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4月に収録しました「典礼聖歌アンサンブル」のCD『教会の祈り・賛歌』が完成しました。すでに、教会や修道院には「CD発売のご案内」のチラシが送られていると思います。 今回は、ミサと並んで教会の典礼の枢軸である、「朝の祈り」と「晩の祈り」を中心に収録しました。また、近年、司祭不在の集会祭儀でも詩編の唱和が行われることがあることから、「朝の祈り」は信徒の司式、「晩の祈り」は司祭の司式としました。賛歌は絶版となっている「聖週間の聖歌」に収録されたものを中心にしました。主な、収録曲については下記をご覧ください。 なお、収録曲と曲目解説の順序が異なっています。ご了承ください。『教会の祈り・賛歌』収録曲目一覧 1 朝の祈り(王であるキリスト) 1 初め 2 賛歌 390 キリストのように考え 3 第一唱和 4 第二唱和 5 第三唱和 6 神のことばと答唱 7 福音の歌 83 神をほめたたえよ 8 共同祈願 9 主の祈り10 結びの祈願と結び 2 晩の祈り(王であるキリスト、晩)11 初め 12 賛歌 384 おお 神の富13 第一唱和14 第二唱和 15 第三唱和16 神のことばと答唱17 福音の歌 178 わたしは神をあがめ18 共同祈願19 主の祈り20 結びの祈願21 派遣の祝福 3 賛歌22 389 キリストのように父を仰ぎ23 兄弟のように24 411 わたしは門の外に立ち25 321 いつくしみと愛26 387 神はキリストのうちに27 400 ちいさなひとびとの28 381 愛の賛歌29 主があなたを祝福し30 お告げの祈り
2006.09.26
52 神のはからいは【解説】 詩編90は、詩編集第四巻の冒頭の詩編です。表題には「神の人モーセの詩」と書かれており、モーセの作とされるのは、この詩編の思想が、申命記32章にある「モーセの歌」と類似するからと思われますが、「わたしたち」(一人称複数)ということばが主語にあることから、共同体の嘆願と考えるのが妥当でしょう。人間のはかない いのちに対し、神の永遠性を対比させることで、神のいのちを請い求める知恵を願っています。 答唱句の前半、旋律は、E(ミ)を中心にしてほとんど動きが見られません。後半、旋律は一転して主音のA(ラ)から4度上のD(レ)へと一気に上昇します。旋律では「そのなかに」で、テノールでも、やはり「なかに生きる」で、最高音のD(レ)が用いられ、限りない神のはからいをたたえるこころと、そこに生きる決然とした信仰告白が力強く表明されます。前率と同じように、バスとテノールも前半はA(ラ)を持続し、さらに、テノールは後半の「その」まで、A(ラ)に留まり、神のはからいの限りない様子と、その中に生きる決意が表されています。最後は、導音を用いずに終止し、旋法和声によって歌い終わります。 主音から始まり、主音で終わる詩編唱は、最低音がD(レ)〔3小節目〕、最高音がC(ド)〔4小節目〕と、続く小節で、7度の開きを持ち、劇的に歌われます。1小節目と2小節目はA(ラ)を中心にシンメトリーになっています。これは、下の、祈りの注意にも書きましたが、1小節目と2小節目の内容が基本的に起→結という関係になっていることにもよります。また、3小節目が、1小節目と4小節目の両方とやはり、シンメトリーになっていますが、これも、やはり、3小節目と4小節目が同じく起→結であるのに加え、1小節目+2小節目が起、3小節目と4小節目が結、という内容にもなっていることによります。【祈りの注意】 答唱句は、p で、しかし、強い精神で歌い始めます。最初の「かみ」の「K」を強く発音するようにしましょう。これは「限りなく」の「か」も同様です。後半、「わたしは~」からは、だんだんと、cresc. して、力強さを増してゆきますが、決して乱暴な歌い方にならないように注意しましょう。答唱句の息継ぎは、原則として、「限りなく」の後、一回ですが、最後の答唱句では、終止の rit. を豊かにするために、「その中に」の後でも、息継ぎをするとよいでしょう。ただし、息継ぎが長すぎて、「に」の四分音符の基本的な音価が、崩れないようにしてください。