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木昌1777さんComments
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先日他の地図を頼りにして探し回って結局見つけることの出来なかった“明治の宮廷歌人”といわれた「八田知紀誕生地」を今回は南日本新聞の地図(当ブログ10月15日掲載)を頼りにして探し出すことができた。
しかし写真で見る通り、今は普通の民家となり半分は木で覆われたような形になっているので、やっと見つけることが出来た。
八田知紀(はったとものり)の紹介はは当ブログ10月10日に詳しいが、この誕生地がまだ西田村とよばれていた1799年(寛政11年)この地に生まれた。幼名を彦太郎といい、号は「桃岡」(とうこう)である。また明治天皇に歌道御用掛として和歌を教えた。
代表的な歌に「吉野山 霞の奥はしらねども 見ゆる限りは桜なりけり」がある。
八田知紀に関連したものとしてやはり10月10日当ブログ写真で紹介した桃が岡にある「桃岡八田先生幽栖之地」の石碑がある。
話題は変わって、今日は我が校区の小学校4年生の妙円寺詣りの日だった。
幸い武岡の上にあるので、よその学校みたいに市街地を歩いてきて水上坂を登る必要はない。一般的に照国神社を出発して、妙円寺(現在は徳重神社)までは19kmといわれているが、武岡からは15kmくらいになる。
学校から5kmくらいある日置市の「チェスト館」までは歩道がない箇所もあり、安全確保のために毎年地区の青パト隊がお手伝いをすることになっている。
青パト隊2年生の私も昨年に引き続き出動(大げさだなあ!)した。今年も日中暇な10人が参加。
我々は危険箇所だけ車から降りて誘導すれば良いのだが、今年は子供や父兄と歩く距離が長く、「チェスト館」に着いたときは、万歩計は8500歩くらいになっていた。
そこから先は歩道も広く安全も確保されているので、子供たちはあと10km先の妙円寺を目指して歩いて行った。我々はそれを見送り、チェスト館の物産館で買い物などして車で帰ってきた。
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