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この1年で予想どおり芳しくないのが身体のことです。9月に出してもらったワソラン40mg5錠が9ヶ月で消費。ワソランは心臓に関する血管を拡張させる薬です。今日も発作が起こりました。ワソランがあと1錠になったところで、ナチュラルプラス調剤薬局で処方箋を出してもらえるお医者を教えてもらいました。そして近くの新しい循環器系内科に行ってきました。もちろん問診も受けるわけですが、発作が多くなっているのは否めないところで、薬を出すには血液検査も余儀なくされました。若い男性でしたが採血はとても上手でした!ここの先生は新たに10錠とおっしゃいましたが、5錠でいいとお願いしました。様子を見て紹介状を書いてもらって東京医療センターで手術を受けようと思っています。東京医療センターの先生は予約がともかく入らないのですね。ここの先生も東京医療センターの循環器系はとても薦めていらっしゃいました。10人くらいで行う手術だと聞いてちょっとビビっています。
2019.06.25
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「好きな作曲家は誰?」と聞かれたら、迷わずアルフレート・シュニトケを挙げます。彼の音楽は本当に身に染み入るからです。旧ソビエトの作曲家はどれだけ苦労したのでしょうか。とてつもなく暗いのだけど、だからこそ素晴らしい音楽がたくさん生まれました。基本的に平和な世界でも暗いニュースはありますが、自分に押し迫る労苦はその比ではないのだと感じます。音楽で人を救うことなどできない、その悲しみを実体験として音楽にしたのではないでしょうか。古くはプロコフィエフあたりからショスタコーヴィチ。シュニトケは多様式主義でモーツァルトのような曲から、プロコフィエフ、ショスタコーヴィチ、より新しい不協和。シュニトケは、心ある普通の音楽をつくれる作曲家でしたが、あえて受けるストレスで新たな多様式スタイルで闘いました。想像するに、彼は出せるものをその時々で出しかなかったのです。だから曲の幅広さが他の人には理解できません。これぞ芸術なのですが理論を体系化できる文献はありません。しかし、これを体系化する必要はあると思います。シュニトケは不協和音を自分のシステムとして世界をつくらずに、それをハプニングかのように万人が「あれ、おかしい」と思えるような、未完成の状態で音楽を提示しました。シュニトケはなぜこのような「聖しこの夜」をつくったのでしょうか。現代の日本でこれをクリスマスにかけても誰も喜ばないでしょう。このようなパロディがおもしろいというくらいだと思います。ハプニングやアクシデントを音楽に表した作曲家は他にもいて、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト、チャールズ・アイヴズ、ジョン・ケージ、マウリシオ・カーゲルなどの他に、日本では柴田南雄、水野修孝がいます。中でもシュニトケは筋金入りの芸術です。シュニトケの作風とはともかく何でもありのグローバルなもの。その洗礼を受けるのが交響曲第1番です。冒頭、このチャイムはどうやって叩いているのだろうとか思います。5’18”までは並々線の楽譜でカオスを演出したところ拍手まできます。しかし、ここまでは普通の現代音楽。そこからも割と楽しい部類の現代音楽が続きますが、時折協和音やどこかで聴いたことのあるような音が断続的に現れ始めます。遂に18'20"頃からおかしくなり始め、20’10”にはベートーヴェン「運命」が現れます。23'からはバロック様式に、そしてロシア趣味なマーチなどが現れた後、27’55”には完全にジャズになります。多様式を超えてジャンルも超えています。これはちょっとやり過ぎな感はもちろんあります。このような多様式を特徴としていたシュニトケですが、映画音楽もたくさん書いており、単なる変人ではないということがわかります。従来の非和声音、どんなに音をぶつけても音楽は健在であり、そのぶつかりこそが芸術なのです。Agonyとは「苦しみ」という意味です。こんなタイトルは今の人は誰も喰いつきません。だけどそれが芸術で、暗いとか明るいとかそんなことは芸術に関係ないのです。第1曲の4'30"まででいいのでとにかく聴いてください。3’21”からの弦楽器が圧巻です。これでシュニトケがわかります。1994年に留学先のパリから、ドイツのハンブルクに住んでいたシュニトケに連絡をしましたが、当時彼は脳疾患になったところで返信をもらえませんでした。シュニトケは1998年に亡くなりました。5
2019.06.09
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小学校の時に親から与えられたのがクラシック音楽レコード全集、そしてピアノを習うことでしたが、自分から望んだことではなく、ほとんど音楽に関わってこなかった親の憧れから与えられたものだと思います。当時田舎では男子でピアノを習うことは珍しく、人に言うのが照れ臭かった記憶があります。しかし、ゲーム機などがない時代に面白いと思う遊び道具がなく、ひたすらレコードを聴くのが遊びになっており、たまたまクラシックに詳しい友達が小学校におり影響を受けました。その友達のお父さんがマニアだったようですが、親や自分の取り巻く環境で生き方や趣向が全く変わるものだと実感した瞬間でした。中学、高校でとにかく全てが知りたくなり、FMラジオでまだ知らない曲はカセットテープに録音する所謂エアチェックを、高校時代には外盤を取り寄せるようにもなりました。高校3年から大学時代は作曲を勉強する意味で室内楽に集中しました。