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庭に咲いてるボタン、大風のあとでかなり傷んでいます。今の車12年位乗ったので昨日車を買いに行った。小型の人気車は配車は8月下順か9月頃とのことだが、人を挽きそうになったらレーザーで感知して止まってくれたり、エアバッグが車体の外にもボンネットを超えて吹き出して人身事故を防ぐというのでそれを買うことにした。所がお店の人はそれより値段が高く大きいものをしきりに勧める。それなら今すぐでも車をお渡しできるからとすごくしつこかった。小型の人気車は予約しても数ヵ月後でないと売れないが、少し高くて大きいのは買う人がいないので、今すぐ買ってもらえれば販売成績を上げることができるのでこちらにしろ、こちらにしろと長時間言われた。こちらは入口が狭いので少しでも車幅が狭いほうがいいと言っているのに少し位車幅が広くても入る道を反対から入るようにすればいいとか明らかに客のタメを思ってではなく、自分のために今すぐ売れる車を押し付けようとしていた。何ヶ月も待つ車は売りたくないみたいなのでそれならそれも止めますと言って帰ってきたくなったが辛抱してそれを買ったがひどいものだと思った。商売する人は客のためにいいものを勧めるものだと思っていたが、誰がみても明らかに客の希望などお構いなし、自分の利益のために商売する人、情けないと思った。高い車を買うならまけるがと言って自分が買った人気車は一銭もまけてくれなかった。今後そこに車が来たら買わなければならず長い付き合いになるのでいつまでもそのことを根に持ってはいけないと思うが、あまりにひどかったのでここに書かせて頂いた。すべての職業人はお客さんのために働くものと思っていたが、色々な人がいるものだと思った。医者も患者さんのために全力を尽くすと言っているが、中に昨日の車屋さんのような人がいたら困るなと思った。
2013.04.30
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今朝のテレビで植物写真家埴沙周さんの植物の神秘の写真の数々を観た。つくしの胞子がダンスしたり、しいたけの胞子がすごい煙を出していたり、ノコギリ草が葉先に汗をしたたらせたりしており、動かないと思っていた植物も24時間の中では様々に活動していることをまざまざと見せて頂き、生命の不思議というかその凄さに感銘を受けた。いま我が家の庭には家内が育てた椿や、シャクナゲ、ボタン、テッセン、蔓バラ等様々な花が咲いている。前日までの大風で見事に咲いていたボタンもかなり崩れていたが、それでもまだ艶やかだったので、写真を撮っていたら、下の方に小さな白い花が咲いていた。小さな花で風の影響はなかったが周りの艶やかな花の下に隠れてそっと咲いていた花、すずらんだった。朝ドラの題名にもなったことがあり、その名前はよく知られているが、実際はかなり小さな花で注意して見ないと気づかないような花である。でもよく見ると小さくても凛としており、大風にも負けないで、決してでしゃばってはいないがそれなりに存在感がある花だと思った。決して背伸びはしていない。毎年時が来れば黙って決まったところに生えてきて小さな花を咲かせる。きっとこの花も写真家埴沙周さんが撮影すれば様々なドラマがあると思うが、何もなかったようにひっそりと白い花を咲かせている。自分は才能がないくせに、いつも、もっと、もっとと背伸びばかりしている。この落ち着いてでしゃばらないで静かに咲いているすずらんに学ばなくてはと思った。
2013.04.29
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昨日ある人のブログで紹介されていた動画の講演を聞いたら、人間気分で生きるんだから、うつむいて切ない気持ちで生きるより、楽しい気分で生きなさい。それには今までに楽しかったこと10個思い出しなさい。そしてその時の楽しい気分を思い出して生きなさいと語っていた。私も思い描いてみたが、10個などとても思い浮かばなかった。一番嬉しかったのは願っていた大学に受かった時だが、そのほかにはそれほどのインパクトで嬉しかったり、楽しかったことはなかった。最近では重症の患者さんが思いの他元気になった時の喜びが浮かんできたが、一方で悪くなった人のことも思い浮かんで、楽しいことばかりではない。上記合格した時の喜びは格別だったが一方で不合格の悲しみは山ほどある。人生をかけた様々な挑戦で次から次の不合格は惨めである。