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今年もと言うか、今年は色々なことがあった。とはいえ、体調のことだけだが、 2月 入院・手術 3月 退院 4月 2回目の抗がん剤点滴開始 8月 足や手の腫れや水ぶくれ出血 副作用との戦い 10月 抗がん剤点滴終了 12月 普通の速さで歩けるほどに快復という1年だった。去年は、やはり抗がん剤の副作用で口内炎や顔や頭皮の吹き出物で辛かったが、今年は足や手の炎症との戦いだった。口内炎が無くなり、手足の腫れが退いてきて、現在の心配事は、がんが転移して再発したら・・・・つらい抗がん剤治療を再び受けるのか・・・ということ。治療を放棄した場合の余命と、本来の余命と、どう変わるのか、治療を受けるとその余命が延びるのか、神のみぞ知ることを選択することになるのか・・・・そんなことを考える大晦日である。
2019.12.31
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弊ブログのアクセス数が420万を超しました。ひとえに皆様のおかげと、感謝申し上げます。400万アクセスを超した折に、体調などの都合もあるので、500万アクセスになったら、記念の何かをしたいと、ここに書いたところ、「屋形船で隅田川クルーズ」というアイディアをいただきました。が、屋形船には火災という心配や、突風、ゲリラ豪雨という危険の可能性があるので、屋形船以外での記念行事にしたいと思っています。例えば、都電貸切で都内横断とか・・・・もあります。ただし、都電車内では飲食が禁じられていますので、少々、物足りなさはあります。現在のところ、決まったのは、記念のLINEスタンプの作成と無料配信だけです。みなさまのアイディアをいただきたく思います。400万アクセスを超したのは、10月25日。このペースで進むとすると、500万アクセスは、8ヶ月後となり、オリンピックと重なりますので、何らかのイベントは中秋かと思っています。 (弊ブログにコメントをいただいた方のみ、対象とさせていただきます。 もちろん、これからのコメントもOKです)、
2019.12.30
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何年も前から、どうしてなのか、なぜなのか、意味があるのか、と思っていたことがある。それは、門松の右左のことだ。門松を立てる時期になってきて、あちこちで門松が見られるようになってきた。門松は左右一対だが、ここで言う左右とは、その事ではない。画像は、道路側から見て左側の門松だが、竹の立て方に違いがある、真副控・天地人・・・と呼ぶのかは分からないが。副か地か・・・2番目に長い竹が、向かって右に立っているものと、左に立っているものとがある。この違いは何だろう?関東と関西か・・・とは言っても、画像は埼玉と東京で写したものだ。それとも、門松を作る職人のこだわりか・・・あるいは、車から下ろす都合で何も考えずに並べただけなのか・・・この違いを調べてみようと思いながら、何年も過ぎてしまった。今年こそ、本気で調べてみるか・・・・
2019.12.29
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柚子をたくさんいただいて、ゆず味噌にしてみたのだが、それでも、使い切れないし、柚子の皮を剥いだ中身が残っているので、冬至は過ぎたが、これらを浮かしてゆず湯にすることにした。先ずは一個、浮かしてみたが、ほとんど香りがしない。なので、皮を剥いだ柚子を浮かした・・・・というのはウソで、皮を剥いだ柚子は湯船に沈んだ。柚子の浮力は皮の部分にあるようだ。皮のない柚子は香った。なかなかいい感じだ。ならばと思い、絞ってみたら、種と共に汁が飛び散った。良い香りが充満した。が、考えてみたら、この状態で追い焚きをしたら、配管に何らかの悪影響が生じるのではないかと思われる。ちと、やっかいなことになった。これを我が家のさっちゃんに言ったら、「布の袋に入れるのよ」と叱られ睨まれた。余計なことに手出しをすべきでない・・・・のだ。
2019.12.28
