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これもかなり前の話になるのだが、8巻を読み終えた。 前半は『勝者の混迷』の部分と時代が重なる。主にカエサルの少年期から青年期まで。同時代の人間、ポンペイウスが20代から名声を得ていたのに比べると出世が遅く、しかも壁に頭をぶつけてばかりだったのが伺える。 しかしこの間までだとただの借金まみれの色男、大言壮語で機転は利くし才能の片鱗はあるけれどもこれと言った大きな英雄と呼べる業績は無い。魅力も感じない。 作者の書くように大器晩成型なのだろう。
2007/07/28
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かなり以前のことになってしまう。『ローマ人の物語7 勝者の混迷(下)』を読了。 マリウスとスッラ、そしてポンペイウスが出てくる時代。この時代、もはや地中海の覇者と化したローマの体制に元老院体制が合わなくなり、しかしスッラはそれに固執して、持ち直そうと努力するが自派から出たポンペイウスが、例外を作り続けスッラが死んで少しも経たない内に体制が崩壊してゆくと言うもの。 外向きではスペインでの反乱、海賊の平定、ミトリダテスの反抗、そのぐらいだろうか。頭の中で順番も正しく出てこない。 感じたことは読みやすい、と言うことぐらいか。現代の人間が書いた本なのでストレスなく読める。また想定している対象も一般人に向けているので分りやすい。 このあたりは題の通り混迷と言う感じ。作者の言うとおり進むべき方向に必死で逆らいしがみ付こうとしている印象。体制を変えようとするものは排除されてゆく。 カエサルのこともちらちらと出てくる。今、9巻を読み進めている状態なのだが、カエサルというのはローマ史の中では一大人物らしい。私は今まで主に中国史、日本史などを主に興味の対称にしていたから、ヨーロッパの歴史に疎い。頭に入っているのは世界として認識が始まる近代からだ。 作者はこのカエサルと言う人物に惚れ込んでいるらしい。当然ながら詳しいようだ。 知らないことを知るのは面白い。
2007/07/21
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ジーン・ハックマン、アル・パチーノ主演、二人の男の友情を描いた『スケアクロウ』を観た。 ヒッチハイクで偶然出会ったフランシス・ライオネル(アル・パチーノ)とマックス(ジーン・ハックマン)。 フランシスは明るく冗談がうまく誰とでも打ち解ける。5年間放浪した挙句、子供が5歳になったのを思い出し、妻の下に行こうとしている。旅の目的は妻に謝り、子供にプレゼントを渡すこと。 一方マックスは少々偏屈。喧嘩っ早く、周囲に理解されない行動を取る。それがますます悪循環で偏屈にさせている。7年の服役を終え、服役のときに貯まったお金でピッツバーグで洗車ビジネスを始めようとする。彼は其の話をフランシスに持ちかける。理由は最期のマッチを自分にくれたから。 お互い性格は違えど様々なことを経て二人は親友になってゆく。 最期は倒れてしまったフランシスのために有り金全てはたいてピッツバーグまでマックスが行こうとするところで終わる。 旅から旅、男の友情、一人が巨漢で怪力、偏屈、一人がチビで人懐っこく冗談がうまい。全く正反対だけれども二人は仲良し。 これだけのキーワードを並べるとある作品、スタインベックの『二十日鼠と人間』を連想してしまう。翼さんが見たらそういったかもしれない。 しかしラストが少々異なるし、展開も違う。何となくリンクして思い出したというだけだ。 この物語の中で、マックスは徐々に成長してゆく。フランシスといることで角が取れて偏屈さが長所へとなってゆく。 一方、フランシスのほうは最初は色んな所で厄介を起こすマックスをなだめ、世間との仲介を行う常識と明るさのある人物として登場する。しかし話が展開していくにつれ、それは先にある悲しみ恐れを打ち消すための必死の足掻きであることが分ってくる。 彼は何も言わず、5年間船乗りなどをしながら放浪し、ふと言いようも無い寂しさに自分に気づいたのだろう。常に送金は欠かさずしていた。しかし何も連絡もせず妻子を放り出していた。許されるかどうか不安な中の旅だった。だから逆に明るかったのだろう。 それがラストで妻に電話をかけるシーンとその後で全てが表現される。 電話口で謝るが許してはくれない。逆に来ないでといわれる。2年間に再婚したことを告げられる。子供のことを尋ねるとそのことで妻の復讐心が芽生える。本当は生きていて5歳になる男の子なのに、男の子は流産して死んでしまったと嘘を告げる。洗礼も受けず天国にいけなかったのはあなたのせいだと告げられる。 