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ヤンヤンは祖母や両親、姉のティンティンと台北に住んでいる、ごく普通の少年。ところが、叔父の結婚式を境に、様々な事件が起こり始める。祖母は脳卒中で昏睡状態となり、母は精神不安定で新興宗教に走り、父は初恋の人と再会して心を揺らす。そして、姉とヤンヤンにも恋心が芽生え・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今夏、亡くなられたエドワード・ヤン監督の遺作。優しい時間の流れてる、すごくいい映画でした。カンヌで監督賞を受賞しています。現代の家族が抱えている様々な問題を、絶妙な距離感で描きます。祖母が突然倒れ、昏睡状態になった一家に、次々と起こる出来事。悲喜こもごもな、でもどちらかというとツライ現実を、リアルに映し出した素晴らしい作品でした。映像のすべてが、瑞々しい。日本版の予告編集をしているのは岩井俊二監督で、この瑞々しさ、似たものがあると思います。優しい時間、現代であってもノスタルジーを感じる、染み入るなにかが、大好きでした。初恋の女性とばったり再会して、青春時代をやり直そうとする父。突然昏睡状態となった母親に、自分の日常を語りかけるうち、その稀薄さに耐え切れなくなって山に篭る母。友達の恋人と付き合う姉。幼馴染と別れて、できちゃった婚した叔父。そしてヤンヤンは、初恋をします―――。描かれているのはヤンヤンからみた家族ではなく、一人一人の目線で経験された痛みや涙。叔父さんの結婚の直後、おばあちゃんが昏睡状態になって、思いもよらぬ問題が山積みになっていくのでした。たしかに、こういう時期って、あるのかもしれない。けれど、大なり小なりトラブルを抱えている家族も、やがては、まあるく収まって成長してゆきます。お父さんが、人生はやり直しできないと知り、現実を受け入れたように。お母さんが、山も下界と差がないことを悟ったように。お姉さんが、恋の幻想から醒めたように、叔父さんが今の人生を堅実に生きてくように・・・頑なに、意識のないおばあちゃんへ語りかけることを「意味がない」と嫌がっていたヤンヤンだって、しっかりと大人になっているのです。ラストは、おばあちゃんの死から、また何かが始まる予感がしました。家族のみんなが、それぞれの知らぬ間に成長したことを、隠したまま。お父さんの会社が倒産寸前で、立て直しを賭けた事業の相手役には、イッセー尾形さんが出演しています。間の取り方の特徴ある方ですが、「太陽」に続いて外国の作品にあっても、やはり巧いものは巧かった!不思議な魅力を持つ、ゲーム業界のトップという役柄でしたが、お父さんと急速に気のあっていく様がまたいい。音楽を通じて、手品を通じて意思の疎通をしていく、大の男・ビジネスマン二人が、私的にもとても好みなシーンでした。ヤンヤンがお父さんに言った言葉。「人は半分しか見えていないんじゃないかな。だって後姿は見えないでしょう」これって、外面を言ったのだけど、なかなか深い言葉として残っていました。半分しか見えていなかったものを、突然両面とも見る機会に遭遇してしまった一家の物語・・・そんな気がして。青春の裏側、理想の裏側、憧れの裏側、そんな色んな裏側を知って、一時はガックリきてしまうんだけど、そこから始まるであろう新しい視野は、想像するだけでもきっと明るい。ドキッとしてしまうような、驚きの現代風のオチもなかなかで。今年最後に、とても素敵な映画が見られました。こちらは死ぬまでに観たい映画1001本に選ばれています。監督・脚本 エドワード・ヤン 製作 河井真也 出演 ジョナサン・チャン 、ケリー・リー 、イッセー尾形 ウー・ニェンツェン 、エイレン・チン (カラー/173分/台湾・日本合作)
2007.12.30
