲いた。そして、深夜遅くに、後輩が、教師を辞めたいきさつを話し出した。学校という狭い社会の中で、理不尽な事を体験し、後輩は辞意を固めたのだが、その、手続きの過程が、あまりにもお粗末だった。どこの自治体も殆ど同じだろうが、1月から2月にかけて、来年度は、転校するか、そのままいるのか、休職するのか、退職するのかという希望を聞く。普通は、即答か、翌日に、書類を提出して終わりだったのだが、辞意を固めつつあった後輩は、返事を一週間待ってもらってから、自分を確認し、所定の書式に基づいて、夜を徹して文章を考え、辞表を書いた。そして、いざ辞表を提出しようとした時、提出先の校長が、出張がちで、なかなか直接手渡しできなかったために、校長の机にその書類を置くことで提出した。翌日、上司である管理職に呼び出され「○○、昨日出した書類は無効だよ」と言われた。なぜだと後輩が、聞いたら「書類が無効だから、捨てたよ」と、言い出した。これには、さすがの後輩も切れて「いろいろ考えた上で、夜を徹して、書いた書類を、なぜ捨てたのか」と聞くと。上司に「冗談だよ」と返された。この対応には、あきれかえってしまったそうだ。それから、一週間、毎日、ことあるごとに、呼び出しで、上司や校長から、辞職を取り下げるようにと、説得工作が続いたそいう。(これって一種の洗脳手法だよね)そして、家に帰ると、後輩の両親から、上司から「辞職を取り下げるように親から言ってくれ」という、電話がかかってきたという、連絡があった。両親は、大の大人である、自分の子供が考えた事なので、自分の子供の事を考えると、辞職を止めるよう説得することは出来ないと突っぱねた。それにしても、上司の行動は、あまりにも、大人げなすぎる。というよりも、部下に対して未成年と同じ扱いをし、一大人にに対し大人の対応が出来ていない。それにしても、後輩の上司は、教師としては、ベテランである。しかし、ずっと、子供とその親と付き合ってきたために、大人同士のつきあい方、大人に対しての説得の仕方が出来ない、大人になってしまったのだろう。三月の末日、後輩は、校長の下に、退職の辞令を取りに行った。校長は、辞令を渡すと、わんわんと泣き出したという。後輩は、なぜ、校長が泣くのかわからなかった。後輩からすると、泣く理由が見あたらないのだ。そんな、校長を後にして、後輩は、部屋を出た。私には、校長や上司が、慰留工作をしたのかは、後輩が辞職する事で、自分の管理職としての評価が下がることを恐れたためだと思う。結局、保身でしかないように思えた。その、慰留工作の手法は、生徒を説得させる方法を、大の大人に使っただけでなく、生徒に対しても、目的を達成するには、人として扱わない手法を用いている。そして、最後の校長の涙は、自分が管理職として、慰留に努めた事が報われなかった事で泣いたわけであり、後輩との別れでは決してないと思う。大学まで学校を卒業し、そのまま、学校に就職し、学校という世界で、そのまま永年勤めている間に、大人の扱いの出来ない大人、人を人と扱えない大人が出来上がってしまっているのかな。なんて、感じながら、後輩の話を聞いていました。
2004.04.24
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今日は、多くの新入社員が初任給という事もあるのか、銀座や新宿三丁目あたりで、飲み会が終わった後のような、集団をたくさん見た。まあ、酔っぱらっている事もあるけど、信号の近くの人通りの多い歩道であろうと、平気でたむろっていて、動こうとしないし、歩行者の邪魔になっている事も感じていない。会社や接待では、ちゃんと働いているんだろうと思うのだけど、誰も、自分から動こうとしないのだ。帰るなら帰る、二次会に行くなら行くとか、そういう雰囲気はない。どうしてなんだろう。幹事という人が機能していないのだろうか。私が学生だった頃のコンパは、一次会の幹事と、二次会の幹事が別にいて、一次会が終わって、多少はダラダラはしているものの、すぐに、移動し、二次会をするなりしていた。ただし、二次会の幹事をやる人は、一次会も幹事をやらしたら、なぜかダメダメだったりする事が多い。だから、二次会専用の幹事なのだ。二次会専用の幹事は、残ったメンバーの雰囲気や人数を見て、店を即座に選び、交渉することもある。いろんな店を知っているという事もあるが、場を読む力、行動力、交渉力、人を引っ張る力・・・・かなりのスキルが必要である。そして、こういう人材は、少なくなっているのかも。だから、路上で、なんとなく、たむろをしている、会社員集団がいるのかもしれない。
2004.04.23
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西武ライオンズから、ニューヨークメッツに入団した、リトル松井こと、松井稼頭央を追って、アメリカに渡った、カメラマン&ライターが、ビザの都合で、一時帰国した。そこで、皆で会う事にした。彼は、キャンプ取材などで、フロリダや、プエルトリコに行ったこともあり、真っ黒に日焼けしていた。シーズンに入ると、移動、移動、移動。そして、一試合に、最低500枚以上の写真を撮る、撮る、撮る。球場によっては、撮影場所の制限はあるものの、なるべく、いろんな角度から撮影するために、球場の中を、歩く、歩く、歩く。そんなハードな、生活をしているようだ。そして、一時帰国の間に、出版社などを回ったり、拠点を本格的にニューヨークにするために、東京にある事務所をたたんだりしたために、かなりハードだったため、お疲れに見えた。新宿の某所には、数人の気の知れた仲間が集まり、二次会は、銀座の某事務所にて、ささやかに行われた。さて、彼が、お土産として、配るために自分が撮った、写真を持て来たのだが、それは、松井稼頭央ではなく、野茂英雄の写真だった。彼が、なぜ、彼が追っているリトル松井でなく、野茂を選んだのか。その理由は「野茂は、普通の一人の大リーガーになっているからだ」ということだ。リトル松井には、これから、大リーガーとしての一員となって、今度、彼が帰ってくる時には、リトル松井の写真をお土産にできるように、実績をあげ、大リーガーの一員となって欲しい。ちなみに、彼の写真は、新聞の紙面の他http://www.sanspo.com/mlb/mlb.htmlなどを中心で見ることが出来る。