また、同じく、最後の答唱句は、冒頭 pp で始め、最後は、力強く終わると、この答唱句の持つ、豊かな味わいが、より、深く表現できるのではないかと思います。 詩編唱は、冒頭、mf から始めるとよいでしょうか。基本的に、1小節目と2小節目が起→結、3小節目と4小節目が同じく起→結であるのに加え、1小節目+2小節目が起、3小節目と4小節目が結、という内容にもなっていますので、この対比を、よく味わえるような、強弱法や速緩法を用いるようにしましょう。 詩編唱は第一朗読の「神の知恵」を願って歌われます。わたしたちは時として、財産・名誉・権力などにこころを奪われ、それを頼りにしてしまいがちです。神の国に入る第一歩は、まず、神の知恵を求めるところから始まります。そのためには、まず、神をおそれること=神を神として認め敬うことなのです(詩編111参照)。わたしたちも詩編作者と同じように、神の知恵をいつも求めることができる恵みを願ってゆきたいものです。 《この答唱詩編のCD》「典礼聖歌アンサンブル」『待降節・降誕節の聖歌』(詩編は異なります)【参考文献】『詩編』(フランシスコ会聖書研究所訳注 サンパウロ 1968)
2006.09.25
103 しあわせな人(2) 【解説】 一連の答唱句はここで歌われる詩編128の1節から取られています。この詩編128は「都に上る歌」すなわち巡礼の詩編の一つで、家庭のしあわせを歌った、幸福と祝福の詩編です。5節と6節は祝福を与える祈りで、この詩編が何らかの形で、神殿の礼拝で歌われたことを暗示していると言えるでしょう。また、5節に「シオンから」とあることから、会衆礼拝で用いられたとの解釈もあります。前の詩編127が、外敵から家を守る子供たちをたたえているのに対し、この詩編128は、家庭の平和と幸福を祝福し、両者が対になっていることもわかります。このように、家庭生活におけるしあわせを歌うことから、教会では、よく、結婚式の答唱詩編として用いられています。 答唱句は八分の六拍子で滑らかに歌われます。2小節目は和音が4の和音から、後半、2の7の和音に変わりますが、これによって祈りを次の小節へと続けさせることを意識させています。続く「かみを」では旋律で最高音C(ド)と4の和音を用い、次の「おそれ」ではバスにその最高音H(シ)が使われ、「神をおそれ」では、旋律が6度下降して(それによって母音の重複も防がれています)、前半の主題を強調しています。7小節目後半の3つの八分音符の連続は、最終小節に向かって上行音階進行しており、終止の rit. を効果的に導いています。 この答唱句は、C-dur(ハ長調)の主和音ではなく、5の和音で終わっています。これによって、祈りを詩編唱につなげる役割もありますが、この曲はいわゆる長調ではなく、教会旋法に近い形で書かれていることがわかります。G(ソ)を終止音とする教会旋法は第8旋法ですが、その音階は、D(レ)からd(レ)なので、この曲には該当しません。他にも、36~40「神のいつくしみを」、130~135「主をたたえよう」などがこれにあたります。これらから考えると、この旋法は、教会旋法を基礎に、作曲者が独自の手法とした旋法であり、「高田の教会旋法」と名づけることが出来るでしょう。 詩編唱も、答唱句と同様の和音構成・進行ですが、3小節目だけ、冒頭の和音は答唱句で経過的に使われている2の7の和音となっていて、3小節目の詩編唱を特に意識させるものとしています。【祈りの注意】 答唱句で特に注意したいことは、だらだらと歌わないことです。だらだらと歌うとこの答唱句のことばがまったく生かされなくなってしまいます。そのためにはいくつかの注意があります。八分の六拍子は、八分音符を一拍ではなく、付点四分音符を一拍として数えること。先へ先へと流れるように歌うこと。「しあわせなひと」の「わ」をやや早めに歌い、次の太字の三つのことばの八分音符で加速をつけるようにすること。の三点です。 また2については、1・3・5・7各小節の前のアウフタクトのアルシスを十分に生かすことも忘れてはならないでしょう。 このようにすることで、祈りが自然に流れ出てゆき、答唱句のことば「主の道を歩む」「しあわせ」が、豊かに表現できるのです。 前半の終わり「おそれ」では、やや、わからない程度に rit.するとよいかもしれません。