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今朝(30日)、漫画家の水木しげる氏が逝去された。享年93。 ゲゲの鬼太郎は知らぬ人はなかろうが、ご自身の南方戦線(パプアニューギニア・ラバウル)での過酷な体験に基づく戦争告発する漫画を残された。今、日本のキナクサイ現状で、水木しげる氏の逝去の報はまことに残念だ。 私は漫画には詳しくないが、2011年、水木氏の表紙絵を作家の京極夏彦氏がデザインし、さらに水木氏の「世界妖怪協会通信」と題した日記風な短文をフューチャーして連載する雑誌『怪』(角川書店)の誌上で、作家の荒俣宏氏と対談させてもらった。水木しげる先生の雑誌にご一緒させてもらったという気持だ。若い駆け出しのころにも幾つかの雑誌でご一緒させてもらっている。直接関係があったわけではないのだが、なんとなく嬉しかったことを憶えている。 水木しげる氏のご冥福を祈ります。
Nov 30, 2015
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恒例の市内一斉清掃の日。午前9時から各町内ごとに開始したが、我が町内はものの30分ほどで終了。 開始早々「ハクビシン」が側溝にいたと、注意を呼びかけられた。初めてのことだ。私は実物を目撃していないので、はたしてハクビシンだったのかどうか、何とも言えない。ウィキペディアで調べたところ、東京では1980年に八王子で初めて発見されたとあった。 私は数年前、近所でイノシシ(たぶん子ども)に出会い、またタヌキも見ている。地名に「猿」と付いている所があり、古くからの住人によると40年以前には猿を見かけたと言う。まあ、東京都の緑地地帯で、鳥獣保護区や東京農工大の観察林などが多摩動物園をはさむように連なっているから、ハクビシンが目撃されても不思議ではないかもしれない。さいわい我が町内に被害は報告されていない。 そんなことがあったけれども、たちまち元の静か過ぎるくらいの町に返ったのだった。
Nov 29, 2015
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フィギュアスケート、グランプリシリーズNHK杯がさきほど終了した。 男子は羽生結弦選手が前人未到の300点を遙かに越えて世界最高322.40点というスコアで優勝。4回転ジャンプ3回と3回転ジャンプを4連続という完璧に成功させる美技を披露した。2位は金博洋選手(中国)、3位は無良崇人選手。 また、女子は宮原知子選手が自己最高の203.11で初優勝。2位はコートニー・ヒックス選手、3位は浅田真央選手。 羽生結弦選手と宇野昌磨選手と村上大介選手、宮原知子選手と浅田真央選手が、世界上位男女各6人で争われるグランプリ.ファイナル・バルセロナ世界一決定戦(12月11日~13日)に進出する。なんと日本からは5人出場。楽しみだ。 閑話休題 さて、きょうは先日訃報が伝えられた原節子さんの出演作品をDVDであらためて観ていた。 下の画像は雑誌『新潮45』2011年3月であるが、デビュー75周年記念特集と銘打って原節子さんを特集している。私がこの号を買ったのは、実は原節子さんが15歳の出演作品、内田吐夢監督『生命の冠』(55分:昭和11年)がDVD化されて付録となっていたからだった。まさに「お宝」映像である。
Nov 28, 2015
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東京都民生委員・児童委員「合唱チャリティー・コンサート」のおしらせ 期日:平成28年2月24日(水)11時〜16時(開場10時30分) 場所:文京シビック大ホール 東京都文京区春日1-16-21 交通:東京メトロ/丸の内線・南北線→後楽園駅 都営地下鉄/三田線・大江戸線→春日駅 JR総武線→水道橋駅 入場料無料 入退場自由 問い合わせ先:東京都民生児童委員連合会 TEL. 03-3235-1163 東京都民生児童委員連合会では、平成23年4月より東日本大震災で被災された遺児・孤児たちを支援するために「東日本大震災子ども応援募金」に取り組んでいます。各地区での募金活動により、これまで4年間にわたり、3,850万円もの浄財を被災地にお届けすることができました。 今回のコンサートに出場する合唱団は計21地区、次のとおりです。 文京区、江東区、目黒区、世田谷区、中野区、杉並区、豊島区、板橋区、練馬区、足立区、葛飾区、江戸川区、立川市、昭島市、調布市、小金井市、小平市、日野市、東村山市、国分寺市、国立市。 都民のみなさん、また近郊にお住まいのみなさん、ふるってご来場ください。おまちしています。 (クリックで拡大画像)
Nov 27, 2015
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今日は朝のうち大雨。地方によっては明日は雪になりそうだとか。冬将軍到来と、TVの気象予報士が言っていた。 午後になって雨は止み、私は18時からの民生委員合唱団の月に一度の練習に出かけた。 練習日は残り3回で、チャリティー・コンサートの本番だ。月に一度では次回までに忘れてしまうが、忙しく活動している人間ばかりの合唱団なので致し方ない。そういえば作曲家の畏友、新実徳英氏も言っていた。「月に一度では忘れてしまうでしょう?」と。 まあ、それでも38名がわずか1時間半の練習時間を集中して、大ホールの聴衆に聴かせることができる高みにのぼろうと一生懸命だ。その真剣さが私には楽しい。先生に容赦のない指導をされながら、音楽表現の細部が徐々に仕上がって行くのが楽しい。趣味でやっているのではないので、どうしても到達しなければならない地点がある。私は絵の専門家として、自分の作品が到達しなければならない地点、そしてそこに行き着くまでの一歩一歩を知り尽くしているので、音楽表現もまた同じであるはずだ。 とにもかくにも、たった1時間半の練習が終わって帰宅すると、精神的には壮快だが肉体的には相当疲れていて、甘い物を食べながら、気がつくと舟を漕いでいた。明日も午後から会議がある。少し早いがもう寝室にはいる。いつものように枕頭の読みかけの本を開くであろうが、そのまま眠ってしまうだろう。 そうそう、今日はこのブログを開設してちょうど3,800日。管理画面の記録に出ていた。
Nov 26, 2015
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原節子さんが去る9月5日に亡くなっていたという。享年95。 思いの多面性、あるいは内面で二極化する感情を同時に表現し、それゆえに生身の人間の有り様を表現できた、日本の女優のなかでは稀有の女優であると、私は敬意をもってその出演作を観て来た。引退してすでに長い年月が過ぎていたが、逝去の報に接してやはり悼まずにはいられない。ご冥福を祈ります。