2004.04.22
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福島県・二本松に出張に行った帰り、時間があったので、会津、奥会津方面を通って帰った。一昨日の大雨、昨日の強風が嘘のように、さわやかに晴れ上がっている。それにしても、本当に花が一気に咲いている。桜、梅、桃が同時に満開になっている。そして、他の花も、いろいろ咲いている。話には聞いていたけど、東北地方の春って、一気にくるのね。甲子園出身としては、春のセンバツ甲子園の開会式のために、ヘリコプターが上空を飛ぶと、春だと感じるわけだけど、こういう春ってあるのかと、感じました。
2004.04.21
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この、一年少し、あまりテレビを見ていないのだが、友達のハオロンが、あいのりに出てから、少しあいのりに興味を持つようになった。そんなこともあって、仕事の合間に、ちらっと、あいのりの話をすると、いろんな所に、あいのりの影響が出ていることがわかってくる。今日、福島県の二本松にある、海外青年協力隊の研修所に仕事に行った帰りに、駐車場で、目の前にあるJICA所有の古い四輪駆動のバスの話題になった。「おそらく、このバスが、そのうち、海外に行って、活躍するんだろうなぁ。」と、職員の方がいっていた。安達太良山の中腹で、国立公園の中にある研修所は、冬場の自然環境が厳しいために、4輪駆動のバスを使っているのだ。この厳しい自然に対する機能は、道路の整備がされていなかったり、自然のために、せっかく舗装した道路も、あっという間に、ダメになってしまうような土地に向いている。だからこそ、第二の人生として、開発途上国で役に立つのだ。バスの話題のついでに、話題が展開して。そして、その職員の方は、かつて、ブータンで働いていた時、ブータンで、あいのりのバスをピンク色に塗った人に会ったそうだ。実は、その人は、バスをピンクに塗るのは、好みではなかったが、塗ったとか言っていたらしい。聞くところによると、JICA関係者など、開発途上国で働いている人は、けっこう、あいのりのクルーと現地で遭遇したり、関係ある人が絡んだりする事があるという。他の例を挙げると、長野県の駒ヶ根にある、別の海外青年協力隊の研修所の、スリランカの言葉である、シンハラ語の先生は、なんと、スリランカで、あいのりのバスを運転していた人と知り合いたと言っていた。世間は狭いね。そして、これは、その先生から聞いたわけではないが、あいのりの影響なのか、スリランカに興味をもって、シンハラ語を勉強する人が増えているという。最近行われた、東京書林という出版社の主催する、シンハラ語講座に、異例の十数名の参加者が集まるという、ちょっとした事件も発生したそうだ。この番組を通じて、世界の国に興味を持つ人が増えている事は確かなようだ。ハオロンは、国際交流イベントの、IFC★国際交流会を主宰している。国際交流をライフワークに近い位置づけにしているハオロンは、おそらく、自分の出演が終わってから、この交流会を開くだろう。そして、自らが経験したこと、世界に興味を持つことのすばらしさを伝えてくれるだろう。あいのりという一つの番組を通じて、いろんな広がりが出てくるというのは、本当にすばらしいことだ。
2004.04.20
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4/17.18と代々木公園のケヤキ並木で行われた、アースデイ2004グリーンリバーアートの中の、森のステージ2004『森から海へ』が行われた。関連ページhttp://www.rainbow.gr.jp/gcn.04/report.htmlhttp://www.gricri.net/私も、飛び入りに近い形で、元職である舞台関係のお手伝いをしました。今回は、「森から海へ」をテーマに、いろんなアーティストが参加し。その方から、買ったCDを紹介します。MOAT SIDE charms babyオブジェを作ってくれてる橋口さんのバンド。女性のツインボーカルで、アイリッシュもあれば、スカ調のものもあれば、荘フルなものもあります。今は、10代でも、枯れた音を作る人が多くいる中、若さあふれる、今しか出来ない、アルバムです。楽 はじめにきよし大阪から来た、ピアニカとギターのデュオ。なかなか心地よいアコースティックなサウンドを聴かせてくれます。いろいろ、音響的には良くない、手作りのステージも、彼らからすれば、ちょっと面白いものと流してしまえる、気さくさが絶妙でした。聞いていて、心地よく、ほんわかする、アルバムでしたが、個人的には、ライブの方がおすすめできます。機会があったら足を運んでください。ちなみに、サイン入りです。シャドウズ アンド ライツ 谷本 光 DVD19歳の超絶技巧ギタリスト。彼の熱い演奏は、通行人の目をステージに釘付けにしてました。CDも売っていたのですが、彼の場合は、DVDにしました。ギターを、パーカッションとしても使ってしまうテクニックや、ステージの熱さは、CDでは不十分だからです。今後が楽しみ。マザー・アース・ソングス オムニバスKAZUHIRO OOTSUKI長野在住の、インディアンフルートのKatumi Nonakaさんと、ピアノの大ちゃんこと、KAZUHIRO OOTSUKIさんのそれぞれの関連するアルバムです。