みらいさん、ありがとうございます。
その方とは、もう約10年ですが、実際に会ったのは、初めの三回くらい。五十をすぎて、一度も海外に行くこともなく死ぬのだというので、数年前、同情心からさんざん協力しました。そうしたら、みさかいなく海外に独りで行くようになり、御家族に申し訳なく…。また、例えば、 他人が言った物や事柄をそのまままねて購入したり、実行したり…もちろん、極端な自慢話や不幸話は毎度です。こちらも用心し、当たり障りのないことを言うと、優しくない、人の苦労がわからない、とか言われます。一番最近では、嘘の話はあなた(私)のために言っていたのよ、と平然と言われました。
精神病のお母様を世話して、青春時代も何もなかった、というのが、すべてのはじまりでした。

私の夫は半信半疑で、私の関わり方が悪いのだと言い、正直そうかもしれないので、脱力感が大きいです。
しかし、みらいさんに聞いていただいて、やはり疎遠になるべきだと強く思いました。 (2013年03月16日 22時51分33秒)

マイペース70代

マイペース70代

PR

×

フリーページ

慶應通信のページ


思い出・・一期一会


一期一会


思いがけない再会


痴呆について(祖母を思い出しながら)


K君へ・・人はみんな同じではないよ


手を出さないで、見ててね


北の国から・・私の吹雪体験


Yちゃん


長倉洋海さんとアフガニスタン


生き急いだNさんへ


卒業仲間


沖縄の戦跡巡拝


旧友とのおしゃべり


学生無年金障害者訴訟判決/Yさんのこと


他生の縁


法事にて /「義兄」のこと


Mとの思い出


縁は異なもの


映画「ハッピー」とTさんのこと


同じ父なのに・・


かつてのヤンキーボランティア


阪神淡路大震災こと


叔母の「死」に思う


悪夢の思い出


進化する父


早世した友の思い出


障害を持つ子の親の思い


Nちゃん(中学のクラスメート)との再会


出会いの不思議


N先生の思い出


「あの子の笑った顔を見たいんです」


「シュウ君」


数学の思い出


思うことイロイロ


青春や若さって、そんなにいいもの?


NHK「フリーター漂流」を見て


団塊シッポのつぶやき


結婚って何だ?


若者のボランティア活動について思う


笑わなくたっていいんだよ


不倫って、「ひめごと」だと思っていたのだけど・・


普通って、何だろう?


やりたいことは、とにかく手をつけよう


成人式と着物


子どもに不正をそそのかし、見逃す大人たち


「『迷惑をかけない人』を望む母親が増加」に思う


人の心にも「地雷」がある


教師の体罰ニュースで思い出したこと・・


里親について


体罰事件で思い出したこと


「いじめ」は殺人になる


若い頃の苦労は買ってでもせよ。その前に、「子供の失敗は買ってでもさせよ」


読書、映画、観劇など


映画「裸足の1500マイル」


本 「カンボジア 運命の門」


レンタル映画「パウダー」


レンタル映画「タイタンズを忘れない」


本 「大地」パール・バック


本「揺れる子どもの心と発達」高垣忠一郎著


「奪還 」 蓮池透著


「逆さメガネ」養老孟司著、PHP新書


「死ぬにはいい日」


「"It"と呼ばれた子」


「あの世 この世」


「二人目の母親になっている日本の男たち」


パティニョールおじさん (レンタルビデオ)


映画「オリバー・ツイスト」


映画「スタンドアップ」


蟻の兵隊


映画「ハンナ・アーレント」


「引きこもり狩り」 芹沢俊介◎編


印象に残った絵本色々


映画「誰も知らない」


映画「白いカラス」


映画「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」クリント・イーストウッド監督


映画「愛を読む人」


2012年11月07日
XML
カテゴリ: 仕事
このテーマで最後に書いてから、もう1年たってしまった。
実は、書き続ける意欲が低下してしまったのだが、
やっぱり中途半端だなと思い直し、書き始めている。
今日書くことは、 私の仕事遍歴2「心身障害児の療育指導員その2」本文 の補足みたいなものである。