Nov 25, 2015
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寒い一日だった。昼前に時折小雨が降ったり止んだりしていたが、夜になって本格的に降り出した。遠く近くの甍に落ちる雨音が一層寒気を呼んでいる。 小庭にも敷石にも落ち葉が積もったままだ。ふと見ると、南天の葉が美しい色に濡れていた。一枝折って見れば、一枚の葉がハート型をしていた。
Nov 25, 2015
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Northern White Rhinoceros!by Tadami Yamada Northern White Rhinoceros!I think the loneliness of youNow on this earthIt has become only five*the loneliness of youNorthern White Rhinoceros!I think the beautiful tusks of youTo order does deprived of your tusksOur human conducted ourThat it was doing as much of slaughterNorthern White Rhinoceros!You good to despise our human gloryAnd stupidity of us that does not extend understand The meaning of the loss of life cyclesLeave a not be atoned life of youNorthern White Rhinoceros!What billion times cry of death throes of youAnd our human even listen to earConducted our did not imagine For the species of sorrow to extinction from the groundNorthern White Rhinoceros!Splashes of some of bloodI think the eye of the end of youIn which eternal star blink isAnd that the disappearing (continue)
Nov 24, 2015
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(from above page) Northern White Rhinoceros! You like that now became the only five* Not to come across each other Earth was much wider To the extent that the howl of you such as unexpected reach Northern White Rhinoceros! Such sorrow of you Let's at least spread in my chest As the night of city to cover an old whore's heart As dense fog of late autumn fill the harbor of North As winter storm across the bamboo forest of Adashino As thick ice to cover the ground of Siberia As dry sand wash away the lake of Rob Roy Like the rain of Cherrapunji that falls after day after day Like sunset of far sea of today, as sink to the ends of the earth Northern White Rhinoceros! The anger of you Let's at least carve in my chest As The Tri-state tornado As The huge hail that hit the Nebraska As The lava flow of Besubiosu volcano Like the black clutches of The Northeast Japan Tsunami As The earthquake that destroyed Shaanxi Hua-xian As The Bangladesh cyclone In my chest the anger of you, as its deep traces Northern White Rhinoceros! In 46 billion years of Earth history Again and again the alternation of generations life You repeated that I do not know But now I repent our human sinfulness That we drove you to extinction While count days of until our extinction -----------------------------------------------*CNN says that "Nora" in the Northern White Rhinoceros, which has been bred in the US San Diego Zoo 22 days (November 2015) and died for infectious diseases and senility. It was a 41-year-old. Northern White Rhinoceros of individuals who survived this became the only three horses in the world.