上記講演者は嫌なことはそっとしておいて楽しかったことを思い出せと言うが、実際には失恋とか不合格の方が圧倒的に沢山有り、インパクトも大きい。楽しかったことを無理して想い出しても確かにその時はいい気分になるが、そんな思い出に浸っている暇はない。次から次に難題が襲いかかってくる。命をかけていくつも応募しても、採用の返事はどこからも来ない。現実は楽しかったことを思い描いて生きれば幸せなどと言った甘いものではないと思う。楽しい思い出に生きるよりも現実を直視してそれと挑戦していくことによって生きがいを見出していくしかないと思う。次から次に不合格を突きつけられると失望、落胆、自信喪失して生ける屍になってしまうかもしれない。そこで自分自身に言い聞かせると同時に皆様方へも提言させて頂く。「苦を当たり前と思え」「応募者多数なら不合格は当たり前と思え」いくつもいくつも就職試験を受けても次から次に不合格になってしまうとこのままずっとどこにも受からないかもしれないという不安に駆られるかもしれない。健康面でも今度こそ良くなっていると思ったら検査値が却って悪くなっていて落胆することは多い。そこで賢くて強い心で対処しようと思うのだ。うまくいくものと思っていたのに不合格や悪化で少しも良くならない。落ち込んで苦しむとなってしまうが、それが当たり前なのだと思えば平静でいられる。平成なら今まで通り努力を続けることができる。今は辛いかもしれない。しかしそれは当たり前の事なのだ。出口は必ずある。それを見つける努力を今日も続けようではないか?!それが人生の喜びなのだ。
2013.04.28
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性的魅力とかセックスアピールとかいうと何となくいやらしいイメージがあったが、リチャード・ドーキンスが書いた「利己的遺伝子」によるとそれこそ男女が相手を選ぶ時の最も重要な要素とのことで考えを改めた。性的魅力といえば容姿、声、立ち居振る舞いなどが醸し出す雰囲気だと思うが、ハンサムとか美人はその一端を担うが全てではない。男では仕事やスポーツに打ち込んでいる姿や逞しさ、不動の信念などが魅力があるという。女では美人でなくても優しくて思いやりの心が輝いている人が魅力があるという。肌が綺麗だったり、髪に艶があったり、腰がくびれているのも魅力のひとつだろう。性的魅力というと若者の特権のように思っている人もいるかもしれないが全く違うと思う。若くても全く魅力のない人もいれば、年寄りでもそれらを備えて魅力のある人もいる。例えば上述のことについて言えば、男なら常に体を鍛え常に真剣に物事に取り組んでいれば性的魅力がでるのである。別にハンサムである必要はない。女なら野菜や果物を多く食べて肌を綺麗にすることを心がけ、体操や運動をしてクビレを作ることもできる。別に美人でなければ性的魅力のある女性になれない訳ではない。人間何歳になっても性的魅力があるように生きなければダメだと思った。そのためには異性を意識して常に自分を鍛え、磨くことが必要だと思う。中高年女性や老年男性で性的魅力が感じられない人がいる。若者でもそれが感じられないような人もいる。性的魅力のないくすんだ人達ばかりでは世の中もくすんでしまう。世の中を潤いのある美しい世界にするためには、男女とも何歳になっても性的魅力を発揮しながら生活すべきだと思った。
2013.04.26
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アレルギー対策基本法の骨子が発表された。 ・アレルギーを減らすよう、国の責任で基本指針を作る 。花粉症の原因であるスギ植林を見直す ・政府は必要な法整備や費用を確保する ・給食による食物アレルギーを防ぐため学校の教職員らに研修の機会を作る ・アレルギーに詳しい医師、保健師だけでなく、栄養士、調理師も育てる ・アレルギー治療薬の治験を早められるよう環境を整える 国の責任でアレルギーを減らすことや、学校給食での死亡事故軽減に向けて国が本腰を入れてアレルギー対策に取り組むのはいいことだと思う。現在多くの人が花粉症で苦しめられているが、主要原因は国策として過剰にスギ植林が行われてきたことである。それを見直してくれることはいいことである。給食での食物アレルギー予防のために教師が研修を受けることも良いと思う。アレルギー事故が発生した時、保健教員(看護師か保健婦)があらかじめマニュアル化した処置ができるような法整備が必要だと思う。
2013.04.24