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初老の鉄道員一家の姿を克明に描き出した、哀愁漂う名作ドラマ。長男は不良仲間と付き合い、長女は駆け落ちし、スト破りで仲間からも孤立する機関士アンドレア(ジェルミ)。末っ子のサンドロは英雄のように父を慕うが―――古いイタリア映画を観ると、感性が同じと感じることがよくあります。強い母性と、父親の存在。古き日本と共通しているものではないでしょうか。こちらも、厳格な父とその家族の骨太な人間ドラマです。舞台の終盤はクリスマス。この時期にぴったりでした。とはいっても、哀愁漂い、ちょっと切ない気持ちになります。 鉄道員のアンドレアは、30年この仕事を続けてきた真面目な男。実直で頑固一徹、酒好きで、いつものバーで仲間と歌いながら飲むのが、唯一の楽しみでした。武骨で不器用。家族に愛を伝えることさえ上手くできない彼は、50歳の大台に乗ろうかという時、突如として家族の崩壊に直面するのです。家族みんなが、それぞれに悩みを抱えています。不倫している長女、定職つかず仲間に借金のある長男。まだ幼い末っ子のサンドロさえ、成績表が悪かったことに気を揉んでいます。父・アンドレアも、運転する機関車に飛び込み自殺事故があり、動揺から赤信号を見落とした末に、構内の仕事を命ぜられて、仲間との孤立を深めていくのでした・・・・母親が包み込むように、ばらばらになりそうな家族を繋いでいる、その姿は、日本の原風景にもあったような、そんな気がしていました。イタリア映画に登場する少年は、ほんとに魅力がありますね。本作でも、エドアルド・ネボラが演じたサンドロ少年が素晴らしいです。衝突しあう家族や夫婦・友人の間で、自然に潤滑油のような役割を果たしているサンドロ。彼に溢した内緒の愚痴や思いは、しっかり約束を守れないという形で、相手の耳に入り、大人たちはホントの所を知っていくのです。終盤、突如病に倒れるアンドレアは、自宅で療養しなければならない身となってしまいます。その年の、クリスマス。親友の計らいで、彼の元には、続々と馴染み仲間が集まります。喧嘩別れした長男の姿もありました。ずっと会っていない長女からの、嬉しい知らせがありました。何年ぶりかの、賑やかな宵が開かれるのです。しかし祭りの後、静かになった家で、アンドレアは幸せの余韻のうちに、静かに息をひきとるのでした―――離れてみてわかる、父親の厳格さのなかの、情深さや存在感を、子どもたちが身に染みて知っていく展開が素晴らしい。再び彼を受け入れる友人らとの、バーのシーンも感動的です。アンドレアがいなくなった家は、ガランとして、広く感じてしまう。ぽっかり空いた隙間に寂しさを隠せない母。終始、夫を支え愛し続けた妻の姿が、余韻を残します。監督は、イタリアの名匠ピエトロ・ジェルミ。同じく監督・主演している「刑事」は、すごく気に入って、この夏ディスカスで再見してみました。初めの満足感とはいかないまでも、やぱり面白い映画でした。大きなサングラスを掛けた刑事から、こちらは恰幅の良い労働者の体つき。最初ジェルミと気づかないほど別人のようでしたが、役者としてもお見事ということでしょう。監督 ピエトロ・ジェルミ 脚本 アルフレード・ジャンネッティ 、ピエトロ・ジェルミ ルチアーノ・ヴィンチェンツォーニ 撮影 レオニーダ・バルボーニ 音楽 カルロ・ルスティケリ 出演 ピエトロ・ジェルミ 、エドアルド・ネボラ 、ルイザ・デラ・ノーチェ シルヴァ・コシナ 、サロ・ウルツィ (モノクロ/115分/イタリア映画)
2007.12.24
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スパイ・ムービーのなかで一等好きな映画は?と聞かれたら、迷わずボーン・シリーズと答えている。イーサン・ハントも、新生『007』のダニエル・クレイグも、ジェイソン・ボーンには敵わない。マット・デイモン演じる記念すべき第一作目『ボーン・アイデンティティ』が誕生して早20年。あれから不動の一等でありつづけるわけが、シリーズ全4作品一気に見返してみてよくわかる。ちっとも古臭くならない、スピード感溢れる孤高の闘いっぷりのカッコよさ。色男とはいえない武骨なマット・デイモンだけれど、隠せない知性と身ごなしにいつまでもやられる。ちなみに、ラストで絶妙に挿入されるMOBYのテーマ曲『EXTREME WAYS』が最高似合っていて、CDを買っていまでもたまに聴いているほどのお気に入りだ。(あらすじ)CIAの極秘計画“トレッドストーン”によって過去の記憶を消され、究極の暗殺者にされたジェイソン・ボーン。彼はその過去の断片を辿りながら、全てを明らかにしようと、たったひとり最後の闘いに挑む。今回は、イギリスの大手新聞にボーンの記事が載るところから物語は始まる。記事を書いたロスにボーンが近づき、その情報を聞いたNYのCIA対テロ極秘調査局長ヴォーゼンもまた、監視・尾行を始めるのだった...。