私は、ハンディを持つ幼児とその親たちとの出会いで、
大切なことをたくさん教えてもらった。
当時もその自覚はあったけれど、それ以上に自分の力量不足が申し訳なくてならなかった。
地区会館の一室で始まり、たった一人の指導員として始まったその仕事も、

行政の役割としてクローズアップされるようになってきた。
重度心身障害児は学齢期になると、「就学免除」という制度があり、
一部の学校が併設された施設などに入所する以外は、子ども同士で学ぶ場もなかったのだが、
親や関係者の努力や陳情の成果もあり、どのような子供も就学できるようになった。
しかし、一般の小中学校にすぐに入学できる体制はなく、
多くは「訪問学級」ということで、週に数度先生が訪問してくれるという程度ではあったが、
それでもどれほど重度の子供でも、その成長発達をその子に応じて支援するということは、
私たちにとってはとてもうれしい一歩であった。

私達の町でも、当初は「社会福祉協議会への委託事業」であったものが、
市の事業として小規模な障害児通園センターも開設が検討されるようになった。
それまでは「肢体不自由児、知的障害児、情緒障害児」など全部受け入れてきて、

お母さん達とそれぞれの専門家の意見を聞きながらではあるが、
ない知恵を絞ってそれぞれの発達を促そうと頑張っていた。
私や親の会の人たちは開設当初から、何度も何度も福祉事務所の担当者には、
「こんな状況では、だめです。これは一時しのぎです」と言っていたし、
大都市の「障害児訓練センター」のようなものを作る必要は伝えてはいた。

それでも、社会の動向や、近隣の市町村の動きに連動する形で、
7年目にやっと、障害児通園センターが開設される見込みとなったのだ。

今思い返すと、当時の私はいじらしいほど精一杯ではあったが、
常に私の心を苦しめていたのは
「専門家でもない私が、こんなことをやっていていいのか」という思いと、
遅々として成果の伴わない状況に、(それぞれの子供のこともであるが、行政の対応の遅さも)
「私がやっているからダメなのだ」という辛さであった。
かといって、その時の処遇では次の人にバトンタッチとはいかない状況もあった。
せめて、幼児教育についての資格をと「保母資格」を試験で取ったけれど、
私はもっと「障害児についての専門知識」がほしかった。
まとまった研修を受けたくても、家庭では二人の子育てに追われ、そんな余裕もなかった。
ぐるぐる考えると「やっぱり、私には無理だったんだ」という結論にしかいきつかない。

障害児訓練センターの開所に合わせて、
それなりに障害児教育・療育を学んだ人が市職員として採用される気配となったため、
「やっとこれで辞めることができる」と思った。
しかし、新人ばかりでは困るのでということで、
1年間だけの約束で新しいセンターで働くことになった。
しかしその1年は、私にとっては別の意味で辛いものだった。
肢体不自由児部門は、私と保育士一人が担当。
知的障害児・情緒障害児・言語障害児部門は、
〇〇大学の障害児教育課程の教授や、その学生や卒業生たちが担当することになった。
はっきり言って、大学の学閥の中にポツンと入り込んだ感じだったのだ。
さらに、大学というものは「研究と教育」が重要視される。
研究とは「仮説と証明」によるものだから当然ではあるのだが、
大学関係者の子供たちへのまなざしが、どうにも私には違和感があった。