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ズワイガニと香箱ガニをいただいた。香箱(こうばこ)ガニというのは、はじめて知った名前だ。香箱ガニとは何者だ、ということで、調べてみたら、ズワイガニのメスを香箱ガニと呼ぶ、とあった。ならば、なぜ、メスのズワイガニを香箱ガニと呼ぶのか・・・これには諸説あるようで、私的に納得したのは、北陸地方で、可愛い女の子を「こうばく」と表現したから、という説。漢字は後から当てられたのだろう。ということで、大きい方のズワイガニから食べることにした。このようなカニをどう食べるのか、いつも手探りである。年に何回も食べているなら、カニの捌き方を覚えるのだろうが、忘れた頃に、カニがやってくるので、覚えられない。ならば、デジカメしておけばいいだろうと思ったのだが、それは、間違いだった。カニを捌いていったら、手がべたべたになって、デジカメを触れなくなったのだ。いや、食べる方が先で、デジカメどころではなかった、とも言える。
2019.12.27
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柚子をたくさんいただいた。蜜柑のように食べることはできないので、風呂に浮かせてみたが、まだまだ残っているので、ゆず味噌に挑戦した。「挑戦」というのはオーバーな表現だが、私にとってはそんな感じだ。ネットでゆず味噌のレシピを見ると、いろいろと書かれていて、材料の分量もマチマチだ。なので、平均的分量で作ってみることにした。レシピの多くには、白味噌を使えと書かれているが、我が家には白味噌はない。普通の味噌だけだ。とはいえ、そのために白味噌を買うのもどうかと思えたので、ある物優先とした。味噌と砂糖に、みりん、酒を加え、少し煮詰め、おろし金でおろした柚子の皮と、柚子の絞り汁を加え、さらに煮詰めた。なかなか固さが出てこないので、これ以上に詰めると砂糖が焦げると思い、火を止めたが、火を止めたら、徐々に味噌らしい固さになってきた。なかなか良い味に出来上がったと思うのだが、言ってみれば、塩分と糖分の固まりのような物なので、食べ過ぎに注意・・・と思う。
2019.12.26
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ラブレターが届いた。いや、そんな歳ではないし、この茶封筒では色気はないし、第一、この時代に、手紙というのは古すぎる。ということではなく、この手紙の、切手の貼り方についてだ。切手をどう貼ろうと、日本郵便が文句を言わなければそれでいいのだが、私としては、どうしても気になってしまう。それは、切手を貼る位置のことだ。 (画像は横になっているが、右側が封筒の上になる)この封筒には、封筒の端をほんの少し残して、切手が貼られている。確かに、この位置に切手を貼ると、切手が曲がらずに済む。しかし私は、使用済み切手を保存して協会などに寄付していて、切手を切り取りやすい位置に貼ることを心がけているから、このような切手の貼り方に「なんでぇー」と思ってしまう。少なくとも、開封する際に切手を切らずに済む位置に貼って欲しいと思う。
2019.12.25
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昨日、12月23日は、平成の天皇誕生日だった。平成の天皇誕生日という言い方があるのか、よく分からないが、我が家のカレンダーに、こう書かれているものがある。令和の天皇誕生日は2月23日なので、今年の天皇誕生日の祝日はなかった。だからというわけではないだろうが、ヤフーの株価速報(ヤフーファイナンス)は、昨日の平成の天皇誕生日は祝日で市場は休みという設定のままで、混乱したという。思えば、12月23日が祝日となってから、この日を職場の休みにしたことはなかった。年末間近の23日に休んだら、毎月の仕事も、年末固有の仕事も、終わらせることができないからだ。そして、平成の初めの頃は、個人的な仕事も多かった。単行本の原稿あり、月刊誌、旬刊誌の原稿あり、TVやラジオへの出演あり、アメリカ行きもありで、寝る暇もなく活動していた。深夜から明け方までの番組に出れば、当然に徹夜になるし、それ以外の日も、明け方4時過ぎまで原稿を書き、数時間寝て、事務所へ出勤、という日が続いた。今でも、原稿の締切に追われる夢を見ることがある。思えば、この不規則な生活とストレスが、今回の病気の原因だったのかもしれない。が、懐かしい思い出でもあり、現在、穏やかな生活ができることに感謝である。
2019.12.24
