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2026.05.13
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カテゴリ: 報徳
尊徳の仕法雛形と現代経済学 神谷慶治(東京大学名誉教授)
(読みやすくするため、ひらがな化するなど一部変更した)

 二宮尊徳の業績やその思想については既に各方面に心ある人の研究がある。日本の広い意味の学界、ことに民間の学界においてはこの研究は益深められている。二宮尊徳ほど日本人らしい実行家、学者は日本にもあまり類似がないのではないかと思う。その広さと深さは、あるいは外国にも比類ないものかもしれない。しかしその思想の影響下にあった人々は、尊徳以上に昔の教養や昔の習俗社会又は封建社会の影響を強く受けた階層から出ていた関係に強く基づいているのであろうか、その研究方面や実践活動への応用については、ある意味で、「時代離れしている」「ふるくさい」といわれる世界も又やむを得ない関係がそこに存在していたのである。尊徳の思想や実践活動はかくの如く、むしろ幕末から明治にかけて、これを伝承した社会層の特殊性の多い色付けがされて今日に至り、それを支持した社会層は大戦後急速に後退しつつあるので、明治以降の報徳研究は現代社会に通用しない。報徳運動の化石化ということがいわれるようになった。しかし報徳運動の真髄は明治的社会層とは別異に勤労農民層に深くしみこんでいる。現在の農民の立場は大戦後急速に変動しつつある。この大変改にさいして新しい働く農民層の精神のよりどころは農民の中から真に人間らしく立ち上がった尊徳の報徳の精神は大きなよりどころとなるであろう。このこと以外に、尊徳自身の研究の中に真に新しい問題が数多く散在していることをここで書いてみたい。
 尊徳の思想についてはその中に、達人の見解がひらめいている。私はそのような問題にもふれない。「報徳記」や「語録」は語るべくあまりに有名である。「金毛録」、「大円鏡」、「万物発言集」は難解な哲学である。これについては他に語る方々があるであろう。それらは非凡な見解と卓越した知性が指示されている。私はこれらにふれたいのだがふれるいとまがない。ここで尊徳の仕事の中で最も後世にー現代はもちろん将来の社会にーまで尊ばれるであろうものについて多少述べてみたい。
 それは「仕法」雛形の研究である。仕法雛形自体については、既に有名であって報徳研究においてはその原理よりはむしろ仕法が中心となっており、仕法についてはその雛形の研究は最も大切にされている。
 しかしこの雛形の徹底の研究はまだなされていない。現代の立場に立ってこの雛形を研究してみることは学問的に極めて価値が高いものをもたらすであろうと思われる。そこで私はこの雛形について、現代と関係のあることがらを述べて見たいと思う。ここで論ずるのは雛形の一部分であって、その中で私自身が興味をもっていることのみを書いてみよう。
   二
 雛形について多少の予備知識が必要であろう。「雛形」によって考察し、「雛形」によって実行するということは、人間理性の自然にそなえている形式であろうが、これを無意識でなく、自覚の上に意識的に活用するとなるとなかなか人はそれをやらないし、やりたがらない。これを人に教わってさえそうであるが尊徳は、自らこれを青年時代より意識したようである。服部家の仕法時代、五常講時代、既に簡単な金融についても、精密な計画がいろいろとなされ又それが何となく楽しげにみえるところがある。恐らく目に見えないことを目に見えるようにするために、いろいろの計算を試みたそのことに大きな興味をもったことであろう。日常生活の中に計算を入れるということは、既に目に見えないことを見ることであると同時に、雑多に見える日常経済生活の中に一貫した、法則を発見することである。
 複雑な現象の中から一つの「雛形」を造り上げて、これを頭の中で造りかえ、逆にこれを対象に適用する。尊徳の大部分の著作はこの適用が中心である。この立場からいえば、対象それ自体世界全体が雛形になってくる思いがある。この雛形思考方法が結集したものが、
  日光御神領村々起返方仕法附百行勤惰得失雛形

  日光御神領村々荒地見分致し起返方仕法附之趣委細可申上候
という辞令を受けてより、弘化3年6月に完成されたものである。全巻84冊で内容は表面的には殆んど全部が一種の数値表又は関数表である。今その重要な部分についてのみ問題を提起したい。なぜ、このようなものが作成されたかの動機については解説は加えないが、青年時代より雛形的思考方法の発達していた尊徳はその思想をこの84冊にもり込んだものと思われる。表面的に見れば単なる数値表に過ぎないが、その思想の根本を考えれば、これが尊徳の何んであったかは明らかである。尊徳は単なる道徳家だったのでもなく、単なる農村復興家でもなかったこと、即ち社会を又経済を数学的―数値的に研討した科学者であったことがわかって来るような気がするのである。





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最終更新日  2026.05.13 12:00:07


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