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フランス7日目 再びパリへこの日、ル・ピュイ・アン・バレーを朝8時半の列車に乗り、パリに向かいましたがTGVの列車がまた2時間以上遅れたのでパリのリヨン駅に到着したのは昼3時半でした。今回のホテルは。リヨン駅前の4つ星ホテル、ノボテルホテル。部屋はそこそこの広さでしたが、サービスはよかったです。それから、地下鉄に乗ってメダイ教会へ。ここは「奇跡のメダイ教会」として有名な教会。1830年に修道女カトリーヌの前に聖母マリアが現れ「メダルを作って人々に配りなさい」というお告げを受けて聖母マリアの言う通りのデザインでメダルを作ったのが始まりとか。そして、その後のコレラの時にこのメダルを配ったら人々の病気が奇跡的に回復して、コレラが収まりそれ以来、奇跡のメダイと言われるようになったのだそうです。教会は有名なデパート、ボンマルシェの隣にありこういった逸話で有名なので、観光地化されているのかも、と思っていましたが教会の中に一歩はいると、神聖で静粛なエネルギーに満ちていて周りの喧噪とは全く違う雰囲気でした。たくさんの人が静かに祈りを捧げていました。後ろの椅子の横にかごの入れ物があったので、お布施を入れるものかしら?と覗いたのですがよくわからず、椅子に戻るとそれを見ていた一人のシスターが私のところに来て「あのかごに自分の願いや意図を書いていれるといいですよ」と教えてくれました。それで、手持ちのメモ紙に私の意図を書いて、入れてきました♪ それから、レストランがオープンする時間まで間があったのでボンマルシェの中へ。丁度、ブルックリン特集をやっていて高級ブランドが入っている棟にはブルックリンに関する写真展や映像が大々的に展示されていて食料品売り場には、ブルックリン産のチョコやローフードブルックリンラガーなどが並んでいました。愛するブルックリンが、パリの老舗デパートで、フューチャーされていたのにはちょっとうれしくなりました。 ちなみに、私とおさむはブルックリンのパークスロープやウイリアムズバーグに住んだ後今は、サンセットパークに9年近く住んでいて、ブルックリン在住は20年近く。サンセットパークは、ブルックリンの中ではおしゃれなエリアではないですが(メキシカンネイバーだし)ブルックリンは、ニューヨークの中でもアーティスティックなエリアであることは今も昔も変わらず(と、なぜかここで地元自慢)さて、それから、モンパルナス近くのフレンチレストランLe Clos Yへ。ここは、友人のちーちゃんが紹介してくれたところで、日本人オーナーで和とフレンチの融合したあっさりフランチとのこと。店内はカジュアルな雰囲気。日本人のギャルソンで、日本語が通じるのもルピュイのレストランで、フランス語メニューに手こずっていた私たちにはありがたい。コースメニューで、料理に合ったワインをシェフがセレクトしてくれるペアリングをオーダー。コースは前菜2種、桃のスープ&スズキのカルパッチョ(粉末にしたオリーブオイルとみその融合)メインは3種、炭入りのパイ生地に包まれた白身魚+パプリカソース(これが絶品でした♪)魚介ときのこの洋風茶碗蒸し、オマールエビのグリル。和食みたいな繊細さで、これだけの量を食べても、もったりしないのがうれしい。 デザートの前に、シェフからのお礼と言って出してくれたチョコの作品。私たちがモンサンミッシェルに行ってきた、と話したのでモンサンミッシェルも描いてくれたのかも。後で、シェフの池田さんが出てきてくれて、話をしました。彼はここで6年間いらっしゃるそうですがこの店は大阪にも本店があるのだそう。とてもおいしかったので、大阪近辺の方はぜひ♪(もちろん、パリに行かれる方も)フランス 8日目この日は、パリの外れにある映画館ラ・ジェオードへ。なぜ、パリに来てわざわざ映画館?という感じですがここは世界でも珍しい球体の映画館で自然や動物などの映画や3D作品を上映しているとのことで急遽、行ってみることに。直径26mの球体で、通常のスクリーンの10倍だそう。ここで1時間弱の映画を2本見ました。360度、映像が映るようになっていてすごい迫力。広大なアフリカの大地の上を飛んでいる気分になったり海の中にいる感覚になったり。映像の迫力だけでなく動物たちの実話のストーリーも感動ものでした。写真撮っても意味ないけど、一応雰囲気だけ。映画を堪能した後は、有名なモンマルトルへ。まずはビストロでランチ。 モンパルナス界隈には、似顔絵描きの人たちがたくさんいて周りのカフェやビストロも賑わっていました。 それからサクレ・クール寺院へ。ここからのパリの風景。ここは夕日がとてもきれいだそう。これは、モンマルトルにある有名なキャバレー、ムーランルージュ。この近くは、いわゆるアダルト製品を売る店やストリップ劇場などが多いエリアです。ここに「エロティズム博物館」があったので、入ってみました。入り口のモナリザ。7階までの展示室には、世界各国から集められた性に関する文化作品が所狭しと展示されています。1、2階は、主にアジアやアフリカ、南アメリカなどの土着の性文化が中心。こちらはブログに載せれるかわいい作品♪ そして、日本の春画。日本の作品は繊細に描かれている故に、エロティックさが増す感じですね。(気持ち小さ目に載せてみる)そして、私がすっかり気に入ってしまったのが男性器と女性器をモチーフにしたアーティストの作品。(アーティストの名前忘れてしまった)これぐらいまで、ブログに載せても大丈夫だよね?これは写真撮影?「女王様を囲んで、記念撮影」って感じかしら。この博物館に入ってしばらく見ていると急にどっと疲れていることに気づきました。古い土着の置物や像などは、いろんな念やエネルギーを持っているのでそのエネルギーに当たって、疲れてしまうのですね。ふらふらになって外に出てそれから、一旦ホテルに戻って1時間ほど休憩しました。文字数制限になってしまったので、続きはまた〜。
2015年09月30日
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ル・ピュイ・アン・バレー2日目。この日は朝寝坊をして、ゆっくり起きてからまずは、昨日行ったサンミッシェルデブレ教会へ。ミカエルの像の前にお賽銭を入れ、キャンドルを灯して椅子に座って、瞑想しました。ここはやっぱり落ち着く感じというか、キリスト教徒ではないけど毎日、来たくなるような教会です。それからぶらぶら歩いてレストラン探し。 カラフルな建物に混じって建てられている、渋い色の壁に白い窓枠が素敵。この街はレースで有名な街なので、あちこちにレース専門店があります。 たまにはアジア料理に行こうということで、トリップアドバザーに載っていたタイレストランへ。でも、メニューには、サーモン以外はすべて肉料理しかないとのことでその時点で店を出ればよかったものの、まあいいかとサーモンカレーを頼んでしまいました。。サーモンは3年は食べたくない、と言った次の日には、また食べるはめになってしかも、これが史上最悪においしくない料理。タイ料理でこんなクオリティは初めてだったかも。お口直しに、近くのカフェに入って、ケーキを頂きました。それから、一旦、ホテルに戻り、パンフレットに載っていたPolinacの街へ行ってみることに。ルピュイの街からパスに乗り、20数分で、フランスの田舎にやってきました。ポリニャック城。ここからあの上まで登ってゆきます。ほとんど人のいない城内。12〜15世紀に立てられたものだそう。ここは時が止まっているかのよう。それから、最終のバスでル・ピュイ・アン・バレーに戻りました。短いバストリップでしたが、フランスの田舎の風景を感じれて、よかったです。この日の夕食は、めぼしいレストランをいくつか回ったもののどこもクローズしていて、唯一空いていたクラシカルな雰囲気のレストランへ。ここの人は、英語の単語はいくつか話せる人だったのですがここにある魚料理は、タラとトラウトの2種類とのことだったのでその二つをメインにオーダー。結局、この日の夜もトラウトサーモン。しっとりしておいしかったです。でも、サーモン、あと5年は食べなくていいかも(右の写真は、ふわふわなメレンゲのカスタードソースのデザート) これまでイタリアでもスペインでもギリシャでも、ヨーロッパでは英語が通じなかったところはほとんどなく、パリでも問題なかったですがさすがに、このフランスの小さな街では、英語を話せるのはホテルや駅の人ぐらいでレストランやカフェでは、みんなフレンチしか話さず身振り手振りで伝えることになりました。夜になってライトアップしたノートルダム大聖堂とサンミッシャルデブレ教会。 このフランスの静かな祈りと瞑想の街、ル・ピュイ・アン・バレーで2泊3日、のんびりと過ごした私たちは次の日の午後に、パリへと戻りました。
2015年09月29日