組織VS個人の陰謀ものは数多いけれど、名実共にスマートなマット・デイモンが、台詞少なく男気たっぷりに、自分が何者かを追い求める姿がたまらない。孤高とはいえ、改めて見ると、追う立場でありながらボーンに特別な想いを抱いていくCIAのパメラ(ジョーン・アレン)や、ニッキー(ジュリア・スタイルズ)、ヘザー(アリシア・ヴィカンダー)、第2作目で命を落とす恋人マリー(フランカ・ポテンテ)など、彼は女性たちの肩入れによって密かに救われ助けられ支えられていたりするのだ。そのうえで、マリー意外とは簡単に恋仲になったりしないのが本シリーズの潔さでもある。悪役の造形がみんな簡潔に分かりやすく、意外とオーソドックスなのもいいところ。サスペンスフルであっても、手堅く、それでいて映像はとびっきりスタイリッシュに。全シリーズを撮ったO・ウッドの撮影手腕なのか、監督がポール・グリーングラスになってからのほうが、よりスリリングで大好き。スタイリッシュといっても、手ブレを駆使した臨場感とカー・アクションの迫力がすごいのであって、映像自体に真新しいものがあるわけでないところが手堅い。世界を縦横無尽に駆け巡るスピード感が癖になる。前作で恋人を失ったボーンが、傷を抱え、自分の名と記憶をとり戻すため、自由を得るため、復讐を果たす――迫真の完結編。だったのが、9年後に『ジェイソン・ボーン』が作られてシリーズ全4作目にして完結。ということに。どちらにしろ、この『アルティメイタム』で終わっていても素晴らしい幕切れで、それぞれがきちんと尻切れトンボになっていない高い完成度なのも素晴らしいところ。エンディングのカタルシスが最高!『EXTREME WAYS』を聴く口元はいつだってニンマリしている。 監督 ポール・グリーングラス 製作 フランク・マーシャル 、パトリック・クローリー 、ポール・L・サンドバーグ 原作 ロバート・ラドラム 脚本 トニー・ギルロイ 、スコット・Z・バーンズ 、ジョージ・ノルフィ 撮影 オリヴァー・ウッド 編集 クリストファー・ラウズ 音楽 ジョン・パウエル 出演 マット・デイモン 、ジュリア・スタイルズ 、デヴィッド・ストラザーン スコット・グレン (カラー/115分/アメリカ映画)
2007.12.21
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女流監督マルズィエ・メシュキニの初監督作品。イランのキシュ島を舞台に、イスラム社会で生きる女性たちの、それでもなお厳しい現実を見据えた3つのオムニバス・ストーリー。ヴェネチア映画祭で、最優秀新人監督作品賞を受賞しています。キシュ島の場所を知りたくて、世界地図をひっぱり出してきたけれど、載っていないみたい。イランでありながら、西洋風のリゾート地だといいます。小さい島なのかな。第1話「ハッワ」 「ハッワ」はイブのこと。主人公の名前と、9歳になる前夜というニュアンスを、掛けてあるのでしょう。――今日はハッワの誕生日。イスラムの女の子は、9歳になると大人として扱われ、スカーフを被り、男の子たちとも遊べなくなります。子どもでいられる最後の半日を描いた物語。9歳で女として扱われるなんて早いですね。もちろん、ハッワにとっても、自覚はあとから。男友達との残された時間がなごり惜しくてたまりません。祖母と母親にわがまま言って、彼女が生まれた正午までならと、遊びにいく許可をもらうのです。砂に棒をさして、影が消えるまでに戻る約束。彼は彼で、勉強しなさい!と家に閉じ込められてしまって、窓の格子から、わずかに残された一緒の時間を過ごすふたり。健気な子どもたちの姿は、イラン映画の魅力。自然の仕草が好きです。魅力もそのはず、子どもたち主役の作品が、断然多いのがイラン映画。この作品が他と違うのは、リゾートの島である舞台キシュの情景がとても美しくて、陽気なところでした。青い海、青い空、砂に囲まれてはいるけれど、南国みたいな明るさがあります。ストーリーは、相変わらずに、生活や宗教が背景にある切実なものだけれど、陽気さが今までとは違った魅力を引き出していました。棒から伸びる影を幾度も気にしながら、ふたりでひとつのキャンディーを舐める。そして、さようならの時間がやってくる。 「ハッワ」 「アフー」第2話「アフー」 ――この日、キシュ島では女子自転車レースが行われていました。