演奏は、聞いているだけで、癒されます。まず、「マザー・アース・ソングス」ですが、アーシーで、ナチュラルなヒーリングソングが、いっぱい入っています。一曲目が、インディアンフルートのKatumi Nonakaさんの曲ですが、何人か、お会いしたことのあるアーティストも収録されていて、ちょっとお得でした。ちなみに、このアルバムの収益の一部は、募金されるそうです。また、今年の夏至には「世界平和と祈りの日」として、富士山麓でイベントが開催されるとのことです。このアルバムは、そのイベントとも連動しています。関連ページ http://www.wppd2004.org/そして、大ちゃんのアルバムだけど、これは、無茶苦茶気持ちいい。二本松への出張の際、レンタカーにCDプレーヤがついていたので、このアルバムをずっとかけていました。東北のしかも、高原の遅い春の風景と、見事にマッチしていました。これは、癒されます。おすすめです。でも、CDショップに置いてません。水の音 岡さやか CD-R今回の「森のステージ」のブッキングをしてくれた、岡さんのミニアルバムです。楽屋で、いろいろ、お話したんだけど、音作りの考え方とか、共感を持てるところがありました。ピアニストの仕事が無茶苦茶いそがしそうでした。みるく らいぶひすとりー IV CD-R沖縄・八重山諸島の三線、唄、おどり、横笛を主なモチーフとしたオリジナルサウンドを展開する、みるく(弥勒)のライブアルバム。沖縄の曲や、オリジナル曲の他、イムジン河が入っていたりします。ライブのライン取りなのか、ちょっと、音質は・・ですが、みるくの魅力は、伝わっています。最近は、イマジンの歌詞の朗読など、平和を訴えています。みるく http://homepage1.nifty.com/ASIBI/実際に、アーティストと会って、お話しして、直接買う。これが実に楽しい。
2004.04.18
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4/17.18は、アースデイ東京ということで、いろんなイベントや露店やフリーマーケットが立ち並んだ。メインステージでは、有名なミュージシャンも登場したりする。その一つの企画として、地球型の熱気球「エル・グローポ」を上げるというものがあった。まず、早朝六時から、スタッフが入り、安全を保つための場所を確保。そして、テープを貼る。それから、気球が変な所に飛んでいかないための錨の役目をする4台の車が入る。この時、公園の芝生を傷つけないように、パネルと、ブルーシートを、少しずつ敷きながら、ゆっくりと移動。それから、気球に、メッセージの書かれた布を取り付けたりと、いろいろ準備がある。これらの作業は、気球のプロフェッショナルの方たちと、その指導で動く、多くのボランティアスタッフで行われている。警備や、ロープを引ぱっりたり、シートを運んだりと、たくさんの仕事がある。そして、好天にも恵まれて、気球は、空に上がった。だった、15メートルほどだが、代々木公園では、初の試みだ。二日目の朝は、少し風があって、気球の一部が、風で凹んだり、風に流されたりしたが、何回か、空に浮かんだ。さて、この代々木公園での、熱気球を見逃した人には、このゴールデンウィーク、はずらしいイベントがある。それは、長野県の千曲川スポーツ交流広場で行われる「佐久バルーンフェスティバル2004」だ。ことしは、5/1.2.3.4.5の5日間行われる。天候によって、飛ぶかわからない所があるが。興味のある人は、必見だろう。競技飛行は、風の安定する、朝6時半から、9時までと、夕方3時から5時までなので、スケジュールを確認して、見に行こう。また、4日には、午後7時より30分間だけだが、夜間係留があり、大変な人気みたいだ。その他、ペットボトルロケットづくり、ブーメラン作り、凧づくり、そば打ち体験、木工教室の各種ワークショップや、魚のつかみ取り、試食会、特産物販売、そして、バイクトライアルデモンストレーションなど、など、さまざまなイベントが、気球が飛ぶ合間にあるので、それを楽しむのもいいと思う。問い合わせは、長野県佐久市役所観光課0267-62-2111(内線456)http://www.city.saku.negano.jp/kankou-k/と、私は、別の企画の仕事で、ほとんど、気球を見ることが出来なかったので、資料に基づいて書いちゃいました。とさ。
2004.04.17
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名刺交換MLで、今回のイラクでの日本人拉致事件の話題が行き交っている。その中で、ある人が「ジャーナリストやボランティアで、海外でしかも、危険なところで働いているのに、英語やアラビア語が出来ずに、通訳をつけていたというのがけしからん」という発言をした。私は、治安の良いところとはいえ、英語を喋る事ができないまま、ラオスで仕事をした。彼からすると、私は、けしからん人となります。しかし、通訳をつけるのは意味があるのよね。だから、彼らも通訳をつけていたのだと思う。ラオスで、働いていたとき、私とパートナーを組んでいた日本人は、ニューヨークで5年働いた実績もあり、旦那もアメリカ人という、ネイティブに近い英語を話す日本人だったのですが、ラオスで通訳を雇いました。理由は、正確なラオス語が必要だったという事もありますが、通訳を現地で雇うことは、現地の雇用を作り出すという意味もあるのです。日本人は、金持ちだと思われているわけですから、金持ちらしく、お金を使って雇用を作り出さないといけません。それが、仕事の一つです。日本では、いつの間にか、金持ちが、お金を払わなくなりました。昔は、ちょっとした、金持ちは、家政婦を雇ったり、メッセンジャーに、小遣いをあげたりして、雇用や、お金を回るしくみをもっていました。