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フランス 5日目 ル・ピュイ・アン・バレーへこの日の朝、6時すぎにのパリのホテルをチェックアウトして歩いて数分のリヨン駅へからTGVに乗り込みます。今回もおさむとは別の席。約3時間でSt ETIENNE CHATEAの駅に到着。それから乗りかえて、1時間ちょっとでル・ピュイ・アン・バレーに到着です。ル・ピュイ・アン・バレーは、パリから440km南に位置する小さな街。有名なスペインのサンディエゴ巡礼の道のフランス側の出発地です。この街のことは、フランスに一人旅で行くことに決めてから知って訪れることに決めたところです。結局、後からおさむも一緒に行くことになったのですがもし最初から二人で旅するつもりだったら、たぶんこの場所は選ばなかっただろうなあと。駅から歩いて、ホテルに向かいました。クラシックな建物。街から見えるマリア像。ル・ピュイ・アン・バレーでは、普通のホテルではなく、シャンブルドットを予約していました。シャンブルドットは、今回私たちは初めて宿泊したのですがいわゆるアメリカでいうところのB&B(ベッド&ブレックファースト)で日本で言うところのペンションみたいなものかなあと。(若干、違いはあるでしょうが)アメリカのB&Bや日本のペンションなどは、オーナーといろいろ話をしたりすることが多いですがこのシャンブルドットは、到着して、すぐに鍵だけ渡してくれてほとんどオーナートも話す機会もなかったです。フランスのシャンブルドットは、ホテルと同じ料金ならホテルよりクオリティが高いということで泊まってみたのですが確かに部屋はパリのホテルよりは、ずっと広々していてシンプルながら、センスのいいお部屋でした。(なんとなく、一人で泊まりたくなるお部屋でしたが)さて、まずは、ル・ピュイ・アン・バレーのノートルダム大聖堂へ。ここは黒いマリア像で有名なところです。 溶岩でできた黒いマリア像。 ここでしばらく瞑想した後それから、この街のシンボルでもある巨大聖母マリア像へ。歩いて、螺旋状の石の階段を上ってゆきます。ここからの街が一望できます。それから街をぶらぶらと散策。パステルカラーの建物はまるでイタリアのチンクエテッレのよう。 月曜日はどこの店も閉まっているところが多かったこともあって街は静かでした。 観光客もちらほらいますが、たぶんほとんどはフランス人の国内旅行という感じで日本人はおろか、アジア人を全く見かけませんでした。カフェで、サーモンのガレット(そば粉のクレープ)を頂いた後サン・ ミシェル・ デギル教会 へ。私はこの奇岩の上に建てられたこの教会の写真を一目見てこのル・ピュイ・アン・バレーに来ることを決めたわけですが後から、ここも大天使ミカエルを奉っている教会だと知りました。この上に螺旋階段で登ってゆきます。急な階段ですが、想像していたほど、大変ではなく意外にあっさり到着。教会の中に入って、椅子に座って瞑想。ここは素朴で温かな雰囲気で、私はとても好きな感じです。それからお腹が空いたので夕食を取りにレストランへ。いつも旅先では、トリップアドイバイザーの評価やホテルの人のお勧めレストランに行くので外れはないのですが、今回の旅はなぜか上手くいかずこの街でも、ウエブで見つけたよさそうなレストランはことごとく閉まっていたので適当に雰囲気のよさそうなレストランに入りました。フランスに来てからというもの、パリでもモンサンミッシェルでもなぜか毎日、サーモンを食べていました。気軽なビストロやブラッサリーに入ると魚料理はサーモンぐらいしかなかったり、またはレストランで私たちがフランス語がわからずとりあえず、サーモンを頼んだり。この日のランチもサーモンのガレットを食べたので他のものを食べたかったのですが結局、この日の夜もサーモンではないけれど、トラウトサーモンのサラダを頼んでしまいました。メインの一つはホタテの貝柱のグラタンのようなもので、これはおいしかったのですがさすがにサーモンは食べ過ぎてあと3年ぐらいは食べなくていいかも、という気持ちになりました
2015年09月28日
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フランス モンサンミッシェル2日目。朝7時に朝日を見るため、ホテルの外に出ました。だんだんと赤みが差してゆく空に浮かぶモンサンミッシェル。朝日に当たって明るくなってゆきます。それから、朝に、もう一度、モンサンミッシェル修道院の内部に入ろうとおさむと朝9時に修道院に着いたら、9月以降の入場時間は9時30分とのこと。朝の吹きさらしの中、30分間、待つことに。昨日は、たくさんの人が並んでいましたが、この時間はまだ誰もいない修道院の入り口。ほぼ1番に修道院の中に入りおさむとまっしぐらに礼拝堂へ向かいます。私たち以外、誰もいない礼拝堂。すごい、昨日はあんなにたくさんの人だったのに。しばらくの間、二人で祈りを捧げ、それぞれ内観しました。それは、素晴らしい時間でした。昨日の胸に突き上げてくるような感覚とは違って静かでリンとした穏やかなエネルギー。しばらくすると、少しずつ人も増えてきたので、私たちは礼拝堂を出ました。他の部屋も誰もいないので、昨日の雰囲気とはまるで違いました。今日は潮が満ちています。明日は満潮になるそう。それから、カフェで朝食を取った後、ホテルをチェックイン。この2日間、とても晴れてラッキーでした。シャトルに乗って対岸へ渡ります。遠くから眺めるモンサンミッシェル。再びバスに乗って、レンヌ駅に行きそこから、パリのモンパルナス行きのTGVに乗り込みました。帰りの列車は、おさむはセカンドクラスのチケットしか取れなかったので私のファーストクラスの車両とは別々に。これがTGVの中。。しばらくして、私の斜め前に座ったフランス人の紳士が私がフランス語の車内アナウンスを理解していないことを見て「この列車は、路線変更で、別のところを経由することになったのでモンパルナスに到着するのは1時間半ほど遅れるよ」と教えてくれました。なんと親切乗り物に乗ると、どこでも寝てしまう私はすぐに眠ってしまったのですが到着時間ぐらいになって、はっと目覚めてみると、列車が駅に止まりました。あれ?と思い「ここではないですよね?」と、その人に尋ねてみると「ここは違うからね。あと1時間ぐらいかかるよ」とのこと。それでまた安心して、また眠ってしまったら、その紳士は到着前に「あと5分でモンパルナスに到着しますよ」と起こしてくれました。おさむとは別の車両だったけど、この方のおかげで、間違って別の駅で降りなくて済んでほんと助かりました〜。(安心して眠れたし♪)ということで、モンパルナス駅に到着したのは1時間半遅れで8時近くになっていました。それから、この日のリヨン駅近くのホテルにチェックイン。すぐに近くのブラッサリーで軽く食事をします。この日は皆既月食。しかもスーパームーンと重なる珍しい時なのだそう。夜中にホテルのベランダから見た満月。朝起きると、ホテルのベランダからも、赤い満月そして刻々と変化していく皆既月食が見えました。(赤い月は写真に撮れなかったけど)
2015年09月27日
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フランス3日目 モンサンミッシェルヘ朝7時にパリのホテルをチェックアウトして地下鉄で、モンパルナスの駅へ。モンパルナスから、日本の新幹線のようなTGVに乗ってモンサンミッシェルへの経由地であるレンヌの街に向かいます。私はTGVのチケットは、1ヶ月以上前に予約していたのですがおさむのチケットは、数日前になって取ったのになぜか、行きの列車のチケットは、隣同士の席になっていました。(帰りの座席は別々の車両でしたが)2時間ほどで、レンヌ駅に到着。そこから、モンサンミッシェル行きのバスに乗り換えて、約1時間ちょっとでモンサンミッシェルの対岸に到着しました。そこから、さらにフリーシャトルに乗って、約20分でモンサンミッシェルの島へ。この荘厳な姿を見た時、これまでそんなに待ちこがれていたわけでもないのに急に「あ〜とうとう来たんだ〜」という感覚が上がってきて感動で胸が一杯になりました。塔の一番先っぽの大天使ミカエルの像。 モンサンミッシェルは、言わずとしれた世界遺産で大天使ミカエルを奉るために作られた修道院であり、巡礼地です。私は以前から、イギリスのレイライン上にあるモンサンミッシェルとそっくりな、セントマイケルズマウントの方に行きたいと思っていたのですがそこは車でないと行きづらい場所なので、今回、一人旅ならアクセスがいいモンサンミッシェルにしよう、と決めたのがきっかけでした。(セントマイケルズマウントは来年に行こうと思っているのですが)モンサンミッシェルが作られた有名ないきさつは、まるで嘘みたいな話ですが(オペール司教が聖ミカエルから礼拝堂を作るようにお告げを受けたのに信じずにいたら、3度目に聖ミカエルが司教の頭に穴を開けたので司教は、やっとお告げが本物だとわかり、礼拝堂を立てた、という逸話)このモンサンミッシェルからまっすぐ北に直線上にあるのがセントマイケルズマウントというのも、また不思議な話だなあと。セントマイケルズマウントも、モンサンミッシェルももともとはケルトの聖地というのも、強烈に惹かれてしまうところなのですがここモンサンミッシェルは、世界遺産なだけあって、たくさんの観光客で賑わっていました。(特に日本人率高い)私は、今回、モンサンミッシェルの島内にあるラ、メールプラールという老舗のホテルを予約していたのでまずはチェックインしました。部屋はパリのホテルと同じぐらいの狭さです。それから、ホテルを出て、坂を歩いて上り、モンサンミッシェル修道院へ。チケット売り場は長蛇の列でしたが、ルーブルほどではなくそれほど待たされる感じもなく、チケットを購入。これはチケット売り場のところに飾られていた悪を成敗している大天使ミカエルの絵画。これを見て、おさむが一言「これはまるで、のりこだね」「え?じゃあ、踏みつけられているのは、おさむ?」「そう、俺」『。。。。。』踏みつけられて、何ともかわいそうなおさむ。っていうか、そんなふうに成敗されている気分なのね。。。。そして、モンサンミッシェル内へ。修道院から見下ろした風景。礼拝堂の外観。礼拝堂を入ってから、椅子に座って、静かに祈りを捧げます。しばらく目をつぶって内観していると、それはいきなりやってきました。それは、言葉ではとても表せないような感覚。なぜか、ぽろぽろと涙が止まらなくなりました。泣きながら、おさむを見ると、うんうん、とうなずいていました。この感覚をおさむも感じているのか、それとも同調してくれただけなのかはわからなかったのですがとにかく、ここに来た意味もここまでの経緯も何もかもが、ストンと腹に落ちてくる感じがしていました。このブログでは、詳しくは書けませんでしたがいえ、親しい友人にも、話をする間もなかったのですがここ2、3週間ぐらい、私にとって、けっこうしんどいことがいろいろありそういった様々な想いがこの場所で、すべて流されていく感じがしました。もうおさむのドヨーンとしたデトックスのエネルギーも気にならなくなり同時に、おさむ自身のデトックスもこの時から和らぎ始めていました。それにしても、こんな場所に団体で訪れる人たちも多いのだなあと。お年寄りならわかりますが、団体客には若い人もたくさんいました。そして、この神聖な雰囲気の礼拝堂の中でさえもガイドさんがグループに向けてあれこれと説明していて何だかなあと。とにかく、ミカエルのエネルギーは癒しというよりは、パワーと強さ。そして、過去、厳しい環境だったであろうこの修道院と監獄として使用されたこともある歴史がさらに厳しさを感じさせます。 さて、修道院を出ると、たくさんのおみやげ物屋さんやレストランやカフェが並んでいました。 その中のレストランで早めの夕食。いかにも観光地向けの料理のクオリティ。写真は、量だけは山盛りの前菜(これで一人分)とデザート。 ホテルに戻って、休憩した後夕日を見に、島を出て、桟橋を歩いてゆきます。パリも寒くて、夜はみんな軽いダウンジャケットやセーターを来ていましたがここはさらに風が吹き抜けて寒かったです。私も軽めのダウンは持ってきたものの帽子や手袋までは持ってきてなかったので、手や頭が冷えてしまいました。太陽が沈むのと同時に、反対側から上ってきた満月。日の入りからしばらくして、モンサンミッシェルにライトが灯されます。ため息が出るほど美しい修道院。すっかり凍えてしまったので、カフェで温かなチョコレートを飲んで暖まりました。この日、モンサンミッシェルに来て、ようやく欠けていたジグゾーパズルのピースがはまったような感覚になりました。