Nov 24, 2015
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今年の4月、この地上にわずか5頭の絶滅寸前の動物「キタシロサイ」について、一編の拙い詩をつくった。今朝のCNNは、米サンディエゴ動物園で飼育されていた「ノラ」の死を報じた。キタシロサイは、ケニヤ自然保護区の3頭だけになってしまった。いまやミナミシロサイも絶滅危惧種だ。サイは地球でゾウに次ぐ巨大動物。彼らを絶滅に追いやって、人間はいったい何に対して闘いを挑んでいるのだろう。 キタシロサイよ 山田維史 キタシロサイよ私は君等の寂しさを想うこの地球上に いまやたった五頭*になってしまった君等の孤独をキタシロサイよ私は君等の美しい牙を想うその牙を奪わんがために我ら人間どもは殺戮の限りを尽くした事をキタシロサイよ我ら人間の栄華を蔑むがよい生命連環の欠落の意味を理解およばぬ我らの愚かさを君等の命が贖えられぬままにキタシロサイよ君等の何億回の断末魔の叫びを耳に聞いても 我ら人間どもは地上から絶滅する種の哀しみに想いをいたさなかったキタシロサイよ飛び散る血潮のなかの君等の末期の眼を想う悠久の星のまたたきがその中で消えてゆくのをキタシロサイよ今やたった五頭となった君等は互いにまみえる事はない地球はそれほど広かった君等の遠吠えがとどかぬ程に (以下そのまま次ページにつづく)
Nov 23, 2015
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(前ページからのつづき) キタシロサイよ 君等の哀しみをせめて私の胸にひろげよう都会の夜が老いた娼婦を覆うように晩秋の濃霧が北の港を埋めるように冬の嵐が化野の竹林をわたるように厚い氷がシベリヤの大地をおおうように乾いた砂がロブロイの湖を押流すように来る日つづく日降るチェラプンジの雨のように今日の夕陽が海の彼方、地の果てに沈むようにキタシロサイよ 君等の怒りをせめて私の胸に刻み付けようトライステートの竜巻のようにネブラスカを襲った雹のようにベスビオス火山の溶岩流のように東北日本津波の黒い魔手のように陝西省華県を破壊した地震のようにバングラデシュ・サイクロンのようにその深い爪痕のように君等の怒りを私の胸にキタシロサイよ46億年の地球史に 君等はいくたび生命の世代交替を繰り返したか私は知らぬが君等を絶滅に追い込んだ今我ら人間の罪深さを悔いる我ら絶滅の日数かぞえながら*(CNN) 米サンディエゴ動物園で飼育されていたキタシロサイの「ノラ」が(2015年11月)22日、感染症や老衰のため死んだ。41歳だった。これで生き残ったキタシロサイの個体は世界でわずか3頭になった。
Nov 23, 2015
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. 招かれて、午前中いっぱい、近くの小学校の音楽発表会に出席した。 全校児童による3年に一度の催しと聞く。年ごとに音楽や美術等の成果を大々的に発表する会である。つまり6年間の小学校生活で、一つのカテゴリーを2度経験することになる。音楽発表会を1年生で経験した児童は、次に4年生で再び経験するわけだ。 日本全国の小学校がそのようなシステムなのかどうか、私は知らない。 この発表会は個人の発表ではなく、また、クラス分けしての発表でもない。学年別に、一丸となって合唱と器楽合奏を披露する。したがって各学年およそ100名ずつと障害児童学級を一つにした、全部で七つのプログラムが演奏されるのである。 一つのグループ100名ともなると、プロフェッショナルの交響楽団に匹敵する人数だから、指導はなかなか大変だろう。しかも、音色はともかくとしても、なかなかの合奏ぶりだったから、私は一層、どんな指導方法だったのかと、感心したのだった。 以下に、プログラムを演奏順に記してみよう。 1)2年生 音楽劇『ジャンボゴリラと竹の子』 合奏『キラキラ星変奏曲』(ワルツ・ボサノバ・ツイスト・ジャズ) 2)若草学級 ジブリ・メドレー/『さんぽ~となりのトトロ~』『ナウシカ・レクイエム~風の谷のナウシカ』『君をのせて~天空のラピュタ~』『もののけ姫』『いつも何度でも~千と千尋の神隠し~』『崖の上のポニョ』『カントリーロード~耳をすませば~』 3)1年生 ディズニー・メドレー/合唱『ユー・キャン・フライ』合奏『ハイ・ホー』合唱『アンダー・ザ・シー』 4)3年生 合奏『ミッション・インポッシブル』 合唱『うちゅうじんにあえたら』『小さな勇気』 5)5年生 合唱『花は咲く』寸劇・合奏『ルパン三世』 6)4年生 ミュージカル「ライオン・キング」より"劇団4年生"オリジナル版『サークル・オブ・ライフ』『愛を感じて』 7)6年生 合唱『明日を信じて』合奏唱「もののけ姫」より『アシタカせっ記』 どうですか? なかなかすごいプログラムではありませんか。 ちなみに6年生の合奏唱『もののけ姫』の楽器編成を、思い出すまま書き出してみましょう。 電子ピアノ、アコーディオン、ピアニカ、ソプラノ・リコーダー、アルト・リコーダー、マリンバ、ヴィブラフォン、スネア・ドラム、ライド・シンバル、ウィンドチャイム、ビブラスラップ、長胴太鼓、鉦鼓、和琴。まだあったかもしれません。電子ピアノは3台、アコーディオンはたしか8台、和琴が6台、和太鼓は両面を男女で叩き、スネア・ドラムはたしか4台------というぐあいに、102名全員が何らかの楽器を担当しての大編成です。保護者も来賓も迫力ある元気な演奏に圧倒されていました。 ありがとう平山小学校のみなさん! 私は今日みなさんが口にした、「今を生きよう」とか、「私たちはつながっている」とか、「未来を切り開こう」とか、「みんなに笑顔になってもらおう」などの言葉に、みなさんの生活環境の過酷さを想いました。少なくとも、私がみなさんと同じ年頃に、そんな言葉を口にすることなどまったくありませんでした。私はみなさんの演奏を聴きながら涙ぐんでいました。子供たちに、「がんばって生きよう」などと励まさなければならない社会をつくってしまったのは、私たちおとなですからね。ほんとうにごめんなさい。