当時はレコード芸術誌なども読み特選盤になった曲を「次に買うリスト」にしたりしましたが、買いたいものが多すぎて当然追いつかなくなりました。今も配信サービスで当時よりは楽に探せるようになりましたが、本当にいいものや新しいもの、コアなものは当時と同じように広範に探す必要があります。30代前半までは実際に生のコンサートにも足繁く通いました。現代音楽のコンサートではしょっちゅう同じ顔ぶれの聴衆に会いました。このようなことは徐々に続かなくなり、コンサートに足を運ぶ以外は大きな収穫を感じなくなりました。しかし、今考えると常にクラシックの全容を把握することや、評論などをいちいち読んで、読んでもわからないことに興味を持つこと、またなぜその曲や演奏がいいと言われるのか考えることが大きな学習になりました。30代から50までは自分の仕事に邁進していましたが、さまざまな音楽家と知り合うこと、また忌憚のない意見を交わしたり、低い立場に身を置くことによって常にダメ出しを受ける立場こそ、思うことを実現できていないにしろ掛け替えのない自分磨きになったと思います。2004年から2018年まで受け持った演奏会実習ゼミでは毎月コンサートを行うことを実践し、学生の希望する室内楽曲を可能な限りコンサートにかけていく、ただ演奏するだけではなく曲について造詣を深め、演奏に対して検証する、明確な理由がない限り曲のカットや変更はもちろん認めませんでした。曲目に対して芸術的なリスペクトなしに演奏することは認めない方針でした。問題は楽器編成と演奏者がうまく調整できないこともあり、賛助出演や編曲することもあり趣旨を曲げないで実践することは毎回難関がいくつもありました。ただこの期間に今学生が注目している、あるいは課題としている楽曲、新たな室内楽のレパートリー、トレンドなどがよくわかりました。学生の趣向や考え方がわかり過ぎたくらいです。自分が学生の頃よりも学生の技術が格段に上がったことや、コンクールの影響などから知られていない楽曲へのトライなどが、近現代曲の演奏頻度を上げたのは確かです。同時にジャンルとしてクラシック以外のものを演奏しようとする、またそういった新たな楽曲が続々登場しているということがあります。30年前とレパートリーとして変わったことは、モーツァルトやベートーヴェンを試験で課されない限りは、プログラムに入れなくなってきたことがあります。学生の好む曲を選ばなければ、学生の方から指導教員を変えるなどのことができる環境になったことが理由として考えられます。反面、近代の曲目が多く取り入れられるようになったことで、あまり知られていなかったような作曲家が続々と取り上げられるようになりました。ロマン派では室内楽でもシューマンが圧倒的に取り上げられることが多いです。「3つのロマンス」「抒情小曲集」「アダージョとアレグロ」などで、オリジナル以外の楽器に編曲されていることも大きいです。フルート、サックスでは近代に加えポップス化した邦人作品が多く作られるようになりました。親しみやすいスタイルをとりながら程よいヴィルトゥオーゾティを持ちます。1990年代、吹奏楽を始め、同属楽器によるアンサンブルが普及し、多くの音大卒業生もアンサンブルに属することが多くなりました。そこで一般の人に聴き映えのする楽曲が求められるようになってきました。作曲を専門とはしていない楽器奏者の作曲作品が増えだしたのもこの時期です。楽器のことを本当に熟知しているのは作曲家ではなく演奏者であるということです。また、作曲家の個性や癖は期待せず、難解ではなくほど良く聴き映えのする曲を早く作って欲しい、それが演奏者の作曲家への率直な要望かと思われます。ただ皆が似かよった近代和声を基に内容はロマン派的で標題性が強く、さらには民謡を主題に用いたり、地方の伝説をタイトル化する傾向は、明らかに中高生ウケに流れているものの作風や個性との関連が希薄なように見えます。また、これらの作曲家や演奏家は宣伝ということでもあるとは思いますが、SNSの対象が年下であり、上の立場からのコメントを書くのが主流です。指導者としての立場になるのが憧れであったとしても、これが全体的な傾向であるところに音楽社会への危惧を感じてしまいます。現代音楽の分野では技法としては1970年代に出尽くした感があり、音楽史は1970年代あたりからの精査が難しくなっています。新ロマン的な作風を始めとしてさまざまな多様化が始まったと言えます。メシアンが1992年に亡くってからグリゼー、ミュライユなどのスペクトル楽派、リゲティ、グバイドゥーリナ、カーゲル、シャリーノ、ライヒなどが思いつきますが、それ以外の殆どの作曲家が作曲技法としてはそれまでに世に出されたものが主です。調性的な作品、調性を導入した作品が再評価されたり新たな作品もどんどん自由になり、手法は従来からのもので着眼点を変えた作品、コラージュを導入した作品が増えました。20世紀において現代作品が複雑で難解と言われる作風にゆき着いてしまったことがあり、音楽が娯楽や癒しとして普及し、たくさんの音楽プレーヤーがいる中、クラシックの延長としての現代作品がコンサートのプログラムに採用されづらいことがあります。1970年代から芸術としてより多く再演されるべき作品はたくさんあると考えられのですが、それにも関わらず半世紀経った21世紀の現在、音楽の発想は多彩でも手法は大きく変わらない現代音楽に、今後の発展性があるかどうか、その作曲家の固有の表現を全面に表出した芸術はまだあるのか、現代音楽に限らず、今の業界化している音楽界に、これまでのクラシック音楽における芸術性が不在になりつつあるように感じられるのです。
2019.06.05
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