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2月10日、パピーが逝去しました。享年88歳。晩年は心肺・消化器系機能が低下し、足腰も弱くなり、庭へ出ることも稀でした。今年はインフルエンザ予防接種をしていたので風邪こそ免れましたが、2週間前、肩の脱臼で救急処置をすることに。付き添った、娘である義理ママには予知するかのように「今回は出て来れないだろう」と一言。聞いた家族全員は、「そんな、肩の脱臼で死ぬものか」と笑い飛ばしました。処置はマスク吸入による全身麻酔を使用したもので処置自体は成功。ただ処置後夜半、心臓発作を起こし意識薄弱、それに伴い持病の肺水腫が悪化、使用した抗生剤が消化器系をさらに痛め、胃からの内出血が1週間続きました。内出血を止める手術は再度麻酔を伴うし、心拍数が落ち着かないのと高齢のため打つ手もなく輸血する日々。最期はちょうど面会に現れた、息子であるフランクおじさんに「待ってたよ」と言った後、大きく息を吐いて眠るように逝ってしまいました。ブログに特筆しないでおこうかとも思いましたがしばらく連絡していないパリに住む友人に伝えたところ、「えっ!!!???だってパピー一人インフルエンザにもかからないで元気だってブログで読んだばかりだよ!??」と絶句。そうか、ブログを通して家族の近況を知る人が他にもいるんだろうな、と気がついたのでご報告しておきます。残されたマミーは毎日泣いて過ごしています。結婚して63年、体力的に辛い農作業を二人一緒に、定年するまでまっとうし、パピーとはいつも一緒。キッチン、リビング、寝室、客室…両端でお互い好きなことをしていても、パピー:”Oh!(おい!)”マミー:”Oui!(はい!)”パピー:”Que fa !(なにしてる?)”*脚注マミー:”Je couds!(縫い物よ!)”パピー:”Ah(そう)”*脚注:(発音)ケファ ="Qu'est-ce que tu fais ?"のプロヴァンス語なんて呼び合ってお互いの存在を確認している様子がかわいらしいとpidooの目に映っていました。 結婚生活を振り返って、一生涯大好きな人だったと涙ながらにマミーは話します。晩年はパピーの健康を思い良くケンカしたけど、それはパピーの体を思ってのことだったとあの人はちゃんと理解していたのかしら?もっと「愛している」と声に出して言ってあげたかった、私のことを愛していたのかしら?…と思いは尽きません。マミーも持病の心臓病で頻繁に救急車で運ばれ、ここ1年は癌治療のために辛い検査入院で家を出る機会が増えましたが、「パピーを残しては逝けないから絶対帰ってくる」とプロヴァンス女の強さを見せてくれていました。それが、「パピーがいない今、もう生きている意味がない」、「この悲しみを乗り越えるほど若くない」と。葬儀に間に合うように駆けつけた家族もじき家路につき、主人の両親もまたパリの家へ帰る時が来ます。残されたマミー一人、いくらpidooたちが隣に住んでいて昼間顔を見せることができても同じ空間に住んでいるわけではありません。水のように、空気のように、存在が体の一部のようになった人の不在はどうしたら補えるのでしょう?ふいに襲ってくる恐ろしいほどの悲しみを伴う空白にどうしたら押しつぶされないでいれるのでしょう?遺された者の試練が始まっています…。
2009.02.10

Cannelle3歳の誕生日でしたパリに住む義両親もパピー・マミーの看病で帰っているので、皆でお祝いしました。今年もパパは張り切ってケーキを作りました。すごいでしょー??わからない人のために…アンパンマンの登場人物の一人、ロールパンナです。我が家恒例の抹茶ケーキに、白はパウダーシュガー、茶色はなんとなんと、きな粉です!これを作る数日前、きな粉餅を主人に食べさせたら突然インスピレーションがわいた模様食感はちょっとパサパサしていたので黒蜜とあわせて食べたら最高だったのにな、と思いました。やっぱり試作はしてみるべきですね、まぁ家族内のパーティだったし、Cannelleは「きゃぁぁぁ、うれしい~~」と大喜びだったのでよしとしましょう。