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グローバル企業ユニクロの柳井会長が世界各地で展開するお店の店長の給料を統一する考えを明かした。狙いは世界各国で優秀な人材を確保することと、評価基準を一本化して国境を超えた人事異動をやりやすくするためとのことである。安い品物を売るために社員を安い給料で酷使するブラック企業との声もあり、残業などの長時間労働の割に給料が安くて辞めていった人も多い。柳井会長はグローバル企業は「成長かさもなければ死か」と言っている。常に成長していなければ潰れるとのことで、社員にも言っているとのことだが、海外進出もいつかは頭打ちになることにも考えをいたすべきだと思う。今、私がはいているズボンは、外は水を弾いてツルツルしており、中は柔らかい材質であたたかく最高のはき心地である。これがユニクロで千円だという。家内は高いものを買うのが好きで何万円もするズボンを買ってくるが、はき心地は千円の方がはるかにいい。安くて人々に喜ばれるものを売る。それが基本精神だと思う。成長か死か、グローバル化で世界にどんどん進出していく。給料は世界共通にしてどんどん発展させて行くぞとの気迫は素晴らしいが、いつかは成長が止まる時がくることをしっかり認識してもらいたい。世界に出ていくことも重要だが日本の庶民のために安くていい品物を売る気持も失って欲しくない。大きくなるだけが能ではない。小さくても本当に素晴らしいものを売る店を目指してもらいたい。
2013.04.23
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今日は朝6時30分頃ゴルフに行く予定があり、朝が早いので気にしていたからか、早く起きたのに支度でもたもたしていてスタート時間を過ぎてしまい、一緒に回る人が怒って家まできて、慌てて少しでも早く行こうと思ってタクシーで待ち合わせ場所に着いたら、ゴルフバッグを自分の車の中に入れたままだったので、タクシーでそれを取りに戻ろうか、ゴルフ場でクラブを借りようか迷ったが、それなら先日買ったクラブを試すことが出来ない。どうしよう、どうしようと苦しみながらうろうろしていたら目を覚ました。夢で良かった。でも夢の中でもその待合い場所の周囲は激しい雨が降っていたが、実際も激しい雨音がしていた。でも約束なのでセーターを着て雨合羽を着て出かけた。その車中NHKの第2放送で1928(昭和3)年8月2日、アムステルダム五輪の三段跳びで優勝し、日本人初の金メダリストとなった織田幹雄選手の話をしていた。広島出身の人で骨皮筋えもんと言われた位やせ細っていて家が薬局だったので太る薬を飲んだけれど太れなかったが走ることが好きで中学時代陸上の選手だった。その頃広島に有名なスポーツ家が講演にきて日本人は跳躍が苦手だとの話をした。その人の前で走り高飛びをしたらいい成績を出し、その人から褒められて日本を代表する選手になれるかもしれないと言われた。それをきっかけにして本格的なトレーニングを開始し、三段跳びで、日本代表となり、アジアや国際大会に出場するようになった。アムステルダムの前の五輪にも出場したが入賞はできなかった。外国人の体力、パワーを見せつけられ怖気ついたが絶対金メダルをとる気持は失わなかった。でも激しい練習を毎日繰り返しても記録は伸びなくて世界記録には程遠く失意にくれることもあった。所がある時、上に高く跳ねることによって遠くまで飛べるのではないかと気づき以来道を歩いていても木の枝があれば飛びつき、高い塀があればそれを越えようと飛び上がり、事あるごとに跳ねていたので、周りからは気でも狂った人間ではないかとみなされていた。でもそのおかげで痩せこけた織田青年はオリンピックで世界一の記録を出すことが出来たのである。執念はすごい。織田青年のためにお母さんはずっとどこかに願をかけて断ちものもしていたらしい。これを聞いているいるうちにゴルフ場に着いた。前半は雨が激しく降っていたのでスコアはあまりよくなかったが後半は雨も上がったのでそこそこのスコアだった。私は練習場にはよく行くが、実際にコースに出ると少しも上手になっていない自分に失望しつづけてきた。織田さんの話を聞いてこれではいけないと思った。やせ細って体力が全くなかった青年が世界一の記録を出したのである。次元が違う話だが、自分だって諦めないでヒントを掴んで頑張れば進歩があるかも知れないと思った。
2013.04.21