参加者のひとりで離婚を望むアフーを追いかけ、考え直すよう説得する男たちが、馬に乗って次々と現れるのですが・・・「アフー」は鹿の意味。こちらも主人公の名と、タイトルと、内容がリンクしています。これぞまさに、イスラムの男性優位社会に生きる、女性の闘い。どんなに止められても、決して漕ぐのをやめないアフーの頑なな姿は、女として応援してしまう。次から次と送り込まれて増えていく男たちを尻目に、アフーの闘いは終わりません。抜きつ抜かれつ、レースに挑みながら、男社会にも挑んでいる。まるで女性解放のレースをひとりで闘っているようです。ヒマールをはためかせ、ばく進するスピード感が見どころでした。内容ばかりじゃなく、冒頭から、馬に跨った男がアフーを探し出すまで荒野を延々駆るシーンなど、勢いがあって素晴らしい。すごくシンプルな構図・撮り方なのかもしれないけれど、このシンプルさをじっくり見せてくれる映画は少なくなっているのではないでしょうか。大満足な小品でした。第3話「フーラ」 ――島の空港。飛行機から降立った、ひとりの老女フーラ。彼女はポーターの少年たちを従え、長い間憧れていた品々を買いに、いざ出発するのです。「フーラ」は妖精の意味。このネーミング、なんだかわかります。老婆フーラは不思議な魅力のある人でした。テレビ、掃除機、オーディオ、ソファーに冷蔵庫。お鍋にベッドにコーヒーポット・・・あらゆるものを買い込んでいくフーラの後には、いつしかポーターの少年が列を成します。さんざん買い物をしたあとで、透明なポットが気に入らないと、一人の少年を引き連れデパートへ引き返すフーラをよそに、残された家電・家具・生活雑貨と少年たちは、お祭り騒ぎをはじめるのでした。真っ白な砂浜に、ぽっかりお家ができちゃう!なんとも楽しい三作目。無条件で幸福になれる映画がありますが、こちらもそうです。珍しくてたまらない高価な家庭用品と戯れる、少年たちの夢のような時間は、ありそうでない出来事なのでしょう。そんな夢を見せてくれるのは、フーラさん、妖精ような不思議なお婆さんなのでした。手製の筏に載せられた生活用品が、青々した海にぽっかり浮かぶ、ラストシーンが大好きです。最後にみっつのお話がリンクしているのが、ミソ。女性による視点で描かれたオムニバスの佳作といってよい作品では、ないでしょうか。 監督 マルズィエ・メシュキニ 脚本 モフセン・マフマルバフ 撮影 モハマンド・マフマディ 出演 ファテメ・チェラグ・アザル 、シャブナム・トルーイ 、アズィゼ・セッディギ(カラー/78分/イラン映画)
2007.12.19
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14歳のムシェットは病気の母親の代わりに貧しい家を切り盛りしながら、友達のいない孤独な学校生活を送っていた。ある日、森の密猟者の秘密を知ったのがきっかけで、思いもよらない絶望と孤立に立たされる。そんな彼女に残された選択はひとつしか残されていない―とことん救いのない物語です。14歳の少女の生への絶望を描きます。寒々としているのは映像と中盤の雨のシーンが長かったせいばかりではありませんね。少女ムシェットにも温度を感じられません。救いを求めない反抗的な目つきは、周囲の大人に怒りをぶつけることもなく、大人にとっては助けてあげようと思える相手ではない悲しさ。同情なんか必要としていない生き方はやっぱり淋しいものです。オシャレにいそしむ同級生たちと、交じわうことのないムシェットはいつもひとり。憂鬱な学校を抜け出して森を彷徨っているうち、森の奥へと迷いこみます。突然の雨に雨宿りをしていると、密猟者アルセーヌと森番の小競り合いの声を遠くに聞くのです。夜が更けても森にいた彼女は、小屋へ戻るアルセーヌに見つかり、保護されます。しかしそこで、彼から怖ろしい告白聞かされることになるのでした。森番を殺してしまったらしい、と、、自分と同じはみ出し者を、つい信じて優しくするところが彼女の唯一の幼さでした。アルセーヌの突然の癲癇発作を看病し、今夜のことは内緒にすると約束します。けれど・・・甘かった。そのまま、男に手込めにされてしまうのです。唯一慕っていた母が死に、信じた大人に裏切られ、殺人事件は幻想だったと知る―彼女の絶望はどれほど大きかったことでしょう。けれど、静かに涙をこぼしながら、孤独を深めていくばかり。