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台湾製パソコン基板、小さな字で「日本に神のご加護を」
msnニュース 2012.6.27 09:56
私たちの知らないところで、私たちの知らない人が、私たちが遭遇した困難のために祈ってくれている。東日本大震災に際して、世界中の人々から多くの救いの手が差し伸べられたことは記憶に新しい。が、私たちが知らないこんな話もあった。(フジサンケイビジネスアイ)
先日、フェイスブックの会員の間で反響を呼んだ1枚の写真があった。写真は何の変哲もないただのパソコン基板。だがよく見ると小さな字で「God Bless Japan(日本に神のご加護を)」と祈りの言葉が印刷してあったのだ。
基板とはパソコン内部に装填(そうてん)されている主要部品で、普段はまったくユーザーの目に触れることはない。そこに日本への思いやりのメッセージがあった。 会員からは次々と「ありがとう。感激です」「感動した」など感謝のコメントが書き込まれた。同時に、いったい誰が、何のために、パソコンの内部基板にこのようなメッセージを印字したのだろうかと、大きな話題となった。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/120627/chn12062709570001-n1.htm
台湾はもともと中国本土に由来しますが、もともと中国は北方騎馬民族からの支配者的影響が強かったそうです。
それは、中国だけではなく、現在の韓国にも及んでいます。
ですが、それとは別に、融和的な民族というのがいたと高次は言います。
私にはそれは、チベット系の民族であるように感じられました。
民族的な枠組みはともかくとして、一方では好戦的な民族、他方では融和的な民族がいたという風に大雑把にとらえていただければと思います。
大陸には今でも、好戦的な民族の影響が強く残っているのですが、そうではない民族が、人間の政治的・歴史的影響を強く受けることによって台湾に移動してきた、こういうことみたいです。
台湾の人々が日本に対して好意的なのは、歴史的影響というものが一つにはあります。現実的側面です。
ですが、ここで取り上げたいのは、それとは別に、日本に対する魂的な憧憬(しょうけい=あこがれ)の思いが、台湾の人々にはあるのだということです。
多くの見方が可能だという前提でお話します。あくまでも一つの見方です。
霊的に日本列島を見ますと、日本には、「そもそも」巨大な光の柱が何箇所かに建っています。
これは、人間的な歴史とは無関係に、日本人やその地に存在する意識体に由来するものだと感じられます。
今の地球人類は、多くの宇宙種族によって生み出されたハイブリット種としての側面を有していますが、もともとの魂の起源というのが存在します。
それが日本人の場合、シリウスが46%程度、プレアデスが32%程度、オリオンが12%程度、その他が7,8%程度といった割合となっています。
最も多いのがシリウスですが、仮にですよ、先にお話したオリオンが北方民族系だとすると(必ずしもそうではない側面がありますが、仮にです)、日本がシリウス、台湾がプレアデスの影響が強く出ています。
台湾の人が日本に好意的な影響を持つのは、魂的にはシリウス(プレアデス)に対する憧憬の思いがあります。
実際、現実世界においても、今後台湾と日本はますます親密の度合いを深めていくと感じます。
懸念されるのは、台湾と中国との武力衝突ですが、高次によれば、アメリカが仲介することで回避されると言います。
日本はその影響に巻き込まれる恐れが可能性レベルではありますが、それほど大きくはないと感じます。
夏を彩る「四角スイカ」 東京、大阪などへ出荷始まる
出荷が始まった「四角スイカ」=27日午前、香川県善通寺市(写真:産経新聞)
スイカの起源についてメモ的に残しておきます。
スイカの起源は、中国にあると言います。
もともとはスイカは瓜のような植物だったみたいです。
それが、日本から中国に向かった留学生によって持ち込まれた可能性があります。
ちなみに、香川県善通寺は、弘法大師空海の生誕地とされています。
空海は、幼いころから聡明であったようです。
20代前半の頃に、修業によって悟りの境地に到達しました。
高次によれば、これは金星から飛来した進化した空海自身の意識がウォーク・インしたものだったみたいです。
ですから、これ以後、空海は、当時の現実世界において、進化した自分として生きていくようになりました。
空海は、たぐいまれなる霊能力を持ち合わせていたと高次は言います。
それによって、各地で伝説として残されている多彩な才能を発揮していきました。
空海の逸話に、56億7千万年後に弥勒菩薩と共に現実世界に戻ってきて、自身の足跡を訪ねるだろうというのがあります。
これについて少し調べてみると、56億7千万年後というのは比喩であって、この時期には、今ここの現実世界もすでに含まれています。