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最後まで渋っていたカナダも遂に日本がTPPに参加するのを認めるとして11カ国全てが認めて7月頃からは日本も交渉の席に着くことになる。そもそも日本には何の益もない貿易協定だが、外務省を通じてアメリカから執拗に交渉参加を迫られていた案件で、アメリカのために入ったというのが実情だと思う。自動車に対する関税がなくなるので日本は安い車を売ることが出来ると喜んでいる向きもあるようだが、アメリカやカナダは期間限定で自国の自動車産業を守るために関税を残存させろと強く主張している。農産物については外国から安い農産物がどっと入ってくるので日本農業は太刀打ちできなくて消滅していく。農地は荒れ放題になるか、外国企業等に買収されて大きな工場に変身するかもしれない。農地がなくなれば洪水をまともに受けて被害は甚大になる。政府は総産物にかける関税は自動車にかける関税を受け入れるから、おあいこで関税を認めてもらおうとしているが、期間限定で数年間は日本の農業が守れたとしても、その後は外国産農産物で日本が覆われることになる。医療については混合診療解禁で、歯医者さんでインプラントや金歯、セラミックスは保険は効かなくて自費になっているように、混合診療解禁で、この手術には保険は効きませんと莫大な金を要求されるようになると思う。いま国民健康保険制度があり、全国民がその保険料を払っているが、その保険料が高いとの声が高まっている。そこへアメリカの保険会社が乗り込んできて、国民健康保険より安い保険料で高度の保険診療をしてもらえるとなれば、国民健康保険を止めてそのアメリカの保険に入る人が増えると思う。皆保険精度崩壊である。日本にとって、何もいいことのない協定だが、親友から「どうしても入ってくれ」と言われて断れなくて明らかに不利な交渉に参加しなければならなくなった。日本の行く末が心配である。個個の事項についてはまだ交渉の余地はあるかもしれないが、本協定の基本精神はすべての関税の撤廃である。日本の経済や農業、国民皆保険制度などが崩壊するかもしれない。付き合い上アメリカの方を向かなければならないこともあるかもしれないが、基本中の基本である日本国民の生活向上を目指して、政治を行ってもらいたいものである。
2013.04.20
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麻生太郎副総理兼財務相は、4月16日の衆院予算委員会で、自らが健康であることに触れた上で、同世代の多くの人に医療費がかかっていることについて、「(健康に気を遣わず)いい加減にやっている人たちの医療費を、自分が払っていると思うと、ばかばかしくなってくる」と発言した。日本維新の会の中田宏氏の質問に答えた。 中田氏は、麻生氏が総理大臣だった頃に、「健康であることのインセンティブを、健康保険に組み込むべき」という考えを示したことに賛同し、「健康であれば保険料が安くなるなどの制度を作らないとだめになる」と質問。 これに対し、麻生氏は、「私は今72歳だが、病院に行ったことはほとんどない。そのために、朝歩いたり、腹筋、腕立てをしている。やりたいだけやって、いい加減にして、72歳でくしゃくしゃになっている人がいっぱいいる。そういう人たちの医療費を、俺が払っていると思ったら、なんとなくばかばかしくなってくる」と答えた。 健康であることのインセンティブについては、「予防医学に手間暇かけて、自分で(健康を維持するように)やった人には見返りがあるような制度に、田村(憲久)厚労相に要望しておく」とした。 田村厚労相の発言によると、年間の医療費は、ひとりあたり75歳以上で88万円、70-74歳で55万円、65-69歳で39万円、20-64歳で16万4000円となっている。病気で入院すると今は大体月に100万円前後かかります。しかし個人負担は数万円で残りは国や県、健康保険組合などが払ってくれます。基本的には税金が主体で私たちが払う健康保険料もその一部をになっているというのが実情に近いと思います。その健康保険料を病気がちの人は高く払って病気をしない人は安くしろとの主張の意図はよく分かります。保険料を安くしてもらえるように皆さん健康的な生活をしましょうということだと思いますが、今保険料はべらぼうに高く、病気がちの人が病気がちでない人の分まで払うことなど到底できません。現実をみて発言していただきたいと思いました。私も麻生さんと同年代ですが、健康で働かせて頂いて、病気になった人のために保険料を払わせていただくことにバカバカしいどころかもったいないと思っています。人によって感じ方が違うものだなと思いました。
2013.04.19
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オギャーと生まれた子供は全て最高の人生を送るはずだが、途中で少しずつずれていく。物心つくまでの親の育て方の影響も多少はあるが、大半は物心ついてからの本人の心構えで決まる。ハイハイするころから自我が発達し、兄弟同士で物の取りっこをし、思うようにならないと泣き叫ぶ。次第に生長していく中で何らかの努力をする。その努力の結果が報われて、思うような結果が出たり褒められたりすると満足する。反対に努力しても努力しても少しも結果が出なかったり、けなされたり、怒られたり、ばかにされたりしているとおかしくなる。ひねくれたり、失望したり、悪事に走ったりする人もでてくる。本来全ての人間がまともで素晴らしい人間になるはずなのに途中で変わっていく分岐点はここにある。努力が報われるか報われないかである。努力しても少しも報われないというが正しい努力がなされたかどうかの反省も必要だ。もし正しい努力をしたとして、それが報われない時の考え方も重要だ。天を呪い、自分の才能を呪い、自分の失敗を誤魔化し、他人のせいにして自暴自棄になって人を騙したり、殺めたり、犯罪を犯す人間になってしまってはならない。大事なのは努力が報われなかったり、失敗ばかりしている時の心の持ち方である。他人のせいにしてはいけない。努力の方法を再検討してやり方を変えてみることも必要である。所詮人間は誰も努力するようにできており、成功することもあるが殆どは不成功になるようになっているのだ。報われない、失敗ばかり続いていると思うな。人間ならそれは当たり前のことである。報われなくて失敗ばかり続いている時でもその次に向かって進む人とダメだ、ダメだこんちくしょうと後ろ向きになってしまう人とで違いが出てしまう。生まれたばかりの時の本来の100点満点の人間に戻って再スタートを切ろうではないか。
2013.04.17
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1942年(昭和17年)頃から熊本県八代海の沿岸の人々に四肢末端の感覚障害、運動失調、求心性視野狭窄、聴力障害、平衡機能障害、言語障害、手足の震え等の症状が出現した。奇病として差別されたりしていたが海で採れた魚介類を食べたことが原因と分かり、結局海に流れてきたメチル水銀を飲み込んだ魚などを食べた人が病気になったことがわかった。それは熊本県水俣市のチッソ水俣工場が工業排水を川に流していたからだと結論づけられ、昭和31年に被害が公式確認され、43年に公害病と認定された。いま世の中には様々な病気がある。その原因は殆ど分かっていないが突き詰めていくと水俣病のように何らかの原因を突き止めることができるかもしれない。私たちが病気になったり、中性化したりするのはまだ原因が分かっていないだけで、本当は何らかの物質や環境ホルモンが影響しているのではないかと思われた。本日の最高裁判決は、国が水俣病と認定する基準は、手足末端の感覚障害だけでなく、運動失調、視野狭窄などの複数の症状があるものとされていたが、手足の感覚障害だけでも認定できるとしたもので、今後の公害認定に大きく影響を与えるのではないかと言われている。複数の症状がなくても海の魚を食べ、上記の症状のどれかが現れたとすればメチル水銀によるものと考えていいと思うが、補償金の予算などの関係で狭められていたと思われる。それはともかく、水俣病以外の様々な病気で苦しめられている方々も今までは病気だから仕方がないと思っていたが実は食品に含まれる何物かが原因だったなどということが分かって来るかもしれない。そうなれば公害であり補償の対象になる。
2013.04.16
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スケートの浅田真央(22歳)選手がソチ五輪を最後に引退を示唆した。鈴木明子選手は28歳でまだまだ頑張っているのに22歳で引退とは残念で日本国中に衝撃が走った。これからだと思っていただけにショックだった。恐らく昨日の国別対抗戦で自分の思うような演技ができずみんなの足を引張たと思い、さらに演技中今までに感じたことがない疲労感があり、もう限界だと思ったのだと思う。どんなに我々が好きな選手でまだまだ若くても本人が辞めたいというなら仕方ないのかもしれない。人生、調子の波はつきもので苦しいと思えることも何度もあったと思う。それを乗り越えるのが成長の糧になると思っていたが、年に何回もする試合で想像以上に消耗していたのかもしれない。10代では簡単にできたトリプルアクセルが今は成功することが少なくなって悩んでもいたが、まだまだ伸びる人だと思っていただけに残念である。
