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岩崎行親君
君は資性剛直、純真着実で熱誠なる人格者であった。ことに憂国の精神に充ちた人であった。前にも述べたように我々入校許可当時、芝口植木屋に合宿中に立行社なる修養団体を組織したが、その発会者並びに社則立案者は実に岩崎君であった。
卒業の席次が思わしくなかったのは、君は数学、土木、物理、化学のような学科が不得手であったためで、農学、動植物学、英文等では常に優良な成績を示しておられた。漢学の最優であったことは言を俟たないのである。在校中のみならず、君は終身読書をもって第一の趣味としておられた。同級生中に常に話題となっておったのは、君が夜床に就く時は必ず書物を二三冊、しかも時にはすこぶる厚い本などを持ち込んで、それを読みながら、眠りに就く習慣であった。
しかし永遠に君の遺志として記念さるべきものは、恐らく大正10年夫妻相携えて伊勢の神宮に参拝し、君が日本の国体に対して平素抱懐せる赤誠を七言の古詩に作り、これを国体詩と称して敬天塾の学生に与えたものである。
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