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読売新聞数日前に、来年度の予算案と個人が所有する現金預金について、報道があった。来年度の概算予算は、102兆6580億円、個人所有の現金預金は、986兆円、だという。あまりにも桁が大きくて理解の範囲を越すので、国民一人あたりの金額を出してみることにした。 102,658,000,000,000円 ÷ 126,150,000人 が、国民一人あたりの予算 986,000,000,000,000円 ÷ 126,150,000人 が、国民一人あたりが所有する現金預金簡単な計算だが、電卓では桁が足りない。6桁を落として、人口を小数点扱いにすれば、9桁なので電卓でできる。が、電卓の答が、○千円なのか、○万円なのか、分からなくなる。なので、エクセルで計算してみた。 813,777円が、国民一人あたりの国の予算 7,816,091円が、国民一人あたりの現預金所有額である。この数字をどう見るかだが、少なくとも私は、80万円も所得税は支払っていない。いや問題はこの数字でなく、国民一人あたりの借金(国債残高)だ。国債の発行残高は、約900兆円。100兆円超えの予算のツケは、間違いなく、次世代に大きな負担をしいる。
2019.12.23
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狭い机に、2台のコンピュータのモニターを並べ、時間の掛かる作業と、目先の作業とで使い分けている。で、先日、同じ作業を2台のPCにさせてみた。ネットから動画をダウンロードさせる作業だ。どっちのPCが早いのか・・・という、子供のような発想からだ。CPUの違い、画像処理の違い、Windowsの違いなどからすると、右のPCの方が早いと思っていたら、なんと、左のPCの方が早かった。遅い早いと言っても、それほどの時間差はないのだが、予想と違う結果に、????となった。色々と調べた結果、LANケーブルの能力(カテゴリー)が違っていた。LANケーブルにそんな違いがあるとは思いもしなかったが、確かに、右のPCには古いケーブルを繋いでいた。画像のLANケーブルは、カテゴリー5e。ケーブルに書かれている。ネットを検索すると、光でインターネットに繋いでいるなら、6e できれは、7 を推奨するとある。ということで、LANケーブルを替えることにした。そして、短くすることにした。長いケーブルの方が汎用性は高いのだが、性能発揮と机の裏のトグロ巻を思えば、ケーブルは最短にすべきと反省した。
2019.12.22
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治療が難しい がんがなぜ 治ったのか?木下カオル著 前山和宏医師監修 平原社新聞の広告に「がん」の文字があると目が行き、この本の存在を知り、図書館で借りた。著者と監修者の名に、少しの記憶があったので、調べてみたら、以前のブログに書いた、「がんを治した 人たちが密かに やっていたこと」と、同じ著者と監修者だった。出版社とタイトルを変えて、新しい本として売り出すことがあるので、それかな、と思ったが、書いてある内容は異なっていた。が、アントロキノノールの紹介という本筋は同じだ。すると、この2冊、どちらが新しいのか、が気になる。今回の本が古いのなら、あえて読む必要はないと思うからだ。この本が発行されたのは、2018年10月。ロボット手術などの記述があるので、この本の方が新しいようだ。現在、アントロキノノールはサプリメントとして販売されていて、研究が進んでいるアメリカと台湾では、抗がん剤として使われる日は近いが、日本で抗がん剤として認められるのは何年も先になる、と本の末尾にある。副作用のない抗がん剤ができることを強く望みたい。
2019.12.21
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12月12日は、さいたま市浦和区に鎮座する、調神社(つきのみやじんじゃ)を中心とした大蔵の市。通称「十二日まち」。「大蔵の市」とは、年の暮れに正月の飾り物や用品を売る市のこと。明治の時代から続いているそうで、食べ物などを売る露天が1000店ほど並ぶ。病み上がりの身なので、身動きができなくなる時間帯を避けて、明るいうちに行った。良い年を迎えるために福をかっ込む「かっこめ」(簡単な熊手)を調神社で求めるのが本来の目的だが、どうしても、道中の露天に目が行ってしまう。露天が並ぶのは、旧中山道と調神社の境内。境内はともかく・・・公道に露天を開くには、それなりの手続きが必要だろうし、誰がどこに店を出すのかという公平が取られているのか、という疑問が生じる。さいたま市に住んで、50年以上になるが、「十二日まちへの出店募集」なるものを見たことも聞いたこともない。いわゆる的屋(てきや)の元締めがいて、それが出店や位置を決めているのだろうが、これは、反社会勢力として排除されているのだろうか、疑問だ。画像は、明らかに、外国人が開いている露天。多くは、ケバブの店だが、その範囲を広げているようだ。彼らは、どこから出店の許可を得たのだろう?この世界も、アンタッチャブルなのだろうか?