2015年09月26日
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フランス パリ1日目&2日目おさむとニューヨークを夜12時の便で発ってパリに着いたのが昼の1時すぎ。空港から電車でパリ市内に向かいました。もともと今回の旅は私の一人旅の予定だったこともあり日程も10日間の比較的短い旅程にしていたので荷物は機内持ち込みの小さなスーツケース一つのみで移動がとても楽でした。どうせ一人だからとホテルも部屋の広さより、場所の便利さを優先して予約していたのでパリで最初に泊まったホテルも、ルーブル美術館やノートルダム大聖堂にも近く空港からの電車の駅やメトロの駅もすぐ近くにあり便利のよい場所にありました。こじんまりして、一人で泊まるには十分だけど二人だとちょっと狭いお部屋です。まずは、歩いて10分ほどのところにあるノートルダム大聖堂へ。聖母マリアに捧げられたカトリック教会の大誠意堂です。入り口にはたくさんの観光客が並んでいました。一番奥の、マリアさまの像の前にお賽銭を入れて、キャンドルをともし祈りを捧げました。ちょっとほっとする静かな時間。それから、シテ島の東の島まで歩いてプラプラと街を探索。個性的なかわいい店が並んでんいて、歩いてみて周るのは楽しい。後から聞いたのですが、このあたりはパリでも最も時価が高い場所なんだそう。おいしそうなチーズ屋さん。ウィンドウから除いていたら、お店の人が外まで試食のチーズを持ってきてくれました。とてもおいしかったので、家飲みだったら、きっと買っていたでしょうがこれからレストランに行くので買えずに、残念。 橋のたもとで弾いていた、この街の雰囲気にぴったりなアコーディオン。このあたりは、バルセロナのボルン地区とか、イタリアのフィレンチェみたいな雰囲気で好きな感じ。 それからマレ地区を歩いて、お腹が空いたので、適当なビストロカフェへ。とりあえず、ワインボルドーを飲んだけれど、やっぱりおいしい。パリのレストランやカフェの多くはグラスワインを15mlとか25mltとかサイズを選べるところが多く、25mlだと約2杯分ぐらいあります。 マレ地区から小雨の中、かなり歩いて、ホテルに戻りました。一方、フランスに着いてからのおさむは旅の前の「おれはのりこのケビンコスナーになるよ」(映画ボディガードという意味で)などという言葉とは裏腹に、かなりローなエネルギー。実はフランスに出発する前日は、彼の誕生日だったので友人8人でビレッジのレストランでお祝いしてそれはとても楽しかったのですが、その日の朝、誕生日ヒーリングということで彼に対してフィボナッチヒーリングをやったのがデトックスとして、旅に出てから出てきた模様。一方、私自身も、このところ忙しかった上におさむに対して大きなセッションを行ったり続けて人と食事したりで休む間もなく、フランスへの旅だったのでけっこう疲れていたこともあり、おさむはデトックス中だとはわかっているもののそれを受け止める余裕はなく、初日の夜におさむに対して、プチ切れてしまいました(だからマリア様に祈ったのに〜)『サポートするなんて言っておいて、全くする気ないじゃないのよォ〜〜。やっぱり一人で来ればよかったあ〜〜〜」と怒って、初日の夜は眠ったのですが次の日の朝には怒りはすっかり収まり2日目からはおさむもしっかりと地下鉄や行き方などの下調べをしてくれましたパリ2日目。朝一番、歩いて10分ちょっとでルーブル美術館へ。9時には、すでにたくさんの人が並んでいました。バルセロナのサクラダファミリアやイスタンブールのアヤソフィアなどこれまで、長蛇の列には何度も会っていますがこのルーブルは、過去最高の長蛇ではないかと思うぐらいの人の多さ。しかも、通常は、9時開館なのに、この日はスタッフミーティングで開館が遅れていて全く入れそうにもなくよほど、今日はやめようかと思いましたがパリに来てルーブル行かないのも何だよね、と思いとどまり待つこと1時間以上、10時になってようやく開館でした。入って、とりあえず、モナリザ。とにかくすごい人ごみ。押し合いへしあいしながら、モナリザの前へ。モナリザは、これまでビデオや映画で何度も見ていたからか絵がガラスで仕切られているからなのかそれとも、この人の多さからなのか実際のモナリザの絵を見て、感動した~、というのはなく。写真を撮るのも全く意味がないけど、とりあえずパチリ。個人的には、こっちの絵画の方が印象的だったかも。それから、ミロのビーナスやサモトラケのニケなどのギリシャ彫刻。 これは古代エジプト。美術館に城壁を丸ごと展示してしまうところがすごい。もともと宗教画や中世ヨーロッパの絵画にはほとんど興味がなかったこともあって2時間回って、ギブアップ。(じゃあ、なんでルーブルなのよ、というつっこみもありつつ)お腹も空いたので、近くのカフェへ。ここのパンケーキは、パンケーキとフランの間の子みたいな感じでふわふわモチモチしていて、甘さ控えめで、おいしかったです。それから、とりあえず、セーヌ川クルーズへ。歩き疲れた私たちには、この約1時間のクルーズはゆっくりと休めてちょうどいい感じでした。やっと少しラブムードになる二人一旦ホテルに戻った後、地下鉄でマレ地区にショッピング。最初に行ったのは、インテリアショップの「メルシー」私は洋服屋さんは見る気がしないのですが、昔からインテリアショップを見て回るのは大好きでここは巨大なショップと書かれてあって、楽しみにしていたのですがたいした広さではなく、それほど特別なものがあるわけでもなくちょっと期待外れでした。 それから、マレ地区のショップを見て回ってからたかしくんお勧めのイタリアンレストランへ。何でも、彼がパリで最もおいしかったレストランだそうなので「僕の代わりにザリガニパスタ食べてきてください」の言葉に応えるべく訪れたものの、店は7時30分からのオープン。まだ6時だったので、それまで近くのビストロで、キッシュやクリームビュレーをつまみにワインを飲んで待ってから、7時30分に店に行くと何と今日は予約で一杯とのこと残念ながら、代理の使命を果たすことはできず一応、トライしてみたという証に写真だけパチリ。気を取り直して、近くを歩いてフランス語のメニューしかない小さなビストロへ。店の人が英語で説明してくれて、セビーチェやサーモンサラダなどを頂きます’。このあたりのビストロやカフェは、どこも流行っていて席もぎちぎちに詰めて座っていました。 ということで、最初のパリの2日間は何となく、何かが上手く回ってない感じでした。こういうのもまた、旅のおもしろさ、なのですよね
2015年09月24日
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ここ1ヶ月、ひたすら走り続けていた感がありましたがようやく昨日、一段落した感じです。明日はセッションが入っているものの、3日後にはフランスに出発です。(ここ最近メールのお返事が遅れています。ごめんなさい!)あれから二転三転とあり、昨日になって、おさむも一緒にフランスに行くことになり急遽、飛行機や列車のチケットを購入しました。このあたりの経緯は、いろんな要因があるので、説明しずらいのですがすべては、落ち着くべきところに収まった、という感じがしています。まず、先日の3日間、松村潔先生の占星術のクラスを受けてきました。「のりこさんが、占星術なんて意外〜」と何人かの方にも言われましたが確かに占星術はスピリチュアルというより、統計学という認識だったこともありこれまでは私自身も興味がない分野でしたがここ最近「〜星座の〜〜の影響を手放す」というようなものがクライアントさんから、上がってくることが少しずつ出てきたこともありそれなら、一度、占星術について学んでみようかしら?と思っていたところにたまたま、日本でIHヒーリングを教えている雪乃さんが主催する松村先生のクラスがNYでありまた、クラスの初日が「たまたま」私が約1ヶ月のバケーション(ではないのですが)に入るまさにその日のタイミングだったので、参加できたわけです。占星術には全く興味がなかった、と言っておいて何ですが実は、20年以上前に、エドガーケイシー財団から占星術のリーディングレポートを送ってもらったことがあり、今回、占星術のクラスを受けるに当たって久々に思い出したので、その時の資料を探してみたら、ありました。当時から、スピリチュアルなことには興味はあったもののレポートに書かれてあった内容が、あまりにもぶっとんでいてその頃の私にはピンと来なかったこともありちらっと読んで、そのままになってしまっていたのですが今、あらためて読み返してみると、私のアトランティスの前世やサイキック能力のことだとか前世でのキリストやエジプトとの深い関わりのことだとか詳しく書かれて、その真偽のほどはともかく、おもしろいものだなあ、と。今年の5月に福岡で見てもらったリーさんにも「あなたは、前世でのキリストとの関わりも深いのよね〜」と言われていたのですが私は、いわゆる「キリスト教」には、全く興味がないこともあってその時は「え?キリストですか?」とあまりピンと来ていなかったもののその後、よくよく考えてみれば、例えば「巡礼の地」と言われるようなものに対してなぜか強烈に惹かれてしまう感覚が昔からあって今月のフランスの旅も、サンティエゴ巡礼のフランス側の出発地点であるルピュイアンバレーの写真を一目見て、もうドキューンという感じでここに行かなければ!と即決したのです。