怒りをぶちまけるどころか、隠れて感情を搾り出す。みんなの前に露わにできないのがもどかしい。どうして爆発しないのでしょう、父親を責めないのでしょう。できないなら、このラストは、当然の結末という感じでした。殺伐として無味乾燥としてるからこそ衝撃も大きい。以前ブレッソン作品を観たときの感想です。今回も同じ。どろどろしない澄んでいる悲惨さがありました。ひどく不器用で。ラストシーンなどなんともいえません。晴れ着を胸に抱いて、池へと続く坂道を、何度も何度も転げ落ちるムシェット。移動遊園地のバンピング・カーではしゃいだほんのひと握りの楽しかった時間と、それは同じ開放感だったのかもしれない。そこはかとなく悲しいシーンです。監督・脚本 ロベール・ブレッソン 原作 ジョルジュ・ベルナノス 撮影 ギスラン・クロケ 音楽 クラウディオ・モンテヴェルディ 、ジャン・ウィエネル 出演 ナディーヌ・ノルティエ 、ポール・エベール 、マリア・カルディナール ジャン=クロード・ギルベール (モノクロ/80分)
2007.12.17
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図書館で借りた本。偶然タイトルが蛇つながりだった二冊です。中身はまったく別の趣。「蛇にピアス」は若者らしい、冷たく鋭い、洋の雰囲気。「蛇を踏む」は落ち着いた語り口で、ほのぼのした温かさがある、和の雰囲気。まったくちがう作品だけど、二冊を読み終わった後に思ったのは、作家は多分に不健康なのだな、でした。踏むの川上弘美さんは、あとがきで面白いことを書いています。“これはうそばなし。ヨガもキャンプもせず、さかあがりもしないで、うその世界であそぶ。うそをつくなといわれたら死んでしまいます”―――と、こんなようなこと。ウソって、冗談と似たとろがあって、使いかたによっては円滑剤にもなりうる。ウソの世界で戯れるのは、創作家の大事なお仕事でもあるのでしょう。いかに異様でも奇妙でも、面白おかしく読み進めて、作家の妄想世界に笑う自分がいました。ピアスのほうの金原ひとみさんは、ちょっと違う。生きる実感を感じるものが、より肉体に近いところにある人の物語でした。下手すると、命を縮めてしまうような、痛い生き方。きっと若い私は、ピアス的な生き方で、今は「踏む」の生き方になっていると思う。だから、より楽しめたのは「蛇を踏む」でした。‘うそばなし’の短編集、星新一さんのウソ世界を楽しむ感覚に似ていました。取り留めのない、決まりなんてない、だから簡単に生まれてきた物語のように感じてしまうけれど、どうなのだろう。読むのに力を要しない、ならば力を要せずナチュラルな形で、これらの作品は生まれてくるのだろうか。川上さんや星さんが苦悩した様、あまり想像できません。小説を読むとき、「」台詞に、意識がいきます。佐々木丸美作品は、とにかく台詞が簡潔甘美。スマートで大好き。どこをとってもお気に入りだけれど、会話のシーンにとくに丸美さんを感じています。川上弘美さんの「センセイの鞄」を読んだときは、台詞や「」はないでも、独り語りが好きになりました。それでこの方の本、また読みたいな~と思っていました。金原ひとみさんは初めて読んでみました。処女作とは思えない、そつがない、巧い。不登校で学校へはほとんど行ってないそうですが、これだけの才能があるなら、学校いってる行ってないは関係ないですね。ただ台詞は、私好みのそれとは違っていました。こちらも偶然だけれど、どちらも芥川賞受賞作品です。
2007.12.16
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砂丘地帯に昆虫採集にやってきた男(岡田)は、その砂の穴の中で暮らす女(岸田)の家に一夜の宿を借りる。しかし、四方の砂を掻き出す労働力として囚われの身となり・・・。 安部公房さんの原作がとても面白かった「砂の女」。この凄い本がどんなふうに映画になるのか、それより映像にできるものかと、半信半疑でしたが、かなり良く出来た作品でした。こちらも死ぬまでに観たい映画1001本に選ばれていて、カンヌで審査員特別賞を受賞しています。様々な恐怖が同居した、怖ろしい物語ですね~部落で起こる閉塞感、助けの及ばない恐怖。わずか八分の一ミリの砂は水のように流動して、絶え間なく押し寄せ気持ちを溺れさせます。