2019.12.20
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今年は喪中のはがきが多い。私自身がそんな歳になったということだろう。デジカメした後に1通届き、17通になった。何事にも文句を言うヤツだと思われているだろうが、やはり、一言、書いておきたい。喪中はがき(喪中の知らせ)は、誰のためなのかと思うからだ。私自身、父、母、義父、祖母が他界した年に「喪中」を出していない。葬儀に参列いただいた方には年賀状を出さなかったが、そうでない方には、あえて知らせることではないと思い、年賀状を出した。喪中のはがきは、喪中だから年賀状を出さないで欲しい、という意味が含まれている。服喪中で悲しんでいるのだから年賀状を出して欲しくない、ということ。端的に言うと、「喪中だから従って欲しい」と一方的に宣言していることになる。亡くなった人が、夫や妻であるなら、喪中は理解できるが、「義理の兄」の喪中となると、私の理解の範囲を越す。今年の喪中のはがき17通の内、2通は、誰が亡くなったのかが書かれていない。単に喪中と言われても・・・と、これまた、私の理解を越す。で、17通の内、最高齢で亡くなった方は、104歳。まさに、長寿の時代である。
2019.12.19
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大根の葉をいただいた・・・・いや、葉の付いた大根をいただいた。退職後、畑作りに・・・??・・・畑作り・・・??畑は作っていない、畑で野菜を作っているのに、なぜ、畑作りと言うのだろう・・?と、すぐに話が逸れるが、畑で作った大根のことだ。退職後に、畑作りに精を出している友人が、葉の付いたままの大根を持って来てくれた。私は友人の耕作している畑を見たことはないが、広いようで、今年は171本の大根を作ったと言う。で、我が家のさっちゃんは、いただいた大根を色々に利用したが、切り落とした大根の葉は、捨てるでもなく、水に挿してそのままだった。捨てるに捨てられないのだ。義母だったら、油揚げと一緒に炒めたりするのだが、老人ホームに入った義母に、それは望めない。ならば、私が炒めてみようと、さっちゃんの留守に行動を起こした。油を使わずに、大根の葉のはの水分だけで炒めるのがいいようで、二本分の葉を刻んで、山盛りになった葉を蒸すようにして、体積を減らし、酒、みりん、オリーブオイル、コショウ、七味、醤油、ありったけの調味料を加え、ひたすら炒めた。そして、一部は、あまりご飯を加えてチャーハン風にした。普段は、このような得体の知れないものを食べない娘も箸を出し、「美味しいかも」との感想だった。
2019.12.18
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なぜ、「きしめん」と言うのか・・・は、置いといて、今回は、名古屋駅のホームにある、立ち食いきしめんについて。名古屋と岐阜の大仏大観音をお参りして、帰りは、少し遅い昼食を、名古屋駅ホームのきしめん屋で食べることにした。帰りの時間は読めないので、指定席は買わずにいて、名古屋駅で買うことにしていた。ホームページを見ると、「○番線のきしめんが美味しい」「新幹線より在来線ホームのきしめんが美味しい」、「新幹線なら上りより下りホームが美味しい」など、色々と書かれている。そうは言っても、全店のきしめんを食べ比べることはできないから、新幹線上りホームで、予約した新幹線の時間まで、のんびりと食べた。午後2時を過ぎていたので、カウンターは空いていて、両隣に客が来る心配もなく、デジカメしながら食べた。頼んだのは、かき揚げきしめん。ネギとかつお節で、かき揚げもきしめんもほとんど見えないが、かき揚げきしめんだ。で、その味は・・・最初に、かつお節の生臭さが気になった程度で、美味しく食べることができた。
2019.12.17