まあ、だからといって、前世でキリストに縁がある、ということにもならないわけですが何となく、今度の旅は、遊びに行くというよりどこか一人で修行にでも行く感じがしていたわけなんですね。さて、占星術では、自分の生まれた時間や場所によって10の惑星(太陽、月、水星、金星、火星、木星、土星、海王星、天王星、冥王星)と12のサイン(牡羊座、牡牛座などの12の星座)と12のハウスの関係をコンピューターでチャートを出して読んでゆくのですがリロケーションと言って、その人が今、どこに住んでいるか?によって、その人が持っている性質やその出方も変わってくるということを今回のクラスで、初めて知りました。例えば、私の場合、日本での惑星の位置では社会的な立場である10ハウスに太陽が入っていてお金に関わる2ハウスにも惑星が二つあるので仕事での成功や社会的な立場の確立や経済的な面では、ニューヨークより断然日本の方がいいですがまたもしハワイに移ると、意外にも今よりも、さらに仕事中心の人生になるのだそう。でも、どこに行っても変わらないものもあって、私の惑星の配置から目に観えない世界との関わりは、世界中、どこにいても深くなるのだとか。クラスの中で、松村先生に個人的なリーディングもして頂いたのですが私が今、どういうところにいるのか?といった占星術的な立場から見た私の運命、みたいなものが、何となくわかってきました。クラスの他の参加者の方では「これからどういった道を進むのがいい」などと言われた方もいましがが、私の場合はこれから2018年までは、冥王星が毎年のように逆転するのでどうなってゆくのか、全くわからず思考錯誤しながら進んでいくしかないとのこと。松村先生曰く「あなたは、もう個人的レベルで動ける状態ではなくいろんなものを背負っている状態なので頭で考えて今、何かを決めても無駄です」「2012年にあなたのガードが破られて、本来の素質が出てきたので例え、どこに行ったとしても、そこから逃れることはできません」とのこと。私個人の思いや意思でどうにもならない状態なんて、たぶん、以前の私だったら否定していただろうなあと。例えば「私は〜に使命を感じてやっています」というのはあくまでもその人が、それをやるのを選択して好きで楽しくてやっていればいいのですがそれを選ばざるを得ないというのなら、それは自己犠牲的になりそれは、どちらかと言えば、自己価値の低い人たちがやることだと私は思っていました。多くの人は「私は何もしなくても、そのままで価値がある」という本来の存在価値を認めることができないので「この使命のために、自分を犠牲にしてでもやっている」という自己満足感で自分の価値を認めたい、と思っているケースを何度も見てきたこともあります。なので、個人の思いや意思では避けられないものがあるなどというのは、どこか嘘っぽく感じてしまってどんなものであっても変えていける、と思っていたわけなんですね。でも、少し前にも書いたようにここ最近は私の意思や思いとは関係なく、物事がどんどん進んでいく感じでシンクロやサポートも半端なく起こり「何かに動かされている感」が半端なくこれは何かがある、と感じざるを得ない状態が続いていました。もちろん、私にとって喜びであることしか選択していないのは確かですが一方で「ここまで自分自身の時間を削っても私は本当にこれをやりたいのか?」と思うとちょっと微妙なのです。以前、リバーシングのみかさんに「これから、個人的な時間は、ますます減ってゆきますよ」と予言されたのですが、確かに、私自身のための時間というかもともとは好きだった、ぼーっとしたり、料理をしたりその日の朝にやりたいことを決めたり、といった時間はここ最近は、全くなく家のことにしても、買い物も料理も片付けも私はする余裕はないので、すべておさむがやってくれていました。でも、占星術でそう出ている、というのを聞いて、逆にそれならそれで受け入れることも必要なのかも、とすっきりしました。おさむとの関係についても占星術で見てもらうと例えば、太陽は男性的なエネルギーであり、表に出ていく性質であり月は女性的なエネルギーで、内に入っていく性質ですが私とおさむの場合は、私が太陽で、おさむが月というバランスがベストとのこと。おさむは、占星術的に見て、ソフトで柔軟ではあるけれど一方で何かを発案したり、物事に深く切り込んでいく力は弱いのでおさむが男性性を発揮して、私をリードしていくよりこれまでのように、私がリードしておさむが受けに周る方が自然と上手く行くのだそう。そう考えてみると「のりこはドラエモンで、俺はのび太」というこれまでの二人の構図もある意味、占星術的には、自然な形だったのかもしれないなあと。今年のマカハのリトリートでも、何人もの方に「のりこさんのセッションがジェットコースターのように有無を言わせない感じで、どんどん引っ張られていくのに対しおさむさんのセッションでは、私自身に寄り添ってもらって一つ一つ確認しながら進んでゆく感じで安心できてすごくベストなバランスでした〜」と言われたのですがそういう意味でもこれまでのバランスが自然だったのだなあと。それを、無理に、おさむが男性性を発揮してリードしようとしたり独自性を出そうとしても占星術的には、上手く行かないわけですね。もちろん、占星術が統計学ということなら必ずそうなるわけではないでしょうが松村先生のリーディングは、かなり細かいところで的を得ていたのでいろんなことが納得できました。ですが、一方で、私は先祖のカルマや遺伝であっても、キネシで調整できるのだから占星術におけるそれぞれの運命のようなものも調整できる、と考えていてこれから、おさむが持っている占星術的に見た仕事面での弱さみたいなものを変化させていけるのではないかとも思っているわけなんです。おさむのアップダウンの激しさなども、占星術的には自然だそうですがそれらを調整できたら、さらに彼のよさが出てくるなあと。「こういう星のもとに生まれてきたのだから」とそれに甘んじてしまう必要はなく「人が持っているもので、変えれないものは、何一つない」ということをより深いレベルで信頼したいなあと。ということで、Zodiacや太陽や月のチューニングフォークはすでに持っていたのですが10つの惑星すべてを持っていなければ、たぶん占星術の影響の調整は無理なので早速、アーキュトニック社に冥王星や海王星など他の惑星のチューニングフォークをオーダーしました。このあたりの行動力についても、松村先生曰く星の位置から、私は「何の結果についての保証がなくても、行動を起こしていける人」なのだそう。これから占星術の影響を調整するための研究をおさむを実験台に、しばらくやってみるつもりです。そして、この占星術のチャートを見てもらってから私の中で、何かが吹っ切れた感じもあって今回の旅も「もし私が何らかの目に観えないものを背負っているのだとしたらできるだけ私自身が楽する道を選んでもいいんじゃない?』と思えるようになりそれなら、一人で旅するより、おさむも一緒に来てもらって彼にサポートしてもらおう、と。それでおさむの身体に、そういう理由でフランスに行けるかどうかを聞いてみるとオッケーが出たので、一緒にフランスに行くことになりました。おさむのここ1ヶ月ぐらいの変容ぶりも大きくて彼自身の深いところにあった闇を見つめることで女性の痛みを感じたり、寄り添ったりする部分だけではなく多くの人が持っている深い闇も光も包み込んでゆく包容力が出てきたように感じています。どちらにしてもこのタイミングで、占星術のクラスを受けたのも上手くできているんだなあと。(もちろん、これも単なる「意味付け」かもしれませんけどね)ま、所詮、人生は暇つぶし、ですから。(暇つぶしすることがが多すぎて、暇が全くない状態だけど)修行の旅、にするのもいいけどそれよりも、そのこと自体を遊んで楽しんでいきたいな〜と。おさむ曰く「もう俺はのび太を恥じない。のりこは『帰ってきたドラエもん』だね」ということで、私は、再び「ドラえもん侍」になったようですPSこちらは、占星術のクラスの後、ゆきのさんとちずちゃんと4人でタパスの店へ行った時の写真。(のび太+魔女3人組という噂が)ゆきのさんに、手作りのオルゴナイト(しかもフラワーオブライフ入り)などとても素敵なプレゼントを頂きました〜♪
2015年09月20日
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スピリチュアルな話、と言っても、私たちが身体だけの存在ではない以上広義にはすべてのことは、スピリチュアルだとも言えるのですが正直なところ、目に観えない世界のことは、うさんくさいものがたくさんあって世の中には、そういったものを他の人をコントロールすることや単なるお金儲けの手段に利用したりまたは、それによって現実社会に対応できない人になっていたりするので多くの人たちに気をつけてほしいなあとも思うこの頃です。もちろん、そういった様々な体験もそれぞれにとっての人生の中でのプロセスとも言えるのですけどね。私のセッションに日本からお越しになる方が増えたのは、確か4年ぐらい前からですがその中で、天使が大好き、とか、アチューメント系やミステリースクールなどのヒーリングを多く受けている方の中にはかなり根深い問題を持っている方が多い、ということに気づいてきました。つまり、グラウンディングが弱く、現実の社会に対応できずふわふわしたスピリチュアルな世界に逃げている状態です。そういった人たちの中には、普通に社会で働いたり人と気楽にコミュニケーションしたり、お金を稼いだりが苦手な方も多いのですが私は他の人とは違う、と自分自身を特別視することで自分の中の根本的な問題を見ようとせずずっと問題を抱えたままになっている方もいます。ですから、私自身、浮ついたスピリチュアルではなく地に足がついたスピリチュアル、ということをここ何年か心がけてやってきたわけなんです。私にとって、筋反射は、ヒーリングを浮わついたものにしないという意味でも身体の反応によって、それぞれにとって本当に必要なものを見ていくという確実で安全なツールでありキネシオロジーに出会ってからは、筋反射に従っていれば大丈夫ということで私自身が自然と観えるものに関しては意識的にも、かなり抑えてきたところがあったのですがここ最近、それももう抑えられなくなってきてそれはそれで、もう受け入れるしかないなあということもまた感じています。その流れなのか、ここ最近、印象に残った強烈なセッションについてクライアントさんの了承を頂いたので、一部シェアさせてくださいね。