答唱句の終わりは、歩みが確固としたものとして、ただし、主の前を静々と歩むように、十分に rit. して、滑らかに終えましょう。 詩編唱は、第一朗読と福音朗読の橋渡しとしてふさわしいものでしょう。結婚式でも、この、二つの朗読とこの答唱詩編が歌われることが多いと思います。詩編を先唱されるかたは、よく、結婚式で、この答唱詩編を歌うことがあると思いますし、結婚されているかたの中には、この答唱詩編を歌っていただいたというかたも多いと思います。今日は年間の主日ですが、一人ひとりが今まで参加した、結婚式とそのときの司祭の説教などを思い起こし、この、詩編の先唱の準備に当ててはいかがでしょうか? なお、一つ技術的なことですが、詩編唱の2節の1小節目は、最初が「オリーブの」と5拍節しかなく、音が変わると7拍節あります。このような時は、最初の「オリーブの」をやや遅めに歌いだし、「わか」に入ったらテンポをやや早めにしますが、「木の」でまたすぐに rit. すると、全体のバランスがよく取れます。 最後に、いつも書いていることですが、詩編唱の2小節目以外、音が変わる前で、間を置いたり、延ばしたりは絶対してはいけないことです。1小節が滑らかに歌われ、祈られるようにしてください。《この答唱詩編のCD》「典礼聖歌アンサンブル」『四旬節の聖歌』【参考文献】『詩編』(フランシスコ会聖書研究所訳注 サンパウロ 1968)
2006.09.18
124 主よあなたは永遠のことば【解説】 詩編19は、前半と後半ではその性格が全く異なります。前半は、天空、特に太陽の動きを通して、神の栄光をたたえています(147「天は神の栄光を語り」で歌われる)。それに対して、後半では、教え・さとし(トーラー=律法)を与えてくださった神に栄光を帰しています。この、後半部分は詩編119(125で歌われる)と似ています。そして、最後は、その教えを守ることができるようにとの祈りで結ばれています。 答唱句は、非常に複雑な和音で進んでゆきます。冒頭は、2♭の長音階、B-Dur(変ロ長調)の主和音で始まりますが、これは、最初のアルシスだけです。最後は、バスからC(ド)-G(ソ)-Es(ミ♭)-C(ド)の和音で終わることから、教会旋法の第一旋法に近いと言えるでしょう。前半はバスが音階進行で動き、とりわけ「永遠の」では、バスとアルトで臨時記号が使われた半音階の進行で、こころを「永遠」に向けさせます。後半では、バスが第三小節でG(ソ)、第四小節でC(ド)を持続し、旋律は、最高音のC(ド)となり、この信仰告白の体言止のことばを力強く終わらせます。 詩編唱は、ドミナント(属音)のGを中心にして動きます。 なお、この詩編19を歌う124の場合は、詩編唱の1小節目と3小節目の、最後の四分音符と八分休符(オルガンでは付点四分音符)および小節線を省き、1小節目の全音符から2小節目の全音符、3小節目の全音符から4小節目の全音符へと、それぞれ続けて歌います。1小節目と3小節目にある最後のことばも、すべて、八分音符で歌います。 詩編の1節を例に挙げると、以下のようになります。赤の太字は、音が変わるところです。かみのおしえはかんぜんでたましいをいきかえらせー*| そのさとしはかわらずこころにちえをもたらすー*【祈りの注意】 答唱句のことばは、《ガリラヤの危機》の後のペトロの信仰告白のことば(ヨハネ6:68)です。最初の「主よ」の後の八分休符は、次の「あ」のアルシスを生かすものです。「よ」が惰性で伸びないようにし、オルガンの伴奏が一足早く変わるのを味わえると、「あ」のアルシスがより生きると思います。ペトロの信仰告白「あなたは永遠のいのちのことばを持っておられます」には、「あなたこそ神の聖者であると、わたしたちは信じ、また知っています」とあります。この、答唱句のことばも、ただ単に「ラビの一人として」「ユダヤの賢者として」ということではなく、神の聖者としてあなたこそ永遠のいのちのことばをもっておられる、という意味合いになるのではないでしょか。「あなたは~」のところを、メトロノームで、はかったように歌うと、ことばを棒読みしているように聞こえます。四声の場合は、アルトは特にレガートをこころがけましょう。一連の八分音符を、やや早めの気持ちで歌うと、「あなたこそ」という確信に迫る祈りになるのではないでしょうか。