Nov 21, 2015
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一日遅れになってしまったが、世界野球WBSCプレミア12・日本代表は残念ながら韓国に敗れてしまった。途中までは、勝ちそうだなと、期待したが、そうは問屋が卸してくれなかった。まさか3−0で来て、9回裏で逆転(3−4)されるとは思っていなかった。小久保監督は昨夜眠れなかったそうだが、さもあろう。 もうひとつ。男子テニスツアーの最終戦、ATPワールド・ツアーファイナル(イギリス・ロンドン)。 準決勝進出を懸けた錦織圭選手のロジャー・フェデラー選手(彼はすでに準決勝進出が決定していた)との対戦。私は昨夜ライブでTV観戦し、さきほど録画を再度観た。両選手共にすばらしい試合で、スーパーショットが何度も出たが、錦織選手は5−7、6−4、4−6で残念ながら敗れてしまった。昨年につづくベスト4入りを期待したが、成らなかった。しかし、見応えのある、互角の試合を堪能させてもらった。 スポーツ関連のニュースをもうひとつ。大相撲の北の湖理事長が亡くなられた。昨日のニュースで、病院に緊急搬送されたと報じていたが、そのまま還らぬ人となった。お悔やみ申しあげます。
Nov 20, 2015
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今朝、二階に居たら、玄関のチャイムが鳴った。降りて行き、ドアを開ける前に、「どなたですか?」と訊いた。返事がない。 もう一度、今度は少し大きな声で「どなたですか?」と言ったが、やはり無言である。 しかしドアの両脇のスモークド・ダイヤガラスの嵌め殺しスリットにちらちらと影が映る。誰かがいるのである。 玄関内に常備の木刀を片手に、そっと覗いて驚いた。子ヤギを連れたヤギが何匹もいるのだ! 「なんだ、これは!」 ------目が覚めた。夢だった。 ものすごくリアルな映像と感覚が、しばらくの間、身体を充たしていた。
Nov 20, 2015
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読み返しては頭に叩き込んでいる書物のなかから、次の一節はここに書き記しておこう。シェイクスピア『尺には尺;Mesur for Mesur』の登場人物アンジェロについての分析である。「彼」というのはアンジェロを指している。が、そう言わなければ、現代の政治家だと思う人もあるかもしれない。誰のことだって? そんなこと言わなくてもお分かりでしょう。 〈彼の「国家研究」には、決定的基礎である自己認識、人間知が欠けている。にもかかわらず彼は、自分と自分の原則について抱いてきたイメージを壊すまいと決心する。そこで、あるがままの人間でなく、あるべき理想的人間を出発点とする支配体系の不可避の結論がテロルとなる。そういう人間の欠陥は「熱い血」ではなく、「ものごとを判断するさいの節度の欠如」にある。〉 S.メルヒンガー著、尾崎賢治・蔵原惟治訳『政治演劇史』P191下段。
Nov 19, 2015
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会津高等学校第16回生(昭和36年度入学)同窓会の報告と共に参加者の集合写真が送られてきた。順列に姓名が記されていたので、クラスを同じくした文字通り級友の名に照らし合わせながら、また卒業時の記念写真アルバムを傍らにして、一人一人をルーペで見ていった。 18歳と今70歳では、その面変わりにただただ歳月を感じるばかりだ。昔の記憶が鮮やかであればあるほど、面影をさがすさへ難しいのだった。それはそうだろう、みな孫の話をする年齢。報告書には新たに鬼籍に入った友人の名があった。3年生のときは文系・理系に分かれたが、入学時のクラスは同じで、最初に私に話しかけて来たU君が、今年亡くなったという。N君も亡くなった。 -----私は、作品制作をどの方向に進め、どのように終了すべきだろう。 私は自分の人生において「神」を決して口に出さなかった。それは、それで良しとしよう。 私は如何なる者に対しても自己を隷属化しなかった。それも良しとしよう。 私は自由であった。 自由のために表現した。 自由のままに死にたいのだ。この糞溜のような世界で。
Nov 17, 2015