空海は、弥勒菩薩と共にという表現を残していますが、それは正確ではなく、弥勒菩薩を構成する数多くある意識体のうち、空海もその一部となって、現実世界にエネルギー的に働き掛ける、こういったニュアンスがあります。
どのように働き掛けるかというと、たとえば、科学・医学での目覚ましい発見や発展です。
そういった発見の背後には、特に弥勒菩薩のエネルギーが流れています。
もっとも、ここで言う弥勒ですが、本来は、釈迦如来や大日如来といった根源的な宇宙エネルギーと同一的存在であって、人間的な分類はあまり意味をなさないところがあります。
ですが、ここで述べたいのは、そういった根源的エネルギーの導きによって、今人類は我々が呼ぶところのアセンションに向かおうとしているわけです。
そういった働きかけが、強く存在しています。
比喩的に言うと、火星(ディセンション組)か、金星(アセンション組)かという区別があります。
その違いは、「無心」であるかどうか、にあります。
ここで言う無心とは、執着がないということです。
火星内部に大量の水、火山噴火で地表へ
ナショナルジオグラフィック 公式日本語サイト 6月27日(水)18時1分配信
火星の周回軌道からとらえたオリンポス火山。 (Photograph from NASA/Corbis)
火星地下のマントルには“海”と呼べるほど大量の水分が閉じ込められていることが明らかになった。古代の火星では、火山噴火が主な水源となっていたようだ。生命に適した環境が形成されていた可能性もある。 研究チームが火星から飛来した隕石を調査したところ、驚くほどの量の含水鉱物(結晶構造の中に水分を含む鉱物)を発見したという。・・・火星の水が火山噴火に由来しているのであれば、水星や金星、地球などの岩石惑星、さらには大型の小惑星なども同様のプロセスをたどった可能性がある。「地球が特別なわけではない。太陽系のほぼあらゆる場所で水分を見つけることができるだろう」。
火星には、我々に良く似た生命体が存在しています。
似ているというのは、見た目をそうですし、物の考え方などもそうです。
人々は、支配者、被支配者の構造社会で生きています。
ですが、何らかの原因で、戦争などの好戦的状態は避けられているようです。
もしかしたらそれは、「不干渉」に関係しているかもしれません。
人々の根底には「不干渉」という意識が存在しています。
どちらかというとこれは、人との交流を断つというニュアンスが含まれています。
火星での科学技術は、我々地球人よりも明らかに発達しています。
その一つに、宇宙エネルギーの利用があります。
これは、われわれが考えるところのフリーエネルギーのようなものです。
これを使って宇宙船を動かしているみたいです。
火星の内部世界の印象は、一言で言えば、地球に似ている側面があります。
人工的な感じもしますが、どこか落ち着くと言いますか、ちゃんと生活できる環境が整っている印象です。
火星の人々も、我々地球人と同様、独自の輪廻転生システムのもとで輪廻します。
太陽系の中で輪廻があるのは、地球と火星だけみたいです。
絶滅危機のスマトラサイに赤ちゃん誕生 インドネシア
2012.06.27 Wed posted at: 09:45 JST
ワイカンバス国立公園のスマトラサイ
(CNN) サイの仲間で絶滅の危険性が最も高いとされるスマトラサイの赤ちゃんが、インドネシア・スマトラ島にあるワイカンバス国立公園のサイ保護区でこのほど誕生した。
飼育施設で誕生したスマトラサイは、わずか5頭目とされる。1889年にインドのカルカッタ動物園で1頭、その後米シンシナティ動物園で3頭が生まれた。赤ちゃんの父親アンダラスはその中の1頭で、2001年生まれ。
以前、何かの書物で、サイは霊界には存在していないというのを読んだことがありましたが、高次によれば、そうではないと言います。
いかなるものも、集合意識レベルではその存在が霊界にも間違いなく存在しています。
その母体があって、今この地球上に存在している、この側面を高次は強調してきました。
ですから、霊界の動物園か何かにサイがいなかった・・・これはあまり問題ではないみたいです(笑)。
それよりも、全ての動物は、人間をアシストするために今地球上で共に生活しているのだという視点が大切だと言います。
究極的には、人類に愛を思い出してもらうためです。
この愛というのは、何も思いやりや慈愛ばかりではありません。
むしろ、愛とは生命そのものだといったほうがいいかもしれません。
地球上で展開される「すべて」が愛の顕現です。
高次によれば、思いやりや慈愛というのは、神性の表れだと言います。
これは、人間にしか宿っていないものだからです。
「サイはなげられた」という言葉があります。
ですが、霊的にはむしろ、「サイとともにあれ」だと言います。
「さいころはもう投げられた。もう後戻りはできない」のではなく、「今ここから全てが始まる」のだということです。
ですから、今ここから、この現実世界で我々が生き抜くことこそ重要なのだ、そういう意味です。
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