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今回の、名古屋、岐阜の大仏大観音巡りでは、最高、12882歩/1日 歩いた。抗がん剤の副作用で、足の裏に水ぶくれや腫れが出て、駅まで歩けない、駅から病院まで歩けない、タクシーで病院まで行っても、病院内をどう移動するか・・・という状態だった我が身を思うと、1万歩超えという数字は、夢のような数字だ。思えば、最悪の時は、歩幅を開くことができず、20センチほどで、歩数計が反応するような歩き方はできなかった。歩けるというありがたさを実感した。どこでこんなに歩いたのか・・・・これまでの経験からすると、ターミナル駅での乗換で歩数が増える。東京駅では、在来線から新幹線ホーム画の移動があり、ホームへ上がってから、指定席車両までの移動もある。名古屋駅では、新幹線から地下鉄東山線への移動距離が長い。そして、地下鉄の駅から名古屋大仏まで、境内の散策、などで歩いている。歩けるようになったものである。
2019.12.16
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画像は、13日の読売新聞朝刊。見出しからしても、性同一性障害者に対するトイレの使用制限は違法、という内容。確かに注目すべき判決だが、なぜ、これまで、性同一性障害者の苦悩について報道してこなかったのかを問いたい。マスコミはこれまで、性的マイノリティーに温かい理解を、と言いながら、マイノリティーの苦悩について報道してこなかった。今回のトイレのこともそうだし、温泉(大浴場など)に入ること、パスポートの記載と異なる容姿で出入国すること、試着室、などについて、マイノリティーには、生活していく上での障壁(苦悩)があるだろうから、それを国民全体が共有すべきだと考える。マイノリティーの苦悩を知りたがるのは、下種(ゲス)の考え、と思われるかもしれないが、国民全体がこの事を理解しているなら、今回の出来事は生じなかったし、裁判に訴えることもなかったと思われる。アンタッチャブルにしておくなら、マイノリティーの理解は進まない。私が知っている性同一性障害は、はるな愛(本名・大西賢示)だけだが、TVでほほ笑んでいる彼(戸籍上は男)にも多くの苦悩があるものと思われる。アンタッチャブルでなく、下種(ゲス)の考えという思いを消して、報道して欲しいと思う。
2019.12.15
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名古屋の地下鉄に限ったことはではないが、得心のいかないことがある。それは、女性専用車両だ。もちろん。首都圏エリアにも、地下鉄はあり、女性専用車両はあるが、東山線のように、始発から終電(終発)までの全時間帯が女性専用車とはならない。多くは、朝のラッシュの時間帯だけだ。そして、名古屋の東山線は、6両編成と短いのに、女性専用車両がある。都内や埼玉を走る南北線や、銀座線、丸ノ内線も6両編成と短い。そため、女性専用車両は設けられていない。名古屋は女性に優しいのか・・・と書きたくはないし・・・名古屋はチカンが多いのか・・・とも書くことはできない。なぜ、全時間帯、女性専用車両を設けているのだろう?以前から、「男女差別だ」との意見があるが、これが「男性専用車」のみだとしたら、女性から、大ブーイングが起きることは容易に想像できる。何でもかんでも男女平等が叫ばれているのに、逆差別はアンタッチャブルになっているのが理解できない。電車内で女性を見ると触りたくなる・・・という男のために、男性専用車両があってもいいように思うのだが・・・
2019.12.14
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今回の、大仏大観音めぐりは、岐阜大仏へはタクシーを利用し、真生大観音と美山平和観音へは、レンタカーを利用した。マイカーを処分した身としては、タクシーを使うのがいいとも思ったが、参拝に要する時間が分からないし、移動中にタクシーの運転手に気を使いたくないし、ということで、レンタカーを借りた。そのレンタカーだが、案の定・・・カーナビは「進行方向上」になっていたので、出発前に「北上」に変更した。いつものことながら、「進行方向上」がいいという人の気持ちが分からない。今回もそうだが、前もって観音様の所在地をネットの地図で見ているので、「進行方向上」だと、自分がどの辺にいるのかが分からなくなる。そして、タクシーよりレンタカーが気軽なのは、トイレ休憩や、コンビニでの水分補給などが自由にできる点だ。タクシーだとどうしても、これらに気を使ってしまう。ということで、1ヶ月ほど運転をしていなかったが、快適なドライブができた。走行距離は57キロ。料金はガソリン代込みで7,637円。タクシー代と比較してもあまり意味はないだろうが、安上がりだ。