しかし、ラオスとかに行くと、お金を持っている人は、仕事をつくり、お金を使い、雇用を生み出すのが仕事の一つであり、常識となっています。私の祖父は、昔、イラン、イラク、パキスタン、インドネシアなどで、働いていたのですが、その時、イスラム圏の国のお金持ちは、お金を使ったり、貧しい人にものを施すのが、しきたりだという事を、小さい頃から聞かされていました。こういう、お金を持っている人が、仕事を作り、お金を使ったり、ものを施すというのが、もしかすると、世界では、スタンダードで、今の日本国内は、そのスタンダードからすれば、はずれているのかもしれません。(まあ、必ずしも、スタンダードである必要はありませんが)そして、相手の国の常識にのっとり、現地で、人を雇う事が、金持ち国家の人の仕事の一つであり、そうすることによって、現地での仕事がうまくいくのです。このことを忘れてしまった日本人は、いつの間にか、プロデューサーの本当の仕事が出来なくなってしまった。プロデューサーは、ビジネスを作り上げ、お金を集め、そして、お金と仕事を供給するのが仕事。日本には、このプロデューサーの仕事が出来ない、名ばかりのプロデューサーだらけなのである。また、ちょうど、パキスタンに出張中の人から、海外、特に開発途上国では、彼らの仕事を取り上げないように仕事をするように気を遣っているという発言もあった。次に、やはり、正確に情報を伝えるために、通訳は必要。先日、元、外務省に勤務のスリランカ人のシンハラ語の先生が言っていた事なのですが。交渉するときは、どちらかが、母国語で話さない限り、正確な意味が通じないので無意味だと言っていました。母国語でない、英語同士で、交渉や取材をするのは、誤解を生じやすく、こちらの方が、危険性をはらんでいるという。フリーライターさんは、東南アジアでの日本人相手の詐欺事件は、中途半端に英語が喋られるから発生するとの指摘発言がありました。確かに、案内板を見たり、ある程度のコミュニケーションや共通認識を持つためには、英語は便利ですが、正確に情報を伝えるべく仕事では、どちらかの母国語を使う方が、正確な話ができる。このフリーライター http://www.brightwrite.net/ は、チャウシェスク大統領が殺された1ヶ月後にルーマニアに入り、当時の東欧における英語といえばロシア語かドイツ語。ロシア語や英語ができるからというので、向こうで親切にされたかといえば、むしろ逆だったとのことだ。現地で知り合った東京外語大学ロシア語学科の女子大生からはロシア語で話しかけても無視されるばかりだったから、しょうがないから日本語とボディランゲージでコミュニケーションをしたという話を聞いたこともるとのこと。非常事態で自分の外国語の能力を過信する方が、ずっと危険だと指摘している。また、このフリーライターの友人で、NGOスタッフとしてイラクで仕事をしはじめて1年になる人は、英語もできるし、アラビア語も少々できるらしいけどキャンプ地や被害のあった地域にはいる時は、コーディネーターと通訳はつけているそうです。この話を聞いて、通訳や現地コーディネーターの大切さを痛感しました。ラオスでの仕事も、現地の通訳やコーディネーターの方のおかげで、うまくいったのだと、改めて思った。
2004.04.16
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シンハラ語の録音の合間に、いろいろ話していると、話題がいくらでも膨らんでいく。最初、東京のどこから来たのかと聞かれたので、今、住んでいる所の話をし、逆にどこに住んでいたのかと聞き返したら、実は、前に自分が住んでいた、国立付近に住んでいたという。しかも、それぞれ、多摩蘭坂の上と下に住んでたという。駒ヶ根で、国立駅から国分寺駅を結ぶ道沿いにあった、コープや、ディスカウントストアや、国立市の水道の話で盛り上がると思わなかった。さらに、私が、一橋大学関連の出版物の仕事をしていた頃に、ちょうど、一橋大学に来たということだし。さらに、その前は、北摂地区に住んでいたとのことで、聞いてみると、北千里や千里中央とかをうろうろしていたらしく、私も、大学が近かったり、千里中央のショッピングセンターの仕事もしていたので、丁度シンクロしている。先生が、当時は、日本語の漢字が読めなかったので、バスを乗り間違えて、北摂霊園まで行ってしまった話など、地理感が沸くので、話が、盛り上がる、盛り上がる。さらに遡ると、お互い、大学で社会学を専攻していた事も発覚。うーん、妙にシンクロしている。せやけど、出会う人って、意外にいろんな時にシンクロしている事が多いのよね。出会わなかったことが不思議なぐらい。そういう出会いって、はじめてあっても、はじめて出会った気がしない。そういえば、こんな話もある。ラオスでの撮影の合間に、講師の方たちと昼食に出かけたら、その講師の方の古い友人に偶然であった。なんと、10年ぶりの再会だったそうだ。お互い、いろんな国に留学などをしていて出会わなかったが、町のはずれの、10人少ししか座れない、特に高級でもないなんでもない、小さな、食堂でばったりと出会った。おそらく、彼らも、シンクロしていて、同じようにアクションをしているから出会ったのだと思う。
2004.04.15