私は「肢体不自由児部門担当」ではあったが、
幼児の場合、体の障害だけが問題ということはほとんどない。
言語や精神発達などはもとより、障害が重度であればあるほど、
知的・情緒的・言語的なことは当然として、
視覚・聴覚などにまで課題を含むのがほとんど。
最初の頃は、専門家や大学の先生たちが身近にいることを喜んだが、
その期待も束の間のものだった。
詳細は省くが、私にとってはさらなるコンプレックスの戦いと、
子ども達を「研究・実験対象」に扱っているように感じる違和感と、
違和感すらも自分の知識のなさによるものかもしれないという葛藤とで、
1年の後半は、職場に行くことが辛いという、ほぼ「職場拒否状態」に陥った。
私はただ義務を果たすだけに職場に向かい、
子どもたちやお母さん達の前では、辛さを表情に出さぬよう笑顔の仮面をかぶり、
大学関係者とは必要以上の話もせず、かといって職場環境が悪くならないようにと
言いたいことも言えずに不満をためこんだ。

結果として、その仕事を辞めた時には「責任を果たした」という充足感はなく、
「これで明日からこの玄関をくぐらなくていい」という安ど感こそあったものの、
逃げ出してしまったような後味の悪さが私の心を苦しめた。
それは、主観的には「挫折」以外の何物でもなかった。

こうやって書いていても、本当に私って開放的・楽天的なタイプじゃないと思う。
自分でできないことを、周囲のせいにしてしまう傾向もある。
当時の「自己嫌悪感」が、改めて蘇ってきてしまった。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2012年11月08日 10時11分59秒
コメント(6) | コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


Re:私の仕事遍歴 2の4 「心身障害児の療育指導員をやめる」(11/07)  
Roco さん
虚言癖の主婦とメールをしています。夫の知り合いの奥様なので、簡単に疎遠にもなれません。その方が、不幸な生い立ちをされており、身体も弱く(それらの話も本当ならばですが)、同情と、対応の疲れとで脱力感でいっぱいです。虚言癖の人に菩薩心は通用しないと言いますが、まさしくそれを味わっています。かと言って、こちらが不機嫌に対応すると、まさしく逆ギレです。少しでもいいので、アドバイスをいただけると嬉しいです。 (2013年03月16日 18時32分40秒)

Re[1]:  
Rocoさん、はじめまして。

>虚言癖の主婦とメールをしています。夫の知り合いの奥様なので、簡単に疎遠にもなれません。

その方とは、メールでのやりとりだけなのでしょうか?
直接会って話す機会などもあるのでしょうか。
その方が、そのように(虚言癖など)なられたのには、きっとそれなりの生い立ちがあったのだと思いますし、自分が認められたい、自分の気持ちをわかってもらいたいという思いの表れなのかもしれませんね。
そのようなタイプの方と付き合うことがとても疲れるのであれば、まずはあまり親しい関係にならないことでしょうか。
「そうなのですか」「なるほど…」など、否定ではないけれど積極的な共感や肯定ではない程度の相槌を打つように心がけたらどうでしょう。
また、長いメールであったら、返信はその半分いかくらいにするとか、返信までの時間を長くとるとか…。
できるだけ、二人だけで会う機会は作らない方がいいかも。
あなたはカウンセラーでも医師でもないのですから、対応に自信がなければ必要以上に関わらない方が賢明ではないかと思います。
虚言癖の方への対応については、インターネットで検索したら色々な情報があると思いますので、ご自分に合った方法を見つけてくださいね。 (2013年03月16日 21時10分45秒)

