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今日は少し、最近読んだ本の感想でも書こうと思います。
ヘミシンクの第一人者である坂本政道さんの『ベールを脱いだ日本古代史』(ハート出版)という本です。
最近の私の読者には、へミシンクをされていない方もおられるかもしれませんので、坂本さんがどういった方なのかについて少し前置きしておきたいと思います。
坂本さんは、日本にヘミシンクを広めた方でして、アクアヴィジョン・アカデミーという会社を作りヘミシンクの普及に尽力されておられる方です。
私も、かつてヘミシンクを熱心に学んでいた時には、アクアヴィジョンに何度か通い、確か2度くらい坂本さんにお会いした記憶があります。
今回ご紹介するのは、古代日本史の謎をヘミシンクを使って坂本さんが解き明かしたというもので、内容は非常に多岐にわたっています。
いろんなことが書かれているのですが、大雑把に言うと、縄文時代での古代信仰から始まり、各民族の日本への到来、邪馬台国・大和政権の成立、卑弥呼と天照大神成立とのかかわり、史実を歪めた物部氏の陰謀、といった感じでしょうか。
書き方は、まずは、史実を紹介し、史実の空白部分もしくは矛盾を感じるところを、高次元意識トートに聞き、さらに論理的に精微化するといった具合です。
歴史好きの人にはとても面白い内容なんじゃないかなと思います。
個人的には、かなりこじつけなんじゃないかなと思われるところもあるにはあるんですが、とにかくこの一冊を読んで論理的に納得出来るように書かれてあります。
ただ、書かれている内容はある意味過激であり、内容に関して神社庁はおそらくはまともには取り合わないと思われる内容となってしまっています。
つまり、今の正式な神社庁の見解からすれば真っ向から反論がくるような内容だということです。
ただ、非物質的に情報取得する者の立場から言えば、坂本さんの真実を徹底的に追及された結果なのだと思います。
また、アマテラスに関して言いますと、現時点での私自身の認識とほとんど変わらないと思います。
つまり、アマテラスが人間が生み出した架空の神だとされている点です(古代の巫女がつながっていたのは太陽神(太陽意識)そのものです。この点では坂本さんの見解とは異なります)。
ただ、本を読んで少し残念だったのは、エネルギー的側面について全く触れられていないことです。
ここで言っているのは、もちろん非物質的なエネルギーのことです。
このエネルギーというのは、わかる人にとっては、何か物を手にとって触ってみるのと同じくらい、はっきりとわかるものなのです。
そのエネルギー的観点からの記述がないと、最後のほうの記述、すなわち、なぜ伊勢神宮に外宮と内宮があり、そこで別々の神が祀られているのかのあたりで誤った認識に至る可能性があります。
坂本さんが誤っていると言っているわけではありません。
どの見解をとろうが、それは個々人の見方にすぎませんから。
ただ、高次元意識トートに聞くといった非物質的手法をとるならば、非物質的エネルギーを見る側面からも考察しないと、完全な分析とは言えない気がします。
情報とエネルギーは表裏一体のところがありますから。
あとは、伊雑宮と瀧原宮といった別宮についての記述がないのは残念でした。
これも、なぜなのかは、エネルギー的側面から見てみないと、その理由はわからないと思います。
特に、同じ別宮でも、伊勢神宮に近いところにある上の2つと、近畿地方にある元伊勢では、理由はよくわかりませんがエネルギー的に明らかな違いがあります。
ちなみに、私は2010年に伊勢神宮から神気の流れの逆ルートをたどり、卑弥呼と交信するために奈良の地にある大神神社も訪れています。そこに瀬織津姫(セオリツヒメ)も祀られていたように思います。
この時は、卑弥呼の祭祀場跡であるとジョーマクモニ―グル氏が言っていた場所も訪れました。
そこと大神神社のある三輪山とは確かに卑弥呼にゆかりがある場所であって、そこで卑弥呼とコンタクトを取った記憶があります。
あとは、ちょっと時期がずれますが、それから数カ月後に出雲大社も訪れました。ここにも瀬織津姫が祀られていました。
私は自分自身ではよく調べていませんが、現在の伊勢神宮に至る過程では、ニギハヤヒもそうですが、瀬織津姫の封印にも深くかかわりがあるのではないかなと感じています。