2013.04.14
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環境ホルモンとは正式には「外因性内分泌かく乱化学物質」といい体の外の物質があたかも体の中で働くホルモンのような作用をして男らしさ、女らしさなどの発現に影響を持つ物質のことです。これらが体の中に入ると本物のホルモンのように振る舞い、本来のホルモンの働きを阻害します。PCB,DDT,ダイオキシン類、ノニルフェノール、ビスフェノールA、フタル酸エステルなどが疑われていますが今のところはっきりこれだと同定されたものはありません。カップラーメンの発泡スチロール製容器も環境ホルモンと言われたこともありますが断定はされていないようです。でも海外輸出用の容器は発泡スチロール製のものは使っていないようです。いずれにしてもまだ研究段階で、多くの化学物質が疑いは持たれていますが断定されていません。叡智を集めて原因化学物質を突き詰めてもらいたいと願っています。
2013.04.12
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日本家族計画協会の性に関する最新調査結果が昨年12月20日に発表された。それによるとセックスに関心がないもしくは嫌悪している人が増加しており、男性では16~19歳が29.8%あり、20~24歳は24.6%あった。女性では同じ年齢層でそれぞれ60.3%、31.6%であった。結婚しない男女も増えており、少子化が益々進行すると推察されている。男性のセックスに関心がない人が増えている原因として、環境ホルモンの影響が考えられている。帝京大学泌尿器科のお押尾茂氏の調査では20代男性の精子の数が40歳代のそれに比べて半分くらいしかないというデータを発表した。ここ数十年の間に精子が減少しているのは世界的な現象で環境ホルモンの人体への影響について各国で研究がなされており、我が国でも遅ればせながら7~8億円の予算を組んで研究がなされている。食器に使われるポリカーボネートから環境ホルモンの一種であるビスフェノールAが検出、スチール缶内面のコーテイングからもビスフェノールAが検出されている。インスタントラーメンのカップ容器から環境ホルモンのフタル酸エステルが検出されているという。今それらについて研究が続けられているが、まだこれが原因ですといった明確な結論は得られていない。魚や動物での実験も行われており、環境ホルモンの研究が進んで、セックスに関心がない人の増加を抑え、少子化に歯止めがかかるように願っている。
2013.04.11
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日曜日に中学の同級会があった。福島から来たA君の話は印象的だった。中学2年の14歳の時激しい恋をして、その時の恋以上のものは今までの人生で経験していないとのことだった。彼は成人して結婚し、14年目で奥さんに死なれ再婚しているが、14歳の恋が最高だったとのことだった。もちろんキスとか深い関係などはなかったと思われるが思い焦がれる気持ちはそれ以後とは比べ物にならなかったらしい。14歳の時のその相手の女性は東京に嫁に行っていたが今回たまたま参加しており、二人はその後色々話をしたり歌ったり踊ったりして楽しい時間を過ごしていた。片思いだったのか打ち明けて何回か会っていたのかは知らないが激しい恋だったのは間違いないようだ。彼の中学時代は輝いており、思い出も多く楽しかったみたいだ。ひき比べて自分の中学時代は暗かった。あまりいい思い出もない。むしろ今の方がずっと輝いていると感じている。自分の思い込みだけかもしれないが中学時代より今の方がずっと持てるように感じている。人生いろいろ。中学時代が花の人もいれば、老年時代が花の人もいる。A君は中学時代だけでなくその後も結構充実した人生を歩んできたみたいで運が良い人だったのかもしれない。それにしてもその後のカラオケ大会ではみんな歌が半端でなく上手なのには驚いた。中学時代はいたずらっ子でちょろちょろしていた子も何曲もプロ顔負けの名調子で歌った。私も歌ったがおっかなびっくりで声も出ず彼らとは比べ物にならなかった。
2013.04.09