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冬へ向かう気温の下降が例年より緩慢で、今日などは10月にもどったような温かさだったと、TVの気象情報で言っていた。たしかに過ごし易い一日だった。が、我家の小庭の木々の落葉は、二日つづいた雨のせいか、一昨日あたりからことのほか多くなった。放っておけないので雨の中を落ち葉掃きをし、今日も朝夕2回掃き集めた。しかしその一方で、近所の家の前栽のツツジが咲いている。やはり温暖の秋の狂い咲きであろうか。
Nov 16, 2015
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きょうは日野市「産業まつり」に参加して民生委員広報活動をする。毎年恒例の「産業まつり」は、仲田・日野市民の森スポーツセンターを会場に、地場産業のブースが立ち並び、PRと販売、あるいは特設ステージで各種のアトラクションが繰り広げられる。民生・児童委員も、いわゆる「ゆるキャラ」着ぐるみペンギンの「ミンジー」と共に参加して、私たちの日頃の福祉支援活動をPRしている。 昨日からの雨は、私が出かけた朝のうちも降っていた。しかし10時頃までには晴れて、会場は大勢の市民でにぎわった。われらのミンジーちゃんも、子供達の大人気。写真を撮られたり、握手したり、撫でられたり、抱きつかれたり-------(ミンジーちゃん、ごくろうさん)。 私の役目は午前中いっぱいで終わり、午後の委員にバトンタッチして徒歩で帰宅。途中の公園で小休止しながら、1時間半ほどかけて帰宅。そのときになって、会場のブースに傘を忘れて来たことに気がついた。まあ、いいか。 汗だくになってしまったので、上から下まですっかり着替えた。朝方出かける前に、雨を見ながら1枚多く着込んだのだった。
Nov 15, 2015
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AED (自動体外式除細動器:心臓蘇生器:Automated External Defibrillator)の使用法講習が、町内自治会の主催であり、消防署と救急救命士の指導で受講した。駅やコンビニエンス・ストア等に備え付けられているのは見ていたが、私が実際にそれを使って訓練をするのは初めて。 器械から音声が発するので、その指示通りにすれば良いとは聞いていた。しかし実際に使ってみると、やはり一度は実施訓練を受けておいたほうがよいと思った。 消防署が配布したリーフレットを以下に掲載しておく。AED には機器と身体とを接続する二つのパッドが、幼児(赤ん坊を含む)のためのものも同載されている。万が一の場合、大人用のパッドだけでも子供に使用出来る。「大は小を兼ねる」だそうだ。ただし子供用のものは大人には使用出来ない。使用したときに音声で不適合を知らされるという。(リーフレットの7に記載) 心臓マサージは胸骨圧迫を30回連続して行い、マウス・トゥ・マウスの人工呼吸を2回、さらに心臓マサージ30回------という具合にAED到着まで行い、その後はAEDの音声指示に従う。救急車到着まで休まずにやりつづけること。途切れると脳に血液が行かなくなり、モトノモクアミになってしまう。AED操作(電気ショック)と心臓マッサージとを交互に行っているとき、AED操作を何回やったかを数えておく(周囲の人に数えておいてもらう)。この回数を救急隊に報告する。また救急隊が到着しても、交替を告げられるまでマサージをつづけて途切れないようにする。 なお、30回のマサージと2回の人工呼吸を繰り返すルーティンは、アメリカの救命医療学会で、それが最も蘇生率が高いという研究結果が出ているからだと言う。
Nov 14, 2015
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きょうは民生委員として午前中1時間、午後2時間半、ある施設を訪問し、見学および研修を受けた。ブログに詳しく書くことは控えるが、利用者の方々と直接お話しもして、大変有意義で貴重な勉強をさせてもらった。
Nov 12, 2015
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引き受けた2月の美術講話のための資料を点検。前文めいた部分にいくらか図版増補の必要ありか。 ---今日は、ゆるゆるとそんな準備(準備のための準備だが)をしながら過ごした。それに飽くと先日東京薬科大学で買った本を次々に読んでいる。 読みながら私の年来の関心事に関連するような記事に出会うと、その事項だけコンピューターにファイルして、別の資料に当たって掘り下げて行く。するとまた別の関心事が書かれていて、いままで知らなかった前事項との関連性を発見する。そのうちに、まだ繋がってはいないが群島のように覗いている幾つかの事項が、あるいは繋がるのかもしれないと思えてくる。何処だ、何処をつっつけばいい? 何を探し当てればいい? そんなことを頭に留めて、「ゆっくり行こう、ゆっくり行こう」と、再び初めの本に戻り、読み続けていた。
Nov 11, 2015
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終日の雨降り。 朝、茶を淹れ、一口飲んで、「う?」。へんな味がした。茶だと思ったのはアオサだった。焼きそばなどにかけるアレである。茶壺をまちがえたのだ。思わず笑って、家人に言うと、無言で怪しい目をされた。 ハハハの茶葉だ!