2019.12.13
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真生大観音の次は、美山平和観音をお参りした。岐阜市の隣り、山県市にある慈母観音だ。観音様の御丈は、8メートル。台座を含めると17メートルある。建立は1991年、平成3年。建立者は地元の、美山生コンの関係者。典型的な現代の大観音だ。美山平和観音があるのは、山県市の外れ。時には上下一車線になる国道から、県道に入った山の中。なぜ、こんな場所に? と思ってしまうが、1991年に発見された温泉の開発過程で建立された。現在、温泉は廃業、当時作られたモノレールなども廃墟と化して、野生の猿が闊歩していたが、誰かが美山平和観音を管理しているようで、周囲の草は刈られ、敷地内も落葉が溜まることなく清掃されていた。建立者には、少なからぬ信仰心があったと思われるが、世間からは、人寄せパンダのように見られたようだ。建立者にしてみれば、少しでも多くの人に見て欲しい、手を合わせて欲しい、と願ったのだろうが、その意味では、立地が良くなかったようだ。「ようやく尋ねることができました」と、手を合わせてきた。
2019.12.12
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岐阜には、大仏大観音が岐阜駅エリアに点在している。とはいえ、歩いて回るには距離があるし、タクシーやレンタカーで回っても、一日では回りきれない。なので、岐阜駅近くに宿を取った。昼食はコンビニのサンドイッチだったが、温かいものを食べたくて、宿で貰った飲食店の地図を見た。が、駅近にこれぞと思える店がない。駅前開発で飲食店は立ち退かされたのか、ホテルやビジネスビルが並んでいる割には、飲食店が少なすぎる。歩き回るのもイヤだし・・・ということで、駅ビルの飲食フロアに行ってみた。何軒かの店が開いていたが、どの店もガラガラ。観光シーズンが終わったためだろうか?そんな中、リンガーハットの長崎チャンポンのチェーン店があった。我が町埼玉にも、同チェーン店の長崎チャンポンの店が何店かあったのだが、いつの間にか閉店してしまって、徒歩圏からは姿を消していた。ラーメンに比べて、割高だし、味が単一だからかもしれない。が、私は、長崎チャンポンが好みだ。岐阜で長崎チャンポンに出会うとは思いもよらなかった。懐かしさもあり、迷わず店に入った。画像は、野菜たっぷりチャンポン。久しぶりにチャンポンの味を楽しんだ。ビール無しで。
2019.12.11
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岐阜大仏の次ぎにお参りしたのは、同じ岐阜市にある真生寺の真生観音。真生寺のホームページを見ると、「総本山 真生寺」とある。日本の主流的宗派に属さないお寺で、真生会の総本山となっている。門前の石碑に「一念三千」とあるが、これは、「ちょっとした動作や考えの中(一念)にも宇宙の真理が多数(三千)関係している」という意味で、天台宗の教え。天台宗の教えに導かれ、自身で開教したようだ。で、画像の観音様は、平成4年(1992年)10月に開眼落慶。総丈10メートル、コンクリート製なのか、FRPなのか、ネットを検索したのだが、それらしき記述は見つからなかった。新宗教として。多数の信者がいて、大観音を建立する資金を調達できたのだろう。昭和・平成時代には、大仏や大観音を先に作り、後に大きな困難を抱えながら宗教法人となる例が多数あるが、真生会は、昭和53年(1978年)に宗教法人の認証を受けていて、その後、平成4年に大観音を建立した。岐阜まで来ることができたことに感謝し、手を合わせてきた。
2019.12.10