その方は、遠方からお越しになって、9回のセッションを予約されていたのですが初日のセッションで、家系のカルマがある、と身体から上がってきました。お話を伺ってみると、その方の両親も親戚もまたその先祖も代々様々な不幸や災難や問題が多く誰一人として幸せな人生を歩んでいないということでした。カルマの調整は、以前もやったことはあったのですがこの方の場合は、身体から上がってくるものが半端ないエネルギーだったのでこれはかなり大変な調整になるとわかったのですがカルマの調整だけで、最低2回のセッションが必要、と出てきました。(実際は、カルマだけで3回のセッションが必要でした)もちろん、家系のカルマであろうが何であろうがその方自身の持っている感情、物の見方、信念体系、エネルギーなどが大きく関わっているので事前にそういったものをある程度、調整しておく必要がありました。さて、話は一旦、変わりますがたまたま、その頃、サウンドヒーラーのトムケニオンがNYに来るというのでおさむが、一緒に行かない?と誘ってきました。私すでにその日はクライアントさんの予約が3人入っていたので最初は行かないつもりだったのですがなぜかその1週間ぐらい前になって「今回は絶対、これに行かなければ」という思いが強くなりその日に予約されていたクライアントさんたちに連絡して私のオフの日に変更してもらいトムケニオンのサウンドヒーリングに行ってきました。ご存知トムケニオンは、ハトホルのチャネリングで、サウンドヒーリングを行う人ですが今回は、特に天使のエネルギーをチャネリングする、とのこと。広い会場には、老若男女、たくさんの人がぎっしりと入っていて彼の知名度の高さと支持の幅広さをあらためて感じます。さて、天使のチャネリングによるサウンドヒーリングというと、例えば、LIBERAなどの少年合唱隊のような高い澄んだ美しい声をイメージする方も多いと思いますがトムケニオンの天使のチャネリングは、高い領域の声もあるものの最初は、低いオオオオ〜〜〜とうなるような声だったではじめは、私も「え?これが天使のチャネリング?』という感じでした。トムケニオン曰く、天使というのは「電磁気的な叡智のエネルギー」であり、羽が生えている必要はないということ。一般的に知られている、というか、日本のスピ系で言われているような天使のイメージではないわけなんですね。トムケニオン自身も、なんというか、限りなく普通の人なのでたぶん、道で出会ったら、気づかないだろうなあと。私とおさむは、すでに始まってから会場に入ったのですが私は、最初、ステージに座って話しているトムケニオンを一目見てちょうど、彼がトイレの位置など説明していたので会場の係の人が説明しているのかと思ったぐらいでした。さて、今回のトムケニオンのサウンドヒーリングの中で先祖のためのサウンドヒーリング、というものがありました。トムケニオン曰く、私たちの先祖の様々な思いが私たちに様々なレベルで影響を与えているのでそれをヒーリングしていくというもので目の前にそれぞれの先祖をイメージしながら聞いてください、と言われたのですが私が感じたのは、そのクライアントさんの先祖でした。「あ〜きっと、明日のセッションは、その方の先祖のエネルギーが上がってくるのだなあ。だから私はここに来る必要があったのだ」というのをひしひしと感じていました。トムケニオンのサウンドヒーリングは、かなりパワフルで終わった後はふらふらになったのですが(といいつつ、帰りには、ペルー料理店でピスコサワー飲んでいましたが)それが、次の日の壮絶セッションのために大きなヘルプとなりました。やはり、必要なことが必要な時に起こっている、のだなあと。ちなみに、このクライアントさんは、完全なサイキックの人ですが浮ついたスピルチュアルが大嫌いで、天使も大嫌い、という珍しい方だったのですが今回のことで、天使に対する印象も若干変化されたようです。さて、先祖のカルマ、というと、おどろおどろしいものを想像される方もいらっしゃるかもしれませんが確かに、そういった前世の呪いのようなエネルギーや魂レベルでの恐れや怒りなども関わっているもののカルマの一つの大きな要因として、先日も書いた遺伝子の問題がありました。今回の方のDNAの中にも、繊細すぎる、感情が爆発すると止められなくなる人への恨み、明晰さの欠如、尋常ではないサイキック能力というDNAが出てきました。そういったDNAを自分の中に持っていれば、例え、どういう状況であっても幸せな人生は歩めなくなってしまうわけなんですね。当然、その方は、かなりエネルギーに敏感な方ですが私がDNAの調整をしている最中に、ポンと何かが第3の目から抜けていったのを感じたと言われていました。この遺伝の影響は大きかったので、何度かに分けておこなったのですがその度に、彼女が別人みたいなエネルギーになっていくのがわかりました。それにしても、その日の朝にお越しになった別のクライアントさんは英語の能力を上げるための調整でその午後にその方の、家系のカルマの調整を行い次の日の朝、お越しになった方は大腸の調整でしたからほんとキネシオロジーは幅広いヒーリングだなあと。おさむが先日「キネシオロジーも専門に分かれていたらおもしろいよね。さしずめ、おれは、キネシオロジーインナーチャイルド科でのりこは、キネシオロジー脳科、DNA科という感じだな」などと言っていましたがここ最近は「キネシオロジー陰陽師科」になっていました(いや「キネシオロジーハリーポッター科」の方が近いかも)人というのは、私たちの頭ではとても計り知れない摩訶不思議な生き物だというのを、つくづく思います。ある時、壮絶なセッションが終わった後、そのクライアントさんに「ね?楽しかったでしょ?」と私が言うとその方が「のりこさん、それブラックジョーク〜。これを楽しいなんて、どういう神経しているんですか〜」と言われましたがもちろん、やっている最中は「楽しい〜♪」という感覚ではないもののこの方は、私が何も言葉には出さなくても私が筋反射で、ある特定の言葉を身体からピックアップする度にエネルギーの変化を実感されたりそれをビジョンとしてもはっきり観ることができる人なのでセッションの中で、なるほど〜と私自身の様々な気づきや発見もあり大変ではあったもののどこかでそれを楽しでいる私もいたわけなのです。ということで、その方からその後、頂いたメールを一部、ご紹介させてくださいね。9日間の壮大&壮絶セッションのりこさんも本当におつかれさまでした~。そしてありがとうございました~。あんなに大変だったけれど、昨日も今も全く感慨の涙が出て来ないのが変な感じです。あんなに湿っぽい性質だった私なのに!代わりに、これまでにない安心感、今ここに居る感、そして疲労感(笑)が満載ですよ。昨夜から今日の夕方近くまで合計17時間くらい昏々と眠ってました。こんなに眠れる自分にびっくり。まだまだ眠れそうですし(笑)。 体はとにかくしばらくは睡眠が一番大切と言ってきていてセルフヒーリングはそれからやればいいと言われてます。今日の時点では回復には3~4週間かかると潜在意識は言ってたのであの時のヒーリングの凄まじさを改めて思ってます。というか頂いたレポート読んで改めてよくぞこれをのりこさんも一緒に伴走し乗り越えてくれたなぁとのりこさんに改めて驚愕と驚嘆と感慨を感じ、呆然としてしまいました。本当にありがとうございます~(ToT)お疲れさまでした~。ヒーリングのセッションの後に3、4週間の回復期間が必要だなんて普通はあり得ない話ですがそれぐらい、この方のセッションが壮絶になったのには、先祖のカルマの調整だけではなくさらに深く重いレベルの問題があったからでした。9回が終わった後、彼女は「のりこさんをともに戦ってきた戦士のように感じます」と言われましたが、私もヒーリングをやった、というよりそんな感覚であって、いくつかのセッションはキネシオロジーという領域は遥かに越えていたと思います。ということで、この方との壮絶な一連のセッションはフィボナッチヒーリングも含め普段のセッションでは滅多に出て来ないような次元的な調整やライトボディのミネラルバランスなど私が持っているあらゆるテクニックを使って行うことになりまた私自身の深いレベルでのエネルギーを使うことになりました。そのため、私自身も、これらのセッションの後、若干、グラウンディング力が落ちてしまいました。日々の普通のセッションを行うのは全く問題ないですが今のこの状態で外に出て、多くの方と出会うと交感神経優位の状態になってしまうことに気づきました。スピリチュアルなワークによっては、グランディングを下げてしまうことは以前からわかっていましたがトムケニオンのサウンドヒーリングなども、上のチャクラの活性化ですからこういったものをやりすぎると、支障が出てくるのでしょうね。ということで、「ちょっとスピリチュアルな話」になったかどうかわかりませんがこれからも、できるだけ地に足が着いたスピリチュアル、を心がけつつも観えてくるものが何であれ受け止めよう、という気持ちになっているこの頃です。この辺りのお話は、また話せばいろいろあるので、またいつかお話したいと思います。
2015年09月17日