それを聞いたフランシスは絶望の中電話を切る。電話ボックスから出るとマックスに明るく抱きつき狂ったように喜び「男の子だった。妻が再婚してるため会えない」ことをうれしそうに語り、そのあと飲み、狂ったようにはしゃぎ、ぷっつりときれ、病院に運ばれる。 ラストはどちらとも言っていないが、私はフランシスは立ち直ると考える。なぜならマックスがいるから。あの固い絆があれば意識不明の錯乱状態からでも立ち直れると信じたい。 ラストの演技はさすがアルといえる、痛さを感じさせる演技だった。ジーン・ハックマンは名前は知っていたけれどそういえばきちんと意識してみたことは無かった。あれだけの偏屈で変化のある役をできるなんてすごい俳優さんだな。そんなことを思った。
2007/07/15
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ディズニー映画で南極の犬ぞり犬たちを描いた『南極物語』を見た。 犬たちが主役。 犬橇犬8頭が様々な要因から冬の南極に置き去りにされてしまう。その極寒の南極で奇跡の生還を果たす犬たちを描いたもの。 犬たち一匹一匹に表情がある。台詞がないのに言わんとしていることが伝わる。不思議だ。 演技が上手で表情が豊か。とても笑える部分も随所に存在している。翼氏と一緒に見て楽しんだ。 他には銀世界の映像が非常に綺麗だった。南極でなく、グリーンランドとどこからしい。銀世界と言うのはすごい。 ハスキーたちはとても生き生きしていた。彼らはものを引くことを楽しみとする習性があるらしい。走っている姿は本当に楽しそうだった。 昔そういえばシベリアンハスキーが流行った時期、非常に飼いたくて親に聞いたことがある。しかし自分の喘息と、ハスキーの食事の量(彼らには一日数キロの肉が必要らしい)、運動量を問題にされ、あきらめた。 しかし彼らの顔は精悍でまことにたくましい。映画で見る分で今は満足することにしよう。最近もう喘息も出なくなっている。いつか飼えたらいいな。でもそのためにはかなりの経済力と体力と覚悟がなければいけないけれど。 そんなことを思った。
2007/07/14
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大体約一週間で一冊が終わる。自分としては飽きの来ない、かといって短すぎもしない、持ち運びの良い適度な量だ。 この巻はハンニバル戦役期を乗り切った世代が徐々に消え、市民権の問題など行政上の改革を行う必要が生じてくる時代を描いている。中心はグラックス兄弟とマリウスとスッラ。徐々に貧富の差が広がり階級が生じている。 正しいことをしようとしても時期が合わなければつぶされてしまう。早いか遅いかは後の人間の言うことで当時の人間には判断のできないことかもしれない。古代だとやはり失脚即死が待っている、今もそう変わらないかもしれない。 下の人間が下でどんなに正しいことを言っても通らない。それ相当の権力を持つ立場になるまでひたすら我慢をする必要があるのだろう。もしも正しいことがしたいのなら。 しかし時期と言うのもある。待っていたら手遅れになってしまう。そのときは後先考えず、声を上げるのがいいものか。 しかし実際、渦中にいる人間は状況が見えない。中に入れば入るほど、その霧は濃くなり複雑化してゆく。 霧を振り払うためには一度リセットする必要があるように思える。休みがあるのはそのせいだろう。一度距離を置き、離れてまた取り掛かる。霧が深くなったらまた離れ、取り掛かる。 また一週間頑張っていこう。いつかこの深い霧も晴れるはずだ。しっかりリズムを整えて。進もう。
2007/07/13
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レンタル屋にてキーラと『戦場のピアニスト』の俳優さん(名前知らない)が出ていたので、裏表紙が気持ち悪かったのだが(自分はホラー嫌い)、観ることにした。 ミステリー。 湾岸戦争で頭部を打たれ九死に一生を得た主人公。脳に若干の障害を負い、帰る途中、ヒッチハイクをした人間の殺人罪の濡れ衣を着せられ刑務所兼精神病院に送られてしまう。 そこで精神病医師から人格矯正という理由で変な薬を打たれ、拘束衣を着せられ、死体を入れる収納庫に監禁させられる。 そこでなぜか2007年の未来に飛べるようになり自分が其の収納庫の中でいずれは死んでしまうことを知る。 死ぬまでの3日間、様々なことを行い、最期は1993年の体は死んでしまうが自分の塗り替えた未来に飛んで自分が助けた女性と仲良くなりハッピーエンド(?)と言うもの。 ところどころにいくつかの疑問が生じ、それが解決されないまま進む。 