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ハイビスカスというと、ハワイの花、南国の花、真夏の花、というのが、私の古くからのイメージだが、我が家で育てるようになってからは、真夏の花ではなく、低温にも絶える花、と思うようになった。低温に強いと言っても、霜が降りるような場所ではだめだが、我が家では軒下で冬を越すこともあった。そんなハイビスカスだが、12月になって蕾が膨らまなくなったので、しおれて落ちてしまうのも可愛そうと思い、暖房のある室内に移動させた。すると、元気になって、画像の花を開いた。12月にハイビスカスの花。クリスマスプレゼントには早すぎるが、そんな感じのする開花だ。次の蕾に期待したいところだが、残念ながら、次の蕾は見あたらない。来年に期待しての、お楽しみとなった。
2019.12.09
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名古屋大観音の次は、岐阜大仏をお参りした。岐阜と言えば白川郷、という私のイメージだが、地図を見ると、名古屋の直ぐ北が岐阜市(岐阜駅)だ。そして、岐阜の大仏大観音と言えば、岐阜大仏だ。岐阜大仏は、奈良の大仏、鎌倉の大仏と並び、日本三大仏と言われるが、何をもって三大仏としているのか、まったく分からない。座像で、高さは13,6メートル。1829年に完成。周囲1,8メートルのイチョウを真柱として、木材で骨組みを作り、その周囲を竹材で仏像の形を作り、粘土と和紙で覆い、漆と金箔で仕上げている。岐阜大仏が鎮座するのは、正法寺。正法寺のパンフレットには、「黄檗宗 金鳳山 正法寺」とある。黄檗宗(おうぱくしゅう)とは何ぞや? 初めて耳にした宗派だ。黄檗宗は、江戸時代に伝わった宗派で、日本の三禅宗の一つだという。正法寺の所在地は、岐阜市大仏町。町名に「大仏」が残されるほど、地域に根付いたお寺と大仏のようである。
2019.12.08
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かなり前のことだが、ホテルの客室のLANケーブルなどが乱雑だ、と書いたことがあるが、我が家も同じである。ホテルと違うのは、コンピュータを乗せたテーブルの裏なので、その気になって見ない限り分からないという点。これは、どの家庭でも、同じ様ではないかと思うが、私の部屋は、光ケーブルのルーターから、WiFi、コンピュータを3台、プリンター、FAX、電話、オーディオ装置、などに繋いでいるので、画像のように、タコも驚くタコ足配線になっている。この部分に掃除機をかける時、いつも、配線を綺麗にしなければと思うのだが、思うだけで、それっきりになっている。その最大の理由は、口数の多い電源タップがないこと。そして、その電源タップに、AC-DCの変換器を並べて挿せる余裕がないこと。と、文句を言いながら、それなりに対応した電源タップを探そうとしない私が最大中の最大の原因となっているのは確かだ。本気になって配線の整理をしようか・・・いや、誰にも迷惑を掛けていないのでこのままでいいか・・・いつもと同じ繰り返しとなる。
2019.12.07
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名古屋大仏がある桃厳寺の次ぎに参拝したのは、金龍寺。金龍寺の本尊は、名古屋大観音と呼ばれる、十一面観世音菩薩。大仏の観音はどう違うのかは、次の機会にして、今回は、名古屋大観音などについて。金龍寺は小さなお寺。住宅街の一角にある。道路に面した敷地の間口は5メートルほど。小さな弁天堂や地蔵堂のような感じで、タクシーの運転手も初めて来た、と言う。道路に面して建てられた石柱には、「高野山 真言宗 瑞穂山 金龍寺」とある。私のささやかな経験からすると、宗派などを強調する昭和や平成の寺は、設立に何らかの困難があったのではないかと思う。 (例えば、長期間宗教法人になれなかった越前大仏なども、その例だ)本堂は、と言うか、本堂しかない寺で、入口は下町の小さな工場のような、ガラス戸。ガラス戸から中を覗くと、照明がなくて暗い。どうしたものかと思ったが、ガラス戸を開けると、それに反応して照明が灯った。本尊の十一面観世音菩薩のすぐ前が、土足で入れる通路となっているが、通路が狭いので、御丈7、6メートルの観音様は見上げて、手を合わせるしかなかった。照明が灯ったのだが、まだまだ薄暗く、十一面観世音菩薩の十一面がどうなっているのか、よく見えない。どこが十一面なのだろう?観音様の鉢巻のような部分だろうか?