汗ばむ体にまとわりつく、小さな粒子のおぞましさ。乾いているから砂なのに、砂は物を腐らせる。なんて捉えどころのない・・・。そこはどうあがいてもよじ登ることはできない、まさに蟻地獄です。部落総出の罠に嵌められた男の怒りといったら!想像しただけでもサブイボが立ちますね。誰に何の権利があって、自由を奪われなきゃならないのか、理不尽もいいところです。怖い、焦燥、そこに美しい風紋が交互に描かれる。なんとも、圧倒されるばかりでした。まともじゃない環境に置かれて、そこには憂いを帯びた艶めかしい女がいる。逃げられない、いわば密室で、当然のなりゆきとでもいうように女と目合った男の後の運命とは・・・・女を演じた岸田今日子さん、お若いです。そして怖い。この頃からかなり怖いです。男の体を拭くことに無上の喜びを感じる、恍惚とした表情は一見の価値ありではないでしょうか。どんなに絶望しても、主人公は逃げ出す方法を模索し続けます。人間の飽くなき希望と本能を、見事に描き出した名作。生きる価値を見出してゆくラストは素晴らしい。こんなラストだから余計に怖い。原作に負けずとも劣らない、濃い作品になっていました。冒頭の印鑑でデザインされたオープニングロールがシュール。映画監督とばかり思っていた勅使河原さんですが、華道の家元だそうで、ほかにも書道や陶芸など、多岐にわたって才能を発揮された方なのだそうです。芸術的な創作センスが、映画に生きている。そんな面白い作品でした。監督 勅使河原宏 製作 市川喜一 、大野忠 原作 安部公房 脚本 安部公房 音楽 武満徹 出演 岡田英次 、三井弘次 、岸田今日子、伊藤弘子 、矢野宣 (モノクロ/147分)
2007.12.12
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キェシロフスキ監督の長編三作目。80年代初期、連帯下のポーランド。ワルシャワに旅立つ列車に乗り込もうとする、ひとりの青年ヴィテクのその後を、異なるエピソードを持つ“三つの人生”として描く。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ キェシロフスキ監督の代表作「トリコロール」シリーズや、氏の遺稿「ヘヴン」を映画化したトム・ティクヴァ監督の「ラン・ローラ・ラン」など、の原点ともいえる作品です。運命の分かれ道となる駅、そこから始まる、三つのストーリー。この分かれ道は、だれにも際限なく続いているもの。「列車に乗れた場合」「警備員に制止された場合」「列車に乗れなかった場合」。それぞれに待つ三つの人生を描きます。 出産で母親を亡くし、父親の期待通り、医者を目指して勉学に励んできたヴィテク。伯母の家から大学に通う彼に、突然父親の病が知らされます。離れた土地で、あまり話せないまま、看取ることもできずに死んだ父が、亡くなる前に遺した言葉。「もう(医者に)ならなくていい」この一言が彼の人生を変えていくのです―――使命感を失い、連帯の一員になっていくヴィテク。当時、社会主義国家だったポーランドでは、「労働組合中央評議会」というものがあったそうです。その一員として、ある人生では捨て駒のように、別の人生では連帯の主導的存在になっていきます。80年代になっても不穏なポーランド。本国の多くの作品に漂っているこの暗さ、さすがだと思います。暗く陰鬱でもキライにはなれません。列車に乗れず、ワルシャワへ行けなかった三つ目の人生では、医者になることを再び決意し、誠実な医師となります。学生時代からの恋人と結婚して、生まれたひとり息子を、伯母が孫のように可愛がる幸せな日々。しかし、冒頭の絶叫が伏線となる、悲劇が待ち構えているのです・・・ポーランド映画の、どこまでも不幸なこの芯の強さ、好きです。生命力、精神的な欲深さ、包み隠さない愛欲など。まだ初期のころのせいか、「終わりなし」や「アマチュア」といった、のちにぼやけていった作品群に似ていますが、見応えはある。これからどんどん洗練されていく半ばで、亡くなられたのかと思うと残念です。監督に復帰すると決めて、三部作「天国」「地獄」「煉獄」を執筆中、心臓発作で亡くなられたといいます。そのうちの「天国」は先に書いたトム・ティクヴァ監督によって映画化され大好きです。「地獄」はダニス・タノヴィッチ監督の「美しき運命の傷痕」だったんですね! 是非観たい。残る「煉獄」、こちらもいつか近い将来映画化されるのでしょうか。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・監督・脚本 クシシュトフ・キェシロフスキ 撮影 クシシュトフ・パクルスキ 音楽 ヴォイチェック・キラール 出演 ボグスワフ・リンダ タデウシュ・ウォムニッキ Z・ザパシェビッチ ズビグニェフ・ザバシェヴィチ (カラー/119分)