まず何故、最初に湾岸戦争で子供から頭を打ちぬかれ、死亡と断定されたのに生きていたのか?また、何故子供が銃を持っていたのか? 次に主人公に濡れ衣を着せた犯人は結局野放しなのか?だとしたら非常に後味が悪い。 その次に何故未来に飛べるようになったのか? また最期に未来を変えたようだが、実際、二つの世界を作り上げてしまったことになる。そこらへんの説明が無い。 煎じ詰めて別の解釈をすれば、未来にはいっていなくて、単に夢を見ていただけなのかもという解釈も成り立つ。最期のクライマックスに「人は運命を変えられないが其の中で精一杯生きることはできる」という意味のことを言っていた。それが伝えたかったことなのだろうか?だとしたら穴だらけだ。 よく分らない映画だった。 ただ、キーラは相変わらずきれいだった。蓮っ葉のような酒やけした感じのハスキーな声を出して爪を黒く塗って少し幼い感じもするのも、また違った感があってよかった。かなり前の作品なのかな。 そんなことを思った。
2007/07/08
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ウォン・カーウェイ監督、トニー・レオン、マギー・チャン主演『花様年華』を観る。『無間道』を見てトニー・レオンの作品が見たくなったのが理由。 内容はお隣同士、両者とも伴侶に浮気をされ、其の相手がお互いの伴侶。二人とも相談をするうちに仲が深まってゆく。最期は別れお互いの人生を歩んでゆく。 ウォン・カーウェイはこの作品で大人の魅力と言うやつを伝えたかったらしい。たしかに二人とも味のある存在感を出している。設定がかなり昔の香港と言うだけあって皆道徳的な感じがする。 映画として監督は楽しんで作った作品なんだろうな。そんなことを感じる作品だった。 雰囲気を楽しみたいのなら良い映画だと思う。 …今気づいたのだが、このDVDの表紙、何か連想するものがあり…。う~ん。
2007/07/07
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この日、塩野七生著『ローマ人の物語5 ハンニバル戦記(下)』を読了。電車の中だけでしか読んでいないが、短時間なので逆に集中できるらしい。また、一巻が薄いので読んだという達成感もある。それに読み終わって町の小さな書店に買いに行くのも楽しい。別に書店の人は意識などしていないのだろうが、長い連巻ものを一巻ずつ買って行くのはなんともいえない優越感を感じるのは自分だけではないと思う。 この巻は第二次ポエニ戦役の終盤、スキピオの活躍、ハンニバルVSスキピオのザマの会戦、そしてマケドニア、カルタゴの滅亡までを描いた巻。 この巻では時代の主役とも言えるカルタゴの名将ハンニバルとローマの名将スキピオが会戦で激突する。 この著者の描き方のせいだろうか。両者とも一個の人物である。両者とも戦わざるを得なくなって戦う。両者ともこの時がもっとも輝いていたように思う。 しかしこの稀代の名将と呼べる二人、両者ともその後がろくな最期でない。 ハンニバルのほうは政敵から国を追い出され、その後も亡命を繰り返して諸国を渡り歩き、最期は功を焦ったローマの将に追われて毒をあおり自殺している。 スキピオの方はその後も連戦連勝で栄光の人生を送るが、病弱で、更に最期は内部からの弾劾を受け、ローマを去り、表舞台からも姿を消す。 この二人の人生は確かに才能に恵まれ、輝いていたが果たして幸せといえるのだろうか。最期に裏切りにあって人生を終える。そんな人生が幸せといえるのだろうか。一時でもたとえ一瞬でもいいから歴史の晴れ舞台で脚光を浴びたい、そう思える人はイエスというのだろう。自分は分らない。 人生とは分からない。どんなに人のために尽くしても報われないこともあれば、自分のために行動をしていたり何の考えもなしに動いていたとしても報われるときもある。 また嫌な奴ほど長生きするとはよく聞くが、皆に嫌われる奴でもどうしようもない卑劣漢でもしぶとく生きる。どうしようもなく嫌な奴が権力を持っていたりする。 世の中は本当に奇怪だ。 人の死に方が半端ではない。数も半端ではない。なんだか慣れない。慣れる事はできない。感情は動くものなのだから。考えるということも感情の一つの動作なのだから。たとえ甘いとか、弱いと言われても変える気は無い。 ここまでは興隆期という感じがする。後の巻に見られるように(現在7巻読書中)内部で醜く争うなどと言うこともないし、個々まではどちらかと言うと防衛、自衛のための戦いという感じがする。これ以降から徐々に覇権主義に入っていくといえる。
2007/07/06
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