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今日は私のセッションではないのですがおさむのセッションを受けられた方から感想を頂いたのでシェアさせてくださいね。ありがとうございます先日おさむさんにセッションを受けました。実はこの前の満月の前にこれでもか〜というほど過去の嫌なことが次から次に浮かんできてとってもつらい日があってこりゃ自分ではどうすることもできないと思って、おさむさんのセッションを予約したのですがターニングポイントとなるような素晴らしいセッションでした。「大人になる」という目標がでて、それにまつわる自分ではどうしようもなかったエゴとか貪欲さとか、与えることができない自分とかたくさん出てきてすべてが腑に落ちるセッションでした。今までなんとなくいつも満たされなかった思いがあったのですがその理由もわかって本当によかったです。それと今までのセッションで調整してもらった事がこの日のセッションにつながっているんだなーと改めて思いました。(たとえば以前のりこさんのセッションで「この世はむなしい」というのが出たんですがそれが今回の「満たされない思い」というのにつながっていたんだなーとか・・。それとこの夏は今までよりももう一ランク上の仕事をする機会があったのですがそのランクの人たちのなかでやっていくには自分自身何かが足りないと思っていたのですがその答えが、「与えること、ハートを開いて人に接する」だったのです。これからの人生の自分の生き方のヒントをもらった気がしました。やっぱりキネシはすごいですね〜毎回驚かされます。そして毎回思うのですが、私の人生でのりこさんとおさむさんに出会えたことは人生の宝です!本当にうれしいです。いつもどうもありがとうございます!前回、私がアップしたブログを読んで「おさむさん、そういう問題を持っていたのですね」と言われた方がいらっしゃったので私の書き方もエキセントリックになりすぎていたかな〜と思ったのですがちょうど、昨日、この感想を頂いたのでフォローの意味もあって、掲載させて頂きました人には様々な側面があり、それは前回で説明したように遺伝子レベルや前世、魂レベルでの要因もありますから前回書いたことは、おさむが、一般的レベルで言えば人の痛みを理解したり、愛を与えれる人であってもさらに深い意識レベルを探っていくとそういう部分も出てきた、ということなんです。このメールを送ってくださった方自身も普通に見れば、とても暖かくて愛のある方でどちらかと言えば、人に対して何かをやってあげたいと思うような人ですから彼女と出会うほとんどの方は彼女を与えれない人、だとは、とても感じないだろうなと思います。でも、セッションでは、その方が、今よりさらに豊かな人生を歩むためさらに自由に生きるため、さらに満たされた人生にするために手放す必要があるもの、がいろいろなレベルで出てくるわけです。ですから、キネシオロジーのセッションではその方が持っている素晴らしい部分や、そのままでいい部分が出てくるのではなく変化させたり、修正した方がいい部分だけですからその出てきた部分だけ見ると、私ってこんなにいろんな問題を抱えていたんだ〜と思う方も中にはいらっしゃるのですがけしてそういうことではないんですね。この感想の方も、これまで何度かおさむや私のセッションを受けてどんどん不要なものを手放して来られたので仕事も結婚も上手くいくようになって少し前にも彼女と「ほんとよかったですね〜」と話していたのですがこれからまたさらに上のレベルで仕事をしていったりまた人生のいろんな側面においてさらなる満たされ感やハートを開く力が必要になってきたということなのだなあと思います。おさむの場合も、インナーチャイルドの問題や今生での経験からのサバイバルや信念体系など多くのところでクリアになってきていたのですが遺伝的な要因などは、私自身、最近になって、これが私たちの意識を作っている大きな要因となっていることをあらためて気づいたわけですから前回、そういった部分での問題が出てきたわけです。特にセラピストやヒーラーというのは、自分の意識が解放されればされるほど深いレベルで人に対してのセッションができるようになるので常に自分の内面を観ていく必要があり、それはもう終わりがない旅だなあと感じます。私が一つ意識が広がればそれが即、クライアントさんのセッションに反映されてさらに深いセッションになっていきます。今回この感想をくださった彼女がエゴや人に与えることができなかった部分をおさむのセッションの中で気づくことができたのはおさむ自身が、これまで彼自身の中の被害者意識や与えることができなかった自分の内面をしっかり見つめてきたからなんですね。ちなみに、こういったことを書くと「私はまだまだセらピストとして不十分だわ」と思ってしまう人がいるので(そういう方に限って、すでに十分、な方が多いのだけど)また誤解のないようにお伝えしますが、けしてそういうことではなく(こりゃ、こっちを立てれば、あっちが立たず、だわね^^:)その時々で自分にとって、またクライアントさんにとって必要なことが起こってくるので、どんな意識レベルであってもそれはそれでいいとも言えるのです。先日のおさむのDNAのセッションで出てきたのは彼がイスラム圏の男性で女性を抑圧してきた時の過去世でした。普通の意識レベルで見れば、彼に女性を抑圧するようなことはないしもちろん暴力なども一度もないので、そういう男性性の要素があるとはとても思えないわけです。でも、魂レベルで見ていくと、そういったものも含まれているわけですね。ですから、自分が考えている自分、というのが、いかにほんの一部分でしかないかということがよくわかります。私たち一人一人の人間の中には、実に様々な要素が含まれているのでそれらを善や悪、ポジティブやネガティブと二元的に捉えることはけしてできないなあと。先日、私がおさむの言動で傷ついた、という話を書きましたがそれは単におさむによって傷ついた、ということではなく魂レベルで見てゆけば、やはり傷ついた女性の過去生だったり女性の集合無意識だったりが、つながっていました。ちなみに、私は今生で、男性に傷つけられた、という思いを持ったことはおさむ以外はほとんどなく(そう考えると、女心がわかる人が多かったのね〜)またおさむに対しても、私が彼を傷つけてきた部分もありますから一方的に傷つけられたわけではないのですがただ、今回そういう部分が大きく出てきたのは深い魂レベルでの癒しとともに、私自身のさらなる気づきが私がこれからヒーリングを行っていく上で必要だったということだなあと。そうでなければ、私が男性に傷つけられた女性の痛みやまた女性の痛みがわからない男性が抱えている要因について深いレベルで理解することができなかったと思うのです。という意味でいえば、私はおさむによって気づかされた、わけではなくこれは私が魂レベルで選んできたプロセスなんですね。でもだからと言って、気づきのためには辛い経験を経なければならない、ということではないのです。実際に経験するかどうかというのは、意識レベルを広げる上ではあまり関係ないのです。私たちが肉体だけの存在ではなく、多次元的な存在である以上自分の中にある無意識を探っていけば、すべてのものはそこにすでにありますからわざわざ実際に「経験する」必要はないわけなんですね。これはセラピストだけのことではないですが自分自身の中にある壮大な世界を見ていくことは、そのまま人を観てゆくことそして、この世界を観ていくことにつながってくることを実感しています。ですからセラピストが「人を癒さなければ」とか「人を助けなければ」という意識で、ヒーリングをやっていると本質が何も観えなくなってくるわけなんですね。もちろん、ヒーリングのセッションは、現実レベルで見ればそれを受けられるクライアントさんにとってのものでありその方自身の意識を変化させたりその方にとって、さらに幸せで豊かな人生となるためのものですがでも、さらに深い意識レベルで観れば、世界中、いえ、過去に存在していたあらゆる人の意識やエネルギーを同時に変化させているのだなあと。ですから、単に癒す側、と癒される側、という二元的に捉えることはできないわけです。なので、私がここまでキネシオロジーやヒーリングに深い情熱を持っているのはただ、クライアントさんを癒すことが喜び、というレベルだけではなくこの仕事を通じて、この壮大な世界を垣間みることにつながっているからだなあと。だから、セッションを受けてくださるクライアントさんにはこちらの方こそ感謝で一杯になります。さて、先日、おさむが「のりこの旦那をやるのも大変なんだよな〜。のりこが観えている以上、のりこを守ってゆく、導いていくためにはかなり高い意識レベルを要求されるからね」などとしみじみ言っていましたが確かに、そういうこともあって女性性とセラピストとしての意識のバランスは難しく女性がヒーラーとして意識を拡大してゆくにつれて夫である男性との意識の格差が出てきて離婚につながるケースもあります。これは、セラピストというだけでなく、例えば、夫婦の間で女性だけがこういったヒーリングを受けて意識をどんどん広げていくことで男女の意識の格差が生まれてくることもあるのですがでも、もう一歩、女性の意識を変容できれば観えている、観えていないという二元的な意識を手放しさらに二人の中が深まってゆく道を選択していくことができると私は思っているわけなんです。(昨日の夜も二人で公園に行ってゴロニャンと甘えていたのですが)ということで、いつものごとくあれこれと話が広がりすぎてしまった感はありますがこのタイミングで素敵なメールを頂いたので先日のブログの内容のフォローも兼ねて、私の今の感覚をお伝えしました。感覚を言葉で説明すると、何だか子難しくなってしまったりエキセントリックな感じになったりでほんと感覚を伝えるのは難しいなあと思うのですがまあ、とにかく、一言でまとめれば人っておもしろいし、人生はおもしろい、ということですね。(ってそんな一言でまとまるのなら、くだくだ説明はいらんって感じですが)
2015年09月08日