Nov 10, 2015
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今日は午前10時から昼食をはさんで3時まで、民生委員の私にとっては先輩になる二人の婦人が、アフリカ旅行での見聞を聞かせてくださるというので出席した。おひとりはナミビアについて、もうひとかたはニジェールについてである。ナミビアには地球最古といわれるナミブ砂漠を体感するために。ニジェールの方は、観光ではなく、同地で援助活動をしているご子息に会うためだったとか。 私の70年代80年代の作品には、しばしば砂漠が登場する。その砂漠はナミブ砂漠やニジェールの国土の7割を占めるサハラ砂漠の光景に触発されていて、私は、その砂漠と一緒に、文明の象徴としての地に敷きつめられたチェッカー模様のタイルとを並列的に描いている。チェッカー模様と言えば西洋的だが、市松模様と言えば日本的になる。そのパターンに私が東西文明を同時に見ていることを感受していただけたら---と思いながらだ。砂漠は人智の及ばない自然の行き着く果てとも思い、一方で、その茫漠たる砂地から生れ出る生命もあると思う。キリスト教象徴学ではダチョウの卵をキリストのシンボルとする。灼熱の砂漠でまるで復活するように生命が育まれ誕生するからである。----私の作品における砂漠と市松模様は、人間のあらゆる営みに両義性を認める視点である。そして私の哲学の表明だ。 そんな私的な思いをあらためて喚起しながら、アフリカ紀行を聞いた。行かなければ分からない実情、あるいは何気なく撮影した写真の細部から見えて来る事柄----お二人の合せて300点を超えるスライド写真を見ながら、(私自身は観光が嫌い、旅先で生活する人間と話をするのが好きなのだが)、そぞろ旅心を誘われたのだった。
Nov 9, 2015
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昨7日、作家の宇江佐真理氏が亡くなったという。享年66。 亡母が在宅医療の寝たきり状態になる前、90歳直前の頃だったが、彼女の日常は文字通り読書に明け暮れていた。単行本をおよそ3,4日に1冊読了していた。テレビにはほとんど目もくれず、不自由な目(右目がほとんど見えなかった)で、膝に本を置き背をまるめて読みふけっていた。その読書量に驚きながらも、私や弟はつぎつぎに本を買って来た。弟は外国文学の新刊を、私は古書店で日本の小説を一度に4冊5冊と買って来た。 そのなかに宇江佐真理氏の著書がたくさんあった。氏のデビュー作となった、オール読物新人賞受賞の「幻の声」を収録する第一短編集『幻の声』(下に画像掲載)を始めとする、代表作「髪結い伊三次捕物余話」シリーズなど、数多い。 それらの本は、今は私の部屋に積み置かれ、私も時に仕事に疲れたときに手に取って、結局すべて読了したのであった。 宇江佐真理氏の小説を読みながら亡母は、楽しみながら充実した最晩年を送ったのだと思う。氏に御礼を言わなければならない。ありがとうございました。 ご冥福を祈ります。
Nov 8, 2015
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そろそろ年末へ向けて私の公私にわたるスケジュールが詰まって来ている。 日野市社会福祉協議会主催「歳末たすけあいバザー」ご案内 (画像クリックで拡大)
Nov 7, 2015
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全音楽譜出版主催・「四人組とその仲間たち」の第22回コンサート案内。 〈四の探求:à la recherche de Quatuor〉 日時:12月4日(金)19:00開演(18:30開場) 場所:上野・東京文化会館小ホール 入場料:一般3,000円/学生1,800円(税込)全自由席 お問合せ:TEL.03-3227-6280(全音) 前売り:チケットぴあ http://pia.jp/(Pコード 277-442) 池辺晋一郎 『ストラータ XI 弦楽四重奏のために』 新実 徳英 『弦楽四重奏曲 第4番』 西村 朗 『弦楽四重奏のための七つの断片と影』 金子 仁美 『幻視/現視 弦楽四重奏のための』 鈴木 純明 『ゲヴュルツヴォルフィー?!』 演奏:クァルテット・エクセルシオ 全曲新作・世界初演
Nov 6, 2015