「ことば」の部分、特に、アルトの動きは、最後の rit. を促すものです。オルガン伴奏だけのときも、この音の動きをよく味わい、オルガニストは、祈りを込めて弾きたいものです。この答唱句を歌うとき、ペトロと同じように、キリストに従う決意を新たにしたいものです。 第一朗読の終わりでモーセは「主の民がすべて預言者になればよいと切望しているのだ」(民数記11:29)といっています。新約の民=教会では、洗礼によってキリストに結ばれた者は、その預言職にも結ばれている、つまり、キリスト者一人ひとりが預言者であると言われています。ペトロの信仰告白のことばを通して、キリストに従う決意を新たにし、神のことばを多くの人に伝えるために、さらに豊かに神のことばを味わう恵みを願いたいものです。《この答唱詩編のCD》「典礼聖歌アンサンブル」『復活節の聖歌』(詩編は異なります)【参考文献】『詩編』(フランシスコ会聖書研究所訳注 サンパウロ 1968)
2006.09.11
8 荒れ地のかわき果てた土のように【解説】 詩編54は、個人的な嘆願の詩編で、嘆願の特徴である、神への助けの願い-作者の状況-神への信頼-神への祈り-賛美と感謝、という一連の内容が、すべて含まれています。 答唱句では、旋律、伴奏ともに音階の順次進行や半音階を多く用いています。これによって、荒涼とした荒れ地の様子が表されています。とりわけ「土のように」では、バスが最低音になり、荒れ地の悲惨さを強調します。後半は、「かみよ」で、旋律が四度跳躍して、神を慕う信頼のこころ、神へのあこがれを強めます。なお、『混声合唱』版の修正では、「あなたを」のバスの付点四分音符は、C(『混声合唱』版の実音ではD)となります。 詩編唱は、ドミナント(支配音=属音)のGを中心にして唱えられます。どの節でも一番強調されることが多い、3小節目では、最高音Cが用いられています。4小節目の最後の和音は、F(ファ)-C(ド)-G(ソ)という「雅楽的なひびき」が用いられていますが、バスが、答唱句の冒頭のE(ミ)への導音となり、その他は、同じ音で答唱句へとつながります。【祈りの注意】 答唱句、特に前半は、荒涼とした荒れ地の様子を順次進行や、特に半音階で表しています。レガート=滑らかに歌いましょう。「あれちのかわきはてたつちのように」で、太字の母音「A」は喉音のように、下線の子音はかなり強く発音します。また「あれち」は、sf =一瞬強くし、すぐに、弱くします。このようにすることで、荒涼とした荒れ地の陰惨さを、祈りに込めることが、また、この答唱句の祈りを、よりよく表現できるのではないでしょうか。前半は、「~のように」と答唱句全体では従属文ですから、「れ」以外p で歌います。和音も従属文から主文へと続くように、5度の和音となっています。 後半は、この答唱句の主題です。「神よ」の四度の跳躍で、「か」の部分は、その前の和音の続きで5度の9の根音省略形、「みよ」はどちらも主和音で力強さが込められ、p から、一気にcresc. して、神への憧れを強めます。その後は、f ないしmf のまま終わりますが、強いながらも、神の恵み、救いによって「豊かに満たされた」こころで、穏やかに終わりたいところです。 第一朗読の知恵の書で読まれる箇所は、まさに、主キリストの生涯・受難・死を思い起こさせます。イエスを裁いた最高法院の法廷は、本来開かれることのない夜中に開かれ、判決も本来無罪になるはずの全員が有罪の判決でした。この不名誉な死から、神は、主を「三日の後に復活」させてくださったのです。この「殺されて、三日の後に復活する」ということばを、弟子たちは恐れて聞くことはできませんでしたが、わたしたちは、洗礼によってこの神秘にすでに結ばれています。それはまた、毎回のミサでも体験していることなのです。感謝の典礼で行われるこの秘儀を思い起こしながら、この詩編を味わいましょう。《この答唱詩編のCD》「典礼聖歌アンサンブル」『復活節の聖歌』(詩編は異なります)【参考文献】『詩編』(フランシスコ会聖書研究所訳注 サンパウロ 1968)
2006.09.04
全5件 (5件中 1-5件目)
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