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ラオス語のビデオの仕事の次は、シンハラ語の仕事だ。シンハラ語は、インドの南の海に浮かぶ、セイロン紅茶で有名な、スリランカの公用語である。とはいいつつも、スリランカでは、タミル語や英語も公用語だったりする。シンハラ語は、ヒンディー語、ウルドゥー語、ベンガル語、タミル語など他の、インド系の言葉からすれば、少数派ということらしい。スリランカでは、タミル語は、少数派だったりするが、マレーシアや、シンガポールでも、タミル語が使われているため、シンハラ語は、少数派なのだそうだ。さて、そんな、シンハラ語だが、独自の文字文化を持っている。丸を基調とした、独自の文字は、四角に収まるようになっている、漢字などと違い、独自の風合いをもっている。アジアの言葉のうち、いくつかは、植民地政策の中で、アルファベットで表記できるようにされたものが、見られる。たとえば、ベトナム語、インドネシア語である。日本語も、ローマ字表記に統一しようという動きもあったぐらいだ。確かに、アルファベット表示は、多くの人に、発音してもらえる可能性があるが、正確に発音できるわけでもないし、おなじ、発音でも、意味が違うことを表現しにくい。アルファベットに慣れていると、一見、わかりにくいが、独自の文字文化は、これはこれで、合理的なのだ。ただ、コンピュータで、入力しようとすると、結局、日本語のローマ字入力のように、アルファベットにして、入力しなければならない事が多く、発音のニュアンスを、キーボード入力しにくい現状があるようだ。
2004.04.14
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駒ヶ根青年協力隊訓練所に、デジタル辞書の録音に来ています。この駒ヶ根の売り出し中の名物と言えば、ソースカツ丼です。通常のカツ丼とは違い、カツの下に、キャベツなど野菜を引いて、その上から、ソースをかけてたべるものです。録音が終わって、晩ご飯を食べようと、インター近くの明治亭という店にいく。せっかくだから、べたべたな信州御膳をいただく。これは、ソースカツ丼、馬肉の刺身、山菜そば、蜂の子、野沢菜漬け、という、無敵の信州名物セットである。テーブルには、この店オリジナルのソースが置かれている。このあたりの店は、各店オリジナルの"自"ソースがあり、その味で、競い合っているのだ。関西でも、お好み焼きのソースを自分たちで調合したり、その土地の小さなソース会社で作った、いわゆる「地ソース」をこだわって使っている店がある。お好み焼きと言えば、おたふくソースが最高と言っているのは、大きな間違いなのである。確かにまずくはないが、その土地、その土地にあったソースで、その店の個性を感じながら食べるのが、ソースものB級グルメの極致であるといえよう。ぜひ、身近な店で「地ソース」「自ソース」の店を探してみてください。そて、この日本のソース文化は、本当に独自のものである。日本で売られているウスターソースは、独特の味で、イギリス発祥のウスターソースと全く味が違う。ある駒ヶ根の訓練所の方が、以前アフリカに勤務していた時、どうしても、ソース焼きそばが食べたかったのだか、日本のソースが手に入らないとのことで。そういうときは、イギリスのソースに、少量のトマトケチャップと、醤油をいれて、日本のソースに近いもの作るのだそうだ。トマトピューレを日本で生産しだして、たった100年。日本のソース文化は、たかが、一世紀しか経っていないが、確実に日本の文化となっているのだ。
2004.04.13
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アースディのある企画のスタッフ会議と説明会に参加した。今度の土日、4/17.18に東京の代々木公園で、アースデイのイベントが行われるが、その一つの企画として、地球の形の気球をあげようというものがある。これは、グリーンリバーアートという、環境・自然保護運動を支援し、自らもアーティストと自然保護活動をするグループが企画しているもので、今まで四年間出展していた、国産の素材などを利用したものなどの、アート作品展示や、ワークショップ、そして、露店やミニステージに加え、今回は、気球を飛ばす企画を加えた。今回は高さ15メートルほどしか上げないが、代々木公園で、熱気球を上げるのは、初めての試みである。じつは、そこまで、持って行くのには、かなり大変だったようだ。公園の施設や、木々を傷つけないように、事故が起こらないようにと、万全にシミュレーションしている。たた、足りないものが、少しある。それは、手伝ってくれるボランティアスタッフだ。いまのところ、人数的には、足りている事になっているが、もっと確実に、事故を防止し、みんなが楽しめる状況をつくることができる。ただ、この熱気球は、気流が安定している午前中ということもあり、朝六時、七時から、働くことになる。だけど、イベントは、参加するより、スタッフとして働く方が楽しい。(もっと言えば、参画するほうがもっと楽しいのだが。)そして、ただ、気球が上がっているのを見ているだけでなく、どのような作業をして出来上がるのかという行程を、自分も参加して体験できるのも楽しい。しかも、昼過ぎには仕事がおわって、ほかのアースティのイベントに参加して楽しめるし、夜も八時頃まで、なんか、やっているので、スタッフと、参加者のダブルで楽しめる。はっきりいってお得。土曜日の朝六時、日曜日の朝七時に、代々木公園に来ることのできる人は、こちらに・・・http://www.gricri.net/気球のほかに、ワークショップや展示の手伝いもあったり、あまり時間を拘束しない手伝い方もあるので、興味のある人は、上記のURLを見て、問い合わせしてください。ただし、場合によっては、危険もともないますし、服が汚れる事もあります。そして、ちゃんとした、仕事でもあります。そのあたりさえ留意していけば、絶対楽しいと思う。
2004.04.12