2007.12.10
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民族・国家を超える歴史の大きなうねりをとらえ、日・米・東亜の現代史を、壮大なスケールで描いた、冷戦終焉後の「太平洋の未来」を予言する大著。 河合隼雄さんのおすすめでなければ、読むこともなかった歴史と経済の本です。学生の頃は歴史は苦手で、暗記しては忘れることの繰り返し。海外の方が書いた日本の歴史は、わかりやすく頭に入ってきて、自分に合っててよかった。読むのに一ヶ月も掛かったけれど、見えている景色が、少しずつ違ってくる感じでした。広島・長崎に原爆が落とされて、終戦を迎えた前後のことは知っていても、太平洋戦争に至る前に日本がアジアの国々でしてきた野蛮な行為の中身をほとんど知りませんでした。アジアの国々に、今も憎まれているそのわけがわかると変わる気がする。映画をみても、ニュースを聞いても、捉えかたに変化ができたこと、自分で感じます。経済とか、興味のない難しいところは、右から左でしたが、アジアの歴史を知る、それだけでも価値がありました。第三者アメリカ人からみた日本の姿。学ぶところ、気づかされるところ、多いです。それでも、ムッとする箇所、なくはありません。今日だって銃の乱射事件があって、そんなことあなたの国にいわれたかないわよ―なんて感じるのですが・・・最後に監訳者・堺屋太一さんのフォローがはいってすっきり。
2007.12.06
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終戦を間近に控えた昭和20年、瀬戸内の田舎町。赤城(柄本明)はこの町の開業医で、患者を誰でも“肝臓病”と診断することから、人々に“カンゾー先生”と揶揄されていた。ひょんなことから赤城は、この町にはめずらしい美人の少女ソノ子(麻生久美子)を病院で働かせ預かることになる。しかし、ソノ子は根はまじめながら、女郎だった母親の教えもあって、時々男に体を売っていた……。 いい映画でした。戦時中の瀬戸内の町を舞台に、可笑しく風刺たっぷりに描かれる人間ドラマ。迫力ある描写や演出のパワーがすごい。エロチシズムは今村監督らしい要素。「開業医は足だ 片足折れなば片足にて走らん 両足折れなば手にて走らん 疲れても走れ寝ても走れ 走りに走りて生涯を終らん」 そんな訓示を頑なに守ってきたカンゾー先生こと赤城が、面倒見ることになった若い娘・ソノ子。彼女からの一方的な思慕の念を、まんざらでもなく受け流す赤城。そんな中、患者が増える一方の‘肝臓炎’に、医者仲間らと共に果敢に挑み始めるのでしたが・・・モルヒネ中毒の外科医(世良)や、アル中の坊さん、淫売をなかなか止められないソノ子など、風変わりな面々が見せる肝臓への執念と狂気。そこへ脱走してきたオランダ兵捕虜も加わって、真面目に足を使い、走り続けてきた赤城の毎日が激変してゆくのでした―――戦争による栄養不足から、肝臓を患う人が激増。はじめは、胸を痛める赤城が、治療のためと称してブドウ糖注射を栄養代わりに打っているのかと思いました。でも実際は狂言でもなんでもない、真面目に心底‘肝臓’に取りつかれていただけ。戦局傾くなか、もう大概まともな人はいなくなってしまう様が可笑しく怖ろしく描かれていきます。そこに、ただ一心に、カンゾー先生を思う、健気で元気なソノ子がいる。彼女の逞しい強さ、まだ未熟な演技であっても、麻生久美子は存在感あって好演でした。たじたじとするカンゾー先生役の柄本明も、とってもいい。ラストの鯨との死闘が、なんともいえません。突然の自然界との格闘。そして空には大きなきのこ雲・・・・驚かされる演出がたくさんでした。鯨に逃げられ、船の上で赤城に甘えるソノ子。青空には突如爆発とともに、不気味なキノコ形の雲が現れます。それは次第に肝臓形に流れのびていく―――なんともシュールなラストでした。微妙に違う表紙。このビデオのがすき。監督 今村昌平 原作 坂口安吾 脚色 今村昌平 、天願大介 撮影 小松原茂 音楽 山下洋輔 、栗山和樹 出演 柄本明 、麻生久美子 、ジャック・ガンブラン 、松坂慶子 世良公則 、唐十郎 、田口トモロヲ (カラー/日本映画/129分)