私の読み落としかも知れませんが、この辺も坂本さんの本ではふれられていなかったのではないかなと思います。
あと、確か、瀬織津姫と観音が同じであるといった記述があった気がしますが、これは正直どうかなと思いました。
私も2010年にニギハヤヒについての記事を書いたんですが、その時に伏せた事実がありました。
それは、当時の私には到底受け入れられなかったことだったからです。
簡単に言うと、現在の伊勢神宮の系列とは異なる真の根源神の系譜がある、そんな内容だったように思います。
もしかしたらそれが、坂本さんのおっしゃる真の太陽信仰(アマテルの話)に通じるのかもしれませんね。
あと、どうしても触れておきたいことがあります。
古代に様々な因縁めいたことがあって、殺害されたり、辱められた存在が仮にいたとしても、現代においてはそういった存在はほとんど例外なく浄化されています。
ですから、そういった存在達をあえて3次元世界にいる我々が救出する必要性はないわけです。
一番わかりやすいのは、現在の伊勢神宮に流れるエネルギーの清廉・清浄さです(伊雑宮、瀧原宮に流れるエネルギーも同一だと感じます)。
坂本さんによれば、伊勢神宮は、内宮では表では架空のアマテラスを作り出し、裏では心御柱で大物主神を封印している。また、外宮では虐殺された巫女たち(トヨ)の怨念を鎮めるために祀られているとされています。
(個人的はむしろ逆だと思います。内宮のほうが、かつてのニギハヤヒのように人であった存在が神の如くに進化した代々の卑弥呼のエネルギーに縁があり、外宮は地球意識(国常立太神)や宇宙意識(天御中主神)と深いかかわりがあります。そのことは外宮が中央構造線の真上に位置していることも関係していると感じます)
現に私は、2010年から2011年にかけて前述した神気の逆ルートをたどり自分やより広い意味での「自分」のために浄化・統合していく旅をしていく中で、何人かの巫女(おそらくは卑弥呼と思われる人物達です。卑弥呼は役職名・俗名であり、個人名ではありません)に非物質的に会いましたが、何かの怨霊にとりつかれているということは全くなく、完全に浄化されていました。
あるいは、ニギハヤヒにしても、本当に物部氏が事実を偽り彼を利用していたとすれば、ニギハヤヒも怨念に満ちていても不思議ではありませんが、そのようなことは決してありえませんでした。
それどころか、今の我々からすれば神のようにすでに進化しているとすら感じました。その辺については過去記事でお話した通りです。
あと、多少話がそれますが、オリオンがネガティブだと決めつけている点に多少分離意識が見られますし、スサノオはむしろ地球意識と深いかかわりがあるように思います。
坂本さんの本で一番印象に残っているのは、最後にある「トートから日本人へのメッセージ」です。
ムーから縄文人が守ってきた自然とつながりを保った生き方をしてほしいといった内容です。
これについては全く異論はありません。
その通りだと思います。
坂本さんの本は好きでいつもよく読むんですが、今回の内容は私自身もかなり深く今までにかかわってきた部分なので、触れておかざるを得ない部分でした。
昔の怨念はもうないです(笑)。それは、あの時限りでした(笑)。
ただ私も坂本さんと同様に、自分自身にとっての真実というものを追求していくタイプです。
ですから、自分のブログで、ざっくばらんな感じとはなりましたが、私なりの感想を述べさせていただきました。
最後に。
非物質的な情報と現実世界との事実の関連性を探るというのは、とても難しいことだなと、日々実感しています。
現在においてすらそうなのですから、ましてや過去の事実ならなおさら難しいことだと思います。
そして、仮にもし、過去というものが今の我々を基準として「生まれている」ものだとすれば、過去も絶対ではないことになり、それもさらに複雑にしている事情ではあります。
つまり、我々の振動数に応じて、過去も未来も変わりうるのだという視点です。
もし、確定的な事実が得られないのだとすれば、それを求める理由はただ一つ、自分自身にとっての真実性の追求、こういったことになってくるように思います。
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