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前回のブログの続きです。さて、先日お話したように、9月の旅のことがきっかけで私自身抱えていたもの、そしておさむが抱えていたことに気づいてきてその中で、おさむが決定的に人の痛みを感じることができないという性質が観えてきたわけです。それが、はっきりとわかったのは、ケントくんの講演会のことでした。あの時、私はみんなが見ていたのとは違うビジョンを見ていてそれをどう捉えていいのか、はっきりとはわからず数日間は、おさむともシェアすることなく自分自身の内面を見ていました。もちろん、おさむが人の痛みをわからないと言ってもたぶん、一般的なレベルでは、ごく普通であって彼は昔に比べると、とてもやさしくて、サポートもしてくれるし私のわがままも受け入れる余裕もあるし普段の生活の中では、特に何も問題は感じていなかったのですがどうしても、共有できない部分があってそれは一体何だろう、とどこかで感じていました。でも、私がその部分を深く観れなかった要因として私自身のスピリチュアル的な学びがありました。キネシオロジーもそうですが、精神的な世界では「自分の感情は自分の責任」「人の感情は人の責任」ですから例えば、私がおさむの言葉で傷ついたとしてもおさむに人を傷つけようという意図がない限りおさむの問題ではなく、あくまでも私の問題なわけです。ここは男女の関係だけでなく、コミュニケーションにおいてとても大切なところで人の言動にいちいち傷ついて「あなたのせいで傷ついた」と被害者意識になってしまえば人間関係は上手くいかず、ずっと苦しいままですからまず第一に、自分の感情は自分の問題傷つく選択をしたのは自分なのだ、ということを受け入れることは、第一のステップなのです。ですから、その度に私自身の傷と向かい合い、解放してきたので少々のことでは傷つかなくなるわけなのですがそれでも、どうしても傷ついてしまうこともありました。例えば、私たちには子供はいませんし今ではそれが本当に私の魂が選んだ道だと思っていますが40代初めまでは、私の意識のどこかに子供が欲しいという思いがあったので何度かおさむと話し合ってきました。おさむは子供を持つことには全く興味がなかったし私自身も絶対に子供が欲しい、というわけではなくやりたいことも山ほどあったのでおさむが欲しくないのなら、子供を持たない人生もいいわねと納得してきたわけです。それでも、どこかで「この選択でよかったのかしら?」という思いはあったのですが2008年にシャスタに行った時に、シャスタクラブのサイキックの治美さんに私から何も聞いてないのに「あなたは、今生では、子供を生まない人生を選んできましたよ」と言われた時に、救われた気持ちになったわけです。それですっきりはしていたのですが、ある時、自己ヒーリングで卵巣の調整をしていた時に「子供が欲しかったのに生めなかった」という悲しみのエネルギーが出てきたことがあり、その時におんおんと泣きました。これは、たぶん私だけでなく、多くの女性が本能的に持っている思いなのだなあと実感したのです。それから、何年か経ち、50歳を過ぎた後でもう、その悲しみもすっかり癒されたこともありその時の思いをおさむにシェアしました。私としては、おさむを責める気持ちはなくただ、その時の悲しみや辛さをシェアしたかったのですがおさむが一言、軽い調子で「じゃあ、これから子供でも作ろうか」と言ったのに深く傷ついてしまったわけです。「もう50歳を過ぎて閉経になろうかという時になって、そんなこと言うか〜」という怒りも湧いてきたのですがおさむにしては、全く私を傷つけるつもりなどないわけなのですね。そもそも、子供を欲しい、という本能が男にはないのにそれを理解しろ、というのが無理な話なわけです、そんなこともいろいろあって、男と女は身体の構造自体が違い本能的に持っているものが違う以上本当にわかりあうことは難しい、ということを認識はしていたのですがそれは身体の構造や本能というだけではなくDNAが関わっていて、男性でもそれを感じれる人はいる、ということもわかってきたわけです。よく本やブログなどで、男性の悟者が、様々なスピリチュアルな真理について話している中で感じていたのは「それはもっともなことなんだけど、どこか心に響いてこないなあ」ということでした。その感覚が何なにか、よくわからなかったのですがこれは、女性としての感性だったのだ、ということが今はよくわかります。そのことに気づいてから、数日経ってからおさむに私の気づきについて話をしました。おさむは、そのことを真摯に受け止めてくれて私のセッションを受けたい、という話になりました。それは、私とおさむのこれまでの信頼関係があったからこそなのだなあと、おさむには感謝で一杯でした。それは5時間以上に渡るセッションで、私にとっては辛いセッションとなりました。最初のうち、おさむに悲しみを感じてみて、というと彼のハートチャクラが閉じてしまうのです。それは、彼自身が彼の母の悲しみや辛さを子供の頃に感じるのが辛かったから、女性の辛さを感じないようにハートを閉じてきた、ということがありました。そして、またDNAの問題とともに、やはり前世での問題も上がってきました。それは、まさに私がケントくんの講演会の時に感じたビジョンでした。このセッションは、私自身の願いやエゴを完全に手放さない限り正確に筋反射は取れなくなるので私にとって、自分自身への深い信頼を試されるセッションでした。そのセッションの中で、おさむの身体がたくさんのアファメーションの中から「私の魂は、ソウルメイトを受け入れます」というのを選んだ瞬間に私は思わず、おんおん泣きました。これまでの私のおさむへの深いコミットメントが報われた気持ちでした。人の痛みや悲しみを感じるためには、まずは自分自身の悲しみや痛みとしっかり感じる力が必要なのだなあと。そのためには、いかに自分を深く信頼しているか、がすべてなのです。ですから、人の痛みや悲しみを感じれない人というのは実際は、とても弱い精神力であって弱いので、傷つかないように感覚を封印してしまうわけなんですね。私たちに必要なのは、傷つかないことではなく例え、傷ついても自分を信頼し、その感覚を感じきる力なのです。これまでのおさむにその力がなかったのは彼が彼自身への深い信頼への欠如でした。昔、リバーシングのみかさんがおさむに「一度、死んできてください」と言っていたのを思い出して「あの時、すでに彼女はここまで観えていたのかな〜」とおかしくなりました。DNAや前世レベルで深く抱えてきたこれらの要因は普通なら一度死なないと一生変わらなかったかもしれません。そして、セッションの次の日、おさむの顔が変化しているのに気づきました。彼の目にこれまでは感じなかった慈愛のエネルギーが出てきた、というか。あ〜、これが本来のおさむだったのだなあと。人の意識の解放は、どこまでも深いですね。男と女が本当にわかりあえる時代になるためには私たち一人一人の意識の解放がかかっているなあとつくづく感じます。ここ数日、日本から来られてセッションを受けられている方がまさに男性に傷つけられてきた深い闇を越えてそれを光に統合してゆくためのセッションになっていていろんな意味でシンクロしていました。これは男性が加害者で女性が被害者という2元的な構造としてではなく私たち人間が長い歴史の中で抱えてきたものでありそれを今。個人レベルでの解放を通じて全体レベルの意識を変えてゆくという新たな時代に入ってきているののだなあと。おさむと深い関わりの中で、私はいろんなものを見せられてそして、私自身の深いところが解放されていくに従ってまた、それがいろんな形で還元されていくのを感じます。ヒーラーは自分自身の闇を見つめていくのと同時にクライアントさんによってヒーラーとしての力が育ってゆく、と私は思っていますが、ヒーラーとしての私を育ててくれたのは誰よりも、おさむだったのだなあと。(できれば、もうこのあたりで勘弁してほしい〜)ということで、その後も次々と新たな気づきはあるのですがまた次回〜♪
2015年09月07日
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ここ最近の私の気づきと変容について、できる限りシェアしたいなあと思うのですがそのために、まずは遺伝のお話を。最近、クライアントさんのセッションでDNAの調整がよく上がってきています。遺伝の問題というのは、意識しているいないに関わらず実に幅広くあらゆることに関わっています。例えば、一般的に知られているのは、太る体質、アレルギー体質など体質の遺伝や大腸、腎臓、生殖器など内臓や器官の遺伝、皮膚や髪などの遺伝また、よく出てくる調整では、脳の遺伝があります。右脳活性のための調整にも遺伝は関わっていることが多いですし言語中枢や脳幹、また原始反射でさえ遺伝が関連しています。私もいくつか自分自身の遺伝の調整を自己ヒーリングでやってきたのですがその度にかなり変化を実感してきました。例えば、私はもともと便秘体質で、10代、20代の若い頃は1週間以上続くような、かなり強力な便秘体質だったのですがこれは父の大腸に関する遺伝だったので、それを調整してからは便秘になることは、ほとんどなくなりました。また、少し前に、私のくせ毛が強くなってきて、前髪がぐるんぐるんになってどうにもまとまらないようになったので、これは両親の髪質の遺伝だな〜と自己ヒーリングで調整をしてみたのですがその2日後に、たまたま美容院に行ったら「のりこさん、くせ毛がやわらいでる〜」とヘアースタイリストさんに言われて調整後、たった2日で髪質が変化しているのにびっくり。確かに、その調整以来、私の前髪のぐるんぐるんはなくなって落ち着いていました。(スタイリストさんが一人一人の髪質まで覚えていることにもびっくりでしたが)そして、ここ最近私が多くやっている調整は性格や性質に関する遺伝です。例えば、心配性やすぐに感情的になる性格とか神経質やおとなしい、人目を気にする性格プライドの高さ、感受性が強い、競争心が強いなど性格や性質は、インナーチャイルドや、脳や原始反射の影響なども大きいですがそれだけでなくDNAレベルで受け継がれていくのです。私も最近、父方からの遺伝であった情の深さやすぐに結論を出さないと気がすまない忍耐力の欠如に関する遺伝の調整をやりました。気が早い、というか忍耐力がないというか例えば、これをしたいと思ったら何が何でもすぐに行動せずにはおられない、とかこれが問題、だとわかったら、すぐに調整せずにはおられないといった性質は、私の父から受け継いだものでおさむにも、いつも「のりこは、待てない女だな~」と言われていましたがこの調整をした後は「待てる女」になってきたようですまた、遺伝的に受け継いでいた情の深さも、変化を感じていてエネルギーに敏感なクライアントさんからは「のりこさん、最近エネルギーが変化した〜。以前より、ちょっとドライな感じ」などと言われるようになりました。さて、両親のどちらかの性質を遺伝的に受け継いだとしてもある『ストレス』がかからなければ、その遺伝子は活性化しないということは以前にもブログに書きました。例えば、母が消化器系が弱く、その遺伝を受け継いだとしても人生の中でストレスがそれほど多くかかっていない状態ではそのDNAの影響は受けないわけです。ですから、普通は年を取れば取るほどいろんなストレスを体験してゆくのでいろんな意味で親に似てくるわけです。例えば、私の弟などは、彼が小さな頃は全く父に似ていなかったのに最近はいろんなところが父に似てきていてあ~父のDNAが活性化してるな~と。私自身は、いろんなところで年とともに母の影響が強く出てくるようでこれからまた発声や皮膚の遺伝について調整していこうと思っています。さて、そのDNAが活性化するためのストレスというのは一般的に考えられているストレス、というだけではありません。