2007.12.05
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本の感想を書くのは久しぶりです。情報番組でお見かけする石田衣良さん、著書が気になっていていました。最近、読み聞かせの絵本を探すばかりだった図書館で、久しぶりに私の本を4冊ほど借りてきました。普段は手に取らない本に、つい手が出ちゃう図書館。いいな。ふつうの恋のちいさな火花。ささやかで切ない恋の瞬間10シーン。 普通の恋愛小説を、すごく久しぶりに読んだ気がします。良い意味で、こんなに普通な気持ちになったのはいつぶりだろうかと思います。30代の男女が主人公で、自分に身近で、どの感情もわかる感じ。ムリがなくさらさらと読めました。女性の気持ちを、ずばりよくわかってらしゃるな~と。小さな恋のいいお話に切なく、ほっくりさせてもらいました。驚きはなかったけれど、一瞬ふと考えさせられる男女のエッセンスがあります。石田さんのルックスと似合っている作品だと、思います。気に入ったのは「声を探しに」と「1ポンドの悲しみ」でした
2007.12.04
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こんにちは。最近はあまりPCに向かわずに、等身大の生活をコツコツと送っています。就職活動は相変わらず続けていますが、もう12月。年が明けてからでもいいかな~というくらい、のんびり構えているしかなさそうです。お世話になっている皆さまのところへも行けていません。ごめんなさい。今年の始めの抱負は本をいっぱい読むことでした。でも、ちっともダメだった。今の私は、ムリしないことをモットーに、ちょっと不安定でいる時期を過ごしています。観たいときに観て、読んで、出歩いています。先週末、初めて北海道立三岸好太郎美術館へ出かけてみました。道立近代美術館のすぐそばにあります。画家・三岸好太郎はどのくらい有名なのでしょう。わからないけれど、地元である札幌は、中学校の教科書に載っているそうで、街角で美術館の名を目にする機会も多く、知名度は高いように思います。今回初めて、ガイドの方の解説つきで館内を観て歩きました。こじんまりとした、二階建ての真っ白な建物。人はまばらで、小さな美術館ならではの、ゆったりとしたひと時でした。三岸氏が設計したという、当時としてはものすごくモダンなこの建物は、美術館では珍しい大きな窓があります。「オーケストラ」(1933) 「道化役者」(1932)人気があるという「オーケストラ」は、引っかいて描く技法。線の一本いっぽんはごく単純なのですが、素晴らしい絵だと思いました。その年に発足したHNK交響楽団の演奏を聴いて、構成を練りに練って描かれたそうです。時期によって、作風も、モチーフも大きく違います。故郷の風景画、花、蝶、貝殻、なかでも道化師は、惹かれたモチーフでした。一番の大作「道化役者」も晩年の作品のひとつです。晩年とはいっても、31歳という若さでの急逝。芸術家は、ときに短命ですね。同じく画家だった節子夫人は、フランスで活躍して長生きされました。「のんびり貝」画家としても成功していて、この「のんびり貝」が高値で売れた1934年、貝殻旅行と称して夫婦で出かけた旅先の名古屋で倒れ、この世を去ったのだそうです。力強い風景画から、様々に変わっていく作風を楽しみましたが、どちらかといえば、暗い配色の数々の道化師の絵が好きになりました。道化師にはいつも惹かれる。三岸好太郎も、自分の存在と重ね合わせて、描いたものだったそうです。それから「のんびり貝」。影の形がなんともいえず、いいですね~休日には時々、ロビーコンサートがあるそうです。今月も15日に予定しているとのこと、都合があえばもう一度出かけてみます♪裏庭は12月1日から冬篭りで、歩けませんでしたが、とても広々とした敷地が広がっていました。こちらもまた、雪が解けたら、出直して見たいと思います。
2007.12.03
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