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朝、新実徳英氏からメールがあり、12月4日(金)の夜の私の予定がなかったなら、コンサートに招待したいと言って来た。スケジュール・カレンダーを見てみると、空いていた。さっそく、伺う旨の返信をした。 このコンサートは、全音楽譜出版社が主催する現代日本の作曲家「四人組とその仲間たち」によるもので、「四人組」とは池辺晋一郎、新実徳英、西村朗、金子仁美の各氏。それに毎回ゲスト作曲家お一人を加える。 全音楽譜出版社の謳い文句に、「同時代を生きる作曲家たちの作品を世界へ向けて発信する──そうしたプロモーション活動の象徴として毎年開催される。楽譜出版社が単独で開催・継続するプロジェクトとして世界的にも稀有なコンサート・シリーズ」とある。今年ですでに22回を数える。 毎回、各作曲家にはテーマが与えられる。今回のテーマは弦楽四重奏だそうだ。いずれも新作の世界初演になる。 私はこの12月4日をはさむ前後に昨日のブログで触れた社会福祉協議会主催の歳末たすけあいバザーの手伝いをすることになっている。4日はちょっと中休みして新実さんの新作を聴きに出かけよう。会場は上野の東京文化会館である。
Nov 5, 2015
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東京薬科大学のキャンパスに一樹の冬桜がある。毎年、文化の日のころに満開になる。先日セミナーに参加したときにその木を見に行くと、今年も咲いていた。大木ではない。幹の径が20cmばかりの、まあ、見かけの冴えない木で、花が咲くと言ってもチラリホラリと数えるほど。学園祭に訪れた町の人達の何人が「桜」と気づいていることやら。しかし、それはまぎれもない桜である。私は春の花見には好んでは出かけないが、東京薬科大学のこの「貧弱」な冬桜は、いかにも健気に咲いているという感じがして、わざわざこの木を見に行くのである。雑木のようなこの冬桜の下に、誰一人花見客はいない。大学が大切に育てている樹木にはちがいないが、その他の大木のなかにまじって三つ四つ五つ、薄い薄い紅の花が私には愛おしい。 きょうも好天だが、冬の陽は薄い。それでも我家の猫達は朝日が当たる頃になるとベランダに出て、日がな一日、壁に体をくっつけて日向ぼっこをしている。 私は、福祉協議会主催の恒例の歳末助け合いバザーに寄付する品が何かないかと、ゴソゴソ探査。当日は私も民生委員として売り子を担当する。
Nov 4, 2015
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昨日の雨があがって、今日「文化の日」は気持のよい秋晴れとなった。 昨日は雨の中を民生委員の会議に出席するために市役所に行った。往きはバスで、帰りは徒歩。 我が市はまったく不便なことこのうえない。商店もなければ、交通手段もまるで辺境のごとしだ。市政はこのようなことにほとんど無頓着。独居高齢者は、ほとほと難渋している。車の運転だって、認知症が入ってくると止めてもらわなければならない。私が担当する数百人の高齢者の毎日の買い物を、私が代わりにやってあげられるわけがない。それでいて私のこの日の会議は高齢者に関する勉強会。日々高齢者からの相談現場にいるはずなのに、その現状とはいささかならずかけ離れた自分たちのためのオベンキョウばかりやっている。私もその一員なのだから、自嘲ものだ。まあ、ある点では手の施し様がない実情----。行政ができないこと、やらないことを、なんの権限も付与されていない民生委員ができるわけはなし、手ぶらでいることができないから、自分たちのために、たいした役にもたたない知識を蓄えているというわけである。 で、翌日の今日は「文化の日」。笑っちゃうよねー。何が「文化」なのだか。
Nov 3, 2015
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昨日、東京薬科大学学園祭の古書市で購入した11冊のリスト。 ●ドナルド・リチー著、山本喜久男訳『小津安二郎の美学 映画のなかの日本』(1978年、フィルムアート社) ●梅原猛『世阿弥の恋』(2012年、角川学芸出版)--梅原猛能楽論集うつぼ舟IV ●朝比奈隆・東条硯夫『朝比奈隆 ベートーヴェンの交響曲を語る』(1991年、音楽之友社) ●エルンスト・カイザー著、小原正明訳『パラケルススの生涯 近代医学の父、放浪の錬金術師』(1977年、東京図書) ●中村彰彦『保科正之言行録』(1997年、中公新書) ●岩切正介『ヨーロッパの庭園 美の楽園をめぐる旅』(2008年、中公新書) ●北野佐久子編『ハーブの事典』(1988年、東京堂出版) ●鐘ヶ江信光編『中国語小辞典 中-日・日-中』(1968年、第25刷、大学書林) ●大江健三郎『懐かしい年への手紙』(1987年、講談社) ●野ばら社編集部編『日本語と原語で歌う世界の名歌』(2000年、野ばら社) ●ザ・ビートルズ・クラブ著『ビートルズの英語』(2012年、集英社インターナショナル) 私は映画評論家の専門的評論はほとんど読まない。