大人用にはこちら。ずっと以前から食べたかった、近くの村ボーム・レ・ミモザBormes les Mimosasにある、MOF(Meilleur Ouvrier de France)を受賞しているパティシエのケーキです。味はピスタチオ、数種類の木の実の味が加わり味わい深いケーキでした。お店のおばあちゃんは私を見てすぐに日本人とわかったのか、「あら、このケーキは日本人パティシエが創作したのよ!」と。なんでもこのパティスリーでは10年ほど前から、勤勉、性格の良さをかって、日本人パティシエばかりを雇っていて、現在も2名が修行中とのことでした。同じ日本人として嬉しい限りです----------------------------------------------------そう言えば最近はCannelleの成長具合をあまり記していなかったのでこの機会に。-身長100cm未満、体重15Kgでかいし重いし、保育園では一番大きいのに、一番泣き虫で甘えん坊週1~3回ほどの保育園も、最近はすっかりキライになってしまい「Cannelle、がっこう(保育園のことを学校と呼ばせています)、だいすきじゃないのぉ」と困らせます。先日も園に到着して別れ際、私の足から離れようとしないので「お姉さんたちは優しいでしょ、なんで学校きらいなの?」と尋ねると「おともだちがやなのぉ」困ったねぇ~今年9月はいよいよ幼稚園入園が迫っているのでかなり不安です…パパに似て集団行動、苦手そうだな~-言葉どうやらおしゃべりなようで言葉の面では全く心配していません。「パパとはフランス語、ママとは日本語」が自然に身についたようで、初対面でも外見がパパ系(?)だとフランス語、ママ系(?)だと日本語に変換しているようです。日本語はアンパンマンを見て、フランス語はBarbaPapaバーバパパを見てセリフを繰り返しています。困ったのはばいきんまんとドキンちゃんの口の悪さ気に入らないことがあると「おばか!」「やなこった」なんて飛び出すので言い聞かせ中ですかと思えば自分の持っているお菓子を他の子供にねだられるとアンパンマンのようにいさぎよく(?)”Tiens!(はい、どうぞ)”と渡したりするし、結局、シチュエーションに合ったセリフを見つけて楽しんでいるんでしょうね。笑えたのが先日のお散歩中。「知らない犬には触っちゃダメよ、意地悪かもしれないから」と言ったら「ブラックなの?」と。うーん、これもアンパンマンを見ていない人にはわからないなぁものわかりも良くなってきていて、悪いことを言ったり、やったりした後、「~って言っちゃダメよ、なぜなら・・・」とよく言い聞かせると、数時間後、数日後にそのまま私に繰り返し、改善されているようです。話せばわかる年齢になってきていると感じ、あああああ、ようやく人類に近付いたぁぁと、今までの苦労が報われたと感じられる瞬間がより一層増えてきましたしかし「話せばわかる」に辿り着くまではキレイ事ばかりも言ってられない状況が一時ありました。恐怖のダダコネです公共の場で転がって起きない、抱っこしようにも重いこっちもイライラして「なんでママの言うこと聞かないの、たたくよッ」と言ってお尻を叩いて言うことを聞かせていました。するとある時、Cannelleの要求に私が応えたくない時、「ママ、なんでCannelleのいうこときかないの、たたくよッ」と返してきたのです。しまった~~~~~よく育児書に、「叩かれて育った子は叩くようになる」とありますが、まったくその通り、事実でした私自身、お尻や手の甲を叩かれて育ちましたが、「叩かれるのは自分が悪いことをしたから」と理解していたし、まさか親を叩こうとはしなかったなぁ…。それとも記憶に残っていないだけで3歳くらいの当時は叩いていたのでしょうか?今度親に聞いてみよう。いずれにせよ、Cannelleと私の性格はかなり異なると感じるし、この子は叩いちゃダメだな、とすぐに悟ったものの、さて、どうしよう?ママ友イザベラも同じ悩みを抱えていて、「おしおき」として、「もういいよ」と言うまで隅っこに立たせるのが意外と効く、と言っていたので即実行。効きました!!「もういいよ」と言われるまで隅っこにちゃんと、立っているものなんだという驚きのほうが大きかったです。「もういいよ」と言う前には、なぜママが怒ったのかをよく説明。すると数時間後、翌日まで覚えていて、「Cannelleがさっき、○○したからママ怒ったの」と言うようになりました。叱り方でお困りの方は是非お試しください