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友達のデザイナーさんと、ソプラノ歌手の宮良多鶴子さんが主催する、サロン気分で沖縄の唄を聞くイベントがあった。ソプラノ歌手の宮良多鶴子さんは、沖縄のフォスターと呼ばれる、宮良長包さん(1883~1939)の子孫で、カンツォーネが得意なオペラ歌手である。東京全日空ホテルのメインバーで、ゆったりと、唄をきき、しかも、その日のために、パティシエが作ったデザートを戴くという企画は、しても、心づくしが満ちていた。そして、今回は、沖縄の言葉での沖縄の唄と、イタリア南部のナポリ方言でのカンツォーネを両方聞けたのは、とても、貴重な体験でした。当然、歌も、美しく、情感のこもったすばらしいものでした。今回は、宮良長包の生誕120周年を記念して、作られたと思われる、宮良多鶴子(ソプラノ)のミニアルバム「宮良長包を唱う」です。ミニアルバムなので、5曲と少なめですが、それだけに、珠玉の名曲ばかりが入っている。「なんた浜」「桑の実」「山の子守唄」「母恋し」「えんどうの花」ピアノ+ソプラノという、シンプルな編成だけに、旋律の美しさ、歌の表現力が前面にでていて、しかも、なんとなく、癒される。なんなんだろうね、この感覚。唯一、残念なのは、ほんのちょっと、音圧を感じにくいという事ぐらいだろうか。しかし、それは、実際の生での歌声を聞いてしまったから、そう感じるだけなのだと思う。いま、業務用CDプレーヤとYAMAHA NS-10で、聞き直しているが、ちょっと惜しいところだ。どのミュージャンに対しても、同じことなのだが、これからも、コンサートやリサイタルに足を運んだり、CDを買ったりして、応援することで、もっといい環境での録音とマスタリングが出来る状況をつくることで、もっといいCDになっていくだろう。そうする事で、より、音楽を楽しめる環境をつくることが出来る。ちなみに、近々、生で、宮良多鶴子さんの歌声を聞ける機会は、4/17に、銀座の「わしたショップ」で、2ステージ歌ってくれるという。興味ある人は、是非、足を運んでほしい。また、このCDは、おそらく、当日に入手できると思います。こういう、CDって、出会いがないと、手に入らないものなので、実際に足を運んで、入手してください。関連記事 http://plaza.rakuten.co.jp/bantakao/diary/2004-04-11/
2004.04.11
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なんでも、そうだが、必要に迫られれば覚える。実は、DTP歴10年以上で、クオークのショートカットは、手が覚えていたり、フォトショップでのフォトレタッチも、けっこう得意なのだが、その一方イラストレータのベジェ曲線が、異様に不得意でした。はっきりいって、使えないと言っていいぐらいでした。ところが、必要に迫られたら覚えるものですよね。今回、提供されたロゴのデータが、JPEGファイルで、その元のイラストレータのファイルは、土日なので入手不可能。プラス、ワードアートで作られた図形。しかし、入稿は、イラストレータ形式で行わないといけない。さて、困った。とにかく、トレースだ。今から、デザイナーを手配する時間もないので、仕方なしに自分でやることに。そうしたら、今まで、出来なかった、ベジェ曲線が、少し使えるようになったんだすね。さらに、数値入力で、図形の修正。比較的簡単なロゴだったとはいえ、トレースはほんと難しいけど、必要に迫られたら、覚えるものですよね。今まで、10年間使えなかったのが不思議なぐらいです。
2004.04.10
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いずれは起こるだろうと思っていましたが、イラクに行っている民間人が拉致されました。彼らとは、会ったことがないし、よくわからないけど、冷たいと思うかもしれないが、危険を冒して、イラクに行った訳ですから、身柄を拘束され、恐ろしい目に遭うのは、仕方がない部分はあると思う。もし、危険を危険と思わずに、危険回避策を知らずに、行動していたのなら、下手すると、電波少年に影響されて、危険な旅をした若者が増加した事があったけど、それと、同じレベルであり、危険な思いをして当然である。身内からすれば、たまったものではないが、ある意味、自分の責任に置いて行ったことである。彼らの目的が何であるかはわからないが、本人が、いくら、支援活動をしようと思っても、日本人は、アメリカの同盟国の人間であり、自分たちを貧しくする源で、自分たちの身内を殺した人たちの仲間である。そして、ただの金持ち。これは、拉致したグループの要求である「自衛隊の撤退」の自衛隊にも、同じ事が言えていて。やはり、本人が、いくら、支援活動をしようと思っても、日本人は、アメリカの同盟国の人間であり、自分たちを貧しくする源で、自分たちの身内を殺した人たちの仲間である。そして、ただの金持ちなのである。自衛隊の派遣は、復興支援ということなのですが。支援活動の基本は、相手国の政府の意志に基づいて行う。(その原則自身が、支援活動を手遅れにさせたり、偏りを作るという問題もありますが)今の、イラクは、アメリカがイラク政府を潰しただけの、無政府状態での支援活動は、本来の支援活動になっているとは思えない。今年の2月に、国連能力開発セミナーの収録をしたのだが、そのとき、いわゆる、先進国の支援活動の問題点として、提供する側の論理のみで、支援活動を行うために、本当の支援活動が出来ていないという、反省点が上げられていた。イラクへの自衛隊の復興支援の活動は、あくまでも、アメリカが考える復興支援活動であって、イラクの考えている支援活動ではない可能性がある。そうであるならば、自衛隊の隊員は、いくら善意で支援活動をしたとしても、必ずしも、イラクの人たちからすれば、支援活動ではない。あくまでも、派遣された自衛隊は占領軍の一部にすぎない。だから、イラクの人の中には、自分たちの立場を回復するために、過激なアクションする人たちも出てくるわけで、今回は、その現れの一つなんだと思う。そんな時に、ひょっこりと、この3人が現れたわけだ。