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翼氏が映画紹介で気になっていたようで見ることにした。 アスペルガー症候群のドナルドとイザベルのラブストーリー。 ドナルドは数学の天才。しかし数字を聞くとそちらに集中してしまい、職を点々とする。自閉症の人たちで自ら会を立ち上げ、その会を大切にしている。自分に自信がなく、それまでの人生から常に周囲に不信を抱き、普通になりたいがなれない自分にジレンマを感じている。非常にまじめな性格。 その会にイザベルがやっている。彼女は沢山の芸術系才能を持っている。自分の異常さを受け入れ、それと共に上手に生きている。縛られるのが嫌い。明日の予定や支配を嫌う。独立心の強いタイプ。 二人ともお互い惹かれあい、不器用な表現をしながら一緒に生きてゆくという、結末。 皆少なからず変な所を持っている。しかしながらそれを劣等感にするのではなく、プラスに使えるように努力すればいい。ドナルドの数学も始終数字に捉われているので、変人とされるが、統計データのまとめの仕事は彼の適任だろう。 人間、適材適所でそれぞれの場所に上手くはまれば、輝くことができる。 自分もそう信じたい。
2007/08/25
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映画紹介で見たとき興味を持ち、今回レンタルに出ていたので借りてみた。 タップダンスの上手な皇帝ペンギン、マンブルが主人公のお話。 歌が上手い事がステータスの皇帝ペンギン社会。その中でマンブルは歌が歌えない。親が心配して、色々手を尽くすが歌が下手なまま。嬉しい時や感情が高まったとき、皆は歌で表現するのだが、マンブルはダンスで表現してしまう。 更に人間の乱獲による魚の減少も出てきて、それを群れの秩序を乱したことと結び付けられ、追放される。放浪の旅の末、乱獲の原因・人間に会うが話が伝わらない。ダンスをするうちに注目されるようになり、ペンギンのメッセージだと言うことになり、最後は漁獲量を抑えようという話に収まり、めでたし、めでたし。 集団の価値に合わない才能を持つことの辛さ、それを伸ばせない環境。 環境問題。人間の身勝手な魚の乱獲や生活圏の拡大による他の生態系の破壊。 ディズニーだから、面白い中にも子供に向けたメッセージを複数こめたかったのだろうしかし二つの問題のかけ合わせが上手くいっていなかったように感じた。 どちらの問題もご都合主義で短絡的に終えてしまっている感じがしてしかなた無かった。 しかし期待していた歌とダンス、そして会話が楽しかった。 この点では楽しめたので良かった。 あと日本のアニメみたいに変に眼がアニメ化しておらず(マンブル以外)、特徴を残してのものだというのに感心した。
2007/08/18
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この日は長野より大学同期が来る。またエドゥとも飲む約束をしていたので、全員知らない仲だったこともあり、一緒に食事をして飲むことに。 長野よりの大学同期はムーメイと呼びなれているのでここでもそう呼ぶ。 彼女はマイペースにコンスタントに勉強を続ける人だった。健康的な人で何でも笑顔の下に隠して頑張る人だった。文句は他の場所で言っているのかもしれない。 仕事をして4年目になる。よくやっている。彼女には色恋沙汰の影が無いことが唯一の心配だ。いい人と一緒になればいいなぁ。お見合いとかで結婚するのがいいのかもね。 なんだか親父目線になってしまいました。いや、それだけ、一緒に留学をした仲間は違うのですよ。17人いたけど、むしろ家族みたいな仲間。 焼肉をして過去の話をしてゆっくりした時間を過ごした。何を話したかは記憶に薄い。きっと他愛も無い雑談だろう。 あと、もう一人、東京にいるぐいずというこれも一緒に留学した同期のメンバーも来ていて一緒に飲んだ。このコとエドゥは面識があるがあまり話したことがない。潔癖症なところがある彼女とエドゥが合うか不安な気がしていたのだが予感が的中。エドゥは学生の頃のノリで彼女の恋愛を話のネタにしようとする。ぐいずとしては真剣に付き合っているからからかいの材料にされたくない。それが薄々分っていたので何度か話を変えていたのだが、やはり尽きるとそこに戻った。エドゥも途中で気づいて話をしないようにしてくれたが。 このぐいずも今の彼氏の事は語りたがらない。以前数年間付き合っていた人がいたのだが、生き方の問題で別れることになった。今の彼氏の事も控えめに語る。まだ上手く整理ができていないのかもしれない。大丈夫かどうかは心配だが、それは彼女自身の問題だ。またもやおせっかいオジサン。 エドゥもその方面では色々苦労をしている。彼は言われれば、と言うタイプだから。彼にも言わずに居れないような魅力的な人との出会いがあるといい。そう願っている。 珍しく色恋沙汰の話題となった。まあ、たまにはいいかな。
2007/08/11
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この日は早朝から起きて父の車で空港へ。「今度は寒いとき、ふぐやかきの美味しい時期に来てください。振舞いますけん。」親父が言っていた。今年の冬は難しいかもしれないがいつかその時期にも連れて来たいなぁ。搭乗口で日の出を迎えた。夏休みも終わった。リフレッシュも完了。また進みだそう。社会人としてはまだまだこの太陽と一緒のようなものだ。 光差す日の出の太陽のように、清々しい気持ちで進みだそう。
2007/08/07
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この日は博多に行く予定だったが、疲れもありまた天候もあまり良くなかったので小倉を散策することにした。公園を通って駅前へ。少々散歩をした後有名な博多ラーメンの店「一蘭」で食事。かなり個性的な店なので、大丈夫かなと思ったのだが、気に入って楽しんでくれていた。本当はこってりな久留米ラーメンの店『魁龍』に案内したかったのだが、親父から、「あそこは匂いがすごいけん、よそから来た人にはキツイやろう。」と言うことで変えた。 久しぶりに一蘭で食べる。今回食べてみて一蘭もやはり美味しいことに気がついた。 スープを残さず飲むと、 楽しい粋な仕掛けが待っていた。 地元に帰れば必ずラーメンを食べる。これは、上京している九州人に共通することではないだろうか。あの博多ラーメンの味は地元でしか味わえない。その他、地元だから贔屓しているのかもしれないが、食事が全体的に美味しい。外食でもレベルが高いし、家の中では母親が素晴らしい料理の腕を振るってくれる。味もいいが母の盛り付けは非常にバランスが取れている、研究されていると感じる。皿からやはり選んでいる感がある。 リリー・フランキーの『東京タワー』に出てくるオカンも床漬けを持ち、その味を相当研究していた。その表紙の帯に福山雅治がコメントしていて「九州には魅力的なカアチャンが多い」と書いていたが、私は大いに同感だった。地元贔屓なのかもしれないが。でも自分の生まれ育った場所を愛し、肯定することができない人が果たして他人を慈しむことができるのだろうか。 私は地元が嫌で関東に来たわけではない。やりたいことがあり、こちらでしかできなかったから大学からこちらに来ることになった。就職に際し一度は戻ろうと試みたが、無理だった。自分のやりたいことはやはりこちらのほうが機会が多い。 故郷は遠きにありて想うものそういうものなのだろうか。 この日の晩も母が腕によりをかけて振舞ってくれた。盛り付けも素晴らしかった。いわしの塩焼きふぐのてんぷら、刺身、等等。 写真はその一つ。写真を取る前に手が出てしまう。(笑)ありがとう。母さん。そしてこのような家庭を築いてくれた親父に感謝。私もまた戻り、自分の場所に帰って成長しよう。
2007/08/06
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3日目は母の計らいで関門橋を渡り唐戸市場で食事をし、海響館まで車で送ってもらい、先ほど食べたお魚たちを鑑賞。その後船で門司港まで戻って少し歩き、電車で小倉へ。親父の計らいで外食をし、帰りに公園に寄って花火を見た後帰宅、就寝。 まずは関門橋を渡って唐戸市場へ。 普通、本州から来た人はこの海峡を渡ると感慨深げになるのだが、地図が頭に無いせいだろうか。普通に橋を渡っているように受け取っていた。まあ、実際そうだが。流れの速さと渦潮ができることには驚いていた。 この日は海が綺麗に感じた。 唐戸市場は母が以前から食事をしたかった場所で、この付近では有名。一階はセリ市場で早朝にセリが行われている。私達の行ったのは午後だったので、2階の獲れたて海産物のお寿司が目当て。しかし、観光スポットだけあって待った。うちの家族は待つのが苦手だ。行列などあると逆に敬遠してしまう。しかし今回無い事に行列に入り、1時間待った。待つ間にちょうど良く市場を散策でき、 写真まで収めることができた。 寿司は非常に美味しかった。一番美味しかったのは生さんま。こちらでは青魚が美味しい。さば、アジもいける。鯨の寿司も食べてみた。母にご馳走になった。 その後海響館という名に変わった下関の水族館に行く。昔、行った事があったが古くて老朽化していた。しかし改装して新しくなっており、見せ方も良かった。大きな水槽。石鯛などかなり成長した大きな魚が泳いでいた。 関門は河豚がよく取れる。自分も河豚だけは釣ったことがある。ここには何十(何百?)種類の河豚が飼われていた。小さい2cmの物から様々な色、生息地のものを揃えていた。 熱帯魚系もきっちりいた。 哺乳類型の海の生き物もいた。元気に泳いでいた。 素晴らしく大きい魚もいた。比較のために人にも入ってもらった。2メートルは超えていたと思う。「生きた化石」カブトガニに見入るお子様もたくさんいた。中には巨大な鯨の骨も展示されていた。大きさを表現するため、おちびちゃんにも協力をしてもらう。 その後、船に乗って門司港へ。片道380円前後。こんなに安いとは知らなかった。 門司港に着いて、時間もあまり無かったのでお気に入りだったオルゴール館、図書館だけに寄った。図書館では少しゆっくりしたかったのだが、馬鹿なヤンキーニーちゃん二人組が涼むためだけに来ていてうるさかったので、すぐに出ることにした。 その後、駅前で親父と合流して食事へ。以前にも一度食事をしたのだが、非常に雰囲気のいいお店。翼氏はコース、親父と自分はいくつか選んで注文。 ゆっくりと落ち着いてくつろいだ。その後花火を見に公園へ。近くでよく見れたのだがここら辺で翼氏が風邪をもらってしまったらしい。度重なる緊張と疲労、人ごみが原因だろう。そこらへんを考慮に入れていなかった。しかし、こちらの気持ちを酌んでくれたのだろう。楽しんでくれていた。非常に綺麗だった。
2007/08/05
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この日は起きたのは昼頃だろうか。それから食事をして母と翼氏とでずっとおしゃべりをしていたように思う。 話の詳細はだいぶ忘れてしまった。しかし気が付くと夕方になっていた。 その後「わっしょい」のパレードを見物に行く。今年は小倉祇園が出ていない。去年問題を起こしたらしい。残念だ。公園の芝生に座ってカキ氷を食べながら、戸畑祇園等、北九州の祭りの御輿を見物。この公園は芝生ではなかったのだが最近整備され綺麗になった。芝生にして正解だったと思う。 翼氏は祭りの時の思い出を語ってくれていた。20代まで祭りの時も外出禁止で、夜店のものも買ってはいけなかったらしい。今回は帰って晩飯があるので少々控えてもらい、カキ氷だけにした。他にも箸巻き、りんご飴に興味を持っていたが、次回、どこかの祭りに行くときに我慢してもらうことにした。 祭りのとき、自分は遅く戻ることが高校の時、許された。それまではもちろん夜に歩いたことはあるけれども、父と一緒だった。 高校時代仲良くしていたのは今も連絡を取り合っている面々だ。それも同じ高校でなく、小中と一緒だった仲間。何をするわけでもなく、祭りを見るわけでもなく、沿道の傍らに腰を下ろして話していた。 内容は、今考えるとくだらない。「何故、自分たちには彼女ができないのか。」「一つ、ナンパなるものをやってみようか。」「中学時代の○○は今、何をしているのか。」などなど。典型的に目立たない、冴えないルックスの仲間たちだったから、ただの冗談で終わってしまう。もちろん自分もそこに含まれる。高校前半までは太っていたし、趣味はゲームと読書。完全に根暗と言える。唯一部活が剣道で、しかし臭いの代名詞でもあるような素晴らしいスポーツだった。 高3の時、自分の祭りに行く目的は好きなコに会えるかも知れないということだった。其の当時好きだったコ(毎年、よく変わったなぁ)が参加してどこかを歩いているかもしれない。もしかしたら会えるかもしれない。ただ、それだけだった。面白いことに喋ったこともない。恐らく、見た目と雰囲気だろう。 高校の時、いつも自分の好きなコを心の中で作っていた。その子に会えれば一日が楽しかった。面白くも無い学校生活を楽しくするための自分なりの工夫だった。別に話しかけはしない。誰でもそのようなことをやったことがあるのではないだろうか? 恋はしていないが、恋をしているように思い込むことで学校生活に少しでも色を持たせようと努力していた。母の言葉を借りて言うなら「恋愛ごっこ」だろう。実際は勉強と部活、それ一色だった。自分は人より倍の時間を要するタイプだったから。 閑話休題、戸畑の提灯山を見て家に戻った。 戻ると父が戻っており、すでにビールを一缶開けていた。食事はさわらの塩焼きと焼きなす、お刺身、トマト、枝豆、かぼちゃの煮つけ、オクラぐらいだろうか。時間が経ってだいぶ忘れてしまったようだ。 食卓の中で、一番の印象は翼氏と、父との会話。翼氏はいつも体当たりだ。変化球を使わない。その点が彼女の美点でもある。着く前、親父がどう思うのか、ひどく不安がっていた。私が何と言っても、不安は消えず「去れと言われれば去る」という覚悟までしていた。そんなことはないと言っていたが、やはり親父の答えはそうだった。「私はこいつに『高校まではきちんと道を示すが、それ以降は自分で決めれ。』と言う方針で来とります。」親父の口から聞いて、落ち着いてくれたようだった。夜も遅くなったのでお開きにした。
2007/08/04
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この日、仕事終わり、8時頃帰宅。23時飛行機に乗る予定。 いつもの帰省と違うのは想い人と一緒に帰省するということ。今回の旅の目的。この人と一緒に人生を歩んでいくつもりだという行動の意志表示。翼氏に地元のお祭り「わっしょい百万夏祭り」で花火、小倉祇園を紹介すること。地元の食事を楽しんでもらうこと。親父と酒を飲むこと。母と話すこと。…このぐらいだろうか。 夕食を済ませ、シャワーを浴びて支度をし、羽田に向かう。以前に一度、このルートで帰ったこともあり、逆に余裕を持ちすぎてギリギリだったようだ。自分には珍しい。 飛行機に乗ると翼氏が緊張の面持ちになっていた。以前から飛行機を敬遠していた。しかし、地元に帰る一番安くて早い方法は飛行機だ。少々我慢してもらうことにした。 離陸してしばらくすると、落ち着いてきたようで安心した。今回、飛ぶかどうかも不安だった。台風が近づいていたからだ。飛行機の中からは少し夜景(夜の街明かり)が見えたこともあり、そちらのほうは楽しんでくれたようだ。 無事、到着し、親父に会う。相変わらずだった。太ってもいないようだったから安心した。 父の車に乗り自宅へ。車中、話をして過ごし、到着。親父と翼氏は敬語で話をしていた。まあ、初対面だから仕方ない。二人とも硬さを感じた。申し訳ないが自分だけのんびりしていた。 家に帰ると親父も待っていたらしい。(運転をしていたため飲んでいない)少し飲むことにする。その少しがビール2缶焼酎のロック2杯となった。 親父と話したのは主に会社のことについて。働いてまだ4ヶ月。色々ストレスはあるが(当たり前だが)好きな仕事をさせてもらっていることを告げると安心していた。 少々現状への不満を話してみた。返ってきた言葉は道理だったが三十数年働いてきた重みがあって、説得力があった。一言で言えば「日々、相手の幸せを祈っていけ。そうすれば自ずと変わってくる。」 苛立っていても何も変わらない。相手も人間だ。相手が何故そのような行動を取るのか。何故そのようにしないのか。相手の立場に立ってものを考える。そうしなければ何も変わらないし、見えてこない。 最近、親父がすごいと思えてきて仕方がない。三十数年間、一家の大黒柱として生き続けている。其の間、親父が仕事の事で愚痴を言ったのを見たことが無い。困難な状況に立たされても喋ったことはない。後から大学時代、帰省したときに、仕事が無くなり明日の生活もままならないときもあったことを母から聞いた。その時も誰にも当たらなかった。 今、たった数ヶ月過ぎて、この生活を三十数年も自分はできるのかと不安になる時もある。 親父は家庭を持ち、息子二人を何不自由なく育ててくれた。院までいけたのは親父の計画性があったおかげだ。 そういえば大学に入ってから、親父に指図をされた覚えが無い。 まだまだ一人前の男とは言いがたい自分を尊重してくれている。 そんな親父に感謝して其の日は杯を干した。
2007/08/03
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