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本年4月から介護認定審査員に任命され月2回午後7時30分から9時まで審査会に出席することになり、今帰ってきたところである。手足が不自由だったり認知機能が傷害されている人たちの介護度を決める会議で、今夜は29人の審査を行った。障害の程度を点数化してコンピューターで介護に要する時間数をあらかじめ算出して、本日の会議で最終的な介護度を決めるのだが、大変な調査と審査が行われるのだなと改めて思った。本日は上記のことをメインテーマに書こうと思ったが昼休みに表題の新聞記事を読んでそのことが強く印象に残っていたのでそちらの方をメインテーマで書く事にした。高校間でもレベルの違いがあり、同じクラスの中でも理解力に違いがあり、出来ない子はついて行けないのではないかと思ったが、記事によるとすでに実験的にそれを行った高校があり、そこでは1年生で赤点つまり50点以下の生徒は30%位いたがその日本語なしの授業を受けて2年生に進学した場合、その割合が20%位に減少したとのことである。それに対して従来の授業法だと30%と変わりなかったとのことである。最初は抵抗あるかもしれないが慣れたら英語力向上に有効かもしれないと思えてきた。英語の授業はただやればいいというものではない。せっかくやるなら実力が向上するやり方でしてもらいたいと思う。この方法は意外といいかもしれない。生徒に分からせるために教師も色々工夫するだろうし、生徒も分からなければ授業にならないのでわかろうと努力するだろう。今年はとりあえず1年生だけにして翌年以降2-3年生にするとのことだが、どうせやるなら全学年一緒にそうした方がよいと思った。今夜帰りにラジオを聞いてきたら基礎英語をしていた。日本語の解説や説明が長々しく邪魔だと思った。ラジオ講座こそ(テレビ講座も)無駄な日本語解説はやめて英語だけの基礎英語とかラジオ英会話にしてもらいたいと思った。
2013.04.08
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庭に咲いている水仙医師国家試験合格者が発表された。その中に66歳の合格者の方がいた。そのことについて医師投稿サイトで批判が相次いだ。66歳で免許をとってもその後の医師としての活動年限が短い。それまで税金で教育を受けてきた分十分社会に還元できない。高齢者は研修病院でも快く採用してくれないだろうし病院に就職しようにも一般的に定年を過ぎており、何を考えてそんな年で医師になろうとしたのだろうか?その人が医学部に入学したおかげで若い人が一人落とされている。その人は自分の自己満足だけを考えるとんでもない人だ。といった論調が圧倒的に多かった。年取ってから医師免許をとることがそんなに悪いことなのか私は疑問に思った。若ければいいのか?人を評価する基準は若い、年寄りには関係ないと思う。金持ち貧乏これも関係ない。教育があるない関係ない。人気があるなしこれも関係ない。頭がいい悪いこれも関係ない。美人不美人、これも全く関係ない。体が健康、弱いこれも関係ない。力があるなしこれも関係ない。手術がうまい下手これも関係ない。ゴルフがうまい下手全く関係ない。スピーチが上手下手これも全く関係がない。ならば何を持って自分なり他人を評価して優劣の判定をするか?それは人のために尽くそうとしているか否かで決まる。どんなに金持ちで美男子で頭が良くてもそれがない人は下の下の人だ。冒頭の年寄りだからダメと言っている人たちは本当に自分たちは社会に貢献しているのだろうか?まずその反省をしてもらいたい。人間の価値は年寄り、若いでは決まらない。その66歳の人の、人類を救いたい、人のために尽くしたいという気持ちが誰よりも強いなら、批判している若い医者よりはるかに優れているのだ。自分を評価する場合でも他人を評価する場合でも表面的なことで見ないで、本質的なこと、つまり本気で人のために尽くそうとしているか否かで評価してもらいたいと思う。
2013.04.07