捕まった3人も、ある意味で、彼らなりの立場で、イラク支援に来ているはずだが、過激な人たちからすれば、カモがネギ背負ってやってきたようなものだ。そうそう、3人の拉致に乗じて、3人の救出と、自衛隊の撤退を求める署名を集める動きもあるようだが、3人の救出と、自衛隊の撤退は、切り分けて署名した方が得策のように思う。集計の操作は、常套手段なので、3人の救出という所だけ署名の数をカウントされる可能性もある。それが、なぜ危険かというと、3人を救出する方法の選択肢として、強硬手段もあり得るし、さらに、その一つに、自衛隊による救出作戦という方法もある。そうなった場合、海外での軍事行動の既成事実という前例を作る事にもなるし、さらに、イラクの人たちとの敵対心に火をつけてしまう事にもなる。この強硬手段は、米軍が行っても、アメリカと日本との同盟関係を証明するだけで、イラクの人たちと日本との敵対心は確固たるものになる。そうなると、日本がいくら支援をしたくても、イラクとしては、支援を受け入れたくないという気持ちが強くなるだろう。そうなると、いくら、支援をしたい気持ちがあっても、支援は出来ないし、自らの手では、してはならない。今のイラクの状況は解らないが、この拉致事件は、イラクの内部で解決する必要がある。日本やアメリカが手を出すと、残念ながら、日本は、イラクで、さらに支援活動が出来なくなるだろう。
2004.04.08
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今年は、4月6日から15日までが、春の交通安全運動だ。東京都内に引っ越してきて、気が付いたのだが、東京都内は、歩道上に、交通安全運動の運動のテントが仮設される。テントの中には、長机とパイプ椅子があり、地域の方が、交通を監視する。しかし、そのやり方自体に、すごく疑問を持っている。まず、ただでさえ、狭い歩道で、歩行者が滞りやすい、交差点付近に、テントを設置することで、歩行者の交通を邪魔しているという事だ。場所によっては、完全に歩道を塞いでいる。しかも、そのテントに、人がいる事は、少なく。ほとんど、無人といっていい。稼働率の高いテントで、一日6時間人がいればいいところで、業務内容はよくわからないが、端から見ていると、ポットを持ち込んでお茶を飲んでいる姿しかみえない。まあ、テントに人がいない方が、車いすが通りやすいので、そちらの方がマシだという話もある。さらに、やっかいなのは、事故である。江東区の某所で、数年前に、そのテントの梁で、頭を打って、流血したことがある。身長178センチある私にとって、古い小型テントの梁は、頭にぶつかる。確かに、前方不注意だとは言えるが、道路上に置かれたものによって、怪我をした場合、その設置した者に責任が発生するはずだ。しかも、道路の交通管理者である、警視庁は、通常なら、歩道は、歩くところだという理由で、舗道上に、仮設のものを設置する許可を出さないものだが、この交通安全運動だけは、許可を出している。つまり、警察にも、交通管理者として、管理責任が生じるはずである。このあたりの、責任関係は、どうなっているのだろうか。怪我が軽かったこと、会社で少しだけ飲んで帰ってきた事もあり、設置した人や、道路管理者を訴える事をしなかったが・・・。歩道上に置かれる、交通安全運動のテントは、交通の適正な管理、交通安全の事を考えると、疑問でならない。そして、法の下の平等という原則があるのなら、もし、警視庁が、交通安全運動のテントを許可をするのなら、他のテントなども、警察は許可すべきである。以前、舗道上に道路使用許可について、警察署に聞いたことがあったが、交通安全運動のテントの許可理由を明確に話してもらえなかった。交通安全運動のテントを許可している理由があるのなら、どういう法律なり条令に基づいて許可しているかを明確に説明すべきである。説明できなかったことを見ると、もしかすると、慣習で、許可し続けている可能性もある。道路に、車があふれていない時代に決められた慣習を、そのまま、見直しもせずに続けているとしたら、それは、交通安全の活動について、常に、見直しをしていない可能性も高く。そのために、交通事故者数は減ったが、交通事故件数が増えるという結果になっているのかもしれない。通常、景気が上向きになると、交通事故件数が増える傾向があるが、デフレの不景気にかかわらず、事故件数が増えているのは、道路などの構造的な問題や、システム的な問題もある可能性が高い。
2004.04.07
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新宿にある、友達の事務所に、4日に行われた、セミナーを撮ったビデオのコピーを渡しにいった。事務所にはいると、ちょうど、先週の「あいのりスペシャル」を録画したビデオの上映中だった。この事務所は、何社かが共同で使っていて、ただいま「あいのり」に出ている、ハオロンの会社も、この合同事務所の一員である。番組中で、南アフリカの黒人街の幼稚園の近辺の清掃をしながら、涙を流すハオロンの姿があった。彼は、通訳を9年間続け、そして、会社設立から丸三年を経過したわけだが、通訳の仕事をいくらしても、10回以上も国際交流会を主催しても、世界の現状を変えられない事に対し、愕然として、画面の中で、涙を流していた。これは、自分としても、同感である、いくら海外向けのビデオ教材を作る事で、いろんな事に貢献したとしても、それは、本当に微々たるモノで、いくらがんばっても、現状は変わらないし、何も出来ていないかもしれない。大きな課題にために、自分がやっている事が、あまりにも小さすぎた事に気が付いたとき、これから、前に進めるか、どうか。ここで、あきらめるのか、それとも、モチベーションを持ち続けて続けるのかが問題である。あまりにも大きな課題の場合、その課題を明確化したり、細分化したり、徹底的に、論理的に解析する事が、大きな課題を達成するためには必要だ。先ほど、納品した、プロジェクトマネージメントのビデオでも、その計画段階が大切だと訴えている。大きな課題を細分化したとしても、課題の関係性と、その解決ロジックが間違っていると、とんちんかんな作業をすることになり、いつまでも、問題が解決しない。そうすることで、問題解決をするための、モチベーションが維持できなくなる。そうして、大きな課題の前に、泣きべそをかくことになる。同じように、大きな課題を目の前に、何も出来ていない自分に対し、涙を流す事だが、ハオロンの涙は、次に繋がる涙と見た。