監督や出演者や制作者自身が書いたものを読む。しかし今、私の歳(70)になって、小津作品はほぼ全作品を観てしまったので、もう専門的評論を読んでも良かろうと、定評のあるドナルド・リチーの『小津安二郎の美学』を購入した。 梅原猛氏の『世阿弥の恋』は、氏の能楽論集の第4巻で、能楽における最も重要な「女物」を中心しとした中世の「恋」の分析である。 私は、かつて観世流能楽師・梅若猶彦氏のためにポスター等を制作していた関係上、謡曲を読み、また国立能楽堂で講演をする機会をいただいたこともある。その原稿はブリティッシュ・コロンビア大学のレオン・ゾルブラッド教授が英語に翻訳してくださっている。さらに私はそこから発展的に『夢幻能と白山信仰』を書いて雑誌に発表した。その論文を当時国学院教授であられた種村季弘氏が注目し、国文学会でその一部を引用して紹介してくださった。 というわけで、いまにいたるまで能楽への関心はつづいている。 『朝比奈隆 ベートーヴェンの交響曲を語る』は、一読、私にはなかなか歯がたたないかもしれないと思いつつ購入した。ベートーヴェンの交響曲の全容を解明しようという壮大な意図のもとに、朝比奈氏が実際にオーケストラを振った直後にFMサウンズ取締役・衛星PCM音楽放送曲編成部長の東条氏と対談して、全9曲を詳細に分析した記録が本書である。したがってスコアに添った記述はきわめて専門的で、私のようなただの音楽好きには、意味は理解できても、両氏の話によって私の身体感覚に音楽が流れて来るとまでは行きそうにない。だが、そうであればこそ、読まずにはいられない。 近代医学の父と言われるパラケルススについては、私はむしろ錬金術師として入っていった。というのは中世の錬金術の著作に含まれている膨大な図像は、イメージの宝庫、人間の想像力がどれほど果てしなく飛翔するかという実例で、画家のはしくれたる者、それらを避けて通ることはできない。勿論、医学的にも、レオナルド・ダ・ヴィンチの解剖手稿は衆知のごとくだが、アンドレアス・ヴェサリウスの解剖学図譜など(それら両書のファクシミリ版を私は所蔵している)、私の関心は深く、古代ギリシャ前1200年頃のアスクレピオスから始まりヒポクラテスへとつづく過程に癒しの象徴としての蛇の図像の定着に関することなど、医学もまたイメージの宝庫である。 本書『パラケルススの生涯』は、最初の一行に目を通しただけで、優れた伝記であり翻訳であることが察せられた。著者の想像を排し、極力パラケルスス自身の残した著作に語らせているからである。パラケルスス資料は実は非常に少なく、パラケルススのかつての伝記は小説的な想像によってできあがっていたのだった。惜しむらくは、パラケルススの名の表記が誕生名であったり姓であったり、一行のなかでさへ統一されてないことだ。「パラケルスス」は後にそう呼ばれるようになった名だ。私は昨夜、ベッドにこの本をもちこんで、目が渋くなるまで読んでいた。 小説家が書いた伝記を私はほとんど読まない。『保科正之言行録』の著者中村彰彦氏は小説家である。古書市でこの本を見つけてためらわずにすぐに購入したのは、中村氏には本書以前に同じ中公新書で『保科正之』という著書があり、実はこれが非常に優れた伝記だったからだ。 保科正之は徳川秀忠の落胤で、家光の異母弟。城外で生まれて秘かに育てられ、七歳のときに信州高遠藩に養子に出された。後に会津松平藩の始祖となった。このブログで何度も言って来たが、私が青春時代を過ごした会津である。私の精神のなかにも幾分なりとも会津士魂教育が入っているかもしれない。 そんなわけで、中村彰彦氏が、現在ではほとんど会津で細々と語り継がれて来たにすぎない保科正之の事績(公は家光の懇請により四代将軍家綱を輔佐し、徳川政権の安寧を確立した。徳川への忠誠心が会津藩の精神として後の戊辰戦争にいたる悲劇となってくる)を丹念に探索し、公自身の言葉で再現しているという本書を見逃せなかった。
Nov 1, 2015
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