Re:私の仕事遍歴 2の4 「心身障害児の療育指導員をやめる」(11/07)  
Roco さん

Re[2]:  
Rocoさん、こんばんは。

その方も、お気の毒な事情がおありなのですね。きっと、その積み重ねによって、自分も他人も苦しめるようなことにつながってしまったのでしょう。
私達の身の回りには、実はそのような「困ったサン」の人が多いのだろうと思います。
自分の家族とか、どうしても縁のある人とは覚悟して向き合ったり付き合ったりしなくてはならないですが、そうでもない人とは適度な距離を置きながら自分の心が疲弊しないようにしなければ、本当に必要な時に頑張ることができません。
完全拒否や否定はできるだけしないようにして、その方にさらなる傷を与えないような配慮も必要ですね。
相手の気持ちを考えたり、共感したり同情したりする中で、自分の弱さにも気づくことができるように思います。
その繰り返しというか試行錯誤の中で、自分の心も鍛えられ強くなってゆくのではないかと思います。
今は無理でも、いつの日にかそのような「困ったサン」を支えたり助けたりできるようになる力がつくのかもしれません。
そうなった時には、その人はあなたに大切なことを教えてくれた師となっているのかも。
人と人との関係は、本当に不可思議なものです。
マイナスがいつの間にかプラスに変わるということは珍しくないものですからね。
同情から精一杯協力したというRocoさんは、そんな可能性が秘められているのだろうと思います。
なーんて、偉そうなこと書いちゃいましたが、私自身は面倒なことからはついつい逃げたくなってしまう気持ちと、いまだに闘っているのが現実です。 (2013年03月17日 19時29分07秒)

Re[3]:(11/07)  
Roco さん
みらいさん、ケイタイでうまく送れなかったので、PCで書いています。二重で送られたら、ごめんなさい。

みらいさんもお察しのとおり、その方は優しく、親切な方です。その上、美貌や学力、今は財産もあり、それがかえって報われなかった過去や弱い体力を強調させ、時に妄想的、利己的な態度になるようです。

最近の不幸話の一番は、ご主人のDVや、財産問題ですが、これはほぼ虚言とわかっていますので、私は自分の立場上、関わらないことに決めました。
そして、一番大事なことは、やはりその方に嘘を言わせる存在(私)がいるということです。自慢話ならともかく、悪い内容は、特にそういう方には言わせない方がいいと思いましたけど…そうですよね?

でも、もっと歳月がたって、いつか本当にその方が深刻な状態になり、私でも何か役にたてることがあれば、そのときはそうするつもりです。変な話、そうするには、まだその方は元気で、私の方が疲弊する状態なのです。

私もその方から様々なことを学ばせていただいたのは事実です。一番は自分の親切はどこまでできるか、していいのか…だったでしょうね。
みらいさんがおっしゃるように、本当に、いつも試行錯誤だと思います。

みらいさんのご専門とご年齢と親しみやすさから、お話しを伺いたくなり、突然コメントしてしまいましたが、お陰様で冷静に考えることができました。

ありがとうございました。


(2013年03月17日 22時10分08秒)

Re[4]:(11/07)  
Rocoさん、コメントありがとうございます。

>一自慢話ならともかく、悪い内容は、特にそういう方には言わせない方がいいと思いましたけど…そうですよね?

Rocoさんは本当に聡明な方ですね。本当にそうだと思いました。
改めて考えさせられる、大事なことです。私は、そこまで深く考えていなかったかもしれません。

>一番は自分の親切はどこまでできるか、していいのか…だったでしょうね。

「親切」な態度が、課題を抱える人と接する時の一番の胆だと思います。
それも、自分の力量の範囲の親切で。
言葉にすれば簡単なようですが、これがなかなか難しいものです。
どうしても人は背伸びをしたくなりますし、相手が気の毒だと感じたら一層、力量以上のことをしてあげたくなる。
その結果、自分で引き受けられなくなって拒否したり責めたりするのでは何にもならなくなりますし。
私自身の現在はどうなのかを、もう一度見つめ直すきっかけをいただきました。
ありがとうございました。 (2013年03月18日 10時18分38秒)

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

みらい0614

みらい0614

コメント新着

みらい0614 @ Re[1]:北海道文化塾初回…ヤマザキマリさん(05/07) Milkywayジャーナルさんへ そうなんです…
Milkywayジャーナル @ Re:北海道文化塾初回…ヤマザキマリさん(05/07) ヤマザキマリさんは北海道育ちなのですか…
Milkywayジャーナル @ Re:人間力の劣化はどうしたら防げるのだろう(05/27) AIは、ローマ法王が今回の「回勅の中で述…
みらい0614 @ Re[1]:「朝鮮漂流」 町田康(05/09) ぼちぼち7203さんへ 身に余るコメント、…
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: