我輩はドラ猫である
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
1月
2月
3月
4月
5月
6月
7月
8月
9月
10月
11月
12月
全1件 (1件中 1-1件目)
1
ネットニュースで気付いた。曽野綾子さんが2月28日に逝去されていた。もう、まさにガーン。私はこの世代の作家さんが好きなのである。最近、曽野綾子さんのエッセイを見かけないなあ、どこかの週刊誌に載っていないかしらと思ったばかりだった。93才で、骨折をきっかけに入院され、そのまま老衰で亡くなられたそうだ。曽野綾子さんも、佐藤愛子さんのように100才過ぎてもお元気だろうと勝手に思い込んでいたのが迂闊だった。お元気なイメージしかなかったのである。最初に曽野綾子さんの本を読んだのはなんと小学校4年生の時だった。「誰のために愛するか」が超ベストセラーになり、何故か我が家にもあった。母は読書をしないし、父の好みでもなかったから、何故そんな本があるのか不思議だった。母が誰かにもらったのだろうか。「あんたが読んだら?」と言うので、手に取ってみた。初めて読んだエッセイがこの本だった。表現は硬くないし、読みにくいわけでもなかったが、内容は深すぎて、4年生の私には無理だった。確か、愛するというのはその人のために死ねるかどうかだと書かれていた気がする。そして、母親はそれが本能だとしても、こどものために死ねるのだと。びっくりして、その時は信じてしまった。大人になってから、そういう母親ばかりではないと知ったが、当時は信じたのである。それから、曽野綾子さんが不眠症になり、精神的に病まれてしまったという辺りも驚いた。こんな本を書ける人が精神的に病むことがあるのかと。覚えているのはその2つくらいで、あとは理解するのが難しかった。ただ、曽野綾子さんという作家名は覚えたので、思春期以降、次々に読むようになった。遠藤周作さんとお友達という点も面白かった。お互いにエッセイのネタにしていたからだ。これは佐藤愛子さんも同じですね。息子さんの育て方もユニークで、親しみを覚えた。母親はこどもに愚痴をこぼしていいと言うのである。こどもなりに大人の事情を考えてくれるからというのだ。まあ、愚痴の内容にもよると思いますが曽野綾子さんは下品に人の悪口など言わないからこそできたことだろう。夫婦喧嘩もこどもに見せていいと書いていらしたが、もともとご主人の三浦朱門さんとはおしどり夫婦で、仲良しだから、こどもを傷付けなかったのだろう。そこを理解せずに盛大に夫婦喧嘩していた自分の浅さがとことん嫌になる。でもこどものために死ねるとまで言って愛していた息子さんをさっさと自立させ、親離れしたことも潔くて、これは多少真似ができて良かったと思う。息子さんには本はいくらでも買って良い、漫画でも構わないと言って育てたことは多少真似させていただいた。曽野綾子さんのように裕福ではない私は、漫画でも良いという勇気はなかったが、結果的に漫画に執着するようになった娘を見て、失敗したなと思った。漫画でも良いと言えばあんなに執着しなかったのかも知れない。本はいくらでも良いと言ったせいか、思ったほどたくさんの本を買うことはなかったからだ。後日、知ったが遠藤周作さんも息子さんに、本でも漫画でもいくらでも買って良いと言って育てていた。本屋さんに前もって話しておいて、こどもが欲しいと言ったらいくらでも売ってやってほしい、後で親がお金を払うから、ということになっていたのも共通点だ。遠藤周作さんと三浦朱門さんは親友だから、そんなことを情報交換していたのかなあなどと勝手に妄想している。遠藤周作さんの息子さんも曽野綾子さんの息子さんもそんなに読書環境に恵まれていながらも文学の道には進まなかった。もともと、そういうことを強制する気がなかったのだろう。読書をするということは様々な経験や考え方を擬似体験するものであり、それを職業にしようがしまいがこどもの自由なのである。私の話など出すのは恐縮だが、我が娘も文学を深めようなどという気はさらさらなかったようだ。文学部に落ちちゃったというのもあるけれど、文学部になんか進んだら、あの娘は単位を取れずに留年したことだろう。曽野綾子さんが保守的な思想を持ち、それが嫌だという人もいるが、私はそういうことはあまり気にしない。そんなことを言ったら佐藤愛子さんだって林真理子さんだって、かなり保守的な考えをお持ちだと思うが、本は読んでもらってなんぼである。そういう考え方もあるなあ、それにしても面白くお書きになるなあと思うだけ。のめりこむようにして読めると言うのが本選びの基本だと思っている。似た名前で三浦綾子さんもベストセラー作家だったが、この方は保守とは正反対。でも面白く、心を打たれながら読んだものだ。曽野綾子さんがカトリックで、三浦綾子さんがプロテスタントなのでその違いもある?いや、遠藤周作さんはカトリックだけど保守的とは思えないから、そう単純な問題ではないだろう。85才のとき、三浦朱門さんの介護人になると決めて、立派にこなした曽野綾子さん。そして「夫の後始末」などというエッセイも書きながら、どんなにご主人を愛していたか伝わってきた。ご主人が亡くなられたあと、決めたことは「決して周囲に甘えない。未亡人だとわかっていたら電話も断れないだろうから、友人への電話も自分に禁じた」という辺りにも感動した。私も電話を一生懸命控えている。ラインも長くなりがちなので、私なりに控えている…が、ブログを見ておわかりの通り、私の文章は長いから、気を付けなければと新たに…ラインに関しては思っている。曽野綾子さんには亡くなってもらいたくなかった。100才まで生きていて欲しかった。もし、骨折をしなければ、まだまだエッセイもお書きになれたのではないか。ただ、ご本人はあまり長生きするのは良くないとおっしゃっていたけれど。いつ亡くなってもいいように、断捨離をかなりなさっていた。遺族に迷惑をかけないためである。もともと、几帳面な方だからできたのであろうけれど、私も見習わなくてはいけないのではないか。「老いの才覚」を読み直さないといけない。でも、新刊を読みたかったですよ。10才の時から読んでいるのだから。飼っていらしたスコティッシュフォールドたちは…曽野綾子さんのことだから、きっとそういうことは前もって準備されていたことだろう。最後まで自立していた曽野綾子さん、その読者としては、かなり情けない、似てもにつかぬ私であるが、私の人生に大きな影響を与えてくださってありがとうございました。本当に悲しい。
March 4, 2025
コメント(2)