2004.04.06
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4月末に、今住んでいるところの契約が切れるので、新居を探していましたが、ついに決定。新しい住み処は、山手線内に突入して、四谷三丁目付近。地下鉄は、丸ノ内線の他、都営新宿線も使えるし、中央線緩行線+総武線の方にも歩いていける。新宿駅からも歩いて来る事ができるし、40分あれば、なんと徒歩でも六本木ヒルズまでもいけてしくまう。近くに、新宿御苑もあるし、ちょっと足をのばせば、国立競技場、秩父宮ラグビー場、神宮球場にも歩いていける。おいしい、食べ物屋もいっぱいあるし、スーパーも、丸正、サカエと充実。近所に、銭湯があるのもうれしい。洗濯物を乾かすのにもばっちり。以前、隅田川の新大橋をわたったところの、森下という所に住んでいたが。森下も、十分、都心に近かったが、今回の四谷はもっと都心。これから、どういう生活になるのだろうか。楽しみ楽しみ。
2004.04.05
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4月1日より、モスバーガーで、期間限定「菜摘ロースカツ」「菜摘エビカツ」「菜摘フィッシュ」の3つの「野菜のバーガー」が発売された。これは、パンの代わりに、キャベツのやわらかい葉っぱの部分でくるんだ、ハンバーガーだ。野菜でくるんでいる都合、店内でのみ食べることができる。さて、モスバーガーは、ライスバーガーという、焼きおにぎりでサンドした感覚のハンバーガーを、長年販売し、定番メニューになっている。ハンバーガーは、ハンバーグをパンに挟んだもので、ハンバーグは、もともと、ドイツのハンブルグ・ステーキが語源で、さらに、その料理自体の原型は、北アジアの騎馬民族の料理だという。それを、パンに挟むようになったのは、今から丁度100年前の1904年に、セントルイスで開催された世界博覧会で、ハンブルグステーキが熱くて持てないので、パンに挟んだ事が始まりだという。つまり、ハンバーガーは、ハンブルグステーキを、パンで挟んだものである。また、ハンバーガーに挟まっているものは、牛肉でないと、ハンバーガーと呼ばないという、定義があって、ハンバーガー店の代表格である、マクドナルドも、白身魚のフライをパンで挟んだものを「フィレオフィッシュ」と呼ぶことで、ハンバーガーと区別していた。まあ、最近は、そのこだわりも、少しずつ、失いつつあるようだが・・・。さて、ハンバーグに対して、ハンバーガーは、パンに挟んだものという事になる。しかし、モスバーガーの、ライスバーガーや、菜摘バーガーは、パンで挟んでいるのではなく、ライスであり、野菜で具を挟んでいる。通常、○○バーガーと言われるものは、○○というものを、パンで挟んだ場合を言うが。モスバーガーの場合、挟んだ素材で、△△バーガーと呼んでいる。だが、実際は、○○△△バーガーという言い方をして、○○を、△△で挟んだハンバーガーという形でネーミングされている。#なんか、ドメイン名みたいだね。既に、焼き肉ライスバーガーが発売された時点で崩壊しているのだが、この食べ物には、ハンバーガーに挟まれている、ハンブルグステーキも、ハンバーガーを挟んでいるパンも存在しない。しかし、多くの人は、それを、ハンバーガーと認識している。そのわりに、ベーグルという一種のパンで、肉類を挟んだ、ベーグルサンドは、明らかに、ハンバーガーという認識はしていない。ハンバーガーの定義とはなんだろう。
2004.04.02
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東中野の「游山楽」(03-3371-0005)という、お店で、名刺交換MLのオフ会が開かれた。今回のテーマは、ラオスの土産話と、ニューヨークからの参加者を迎撃する事をメインに行われた。参加者は、ニューヨークの映像制作会社の社長、サッカーに強いフリーライター、美容関係のサービスをしている人、印刷会社人など、実に個性的な面々である。さらに、この「游山楽」のマスターが、なかなか、客あしらいがうまい。これが、また、楽しい。さて、やはり、今回、話題になったのは、サッカーに強いフリーライターによる、ジーコ解任の話だった。やはり、前日の、3月31日に行われた、2006FIFAワールドカップアジア地区第一次予選対シンガポール戦の不甲斐ない戦いぶりが原因だ。試合後、中田英寿の「内容としては最低だった。勝ち点3を挙げられたのはいいが、いい形になっても点が入らない。それが前回(オマーン戦)と同じ課題。技術的な問題ではないと思う。」〔共同〕という発言も、その事を裏付けている。次期監督は、オリンピック出場を決めた、山本昌邦監督が最有力だ。なーんて、話をしていたら、まんまと、引っかかってました。それにしても、あの試合内容の翌日が、エプリルフールだったのが絶妙でした。アシストは、中田英寿でしょう。そうそう、言ってなかったけど、その日のオフ会のお題目が、リアリティのあるウソを必ず言うことだったんだけどね。
2004.04.01
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