2009.02.08

1月30日は結婚10周年記念でした10年。はて、何かすべきかしら。と、結構前から何をしようか考えていたのですが。一昔前、日本にいた時は「スイート・テン・ダイヤモンド」なんてCMしていた、そういうイメージしかなく。今でもあのCM、やっているんでしょうか??じゃあ、「スイート・テン・ダイヤモンド」をお願いしてみたら予算がないそうでまあ、普段からアクセサリー類はつけないので、どっちかというと花より団子…。子供が生まれてからというもの、子連れOKな安レストランばかりで高級レストランの類はすっかりご無沙汰しているのでそろそろ行きたーーいでもCannelleはどうする??と考えていたら。そうだ!高級ホテルに泊まってルームサービスを頼めばいい!と、探し始めた頃、義両親がパピー・マミー(主人の祖父母)の看病で帰省しているので、「一晩くらい預かるよ」と言ってくれた。じゃあ、ホテルに一泊してミシュランの星付きレストランかな~と計画を練っていたら、パピー(祖父)が急に入院することになり、Cannelleを預けづらくなってしまった。やはり当初の予定通り、Cannelleも連れて行こう周りの仏人家庭を見ていると、親が近くに住む場合、孫をどんどん預けて夫婦の夜の外出を頻繁に楽しんでいるけれど我が家は高齢のパピーマミーに預けるなんて事は全くしないできたし、義両親も普段はパリに住んでいるので、実は1泊と言えども結構抵抗があったのだ。Cannelleもかなり物分りのいい年になってきているし、ルームサービスなら気兼ねもないしと言うことで、土曜日。Cannelleがお昼寝から目を覚ますのを待ち、1泊ニース旅行に出発~お目当てのホテルは「地球の歩き方」で目に付いた、ホテル・マセナ問い合わせてみると、ニースのカーニヴァル開催直前の閑散期のためか通常360ユーロの部屋を130ユーロにしてさらに朝食一人20ユーロもサービスしてくれると言う。ラッキ~~ラッキーついでに、マセナ広場近くには大観覧車やちょっとした遊園地もあり、Cannelleは大満足とっても素敵なメリーゴーランドも発見、パパまで一緒に乗ってましたさて、問題の夕食は。実はホテルの斜め向かいに日本食レストランがあるとのネット情報を入手していて、そっちもちょっと気になっていました。ルームサービスは最後の選択肢に残して、ちょっと偵察…。行ってみたらホテルから徒歩1分で、お店をのぞいて見るとお店のお姉さん達も優しい高級レストランではないし、Cannelleがちょっと騒いでも大目に見てくれるかな??と心配しつつ予約を入れ、いざ。鉄板焼きのRestaurant Junです。Toulon・Hyeres周辺にはインチキ日本レストランしかないので、新鮮でしたCannelleにもいろいろサービスしてくれてありがとう実演鉄板焼きなので、普段だったら長続きしないCannelleの集中力も何とか最後のデザートまで持ちました!良かった良かった!お店は満席で、大繁盛の様子でした。ある意味、スペクタクル的な演出がフランス人に受けているのでしょう。ちょっと辛口批判してしまうと、お米は日本米ではないし、お豆腐もイマイチでしたがメインの海老、帆立、牛ヒレはとても美味でしたよコストを考えるとホンモノばかり追求できないのでしょうね。パリのオペラ界隈へ行くことを考えれば、充分、満足に至ります。その後、ホテルの部屋に戻り、ルームサービスのシャンパンを頼んで乾杯もっと頻繁にニースに来ることを約束させた結婚10周年記念でした
2009.02.01
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