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覚悟はしていたが忙しい状況だ。夕方急性膵炎疑いの患者さんを入院させた。同時刻に病棟でタール便が大量に出て血圧が下がってしまった患者がいるとコールされた。緊急検査して急激に貧血が進行していたので輸血を開始した。そこへ92歳の男性が救急車で運ばれてきた。うんうんうなっている。39.2度の発熱あり。高齢者の発熱は肺炎が多いので胸部CTを撮ったらやはり右下肺の肺炎だった。入院させて抗生剤の点滴を開始した。今少し時間が空いたので家内が袋に入れてくれた栗まん、リポビタン、ヨーグルトを食べたり飲んだりした。栗まんはたねやの栗まんで看護師さんにも分けてやった。いつもは必ず当直の時にはカップラーメンを食べるのだが、今日は昼から緊張の連続で、家内のおやつを食べたりしたらお腹いっぱいになってしまったので今までの当直で初めてカップラーメンを食べなかった。明日午後5時から中学の同級会。今夜はどうせ寝れないのでみんなに3年ぶりに会っても居眠りばかりしていては困るとも思ったが、今までの例で日中は眠くても夕方から夜にかけては冴えてくるので、普通に参加して酒も結構飲めるのではないかと思っている。でも寝ていないところに酒だと酔いすぎるので程ほどにしようと思っている。
2013.04.06
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もうかなり年寄りの君子蘭だが毎年咲いてくれる。冬の間廊下の片隅で大きな葉だが見栄えのしない姿でじっと春の来るのを待っていた。数日前突然つぼみがでてきたと思ったら見事な花を咲かせてくれた。もう年取ったからこのまま枯れてしまってもいいと思うこともあるのかもしれないが、もう10年以上前から毎年変わらず春になると花を咲かせてくれる。私は年取ってしまった。でも君子蘭は年をとっても毎年同じ顔して春になると綺麗な花を咲かせる。人間にとって春とはどういう時なのかは分からないが、君子蘭は春という時が来ると必ず花を咲かせる。私も時が来たら君子蘭に負けないような花を咲かせてやろうと思っている。
2013.04.04
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春休みで滋賀県から孫娘達が来たので山梨県立科学館に行ってきた。かなり広い建物の中に科学的仕掛けが沢山あり、春休み中ということもあり大勢の子供や大人でにぎあっていた。中でもロボット仕掛けの恐竜のところは人気があった。4体の恐竜がいて、恐竜の前で手を振ったり跳ねたりすると口を空けて吠えるのだから実物みたいだった。今日テレビを見ていたら山梨大学泌尿器科で難しい前立腺の手術をしてくれるロボットを導入したとのことだった。胃がんの手術などもすでにロボットで行っているところもある。原発事故後の復旧工事の主役もロボットとのことで今後益々ロボット技術は進歩していくものと思われた。恐竜ロボットのあとはスペースシアターで今の季節の星座の解説とオリオン座の一角をなす一等星ペテルギウスが最期に近づいているとの映像を観た。650万光年の星なのでそれが発した光は地球に到着するまでに650万かかるので、今は見えているが、実際にはすでに消滅しているかもしれないがいずれにしても年取って消滅の瞬間が近づきつつあるとのことだった。太陽の何倍もある巨大な星の死は新たな星や生命体の始まりであり、まもなく観測史上最大の新星爆発が起こるだろうと言われている。星の話は何百万年、何千万年単位の話で気が遠くなるような話だが、我々の時代(100年前後の間)に新星爆発が起こるかもしれずそれに伴って様々な環境変化が推測されている。地球上には原子爆弾を作って戦争しようとしている愚かな国もある。星の爆発でいつ我々も消滅するかもしれない時に馬鹿な争いをしているべきではない。いつ消滅してもいいように美しい地球にするべく努力しようではないか。
2013.04.03
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埼玉県久喜市で本年1月、75歳の男性が呼吸困難を訴えて救急要請し、救急隊が搬送先を探して連絡をとったが次々に断られてやっと2時間半後に受け入れ先が決まったが、病院に到着してしばらくして死亡が確認されたとのことである。断られた理由はベッドがいっぱいだから、今別の救急患者を診ているから、専門の医師がいないから等らしいが、個人病院ならいざ知らず、大学病院や県立、市立の総合病院ではそれらの問題はクリアされていなければならず、今回の問題では国や県、市、大学等の責任が問われると思う。救急は医療の原点であり、救急をしないなら医療ではないと思う。医学部定員を増やして医師増員政策がなされているが、医師を増やしても救急が充実するとは限らない。救急医療は他のどの医療よりも最優先されるべきとして、国や県はその施策をきっちり立ててもらいたいと思う。
2013.04.02
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