2019.12.06
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読売新聞OECDが、79カ国の学習到達度調査をし、日本の読解力は15位だったと、4日の朝刊1面トップにあった。確かに、英語だ、コンピュータプログラミングだなどと、授業科目を増やせば、国語の時間が削られるだろうから、読解力が落ちるのは当然だし、親が子供に、ゲームやスマホの扱い方を教えないから、意思疎通ができなくなっているのは間違いない。だが、OECDが順位を付けるのはいかがなものかと思う。明確な答が世界共通で出る数学なら、順位を付けることは可能だが、言語が違う国々で、同一レベルの読解力の問題が作成されるはずはないからだ。そして、この調査の対象となった生徒の抽出が適切だったのか、年齢は同じか、義務教育の年数は同じなのか、疑問が多い。また、自国の宣伝のため、自国の教育レベルの高さを示すため、この調査を意図的に利用した国があるかもしれない、とも思う。今の若者のレベルの低さは言われなくても分かるのだから、新聞の1面で取り上げるようなことではないと思う。
2019.12.05
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以前、ブログに書いた名古屋大仏のある桃厳寺だが、その本堂には、日本一大きい木魚があることが分かり、このほど、桃厳寺を再訪した。奇抜な色をした名古屋大仏がある寺なので、変わり者の金持ちが建立した寺かと思ったが、なんと、1712年に、織田信行が父のために建立した由緒ある寺であった。木魚があるのは、本堂。なんで「木魚」と言うんだっけ・・・という感じだが、魚らしい形はしていない。この木魚に触れると、過去の罪障が消滅するとの案内があった。が、消滅させるべき罪障はないものの、触れてきた。木魚は、直径が1メートルあるという。どの部分で直径を測るのか、これまた疑問ではあるが、日本一だという。樹齢100年のクスノキから彫りだしたもので、貼り合わせたりはしていない。音の出るすき間から、中をくり抜いたものだ。この木魚をはじめ、日本製の木魚は、愛知県で作られるという。そして、本堂には、大きなリンもあった。これをリンと言うのか、これまた疑問だが、指で軽く弾くと、深みのある音がしばらく鳴り続ける。が、これは、日本一ではないようだ。
2019.12.04
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12月になった。あと1ヶ月で、新しい年になる。今度の正月は、酒を控えているので、せめて、おせち料理を楽しもうかと思い、近くの百貨店で、パンフレットを貰ってきた。パンフレットは、何ページもあるもので、載っているおせち料理が多数ある。安いものは1万円程からあるが、2~3万円台のおせちが中心である。が・・・どうしても、野次馬根性が働いて、一番高いものを探したくなる。パンフレットは、値段の順に記載されてはいないので、断定はできないが、おそらく、画像のおせちが、最高値だと思われる。なんと、211,680円(税込)・画像下。 画像上は、156,600円画像下の重箱の直径は20cm、4~5人前、とある。重箱一つ分が7万円。 一人前あたり5万円。驚きを通り越す値段だ。この値段なら、温かい料理を食べに行った方がいいと思うのだが、家で食べたい人もいるということのようだ。それが金持ちの考えなのだろうか?
2019.12.03
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JR浦和駅のロータリーに面し、伊勢丹などが入っているビルの1階に、広めの花屋があった。駅前を通った時、何か静かだな、と思ったら、その花屋が閉店廃業していた。おそらく、駅前開発の際に、地権者としてビルの一等区画を割り当てられたもの。一等区画なので、多いに繁盛していたのだが、閉店とは驚きだ。店舗のガラス窓には、閉店の挨拶文が貼られていた。そこには、「諸般(後継者等)の事情により・・・」とある。普通、「諸般の事情」だけで、「後継者等」とは書かない。なので、後継者と何らかのトラブルがあったものと思われる。後継ぎと思われる男性の存在は、私も知っていて、元気良く、身軽に働いていて、店員の指導もしていた。なのに「後継者等」が閉店の理由になっている。後継者が店の金を使い込んだのか・・・それとも、後継者の奥さんが気に入らないのか・・・傍目八目ではないが、色々と考えてしまう。そのうち、閉店の事情が伝わってくるだろう・・・
2019.12.02
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近くの公園に、白い花が咲いていた。この寒くなってきた時期に花輪咲かせるのは何だろう、という野次馬的思いから、デジカメした。が、画像のとおり、花が盛りを過ぎていた。萎れた花びらを摘み取ってデジカメしようとも思ったのだが、ありのまま、そのまま写すべきと思い直し、手を加えずに写した。ネットで調べると、この花は、ジンジャーの花。ジンジャーとは、生姜のことだが、食べる生姜とは違う種類だ。いや、私の耕作の経験では、食べる生薑煮の花を見たことがない。ネット検索をすると、「花ジンジャー」と呼ばれていて、食べる生姜と同じ様な生姜の球根(茎かな)があるが、食べられないそうだ。そして、ジンジャーの葉には、虫除けなどの効果があるという。ということだが・・・大きな球根を鳥などが運ぶはずはないので・・・このジンジャーは、近くの人が植えたものと思われる。おそらく、処分に困って、植えていったのだろう。
2019.12.01
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