DNAは、ウイルスの影響も大きく受けるので例えば、風邪を引いたりすると、そこでDNAの情報が書き換えられたりするのはよく知られていることですが信念体系や思い込みなどから来る感情的なストレスの影響も受けるし実は、過去生などのエネルギーもDNAに大きな影響を与えているのです。IHヒーリングのDNAのプロトコルには過去のエネルギーをダウンロードするというプロセスが含まれているのですがこれはほとんどの場合、過去世のエネルギーなので最初の頃は「どうして、DNAに過去世が関連するの?」その意味がよくわかりませんでした。でもいろいろ調べていくうちに、その関連性がわかってきました。例えば、父方からの感情的なDNAの影響を手放すための調整をしていたとしてそれに、過去生が関わっていると出た時にどんな過去生が関わっているのかを見てゆくと波瀾万丈の激しい前世だったり、平穏に生きれなかった前世だったりするわけです。これは、そういった過去世があるからカルマ的にその家系を選んで生まれてくる、ということもあれば逆に生まれた後で、インナーチャイルドやその他の影響から何らかの過去世のエネルギーとつながりそのエネルギーが、DNAの情報を変化させる、ということもありうるのでどちらが先か、ということはわかりませんがとにかく、DNAと過去世とインナーチャイルドは密接な関連性を持っているということがわかってきたわけです。さて、ここでやっと今日の本題に入るわけなんですが(前振りが長い!)このDNAの問題が男と女がわかりあうことができない問題に関して大きな要因の一つである、ということなのです。例えば、男性の浮気性。もちろん、女性でも浮気性の人はいますが全体的に見れば、圧倒的に男性の方が多いわけです。それは、遺伝子レベルで受け継がれてきているからだということは少し前から、わかってきました。つまり、お父さんが浮気症だったら、その息子も浮気性になる可能性は大ということになります。そして、男性が女性の心の痛みを理解できない、といったこともこの遺伝が関連しているのです。よく「女の気持ちがわからない」と言いますがこの女性の気持ちを理解しないDNAを持った男性がけっこう多いということに、最近気づきました。だから、なぜ彼女が「そんなことで」傷つくのかわからないしそれを女性に責められたりすると、男性の方は逆に被害者意識になり自分は彼女から理解されていない、信頼されていない、という思いを持つことになってしまうわけです。これには「女性の気持ちがわからないDNA」と「人の痛みや悲しみがわからないDNA」の二つがあって後者の方は、女性で持っている方もいます。人の痛みをわからないDNAを持った両親から生まれて、育てられれば自分自身の気持ちは親から理解してもらえないので、深いところで傷つくしそして、自分も人の気持ちを理解できない人になってゆくわけです。では、なぜ人の痛みや悲しみを理解しないDNAを持つ人が、男性に多いのか?ということなんですがこれは、この地球上の歴史を見てみると男性が領土を勝ち取ったり、世界を制覇したりするために人の痛みや悲しみなんて感じていたら、できなかったわけで暴力、人への抑圧、コントロール、権力そういったものを男性が持つことで、いわゆる「成功」を収めてきたわけです。だからこそ、遺伝子レベルで、それを受け継いでいくことが男性にとって必要だったからなのだ、ということがいろんな方のセッションを通じて、すとんと落ちてきました。ですから、人の痛みや悲しみを感じないDNAを持った男性に人を抑圧してきた男性としての過去世が出てくるのも納得なのです。そして、今からの時代は、もうその遺伝子は必要ないのだなあと。逆に人の痛みや悲しみを感じすぎてしまうと、リーダー力というのは失われるケースが多いのも確かなのです。私のセッションにお越しになる男性には、どちらかと言えばやさしすぎる、人にすぐに同情するという方も多いので、男性性を高めるセッションを行うこともよくあります。もちろん人として、人の痛みや悲しみを感じることができるのは素晴らしいですし、そういう彼や旦那さんを持った女性たちは幸せですが一方で、それが強すぎれば、仕事での成功やリーダー力に支障が出てくるわけです。ですから、そううった方は逆に男性性を高め一人一人の気持ちにフォーカスするのではなく達観した意識で物を見て、自分がやりたいことをやってゆくという調整になってゆきます。どちらにしても、バランスなのですね。そして、その「女の心がわからないDNA、人の痛みがわからないDNA」を持っていたのが、私の愛するダーリン、おさむなのでした(泣)あ〜文字制限になって、アップできなくなったのでこの続きはまた次回〜〜。
2015年09月06日
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有名なアインシュタインの言葉に「私たちの生き方には二通りしかない。奇跡など全く起こらないかのように生きるかすべてが奇跡であるかのように生きるかである。」というもののがありますがまさにすべては奇跡だ、と感じている今日この頃です。食べることができず、話すこともできず、記憶も混乱していてほぼ廃人のようになっていた私の父が最近になって、急にもりもり食べだして、話もできるようになり奇跡的な回復を遂げて、退院して、病院側から「神懸かり」と言われた話を、先日ブログに書きましたが毎日のセッションの中でもたぶん普通なら、とても信じられないようなことがよく起こります。ここ最近のセッションは、またさらに加速的にすごいことになっている感じでいつか、そういったお話もここでシェアできる日が来るかなあと。今日の午後からの、壮絶なセッション後にクライアントさんと「ちょっとすごすぎて、こういう話はとてもブログには書けないね」という話をしていたのですが私たちは多次元的な存在であって、それぞれの人生は壮大なスケールでつながりを持っているのだなあとつくづく感じます。そんなに大きなミラクルではなくても日々の生活の中での小さな奇跡やシンクロは、数限りなく起こっています。例えば、今日のことで言えば、今朝、セッションの予約が入っていたクライアントさんから昨日になって急にキャンセルしたいと、メールがありました。ちなみに、セッションの直前にキャンセルされるのはその方の潜在意識での抵抗ということもありますがそのクライアントさんは、これまで何度もセッションに来られている方で今、いい感じになってきている方ですしクライアントさん自身の抵抗ではないことは、明らかでした。普通ならば、キャンセル待ちの人たちが4〜50人いらっしゃるのでどなたかに連絡してセッションを入れたと思うのですが昨日は、かなりハードなセッションの後だったこともありまた、たまたま、昨夜は二人の友人と「ちょい飲み」しようという約束があったため「これは、身体を休めろということなのかそれとも、ちょい飲みではなく、本格飲み?になるのかも〜どちらにしてももう予約は入れないでおこう」と、飲みに出かけたわけです。ところが、昨夜は、スペイン料理の店で友人とサングリアを飲みながらあれこれと話をして、とても楽しかったのですがなぜか、いつものように「さあ、もっと飲むわよ〜」みたいな気持ちにならないのです。充分食べて、飲んで、おしゃべりしたし、とそのレストランだけで2軒目は行かず「さ、今日は帰ろ〜」とあっさり夜11時頃には、二人と別れて12時頃には家に戻りました。これまでのパターンで言えば、次の日の朝、セッションが入っていれば、お酒も節制してそれほど飲まないものの、もし朝にセッションが入っていなければほぼ間違いなく「とことん飲み」になっていたので私にしては、あり得ないパターンでした。おさむも「へ〜意外に早かったんだね〜」とこれまでの私の習性を知っているだけに、驚いていたのですが今朝になって、あれは前回のセッションの効果なのだ、ということにはっきりと気づきました。「人と感動や喜びをシェアしたい」という思いが強すぎてバランスが崩れていた、のでそれを調整したわけですがこの酒を飲み交わす、というのも、私にとっては喜びの分かち合い、だったのでその思いがなくなると、酒飲みもほどほどに飲めるようになるわけですねなるほど〜普通の人はいつもこんな感覚だったのね〜とあらためて、これまでの自分の感覚のずれに気づいたわけで「ハランスが取れた人はおもしろくない」わけではないことも実感できたわけです。そして、話はそれだけで終わらず今朝10時になって、ピンポンとベルが鳴る音が!おさむがドアを開けてみると、別のクライアントさんがいらっしゃっていて今日の朝10時に予約が入っていると言われます。私は、午前中はセッションが入っていないから、と寝坊をして起きたばかりで顔も洗っていなかったので「ひゃ〜〜〜〜」となりつつ予約を見てみると、その方は今日ではなく、別の日に予約が入っています。その方は、前回、お越しになった時に予約されているので日にちを間違えたのが、私なのか、その方なのかはわからないのですがとにかく、これは、今朝は、その方をセッションをすることになっているのだということだけは、はっきりわかったのですぐに支度をして、セッションを行いました。そして、その方が今日、セッションを受けることになったのも私の中では、またベストのタイミングであってそのセッションの中での、ちょっとした気づきが今日の午後からの壮絶なセッションを行う上でのヒントにもなっていて、ほんと上手くてきでいるな〜と感じたわけです。もし昨日の夜にキャンセルになっていなければ、ダブルブッキングになってしまっていたわけですがなぜか、ほとんどの場合、こういったことが起こって上手く回っていくので、すごいなあと。ですから、今回だけでなく、こういったことはよく起こるので私は例え、セッションの直前のキャンセルであってもキャンセル料などは一切取っていないわけなんです。必ず、それが双方にとって、いや、もっとたくさんの人との関わりや多次元レベルで、上手いタイミングになっているのですね。ほんと人生はミラクルだな〜とま、究極、私たちが今、ここに肉体を持って存在しているということ自体が、ミラクルなんですけどね。ということで、ここ最近のことだけでまだまだ話したいことは山ほどあるのですが(これもシェアしたい病だわね)とりあえず、また次回〜
2015年09月03日
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